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Chapter5: kiss to freedom, because kiss to love.

第83話『解放の承継』と『天壌の支配』

 世界の全ての罪と穢れが蝟集したような罪深き都。そこでは天空から降り注ぐ涙の一滴までも闇に沈んだように黒染んでいました。端倪なき禍神は天からの黒き雨に濡れながら災いとともに笑っています。煉獄へと幽囚されるほどに邪想に染まった神だからこそ自らの黎明に相応しい”終焉の烽火”を心から喜ぶように。


「貴方の理想郷は美しいのね。こんなにも多くの神々の涙の果てにあるなんて」


 もしもここで誰かが“晦冥かいめいなる業火”を鎮めることができなければ。彼の穢れはこの世界の果てなき所まで広がっていくのでしょう。でもそれはこの物語の揺籃ようらんを司った女神にとって許せることではありません。だからこそ少女は“罪なんて何も背負っていないはずなのに天罪に処され続けている数千万の人々を悲しみの呪縛から解放する”という願いのためはもちろん、“自らがただ1人愛する青年と交わしたとても優しい約束”に愛を捧げるためにこの地へと帰りました。


「待ち詫び続けていたんだよ罪なる女神。私はずっとこの瞬間を。やっとあの時の神話を紡ぎ返すことができる。憎むべき貴様らから奪われた私の全ての神話をな」


 少女の瞳は映していました。黒き王の亡霊によって憎しみに満ちた死都を。少女の肌は触れていました。黒き王の亡霊によって悲しみに満ちた死都を。少女の耳には響いていました。黒き王の亡霊の王によって怨みに満ちた死都を。今まで少女の感覚は全て奪われてしまっていたのに。自らの誇りである“聖美なる女神の翼”と“慈愛していた純潔の天槍”を愛する青年の愛が再臨させてくれたから。


「それで人々にとっては貴方のような存在に隷属をすることが贖罪になるの?」


「むしろなぜ贖罪にならない。これからはこの世界の全てが私のものになるのに」


 黒き王へと贖罪の意味を問う必要はありません。彼にとっての贖罪が自由へのものではなく、終わりなき束縛へのものであることは少女だって気付いていましたから。人が自由であることを阻むものがあってはません。人は生まれた時から解き放たれているべきなのです。だから少女は青年の想いを受け継ぐために“胸元の十字架と雪の結晶”へと粛清の許しを請いました。それが“愛されてはならない宿命を背負った少女”と“愛してはならない宿命を背負った青年”の絆だったから。


「やはり貴方だけはあの時に悠久に眠るべきだったのよ。再びさえもないように」


 自由への解放を求めた女神と束縛への支配を求めた禍神の間に風が吹きます。


 まるでそれは世界で最後の聖夜を告げるように。











第84話『鬼哭の災禍』と『意味の遡源』

 ほかの誰でもない自らが生きているだけで世界の流れが大きく変化し、もしも自らが消えたら世界が悲しんでくれるような英雄には誰もが憧れるのでしょう。


 でもこの世界中の大半の人はとてもちっぽけな存在なのです。


 自らが生きているからといって世界の流れなんて何も変わらずに、自らが死んでしまったからといって人々は大きく悲しむようなこともなく続いていくような。


 生や死はもちろん過去や現在の境界線まで乱れ始めたこの世界に最後まで生き残った人々は自らの利き腕にどんな想いを込めればいいのでしょう。彼らを導き続けた運命はやはり悲しみへと続く道だったのでしょうか。彼らを導き続けた運命は喜びへと続く道ではなかったのでしょうか。彼らにとっての運命の意味はどこにあったのでしょう。彼らにとっての運命は誰のためのものだったのでしょう。


 運命と自由。運命と束縛。


 もしもこの聖夜の果てに物語の終わりが待つのなら、“どうして人は運命を授けられたのか”の真実が明かされる時ももう間もなくに迫っていたのかもしれません。











第85話『嚆矢の家屋』と『魔書の落想』

 どれほど一生懸命に声をあげても誰にも声は届かずに。どれほど一生懸命に耳を澄ませても誰からの声も届かないような異空間。そんな世界に迷い込んでしまった瑞葉がなぜかこの世界にも少しずつ懐かしさを抱き始めてしまった中で、まるでそこが夢の終わりであるような街の終着点。そこに一軒の大きな家屋はありました。


 でもなぜかこの時にはすでに妙な胸騒ぎにも心を染められていた瑞葉は古びた木の門を押し開くと、芝生の庭にみえていた道を前のめりで走っていきます。


 そして瑞葉は余計なところに瞳を配ることなく玄関を押し開くとそのまま正面にみえていた階段を駆け上がって、空中回廊にある南南東の部屋へと急ぎました。


 瑞葉が扉を開け放った先にあった光景。それは“人々に理解されることがなかったからか世界の叡智にもならなかった古代の書物”が綺麗に並べられている本棚と、“幾何学的な記号や文字が記された魔法紙”が散らばる絨毯。そしてそんな空間に溶け込むようにして――瑞葉に背中を向けるように立つ黒髪の少女でした。











第86話『雲城の蠱惑』と『遍照の玉座』

「いつか王様になることが夢だったんだろ。そうすればずっと探し続けていた物もみつかりそうで。――でも王様になった今ならみつかりそうか。その探し物も」


「やっぱり奈季は奈季なのね。もう私のことにも気付いているなんて」


 天空の城には金髪の青年と少女でした。玉座に座る少女は左斜め前にみえる柱へと背中を預けながら月光に輝くシャンデリアを仰ぐ青年にくすりっとします。


「ねぇ奈季。せっかくなら私たちもこの夢の終わりに少しお話しをしましょうか」











第85話『嚆矢の家屋』と『魔書の落想』

 どれほど一生懸命に声をあげても誰にも声は届かずに。どれほど一生懸命に耳を澄ませても誰からの声も届かないような異空間。そんな世界に迷い込んでしまった瑞葉がなぜかこの世界にも少しずつ懐かしさを抱き始めてしまった中で、まるでそこが夢の終わりであるような街の終着点。そこに一軒の大きな家屋はありました。


 でもなぜかこの時にはすでに妙な胸騒ぎにも心を染められていた瑞葉は古びた木の門を押し開くと、芝生の庭にみえていた道を前のめりで走っていきます。


 そして瑞葉は余計なところに瞳を配ることなく玄関を押し開くとそのまま正面にみえていた階段を駆け上がって、空中回廊にある南南東の部屋へと急ぎました。


 瑞葉が扉を開け放った先にあった光景。それは“人々に理解されることがなかったからか世界の叡智にもならなかった古代の書物”が綺麗に並べられている本棚と、“幾何学的な記号や文字が記された魔法紙”が散らばる絨毯。そしてそんな空間に溶け込むようにして――瑞葉に背中を向けるように立つ黒髪の少女でした。











第86話『雲城の蠱惑』と『遍照の玉座』

「いつか王様になることが夢だったんだろ。そうすればずっと探し続けていた物もみつかりそうで。――でも王様になった今ならみつかりそうか。その探し物も」


「やっぱり奈季は奈季なのね。もう私のことにも気付いているなんて」


 天空の城には金髪の青年と少女でした。玉座に座る少女は左斜め前にみえる柱へと背中を預けながら月光に輝くシャンデリアを仰ぐ青年にくすりっとします。


「ねぇ奈季。せっかくなら私たちもこの夢の終わりに少しお話しをしましょうか」












第87話『黎明の祭壇』と『終焉の浦波』

 この世界に生きとし生ける人々から隠され続けていた地下の神殿。


 その中心部に壮大なる大祭壇はありました。


 そしてそこに11の悪魔たちは眠り続けていたのです。


 世界の終焉に鳴った鐘は彼らにも目覚めを告げたようでした。


 悪魔たちの祭壇へと世界中に散らばっていた闇色の魂が回帰していきます。


 悪魔たちの祭壇へと蝋燭が灯る地下路を歩む黒き魔剣の青年は笑っていました。


 この物語ももう間もなくで終わるのでしょう。


 ならばこの物語の全ての始まりを語れる時もいまこの時しかないはずでした。











第88話『銀鈴の絵本』と『沈愁の少女』

 冬音ちゃんが聖夜に願っていた事。それは大好きなみんなと一緒に笑顔で過ごせることでした。でも冬音ちゃんがお馬鹿な事ばかりしていたせいか、さすがのサンタクロースさんも呆れてしまい今年はお願い事を叶えてくれないようでした。


「……静空ちゃんと桜雪ちゃん。もしもお父様やお母様や智夏やお日様ちゃんに何かあったりしたら、それはわたしのせいかもしれません。わたしがもっとお利口さんにしていたら優しいサンタクロースのお兄さんやお姉さんや不思議な王様も力を貸してくれて、ずっとみんなと一緒にいれたのかもしれませんから……」


 冬音ちゃんはサンタクロースの存在を本当に信じているほどに純粋な女の子ですがお馬鹿さんではありません。この世界がとても大変なことはわかっていました。だからいつの間にか自分の傍から消えてしまったみんなが“何か大変な事に巻き込まれてしまっているのでは?”という嫌な考えばかり浮かんでしまいます。


 でもどこを探してもいない舞人たちがどこにいるのかなんてわからない冬音ちゃんは絨毯の上に置かれたサンタクロースの絵本の前で珍しく落ち込む中で、冬音ちゃんの傍にずっといてくれていた静空ちゃんは髪を撫でてくれながら――、


「大丈夫よ冬音。ちゃんといい子にしていた冬音の想いはサンタクロースさんたちにも伝わっているからね? でも舞人と惟花はサンタクロースさんのお友達なんだよってずっと前に教えてあげたでしょ? だから実は今はねそんなサンタクロースさんたちにこの世界を守ることをお願いされて一緒に手伝ってあげているのよ」


「!!! お父様はこの絵本のサンタさんたちともお友達だったんですか!?」


「惟花からは本当に冬音が寂しそうにしている時に教えてあげてねってお願いされていたんだけど――それはとても秘密な事だからみんなには話しちゃダメよ?」


 予想外なお話しをしてくれた静空ちゃんのほうへと飛び跳ねるように身体をむけた冬音ちゃんは諭すような微笑をする静空ちゃんからみつめられると、“絶対に誰にも話しません静空ちゃん!”と約束するようにお口を強く閉じていました。


 そんな冬音ちゃんの愛らしい様子に冬音ちゃんの部屋の南東にみえる机の上へと“風歌ちゃんの魔法書”を開いていた桜雪ちゃんも思わず微笑んでしまいながら振り返ると、冬音ちゃんのもとへと歩み寄りしゃがみこんであげながら――、


「冬音ちゃん。冬音ちゃんはサンタクロースになりたかったんですよね? それならここでクリスマスの準備をしていたらサンタクロースのお姉さんもみつけて、冬音ちゃんを本当のサンタクロースとして認めてくれるかもしれませんよ?」


 冬音ちゃんは静空ちゃんと桜雪ちゃんからこのようなお話しをされると性格的にも2人の話しを素直に信じくれて、元気よく頷いてくれようとしましたが――、


「「「???」」」


 冬音ちゃんを匿ってあげているこの部屋には万が一のことも許してはいけないので、“大聖堂の魔法の間の第4階層にある図書館の奥”から桜雪ちゃんが探し出して来ていた魔法書と静空ちゃんの特性である“3メートル以内の空間に「永遠」と「生命」を授けられる”という魔法を組み合わせることで一種の魔術要塞としていましたが、そんな部屋の入り口の扉の前からここ数日で聞きなれた鳴き声が3人に届いたので、桜雪ちゃんが静空ちゃんの頷きのあと扉を開いてあげると――、


「! どこに行っていたんですかお日様ちゃん! すごく心配をしていたのに!」


 そこに姿があったのはやっぱりお日様ちゃんでした。


 もしかしたらお日様ちゃんも舞人たちと同じく冬音ちゃんと離れ離れにされていたのかもしれませんが、飼い主である冬音ちゃんのことが心配で仕方がなくてこうして冬音ちゃんのもとにも帰って来てくれたのかもしれません。忠犬の鏡でした。


 走って飛び込んで来てくれたお日様ちゃんを強く抱き締めながら頭を撫でてあげている冬音ちゃんをみて桜雪ちゃんと静空ちゃんも素直に微笑んでしまいます。


 でも仮にも冬音ちゃんはあの問題児である智夏ちゃんとも双子の女の子でした。


 この展開から何も奇想天外な考えを抱かずに大人しくしているはずもなく、お日様ちゃんはもちろん桜雪ちゃんや静空ちゃんの予想さえ軽く飛び越えたのです。


「! 桜雪ちゃんと静空ちゃん! お日様ちゃんですよ! お日様ちゃんなら智夏のお洋服の匂いもわかるはずなので――智夏を探しに行ってはダメですか?」











第89話『世界の黙契』と『彩雲の楽園』

 もしかしたらこの世界には楽園なんてないのかもしれません。人々がどこに逃げようと悲しみや苦しみから逃れられることはないのです。世界中の黒き影に包まれた光りの都はそんな人々の予感を確信へと変えようとしているようでした。


 でもそんな世界でも“光と影の天使たち”は笑っていたのです。


 彼らはもう思い出していたから。世界を支配し続けていたたった1つの矛盾を。


 この聖夜の果てには物語の終わりがあるのなら、“どうして人は運命を授けられていたのか”の真実を明かす時ももう間もなくに迫っていたのかもしれません。











第90話『済世の夢幻』と『片恋の寵愛』

 ここはいったいどこなのでしょう。天国なのでしょうか。地獄なのでしょうか。


 今までずっと舞人の人生を縛り続けていたのに全ての始まりが空白だったもの。


 それはどうして舞人が“自分なんてこの世界の誰からも愛されることがなく、せめて誰にも嫌われないように生きていくことしかできない人間なんだ”という悲しい思いに精神の大切な領域を支配されてしまっていたのかという疑問でした。


 終わりなき夢の中で舞人は瑞葉くんや奈季くんはもちろん、罪なき人々や大湊氏や惟花さんに嫌われてしまった過去をみていました。まるで誰もが舞人がこの世界に生まれたことを否定して、生きている事実なんて望んでいなかったように。


 そしてそんな中で少年は再び舞人に問いかけます。


 それでも本当に舞人はこんな世界で生きようとするのかと。


 慈しむような少年の声といつかの少女の慰めるような声もなぜか重なりました。


 もういいでしょ舞人。わたしと一緒にこんな世界から逃げてしまいましょうと。


 もしかしたら舞人も疲れていたのかもしれません。


 誰かに嫌われないようにばかり生きて、偽りで彩った生命で紡いできた人生に。


 舞人が少年と少女の姿が融合した者の誘いを拒まずに、身を委ねた瞬間に――、











第91話『悪夢の跫音』と『繚乱の幻想』

 世界の終焉を謳うような暴風や地震などの天変地異とともに地上を駆け巡る業火によって、人々の涙と悲しみに染まった死都を黒き禍神は崩壊させていました。


 大声で笑いながら“世界中の誰かが死の危険を感じた過去の悪夢や記憶”を具現化させる黒き禍神の敵意はもちろん惟花だけに向けられていましたが、すでに惟花も女神としての翼や槍だけではなく、女神としての能力まで回帰させていました。


 惟花の女神としての能力は“第6感以上の解放”です。


 本来は単体同士の戦いであれば第6感さえ完全に支配できれば常に有利な立場にいられるはずですが、まるで地獄のような天災や業火を第6感によって感知したとしても、いささか回避し続けるのは厳しいものがありますし、黒き禍神は“惟花の強さを常に模倣し続ける2つの黒き影を生み出すこと”もできたようなので、さすがに惟花も出し惜しみするようなことはなく第7感まで発動させていました。


 惟花にとっては第6感が超感覚の掌握であるなら、第7感は幻想の掌握です。


 惟花の第7感はこの世界のどこかへと幻想を生み出すのではなく、“惟花の身体そのものを幻想と同一化”することなので、自らの身体を空想という概念に置き換えることで、ありとあらゆる攻撃を無効化して一種の無敵状態となれるのはもちろん、自らの身体を幻想とすることによって自己強化魔法は常に発動され、自らが右手に握る天槍へと幻想が生み出す強力な波動を纏うこともできました。


 そんな惟花に対して黒き禍神は“深層心理でもっとも恐れていることを現実化させる黒き鳳凰”や、“純粋な破壊に特化しているためにありとあらゆる概念を崩壊させる死の波動”を放ってきましたが、惟花は天槍で打ち払ったり幻想と溶け合うことによってかわしながらも、一度は見失った黒き禍神を再び視界内に捉えた時に“惟花の周りを跳びまわる閃光が弾けて魔法陣となり巨大な牢獄を作ると、その牢獄内の者を死に追いやるあらゆる可能性の集合魔法”が紡がれましたが――、


「……!」


 惟花の右手の白き幻槍が黒き禍神の胸元を貫いていました。


 黒き禍神の攻撃をかわし続ける中でも執拗に攻撃し続けてきていた“自らの分身の少女の黒き影”が2人いることを惟花は逆手に取って、ある時から彼女たちのうちの1人と自分を移し身の状態にして、黒き禍神の油断を待っていたのです。


 惟花のこの一撃によって灰塵となったはずの黒き禍神も最後まで形が残っていた“心臓のような黒き結晶”を中心に瞬く間に再構成すると、“囚われたものの意識の改変を強制的に行ってしまう迷宮の密林”を彼はすぐに生み出してきたので、余計な被弾は賢くないとわかっている惟花は一端だけ下がることにしました。


「笑えるような強さだな罪なる女神。やはり女神たちを裏切る躊躇いはないのか」


 後翔した惟花のことを撃ち落とすために“黒き影の少女たち”はもちろん追撃してきましたが、1人の少女のことは大地の揺れによってちょうど倒壊した建物を上手く利用することによってかいくぐりましたが、もう1人の少女はいつの間にか背後を取っていたために惟花は“5感を失っていた時の自分”を幻想によって作り出し、そんな惟花に呼応して黒き影の少女も同じ状態になった瞬間に――、


「……!」


 第6感さえも使っていない状態で惟花は黒き影の少女を幻槍で打ちました。


 たとえ同じく五感を失っている状態でも惟花と彼女ではその状態での経験値が違っていたために、精神面までは模倣できていない黒き影の少女に勝れたのです。


「私は私のために生きるだけよ。貴方とは違う意味でね」


「素晴らしい純愛だな。未だにあの愛する白き青年の事だけを信じているなんて」


 このまま余計に戦いを長引かせるような事だけはよくない。惟花としてはそんな想いを自分の直感がささやいているのか、それとも白き青年が教えてくれているのか感じていたので、守りに入るようなことはなく徹底的な攻勢を貫きました。


「でも恋する乙女はいつだってそれがとても愚かな事だと気付けないのだろう?」


 それでも黒き禍神としては惟花の支配領域が“自分の身体限定である”という決定的な欠点も知っているためか、自らが守りに入るようなことさえなければ優勢な状況でいられることもわかっているために、“一定空間に夢幻のような領域を生み出してしまうことによって、幻想と一体化している惟花の第7感に二重の幻想による歪みを与えることで強制的に第7感を解除しよう”としたり、“まるで太刀のような長さの運命の矢によって惟花に数分後の未来をみせて、その時になぜか舞人が死んでいる光景”を暗示することで、惟花の幻想を乱そうとしても――、


「本当の意味で大切な事に気付いていない愚か者は貴方の方かもしれないけどね」


 黒き禍神の攻撃が激しさを増すにつれてなぜか惟花の速さまでどんどん加速していきました。それはまるで惟花にとっては“これから黒き神がどんな攻撃をしてくるのか?”という一瞬先の未来が全て手に取るようにわかっていたように。


 答えは1つだけでした。


 もしも彼がいつかの神話の世界を再生しているのなら、惟花の記憶の中に全ての始まりである神話のことが刻まれていたとしてもなんら不思議ではないのです。


 黒き禍神へと再び最接近をした惟花の美しき幻槍が大規模の閃光を放ちました。


 黒き禍神の身体を再び灰塵にしてしまいます。


 そして今回の攻撃で“黒き結晶のような心臓”にもついにひびが入りました。


 たとえ2度の再生は許してしまったとしても次の攻撃で全てが終わりでしょう。











第92話『跼蹐の物語』と『生命の翠巒』

「たぶん彼だって人だったのよ。どうして自分がこの世界に生きているのか不安になって、自分なんかがこの世界に生まれてしまったことは誤りだとずっと思っていて、それでも自分の手で物語は終わらせられなくて悩んでしまうぐらいにね」


「それで妙ちきりんな物語で踊らされる方の気持ちにもなってもらいたいけどね」


 金髪の少女は玉座から優雅に立ち上がると奈季へと背を向けるように唯一の光源の月光が入る天窓を見上げながら語りかけてくれたので、薄暗い赤い絨毯を見下ろす奈季が苦笑いを返すと、誰もが笑顔を想像できるように少女も微笑みました。


 そして奈季がそんな少女の笑い声の余韻に包まれる中で、再び奈季のほうを振り返った少女は彼女が話す物語の主人公を優しく哀れむような瞳をしながら――、


「でも生きる意味さえも分からないままという事はとても悲しいことでしょう?」 


 こう問いかけてきたので、月光に映る少女の美しき影に瞳を送った奈季は――、


「そもそも人間は本当ならこの世界に生まれた時に生きる意味だって知っているはずなんだけどね。何か理由があってそんな心の声に気付けなかったり、この世界にはそんな声を奪おうとする人もいるから生きる意味を見失いがちになるだけで」


「だから彼には何を奪われて失ったとしてもこの世界に生まれた意味だけは大切にしていてもらいたかったの? そうしたら彼は彼自身でなくなっちゃうから?」


 人は自分らしく生きてさえいれば自らが歩むべき未来は自然に現われ、それが人にとっては生きる意味になる。それが奈季が彼に伝え続けたかった想いでした。


 でもだからこそ――、


「やっぱり奈季にとっては面白くなかったのね。今回の色々は」


 少女のこんな言葉は今の奈季の全てを言い表していたのかもしれませんが――、


「でも奈季。もしも彼が生まれた意味がとても悲しいものだったらどうするの?」











第93話『黒夢の飛沫』と『長夜の現実』

 もしかしたら瑞葉は愚かな道化だったのかもしれません。嫌な胸騒ぎはあったはずなのに、風歌ちゃんの気配を感じるからと闇の誘いに乗ってしまったのなら。


 でも瑞葉の胸にあったのは“風歌ちゃんがそこにいるかもしれない”という事実だけでした。そんな予感だけで瑞葉はこの部屋まで走ってきてしまったのです。


 それでも扉の奥には瑞葉の優しさを弄びこの場へと誘ってきた少女だけでした。


 風歌ちゃんの姿なんてどこにもありません。


 まるで世界中が心優しい瑞葉のことをどこかで嘲笑っているかのようでした。 


 黒髪の少女からいつからか紡がれていた言葉が魔法詠唱として漆黒の魔法書へと闇色の魔法陣が生じさせる中で、瑞葉はいったい何を感じていたのでしょう。


 悲しみでしょうか? 無力感でしょうか? 後悔でしょうか?


 いいえ。息を切らしたために前屈みになった状態でも瑞葉は笑っていたのです。


 だって瑞葉には届いていましたから。


“瑞葉お兄ちゃん?”というずっと探し求め続けていた少女からの呼びかけが。


 風歌ちゃんの優しげな声が響いた瞬間に白き魔法書にも本来の力が回帰します。


 黒髪の少女は闇色の魔法陣から“翅に黒炎を纏いながら、火薬のような鱗粉を撒き散らして引火させ、大爆発を引き起こす漆黒の蝶の軍勢”を召喚して、黒き鱗粉はすぐに部屋全体にも行き渡ったために大爆発を起こしかけていましたが、その直前に瑞葉が“天空の眠りの霧を纏った太刀”を一閃して攻防を制しました。


「本当に愚かな子ね。あまりにも綺麗過ぎる心はただその身を滅ぼすだけなのに」


 それでも不思議な黒髪の少女は風歌ちゃんからの妨害にも動揺せずに、“慈しみの青き薔薇と憎しみの赤き薔薇を共存させたような美しき本来の姿”を現す中で、少女の雰囲気を改めて感じた瑞葉としてはなんだかとても嫌な予感を覚えました。


 でも気高く楽しげに笑う彼女は黒き王の派閥とはまた別の存在だったのです。


 あえて言えば彼女は黒き夢を紡ぐ者たちでした。


「風歌のことはどうしたの?」


「本当は気付いているんでしょう? とても賢い瑞葉お兄ちゃんなら」 


 先ほどは守護結界としての役割を果たして砕け散った太刀が“黒炎の蝶の力を吸収した7つの水晶”となって瑞葉の意のままに黒き少女へと流星のように突攻していく中で、黒髪の少女は“相手の攻撃を防御する人工知能が宿った光の羽衣”を纏って粉塵と爆発を防ぎながらも、続けざまに古龍の血で紡がれた魔法陣を発動することで“触れたものに死の呪いを与える花吹雪”を咲かしたので、瑞葉は自身が包み込まれる前に右側の壁を爆破してエントランスへと飛翔しました。


「戯れ代わりの冗談にも付き合ってくれないの優しい貴方なのに?」


 瑞葉としてもおそらくこの建物内には風歌ちゃんの思念はあっても姿はなく、そして何よりもこの空間は明らかに“少女にとって有利な領域”となっていることを肌で感じていたので、なんとかこの建物から逃げ出せる方法を模索しようとしましたが、すでにこの建物は複雑な多重結界によって閉じられているようです。


 瑞葉なら決して結界の解除が出来ないわけでもないでしょうが、自身と同等かそれ以上の強さがある少女を相手にしている現状では、その選択肢も選べません。


「僕は人を悲しめるだけの冗談はあまり好きじゃないからね」


 覚悟を決めさせられた瑞葉が少女と向かい合うと、大広間の2階部分の廊下まで歩んで来ていた少女は先ほどの“人工知能の光の法衣”を槍の形に変化させ――、


「生まれた世界を間違えたのよ。やっぱり貴方のように心が綺麗過ぎる人間はね」


 今度は人工知能に“瑞葉を逃がさずに確実に攻撃すること”を命じて、吹き抜けである大広間の1階部分に着地していた瑞葉へと光の槍を投擲してきました。


 光速の軌跡を空中に描いた光の槍は一瞬は瑞葉を散華させたかと想いましたが、光の槍によって殺されていたのは瑞葉ではなく、大広間にある階段の支柱の方です。


 瑞葉は移し身を行うことでぎりぎりのところで光の槍をやり過ごしたのでした。


 そしてこの瞬間に瑞葉は少女の背後を奪って精霊の血濡れに生まれた真紅の太刀から“万物の生命を支配できる衝撃波”を放って反撃していたのですが、黒髪の少女は自身の周囲に展開させた美しき泉から“武具を媒介にした攻撃を完全に無効化してしまう双子の女神”を降臨させることで瑞葉の攻撃を防いできます。


「だって残念ながらこの世界は人々が与え合って優しい気持ちになれる世界ではなくて、人々が奪い合って悲しみ合う世界だもん。そんな世界では優しい人が救われるのも幻想でしょ? 悲しみが正しい世界では優しさも誤りになってしまうから」


 それでも今回の瑞葉の魔法陣は2重連鎖であったからこそ、“必ず相手の予想を上回ることができる常勝不敗の魔神の雷撃”が続けざまに少女を追撃しましたが、瑞葉にとっても理解不能な現象が起きることで少女を包んだ雷撃は霧散します。


「それにそんな汚れた世界では息をすればするほど心は穢れてしまうから、誰もこの世界を変えることなんてできずに、ただこの世界に呪われていってしまうの」


 瑞葉が少女に攻撃を封じられたのもこれで3度目でした。さすがに瑞葉も悟ります。どうやらこの空間は“少女にとっての絶対的な守護領域”であるようだと。だから瑞葉がどんな攻撃を行おうとも黒き魔法陣は連鎖的に反応してくるのです。


「それでも本当に貴方はこの世界でその綺麗な心を捨てないままでいられるの?」


 という言葉のあとに黒髪の少女は、さすがに現実を教えられた瑞葉へと――。











第94話『数奇の純愛』と『黒海の月輪』

 桜雪と静空ちゃんとしては“冬音ちゃんを危ないところに連れて行かない”という想いで一致していたはずでも、もし冬音ちゃん本人から“智夏のことを探しに行きたいです!”と手を握られながらお願いなんてされてしまったら、冬音ちゃんに返すことが出来る答えなんて最初から1つしかなかったのかもしれません。


「このまま大聖堂の大通りをずっと南側へと進んでいけばいいんでしょ冬音?」


「その通りです静空ちゃんと桜雪ちゃん! 智夏は絶対にこっちにいますよ!」


 やっぱり桜雪と静空ちゃんも冬音ちゃんの純粋さには負けてしまったのです。


 冬音ちゃんが智夏ちゃんを大切に想う気持ちはよく伝わってきましたし、冬音ちゃんは舞人と惟花さんとの約束通りに大人しくしていないといけないことはわかっている一方で、桜雪と静空ちゃんを信頼して智夏ちゃんを助けに行きたいとお願いしてくれているようなのに、そんな冬音ちゃんの2人を信じる気持ちと智夏ちゃんへの優しさを無いものにしたらそれはそれで大きな罪なのでしょうから。


 それに桜雪と静空ちゃんの決意を決める大きな一手となったのはやはり、“危ないことはしちゃダメなのよ?”と伝えるように首を振るお日様ちゃんに「お日様ちゃん! お願いですからお日様ちゃんもわたしに力を貸してください! お日様ちゃんの力もあれば絶対に智夏のことを助けられると想うんです!」と珍しく真剣なお願いをする冬音ちゃんにとても困ってしまっているお日様ちゃんの一方で、静空ちゃんから被せてもらった“赤と白の毛糸が混色した帽子”をとても気に入りながらなんとも楽しそうにクリスマスソングを歌って部屋中を飛び廻っていた大福ちゃんは「ねぇねぇ! 舞人のお友達の冬音ちゃん! 大福ならね舞人のお友達の冬音ちゃんにはいっぱい力を貸してあげるよ!」と舞人と冬音ちゃんの続柄をこんな時もお友達であると勘違いしている大福ちゃんがとても楽しそうに冬音ちゃんの周りを飛び回ると、お日様ちゃんのことも巻き込みながら無邪気に喜んでいる冬音ちゃんの様子をみせられたら、もしもこの場に舞人と惟花さんがいたとしても、あの2人ならこんな冬音ちゃんたちの様子をみせられてしまったら結局は冬音ちゃんのお願いに負けてしまい、冬音ちゃんたちのことも連れて智夏ちゃんのことを外の世界へと一緒に探しに行く場面がとても簡単に想像できてしまって、桜雪と静空ちゃんも自然と微笑んでしまったからかもしれません。


「でも冬音ちゃん? サンタクロースのお姉さんは世界がとても大変な時にも大好きな智夏ちゃんのために一生懸命な冬音ちゃんの事をみてくれたら、お願いを叶えてくれるだけでなく、何か冬音ちゃんにはご褒美までくれるかもしれませんよ?」


 でもこうして冬音ちゃんを外の世界へと連れ出すことに決めたのならもちろんその責任は取らないといけませんが、今まで桜雪が本来の力を使わずに“図書館から運んで来た魔法書”と静空ちゃんの“3メートル以内の空間に「永遠」と「生命」を授けられる”という魔法を組み合わせていたのも、桜雪の本来の能力である“相手にとって未知なる力を使用できる”というものが黒き影の軍勢に完全に分析されてしまうのも防ぐためだったので、桜雪のそんな本当の力と静空ちゃんの力を組み合わせれば最低でも数分間は最高峰の守勢を完成させることがはずです。


 また母親譲りの用意周到さを持っている冬音ちゃんは自らの能力である“白き箱の錬金術”によってお日様ちゃんと大福ちゃんをそれぞれ、“白き翼と光の太刀を備える天犬”と“純白の炎を纏う威風堂々とした不死鳥”に進化させることが出来たようなので、“こんなお日様ちゃんと大福のことをみたら怜志だったら絶対に感激をするわね”と静空ちゃんが笑顔になるように火力方面も完成はしました。


 こうなれば理論上は闇色の都へと飛び出しても相手方の都合だけではなくこちら側の都合も押し通せるはずでしたが、それでも唯一大聖堂を離れる不安は、大聖堂から離れれば離れてしまうほど歌い子たちとの距離も遠くなるために、おそらく大聖堂周辺で混戦している歌い子たちから響く歌声も必然的に減少する一方であるのに、大聖堂を離れるほどに黒き歌い子たちによる干渉も予想できたため、聖なる歌い子たちからの逐次的な魔力の供給をほとんど望めないことでしたが――、


「!! それは本当ですか桜雪ちゃん!?」


「冬音ちゃんはとてもいい子さんですからね?」


「それじゃあ桜雪ちゃん! 本当にサンタクロースのお姉さんが何かご褒美をあげるよって言ってくれたら、この世界のみんなの笑顔をお願いします!」


「今の冬音の言葉を聞いたら、たぶん舞人と惟花が誰よりも笑顔になるけどね」


 それでも3人の会話が普段と変わらない雰囲気なのは、どんな時もとても元気で楽しそうな冬音ちゃんはどうあれ、桜雪と静空ちゃんには理由がありました。


 そしてそれは――。











第95話『殺戮の僭称』と『玲瓏の黒翼』

 地下の大祭壇で黒き魔剣を右手に携えた青年が殺戮の化身となっていました。


 世界の終焉に呼応してこの世界に甦った闇色の神々を死へと導くようにして。


 黒き魔剣の青年へと襲いかかる“世界中の星々に眠る秘術を使役できる月刀”や、“自らの全ての知識と共鳴する力を授けてくれる太刀”や、“この世界の始まりを作り、この世界の終わりを誘う原初で終焉の魔術”さえも無力でした。


「やはり最後まで朽ち果てぬか。愚か者たちの系譜は。でも我らが眠り美しき夢をみている間に愚かしき夢をみるほどでないと、この世界の王さえ夢幻だったか」


 しかし闇色の神々にとっては彼の反逆さえも想定内であるように大祭壇の中央へと六面体の魔法陣を降臨させ、黒き魔剣の青年の魂を奪おうとしましたが――、


「……!」


 なぜか黒き魔剣の青年はその立体結界の概念を跳ね除けてしまいました。その立体結界は“異空間で眠っていた自分たちの傀儡としてこの世界に存在させていた黒き魔剣の青年の使命の終わりを告げる時のために構築していた最級魔術”なのに。


 現実を疑うような展開にはさすがの闇色の神々も大きな衝撃を受けてしまう中で、黒き翼の青年は悪魔のような微笑みをしながら天使のように楽しげに笑い、神々へと死の宣告でも与えるようにして美しく厳かな足取りで大祭壇の石床を踏んでいく中で、闇色の神々も自分たちの前で何が起こっているのかと考えて――、


「まさか貴様らは俺の正体が“舞人の父親”だろうとでもいいたいのか? それならばさすがは何千年と眠っていただけあってなんとも面白い冗談を考えるな」


 死を贈るための立体結界が無力であるならば目の前にいるのはそもそもすでに自らが傀儡としていた黒き魔剣の青年ではなく、自分たちが対立をしていた派閥の神々は目の前の青年が消し去ってしまっていて、ましてや彼は舞人の仲間の誰かでもなく、この世界の神話の再生の起源である黒き王の配下でもないとすれば、自分たちを圧倒するような力を持てるのは唯一の可能性しかないはずですが――、


「でも残念ながら“舞人の父親”なんていう存在はそもそもどこにもいないのさ」


 これが黒き魔剣の青年にとっての偽りのない答えだったのでした。


 闇色の神々にとっても何を言っているのかさえわからなかったはずですが、一歩一歩歩み寄っていく黒き魔剣の青年から数千の神々の気配が零れ始めると――、


「……。……。……ならばまさか貴様らは――」











第96話『光焔の円環』と『生命の相承』

「もう僕たちも騙されたりはしないよ。忘れたくなかった大切なことも思い出せているからさ。確かに僕たちは悲しくて辛い運命を変えることなんてできないのかもしれないけど、だからこそ本当は僕たちも誰かのために傷つけ合うんじゃなくて、僕たちは僕たちのために助け合ったり愛し合えたはずなんじゃないのかな」


 もしも運命を言葉で定義付けたなら、それは複雑で単純な円環なのでしょう。


 だからこそ自らの運命さえも愛せて信じれる存在は運命の輪に導かれ、この世界に自らがいるからこそ笑顔にできる人や幸せにできる人たちと廻り合えていく。


 それが彼らの答えでした。


「まさかだからあなたたちはあの青年を助けてあげようとでもいうの?」


「もしかしたらそれが僕たちがこの世界に生まれた意味なのかもしれないからさ」


 まるで彼らは“こんな世界で愛を謳うことは愚かなんかではなく、自分たちはこんな世界だからこそ愛を謳うことが出来るんだ”とでも謳っているようでした。


 そんな天使たちを惑わせ彼らの運命を奪おうとしていた幻影の王女は笑います。


「本当にいつだって呆れてしまうほどに愚かな子供たちね。貴方たちのような悲運の定めに囚われた人たちが人々の悪意や疑心暗鬼から逃げることなんて夢物語でしかないのに。あの青年に惑わされた一時の気の過ちで世界の流れに背いたりしたら一生後悔をすることになるのよ。貴方たちのような取るに足らないような運命なんて、そもそも誇りのようなものでもわざわざ守るものでもないのだから」


 光と影の天使たちが彼らを包んでいた黒き幻影から解き放たれていきました。


「それでもその灰色の運命が誰かを幸せに出来るのなら証明はできるんでしょ?」


 彼らが導き出した答えが痛みなく終われないものならば、黒き幻影の王女は“数千万の闇”を支配するゆえの力尽くによって彼らの運命を奪おうとしたのです。


 それでも天使たちから笑顔が消えるようなことはありません。


「まずはお望み通りに貴女の運命と私達の運命から重ね合わせてみましょうか?」


 微笑む天使たちの背後からはとても大人びた金髪の少女が現われ、そんな少女の後ろにはまるで彼女が送った手紙に応えてくれたように、彼女の姉が率いる――。











第97話『笑顔の重奏』と『彩雲の未来』

 本当に舞人や惟花や桜雪や静空ちゃんだけだったのでしょうか? この聖夜に冬音ちゃんのことが大好きで助けてあげたいと願っていたサンタクロースたちは。


「はぁ。貴方はこんな時も道に迷っていたのですか。驚くような役立たずですね」


「貴女の居場所はもちろんわかっていましたが、これだけの干渉はやはり厄介で」


「厄介なのはこちらでしょう。なぜに貴方は私の居場所を把握しているのですか」


 冬音ちゃんが桜雪たちを導いてくれた“異空間への幻想の街並み”。そこがあとわずかのところで崩れ去ってしまう時に、桜雪たちに手を貸してくれたのは――、


「“なんか大福でかくない?”じゃないのよ怜志。奏大たちの事はどうしたの?」


「なんていうかさ俺もやっぱり静空さんたちのことが心配でこっちに来ちゃった」


「そんな言い訳はもう舞人だって許してもらえないのに、あなた本当に馬鹿ねぇ」


 お化け青年と怜志くんでした。


「! 怜志くんとお父様のお友達の不思議な帽子のお兄さん! やっぱり怜志くんと不思議な帽子のお兄さんもギャグキャラだったんですか、ギャグキャラ!?」


 冬音ちゃんはお化け青年と怜志くんの登場にも大喜びのようでしたが、溜息気分である桜雪と静空ちゃんはそれぞれそういうわけにはいかなかったようです。


 でもこうして冬音ちゃんの笑顔を守ってくれる怜志くんやお化け青年が冬音ちゃんにとって優しいサンタクロースなら、怜志くんを送り出してくれた奏大くんたちも冬音ちゃんにとってはやっぱり優しいサンタクロースなのかもしれません。


「でも俺たちはさみんなこんな冬音に魅了されたサンタクロースなんでしょ?」


「まぁもしかしたらそういうところも冬音の不思議な力の1つなのかもね?」


 桜雪たちが誘われた幻想街。そこでは終わりを迎えるべき世界へと最後を招くような黒き霧が包み、無限の黒き影たちまで生み出されているようでしたが――、


「でも貴方も律儀な方ですね。最後まで怪しい道化のままこの世界に残るなんて」


「私にとっての舞人様や惟花様は貴女にとっての風歌様のような存在ですからね」


 冬音ちゃんのお願いを叶えてあげたいお友達サンタクロースたちの活躍はもちろん、どこかでは“本物の絵本サンタクロースさんのお姉さんたち”も微笑んでくれているのか、こんな世界でも止まることなく光を探し続けられましたが――、


「!!! 桜雪ちゃんと不思議な帽子のお兄さんと、静空ちゃんと怜志くんと、お日様ちゃんと大福ちゃん! やっとここでギャグキャラの本領領揮ですよ!」


「「「「「「?」」」」」」


「あんな風にすごく恐そうな嵐にこそとりあえず突っ込みましょう!」


 優美なる滅びの世界を描いているような幻想の街に相応しく”数千の魔法の破片を燃やしているような焔の大嵐”が行く手を遮りましたが、”おそらくこのままでは終わらないんだろう”と、誰もがこの先の驚くような展開を信じた中で――。











第98話『白雨の世界』と『幸福の碧空』

 人々の心の闇の夢に囚われた風歌ちゃんと智夏ちゃんの幻想を届けてきました。


 優しさや正しささえ愚かであるようなこの世界では、今の瑞葉や冬音ちゃんたちでは“風歌ちゃんや智夏ちゃんさえも救えない”という現実を証明するように。


 もしかしたら瑞葉だって少女を否定することはできなかったのかもしれません。


 瑞葉だって心のどこかではこの世界の不完全さを理解していたのでしょうから。


 でもこの世界の全てを諦めてしまうようなことは瑞葉もできなかったのです。


 もちろんこの世界は全ての人が優しくなれるほど優しくはなく、優しい人だからこそ報われるなんて叶わぬ夢でも、笑ってしまうほどに優しい人々はいるから。


 瑞葉も舞人たちの“そんな優しさ”だけはずっと信じ続けてみたかったのです。


 たとえ優しさや正しさではこの腐敗した世界を浄化できなくても、優しさや正しさで誰かを笑顔にできるのなら、そんな穢れなき心も罪ではないと願い続けて。


「僕から優しさまでなくしちゃったら何も残らなくなっちゃう気がするからさ」


 最後まで揺らぐ事のなかった瑞葉の想いに黒き夢の果てに生まれた少女は―ー。











第99話『通底の生命』と『永遠の封緘』

 どうして彼に綺麗事をいえるのでしょう。君がこの世界に生まれた意味は素晴らしいものだよなんて。誰もがこの世界の神様でもなければ、誰もがよくわかっていないままなのに。どうして自らがこの世界に生まれたのかなんていうことは。


 でもたとえいつかは散ってしまうことが花の運命だとしても、咲けば地上に嵐を起こしてしまうことが運命の花だとしても、咲くことを恐れて土の中に眠っていたり、ほかの花と自分は違うために造花のように咲いてしまうのは、彼という花が咲くことで地上に嵐を起こしてしまうことよりも悲しいことのはずです。


「たぶん笑うかな。舞人が舞人らしく生きてみた結果がそれならそれで面白くて」


 この世界に生まれた意味を大切にして彼には彼らしく咲いていてもらいたい。


 そんな風に想っている人はおそらく彼が思っているよりも多いはずなのに。


 この世界には咲かなくていい花なんてないのでしょう。


 自分という花を咲かせたのならいつかは誰かがその花をみて笑顔になってくれたり、そんな彼の傍で絆を咲かせてくれようとする花たちだっているはずだから。


「でもだから俺も嫌いになれないんだけどね。舞人がこの世界に生まれた意味は」











第100話『命数の真実』と『約束の純愛』

 もしかしたら“決して愛してはならなかった鬼神”と“決して愛されてはならなかった女神”だからこそ、2人は廻り合って愛し合う運命だったのでしょうか?


 誰も愛することができないならせめて誰にも嫌われないようにしていた青年は少女と出会うことで本当の愛とは何かを知り、誰からも愛されないように誰も愛することがなかった少女は青年と出会うことで真実の愛を手に入れたのでした。


 そして2人は永遠に変わることのない愛の約束をしたのです。


 “これから先にどんな未来が待っていても――”


 本当は青年も全てを思い出していました。少女が全てを思い出したあの時から。











第101話『自由の花々』と『天花の運命』

 黒き王と最後の瞬間を迎える前に少女は小さく微笑んでいました。


 胸元で揺れている“白き十字架と雪の結晶のネックレス”が輝くのを感じて。


 もしも“誰からも愛されてはならなかった少女”と“誰も愛してはならなかった青年”の赤い糸はこの世界の誰も解き方を知らない知恵の輪のように絡み合い、少女と青年の愛だけは永遠の愛という幻想を作るのなら、2人の真実が重なった先にはいったいどんな未来が待ち、いったいどんな運命が待っていたのでしょう。











第102話『崩壊の寓意』と『泡沫の世界』

 まるでこの世界の神話の終わりが近づいているように崩壊し始めた光の都の市街地区で、そうして崩れ去っていく世界へと響き合うように佇む青年がいました。


「やっぱりあなただけは舞人のために訪れていたわけではなかったのね、友秋?」


「永遠に変わり続けないものなんてないからさ。この世の中や時の流れの前では」


 この聖夜の神話の終わりの果てにはどんな物語が紡がれていくのでしょう。


 魔術師の少女もまだそのことはわかりませんが、この世界の崩壊に溶け込む青年が“神々の大陸へと災厄を起こそう”としていることだけは確信をしていました。











第103話『献奏の運命』と『聖夜の夜曲』

 自分なんてこの世界の誰にも愛されないんだと想っていた舞人に“舞人が知るべきだった真実”と“本当の愛”を教えてくれ、舞人のことを救ってくれた少女。


 大切なものはもしかしたら舞人が誰よりも知っていたのかもしれないのに。


 どうしてそれはいつも舞人の胸から零れ落ちてしまっていたのでしょう。


「ずっと君のことも待たせちゃったのかな。白き血に眠るとても可憐なお姫様?」


 舞人にとっては自らの運命の全てである“白い十字架と雪の結晶のネックレス”を握りながら不思議な女性の右手を握ると、少女は優しく笑ってくれました。


「やっぱり舞人くんならもうわたしの正体にも気付いてくれているのかな?」


「どちらかといえばただ思い出せただけかもしれないけどね」 


 もしも人は自分らしく生きることによって本当に大切なものを手に入れられるというのなら、これから先に舞人にはいったいどんな未来が待つというのでしょう。


 でも舞人は信じてみたいと思ってしまったのです。


 もしも2人の愛が真実なら永遠の愛という幻想も証明できるのかもしれないと。


「もう全てを終わりにしようか。やっとぼくも全ての思い出を取り戻せたからさ」











第104話『神代の鬼神』と『済世の女神』

 そして青年は悪い神様と出会いました。


 幸せで包まれかけていた世界が絶望に塗り替えられてしまいます。


 青年の突然の消失によって少女は全てを失ってしまいましたから。


 でも少女の願いは叶いました。


 お花畑さえも消えてしまったこの世界に2人で笑顔の花を咲かせてあげようと。


 少女は青年と約束をします。


 けれど少女は悪い神様と出会いました。


 だってこの世界はこんなにも悲しみに満ちているのですから。


 優しい神様はみんな悪い神様に殺されてしまったようでした。

 ということでこれでさすがに「Kiss to “freedom”, Last world for “ out of love” ~世界で最後の聖夜に自由への口付けを~ 」も終わりにしたいと思います。これまで本当にありがとうございました。気付けばいつの間にかこの作品も数年越しの完結になってしまいました。ぼくは浦島太郎にでもなったような気分です。でももしもそんなぼくが謝るべきことがあるとするなら、それはやっぱり”昨年の今日”に完結できれば何よりもよかったということですかね。最後ぐらいは綺麗に終わることができなかったのは、本当にごめんなさいと思っています。


 ということで昨年の謝意と今年の聖夜の気持ちを表明して、偽りのない続編の「Kiss to “eternal”,Last love for “out of heavenly ” ~君と僕の最後の愛に永遠の口付けを~」を”12月25日”から投稿していきたいと思います。もちろんこれは来年の12月25日でもありませんし、この作品からは数年ではなく数ヶ月ごとの完結を目指して頑張っていきたいと思いますので、もしもわずかでも「Kiss to “freedom”, Last world for “ out of love” ~世界で最後の聖夜に自由への口付けを~ 」に興味を持っていただけた方がいらしたら、これからも「Kiss to “eternal”,Last love for “out of heavenly ” ~君と僕の最後の愛に永遠の口付けを~」の応援をよろしくお願いします(……こうやって文章にすると作品のタイトルがすごく長いなぁ。この文章の半分ぐらいも作品のタイトルで出来ていそう……)



 PS:この下に次作の前振りをしておきますが、これからの作品は”音楽の詩”という概念が多少なりともあるので(予想外のところで”音楽”という前作品の中心的な伏線を回収!)、ぼくの勝手な思いから抽象的な文章表現が増えてしまうかもしれませんが、それをみなさんご自身で考察していただけたらぼくとしては何よりも嬉しいことですし、もしも「そういうことはあまり好かないよ」という方々がいらしたら、もう疑問に思った点などはこのような環境ですしぜひとも直接ご質問をしていただければと思います!


(Q1:これからの主要な世界観は?)

 

(Q2:そんな世界で主人公は何をしていくの?)


(Q3:そもそもどうして奈季や瑞葉は舞人と一緒にいるの?) 


(Q4:じゃあそもそも主人公は”前の作品”で何をやっていたのよ!?)


  Q1の答え:

   ①神々が住まいし大陸《数十域》→(天界・現界・深界の3大陸)

   ②聖珠が宿りし者たち《数百人》→(神々の心臓が宿りし者たち)

   ③神血が宿りし者たち《数千人》→(神々の血液が流れし者たち)

   ④赤き血の魔術師たち《数万人》→(神々の知識を理解し者たち)

   ⑤赤き血の一般人たち《数億人》→(神々に創造されし人形たち)


   そして基本的に上記の存在は誰もが、魔法(意識や願いを現実に投影させるものの総称)というものを使うことができる。でもだからこそ一度でも、”神の心臓”や”天空の血”という魔法を失ってしまった者は絶対に生き返ることができない世界。



  Q2の答え:

   今のところは「忍者×侍」というテーマを中心に添えてあげたいと思います。



  Q3の答え:

   奈季や瑞葉には友人としての腐れ縁という思いがある。

   でもこれからはそれぞれ何らかの願いを抱くようにしてあげたいかな?

  【”子供から大人になるという変化”の大きなテーマ】



  Q4の答え:

   もちろんその答え合わせはこれからということで……。

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