Chapter4:kiss to story , because kiss to dream.
本当にごめんなさい! あまりにもぼくが気が抜けているために、いまさら章の割り方をうっかり勘違いしてしまいました。Chapter3にとても大切な"第71話~第75話"を追加しておきます。本当にごめんなさい!
第76話『経綸の始祖』と『無辜の純愛』
小さな教会の一室だったのかもしれません。
部屋の窓際にみえる日に焼けた寝台へと1人の青年が背中を預けていました。
もしかしたら青年は優しい夢をみていたのかもしれません。
何千回と心の中で紡がれ続けた優しい夢が“始まりの鐘”を望んでいたために。
でもどんな時だって優しい夢はいつか終わりが来るからこそ優しい夢なのです。
落ち着いた呼吸を撫でるようにして純真なる空気を胸一杯に吸い込む青年は魅惑されるような睡魔を押し堪えながらも、汚れなきカレンダーが壁に浮いて机の上の生け花は生き生きした生活的な寝室へと、未だに眠たさが残る瞳を配ります。
でも青年にとってもここはどこなのかわかりました。
愛鈴が世界を忘れないように、世界も愛鈴のことを忘れないようです。
悠然とする愛鈴の瞳へと“雪色の弓”が映り込みます。
あれはいつも愛鈴が自らの左手のように愛していた弓のはずでした。
美しさに満ちた絨毯の上を衣服を重ねるように四肢で這うと、終わりなき永遠の森林の中で一滴の優しさに触れるようにして、その白き弓を手に取ろうとします。
でも愛鈴にとってはこれが始まりの終わりでした。
世界を光で包もうとする優しい夢の象徴。
弓に触れた瞬間、“世界を光で包もうとする純白の象徴”が心に映ったのです。
“私と一緒に眠りましょう愛鈴。だって貴方がいる世界はあまりにも愛鈴にとって悲しすぎるから。愛鈴を愛してくれる人なんてこの世界にはいないのよ。愛鈴は愛する人にだって傷つけられてしまうわ。愛鈴はとても純粋な人だからね”
愛鈴が“何よりも恐れている未来”の到来を不思議な少女は予言する中で――。
第77話『崩壊の悲傷』と『憂愁の喪失』
今年の聖夜に愛鈴は何を望むのでしょう。愛しき人が住む世界へと幸せが降り注ぐことでしょうか、自らへと慈愛が降り注ぐことでしょうか、それとも……。
世界は前からどこか間違っていました。白き血が流れる愛鈴のような人間が当たり前のように存在し、神の愛と呼ばれる超常的な物にまで満ちていましたから。
それでもそのような世界でも“形のある幸せ”は瞳に映り、残り数日にも迫っていた聖夜を待ち望む人々が大勢いたはずですが――いつからでしょうか。“色無き者たち”と呼ばれる人々の深層の心理を表出させたような存在が現われたのは。
1週間ほど前から誕生した彼らは恐ろしいような勢いでこの国を鯨飲しました。
人々は本当に何も知りません。色無き者の願いとはなんなのでしょう。彼らを産み落としたのは誰なのでしょう。どうして人々は色無き者になってしまうのでしょう。どうして彼らは旧世代の人々を襲うのでしょう。人の本性を示すように。
こんなにも世界は不安定なものになってしまいました。そこでは本物の愛情や友情しか存在できないのでしょう。そこに愛鈴の居場所なんてあるのでしょうか。
「……ふざけんなお前。そんな変な白い血が流れているくせに運動音痴かよ……」
「悪かったよ奈季。左肘が反抗期でさ」
自らの住処としていた小さな教会。そこで愛鈴は目覚めました。そして真っ先に飛び出したのです。色無き人々に支配され旧世代の人の姿なんて消えてしまった光の都へと。愛鈴は探していました。どうしようもなく気になってしまう少女のことを。彼女はまるで雪のように儚く消えてしまいそうな少女でした。だから愛鈴は街中を駆け抜けます。どこからか少女の声が届くことをただ願って。
でもそんな中でまず愛鈴の瞳へと誘われたもの。それは何をいったいどう間違えたらこのような状況でも単独行動をできるのか奇跡的なメンタルの持ち主の奈季くんや、いつの間にか傍から消えてしまっていた自由奔放な愛鈴や奈季くんのことを光の都の全域に響き渡るような大声で探してくれていた瑞葉くんでした。
「!!! 愛鈴くんと奈季くん! 2人はいつの間にどこのお手洗いに――」
色なき者の集団に取り囲まれてしまう寸前でした。愛鈴たちが無事に再会して安全な地域に転移できたのは。でもその時に愛鈴もいくらわざとではないとはいえ奈季くんの鳩尾へと左ひじをねじ込んでしまったので人のことはいえないでしょうが、いったい何をどう間違えたら瑞葉くんもそうなってしまうのでしょう。転移魔法を発動してくれた張本人であるはずの彼が、転移した先の小さな聖堂の木の床へと右足をめり込ませてしまい、頑張って引っ張り上げている中で――、
「無事にお帰りなさい愛鈴くん。でも愛鈴くんはまたどこに行ってたんですか?」
時々大人びた色合いを感じさせてくれる少女でした。17歳という年齢なのに。その一方で幼さを感じさせてくれる少女でもありました。17歳という年齢なのに。
そもそもをいえば愛鈴が先ほどのように“不思議な少女”から夢をみせられてしまい、自分の知らない世界へと連れられてしまうようなことも始めてではありません。なぜか近頃は頻発していたのです。でも愛鈴的には“あの少女から告げられた全て”を誰かに告げれるほど精神は強くありませんし、だからといってこうも純情に拗ねてくれる風歌ちゃんをだますことも胸は痛む中で、1人で大騒ぎしていた瑞葉くんの助けへと“もうっ。瑞葉お兄ちゃんは本当に~”という感じで風歌ちゃんが向かってくれたのでひとまずは愛鈴もほっとしてしまう中で――、
「風歌はめちゃくちゃ怒っているなぁ兄貴。あれは腸も煮え返ってくるよ絶対に」
なんだかんだいっても繊細な面はあるからか“さすがにぎりぎりだったなぁ”という感じで両足を伸ばしながら床に座り天井を仰いでいた奈季くんへと、怜志くんは何かを楽しげにささやいて右腰を殴られながら舞人に近づいてくれました。
怜志くんは愛鈴がこうして無事でいてもまったく驚いていません。まるで全てを分かってくれていたように。それは彼が愛鈴にとっての弟である証明のようでした。愛鈴にとっては居心地がよくもあります。そんな関係が。たとえ怜志くんには白き血が流れていなくても。むしろ怜志くんには白き血が流れていないからこそ。
でもそんな怜志くんには昨年度から入学していた都内の大学で知り合い親しい関係を築いていた少女がいたようですが、静空ちゃんは愛鈴に対しても心地のよい感じで接してくれて、また怜志くんへと愛鈴の陰口をいってしまうというよりはむしろ逆に愛鈴に怜志くんの呆れるような面の同意を求めてくれるような少女だったので、愛鈴としても気まずさなどはなくむしろ好意的になれましたが――、
「風歌は花も恥らう乙女よ。そんな風に怒るのはユフィリアお嬢様ぐらいでしょ」
愛鈴には捜し人がいました。静空ちゃんたちが同じく捜しているように。愛鈴としては思っていたのです。もしかしたら彼女は静空ちゃんたちと一緒にいてくれているのではと。おそらく彼女は自分だけおいてどこかにいってしまった愛鈴へと頬を膨らませているのです。でもどうやらそんなものは都合のよい幻想でした。
彼女がいないだけで愛鈴の心は死んでしまいました。どうしようもない孤独感と無力感に襲われてしまい。息をすることも辛いのです。彼女のいない世界では。
でも少女は呼んでくれました。愛鈴のことを。まるで探してと言うように。世界のどこかから。だから愛鈴も少女の居場所はわかりました。世界のどこにいても。
「どっちかっていったらユフィリアは腸を抉り出しそうだよ。本当に怒ったらさ」
世界に詠うのは悲しみだけなのでしょうか。愛鈴は祈りました。愛も詠われる事を。悲しい現実を認めたくないから。こんな世界でも誰かに愛されたかったから。
第78話『連理の少女』と『少女の月白』
最後の聖夜の前日でした。一度瞳を閉じている間に12月22日は過ぎ去ってしまったようです。まるで世界は終わりが近付くにつれて時が歪んでいくように。
全ての人が消えてしまったように静かな街とクリスマスイルミネーション。それが偽りなんてない地球最後の聖夜の前夜のようでした。“世界が忘れ続けていた人々へのたった1つの贈り物”は本当にいつか全ての人々へと届くのでしょうか。
世界の静けさに心を満たされるように奈季が瞳を閉じながら路地裏の民家の壁に背中を預けている中で、そんな奈季の右手側から音もなく歩いて来たのは――、
「でもそういえば月葉。月葉は知ってるか。白き血がこの世界に生まれた理由を」
「私は知らないけど……まさかあなたは知ってるの?」
月葉ちゃんはゆっくりと立ち止まります。奈季のすぐ目の前にみえていた民家の壁へと背中を付けるようになりながら。2人の距離感は横目に映るほどでした。
「舞人を探しに行くんだろ。ならその質問を今のあいつにぶつけておいてくれよ」
たぶん奈季は知っていました。月葉ちゃんの多くのことを。だからいまも手に取るようにわかったのかもしれません。“月葉ちゃんの不安や心の中の願い”も。
「……あなたは寂しくないの? 私とこうして会えるのも最後かもしれないのに」
「どうせ最後にはならないだろ。お前たち家族は追跡者のプロだから」
たぶん奈季にとっては何気ない優しさでした。でも月葉ちゃんにとっては大きな優しさだったのかもしれません。だって彼女は小さく笑ったのですから。
「それじゃあもうさよならね。私はあなたのストーカーなんて絶対にしないんだから」
月葉ちゃんには聖夜に届けたい贈り物がありました。聖夜に伝えないとけない想いがありました。だから彼女が“彼”の元へと向かうために踵を逸らすと――、
“ちゃんと桜雪や智夏とも仲良くやれよ月葉。舞人や惟花だけとじゃなくてね”
と奈季が彼女の背中越しにお節介を焼くと、月葉ちゃんは小さく振り返り――、
“余計なお世話よ馬鹿っ”
と赤い唇の動きだけで伝えたあと全てが夢だったように消えてしまいました。
でも奈季としてはこうして月葉ちゃんと別れてしまっても悲しみのようなものはなく、むしろ月葉ちゃんが“ちゃんとあいつらと仲良くできるのかよ”という一種の兄心のような心配を抱いてしまっていましたが、いつの間にかそんな奈季の手元には銀色の小箱が握られていて、“???”と奈季が疑問を持つと、それはクラッカーのような音とともにまるでビックリ箱のように勝手に開閉して――、
“今までありがとう奈季。たぶん嫌いではなかったわよ。あなたの傍の空気はね”
と目を離せばすぐにどこかに消えてしまう月葉ちゃんなりにありがとうが込められたメッセージと、世界に唯一の“金の殻のヤドカリ”が鎮座していました。
「本当に舞人とそっくりになってきたよ。似ない方が良かったところばかりね」
第79話『偶発の幻想』と『安堵の信実』
人は悲しめ合うために生まれてきたのではないでしょう。もしもそんな悲しい運命を認めてしまったら人が何のために生きているのかさえもわからなくなってしまいそうで。でもそんな事実は愛鈴にとってもとても悲しいような気がして。
『……たぶんだけどね愛鈴くん。わたしも大好きだよ。愛鈴くんのことは……』
こんなにも悲劇に染まってしまった世界にも愛鈴たち以外の生存者はいたようでした。色無き者たちとは違う彼らとはこんな世界でも助け合える存在でしょう。
崩壊してしまった光の都の市街地で出会えた数百人の生存者たちを転移させてあげるための魔法陣を瑞葉くんが生み出してくれている中で、愛鈴たちは瑞葉くんたちの守護を行ってあげていたのですが、そんな愛鈴に美しい歌を奏でてくれていたのは、“なぜかその姿を愛鈴だけしか認識できず、その姿を唯一認められる愛鈴に至ってもその美しさが信じられないために、良くも悪くも幻想的な美少女”だったのですが、今の愛鈴にとってはそんな美少女から向けられた言葉にまったく聞き覚えがなく“えっ。どういうこと?”という瞳を向けてしまうと――、
『……もしかしてさっきの言葉は冗談だったの愛鈴くん……?』
ユフィリアは悲しげな表情でした。悲しき表情を紡いでいるユフィリア本人よりもよほど愛鈴のほうが心悲しくなってしまうほどに。だから愛鈴も戸惑うと――、
『ねぇ。本当に愛鈴くんはなんともないの? やっぱり少し変だよ? だって突然脈絡もなくあんな風にいわれてもさ結局はそんな風に納得をしちゃうんだもん』
ユフィリアは不満げでした。“異界の瞳を宿らせながら漆黒の太刀を振るってきた色無き者”を消し去った愛鈴の白き弓を放つ手が狂ってしまっていたほどには。
「……なんか怒ってるの?」
『別に』
どう考えてもユフィリアは機嫌を損ねていました。愛鈴の罰が悪くなるほどに。
でも愛鈴たちが対処できる色無き者には明らかに限りがある一方で、色無き者たちには増援が訪れ続けるので、時が立てば立つほど愛鈴たちが窮地に陥るのは一種の自然の摂理なのかもしれませんが、このような状況が続けば厄介なので、愛鈴が単独で彼らの中心戦力へと急襲を仕掛ける必要性さえ考慮し始めると――、
……もう帰って来ないかと思ったけど、まだ無事に生きてたのかよあいつ……。
今は瑞葉くんたちを守れさえすればとりあえずはそれでいい。そんな1つの覚悟を決めていた愛鈴の表情が綻びました。待ち望んでいた“彼”の帰りを喜んで。
第80話『俯仰の罪悪』と『荊棘の微笑』
こんな世界にもどこかには幸福があるのでしょうか。世界の誰もが望んでなんていないのに人々が人々のことを信じられなくなってしまい、世界の誰もが望んでなんていないのに人々が人々でいられなくなるようなとても悲しい世界なのに。
別に愛鈴はわがままを望んでいません。誰かに愛していてもらいなんて。ただ愛鈴は誰かと一緒にいたかっただけなのです。誰からも嫌われたりしないまま。
でもそれなのにもしも“自らが生きている運命を否定され、愛鈴さえいなければこの世界も幸せだった”という可能性があるのならどうすればいいのでしょう。
「……それなら今は何よりだろ友秋。やっとぼくたちにも希望の芽がみえたなら」
「今の俺たちにとってはとても大切な希望の芽だろ。たとえどれだけ小さくても」
色無き者たちによって愛鈴たちは安住の地を失ってしまいましたが、それでも瑞葉くんが崩壊した魔法学校を中心にして“新たなる拠点”を再建してくれたおかげで、やっと愛鈴たちも守護すべき人々の安寧を導くことが出来たようでした。
たぶんそれは愛鈴にとっても何よりなのでしょうが、今の自分がその事実を心から喜ぶことが出来ていたのかはわかりません。何度も何度も彼は隠そうとしてくれていたのに、大切な友人に聞き詰め教えてもらった言葉が心の中に響き続け。
「でも俺だって分からないよ愛鈴。自分がこの世界に生まれて来たことが正しくて、自分が生まれてきたから周りの人も幸せになれたのかなんてさ。でもたぶん俺は幸せだったよ。愛鈴と出会えて。今まではもちろんこれからもだけどさ」
もしかしたら本当に愛鈴は“正しい存在”ではないのかもしれません。誰からも好かれるような。でもそんな自分のことを知ってもなお一緒に生きようとしてくれる人がいる。そんなたった1つの事実だけでも人は救われるのでしょうか?
第81話『善導の魔書』と『悠遠の粛清』
瑞葉は迷いました。世界の全ての彩りが穢れに染まった世界を。先ほどまでは一緒の地下部屋にいたはずの瑠璃奈ちゃんの名や、ずっと探し求める風歌ちゃんの名や、瑞葉の心の大切な部分に居続ける愉快な友人たちの名を呼び続けながら。
でも誰からも返事はありません。まるで瑞葉だけが悪い夢に囚われたように。
それでも瑞葉の右手にはこの世界に閉じ込められてしまう前に握っていた自身の全てが眠る魔法書が幸いにもあったので、最後の頼みの綱として友人たちと繋がるための願いを唱えてみますが、魔法書に誕生した魔法陣は儚く霧散します。
それはまるでこの世界では瑞葉の魔法陣そのものが禁忌とされているように。
そして何よりも瑞葉の魔法陣が生誕した瞬間でした。“誰か”からの強い憎しみを感じたのは。背後には誰もいないのに。思わず背後を振り返ってしまうような。
“いったい誰が自分のことを憎しんでいるのか?”、“どうして誰かが自分のことを憎しんでいるのか?”なんて瑞葉にもわかりません。でももしも誰かが瑞葉が“罪”を犯したと咎めるなら、この先に待っているのはその“罰”なのでしょう。
それでも瑞葉の胸の中から風歌ちゃんの記憶は消えません。もしもこの世界において人に与えられる全ての事象に偶然なんてなく全てが因果の上で成り立っていると考えるのなら、今回のことにだって何らかの意味はあるのでしょう。そしてそれは“眠り姫”となってしまっている風歌ちゃんと深いところで繋がっているのはもちろん、“どうしてこんなにも人が罰を受け、そもそもどうして人は罪を背負わねばならなかったのか”という答えにまで導いてくれるのかもしれません。
瑞葉には願い事がありました。とても小さな願い事が。だから一度は立ち止まった瑞葉の両足も進んだのかもしれません。左手はやはりお腹を押さえながらも。
「……うぅ。でもやっぱり嫌な事は嫌な事だし、まずはお腹が痛くなっちゃったかもしれない。とりあえずはお手洗いを探そう。“ねぇねぇ舞人くん。とりあえず僕はお手洗いに”って――あっ。そういえば舞人くんも傍にいないんだった……」
第82話『壊乱の都市』と『聖火の悲愴』
数ヶ月前から地獄のような街並みだった都市がついに滅び行きました。破壊への愉快さなんてなく純粋なる世界への殺意と憎悪だけの黒き翼の青年が“世界中の全ての邪悪なる霊魂たちを僕に従えたような色合いの魔剣”で暴れ狂って。
「笑ってしまうほどに“素晴らしい亡国”だろう白き血。人なんて天使から与えられた数千万の殻を失えば、この世界のどんな色よりも醜い悪魔になるんだからな」
過ちに堕ちた世界からは生命を失われるのが宿命なんだとしても。全ての生命がこの世界から消え行く最後の一瞬まではこの手で守りたいと願った人々がいたはずなのに。愛鈴の白き血はたった1人の青年の前に敗北者でした。黒き翼の青年がまるで“全ての始まりを紡いで全ての終わりを詠う”ように終焉をもたらすせいで。
「でもこんな亡国だからこそ誰もが王になる事を願うのだろうな。救う価値なんてなくても利用するべき価値だけはある“全ての始まり”には最高の亡国として」
瑞葉くんたちは愛鈴が守ってあげれなかったせいで。ユフィリアは愛鈴を庇ったせいで。みんな瓦礫の街並みに消えました。耳飾りからは誰の声も届きません。
それでも愛鈴は何が罪なのかもわからなかったから。それでも愛鈴はこの世界の誰も罪なんて犯していないと信じていたから。そして何よりもこの左手で守り続けると誓った幸せはあったはずだから。そんな幸せをせめて一握りだけでも奪い返すために愛鈴が感覚を失った左指で白き弓を掴むと――誰かからの視線が届いたような気がしました。愛鈴と彼女の心が通じたように。たとえ離れ離れでも。
「――王になるのなんて夢物語だろうな。お前みたいな人間ではさ」
崩壊した大聖堂の支柱へと背中を預けながら頭を下げていた愛鈴が小さく笑みました。瞬き後には黒き翼の青年の背後を取れていたから。まるで黒髪の少女に誘われたように。愛鈴が白き弓から閃光のような一撃を撃ち放とうとすると――、
「ならば俺が王になる事を拒む人間をこの世から全て殺し尽くしてしまえばいい」
青年の闇色の天翼から即応された漆黒の波動が希望を殺しました。それはまるで黒き血が流れる青年にとっては愛鈴の全てなんて読心してしまっているように。
悪夢のような現実を前に愛鈴の感情が死んでしまう中で黒き翼の青年が振り向き様に放った刀が愛鈴の左腹部を殴打しました。白き弓を粉砕するほどの勢いで。
都市の残骸へと激突した愛鈴の身体が雪崩を起こしてしまう中で、ユフィリアが愛鈴へと想いを届けてくれた辺りを黒き暴虐が虐殺の限りを尽くしました。もしかしたらユフィリアのものかもしれない身体の破片や赤白い衣服が飛び散ります。
愛していたはずの少女に訪れた現実に愛鈴の瞳にも憎しみが紡がれる中で――、
「それでもお前は今だって俺のことを心からは憎んでなんていないし、これからもお前が俺のことを本気で憎むことだってないさ。もしもこの世界にたった1つの罪があるとしたらそれはお前みたいな人間に穢れなき“白き血”が与えられてしまったことなんだろうからな。お前はそういうやつなんだよ白き血。本当にな」