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Chapter2:kiss to hell, because kiss to heaven.

第30話 『月夜の再会』と『安穏の輻湊ふくそう

 この世界に訪れた舞人が始めて惟花さんと出会った場所。つまりは大聖堂の中心区域でも第4階層。そこに舞人たちの寝室はあったのです。そこは“万が一のことがあった時のために”という観点からとても厳重な守護結界が施されていたために、旭法神域を率いる立場である瑞葉くんがなぜかよく隠れている自室や、彼の妹である風歌ちゃんが思索に耽っていたお部屋はもちろん、舞人にとってはとても深い関係者である桜雪ちゃんや智夏ちゃんや冬音ちゃんという親近者たちの部屋も備えてもらっていたのですが、舞人と惟花さんが大好きな冬音ちゃんはお願いをして、“舞人たちの部屋と自分たちの部屋を近く”にしてもらっていたので、舞人と惟花さんの寝室から6歩ほども歩けば愛娘たちの部屋となりました。

 

 あれ以来目を覚ましていないらしい冬音ちゃんもそこには――。


 幸いにも舞人本人は治癒のため桜雪ちゃんや智夏ちゃんから白き血を譲ってもらっていたのでだいぶ身体の状態は回復していましたが、舞人の様子をずっと見守ってくれていた惟花さんは休むことなんて出来ていなかったはずなので、“さすがに少し眠って休んでみたらどう?”という想いを舞人が優しく告げてみても―ー、


『でも冬音ちゃんはさやっぱりわたしにとっても大切な存在でしょ舞人くん?』


 と微笑まれてしまえば、舞人としても惟花さんの気持ちを尊重してあげました。


 でもこうして惟花さんも連れて智夏ちゃんと冬音ちゃんの部屋へと向かった舞人が2回ほど木の扉を叩くと、扉越しにすぐに智夏ちゃんの返事は届いてきて――、


「お母さん。もしかして舞人に何かって――何よ舞人じゃないの。あなたはお母さんじゃないんだからちゃんとノックは7回しなさいよね。阿婆擦れな父親ねぇ」


「智夏ちゃんはノック7回だと絶対に無視しちゃうから2回したんでしょうが~」


 とずっと会いたいなぁと思っていた智夏ちゃんの可愛いらしいお顔をみてしまったら、なんとも年甲斐もなくはしゃいだ舞人が全力の智夏ちゃんのモノマネをしてみたらあっさりと扉は閉まるので、舞人は間一髪で右足を差し込んで扉が閉まることを防ぎながらも、『はいっ。時刻は午前2時30分。舞人くんを智夏ちゃんと冬音ちゃんの部屋への不法侵入の罪で現行犯逮捕します』と冬音ちゃんなら絶対にお腹を抱えて笑っている“なんともお上手なパトカーのサイレンのモノマネ”をしながら舞人を捕まえようとする惟花さんの頭も叩いて中に入れました。


 そんな2人に智夏ちゃんはなんともお洒落な感じで溜息をつきそうに呆れていながらも、まずは舞人と惟花さんを冬音ちゃんの眠る寝台へと案内してくれます。


 もちろん舞人としては申し訳なさと期待感が入り混じった複雑な心中のまま冬音ちゃんのお顔を伺ってみたのですが、冬音ちゃんの寝顔は決して苦しそうなものではなく、むしろとても安らいだものだったので舞人も安堵してしまいました。


 惟花さんと一緒に黄色の羽毛布団の中に隠れていた冬音ちゃんの右手にもお邪魔をしてみましたが、確かな生命の温もりがあったので2人で微笑んでしまいます。


 冬音ちゃんの眠る寝台に腰掛ける智夏ちゃんはそんな舞人と惟花さんに温かい瞳を向けてくれていたのですが、舞人は智夏ちゃんに優しく微笑みかけると――、 


「でもさっきはみんなのことを守ってあげてくれてありがとうね智夏ちゃんも?」


「……別に。あの場でわたしが逃げて役立たずって思われるのが嫌だっただけよ」


「えぇ。智夏ちゃんだって本当はこの街のみんなの事がすごく大切なんでしょ?」


 智夏ちゃんの前に立膝で移動した舞人が両手を握りながらからかってみると、可愛らしいおでこをごつんっと頭に降ろされた舞人は悶え笑いながらも、惟花さんの左肩をとんとん叩いて智夏ちゃんの可愛いらしさを教えてあげていると――、


「でもさ舞人。もうあなたは本当になんともないの?」


「えっ。もうぼくは本当になんともないよ。色々助かったよ。ありがとうね?」


「そのことは気にしなくてもいいわよ舞人」


 “白き血の100ミリリットルに付き1万円”というとても現実的な金銭を平気で要求してくるかと想った智夏ちゃんからの予想外に可愛らし過ぎる一言です。

 

 これには舞人も“えぇ!?”と表情一杯に喜んでしまう中で――、


「だってそもそも舞人がちゃんと無事じゃないと冬音が可哀想じゃない」


 智夏ちゃんの言葉がぐさりっと胸に刺さった舞人は死んでしまいました。


 惟花さんが頷いて感服してしまうほどの見事な嫌味です。


 でも“触れてはいけない禁忌として扱われるよりは、お笑いに昇華されてしまうほうが嬉しい”とは智夏ちゃんの優しさを感じた舞人だからこそ思えましたが。











第31話 『衷心の言葉』と『幽邃ゆうすいの信頼』

 それでも舞人が智夏ちゃんに伝えなければならない想い。それは智夏ちゃんが“この街の信徒たちを守ってくれた”ことへの感謝だけではなかったでしょう。


 こうして舞人と惟花さんが冬音ちゃんの様子を確認できると智夏ちゃんは、“じゃあわたしは飲み物を用意してくるね?”という言葉を舞人と惟花さんには残して同じ部屋の北側のキッチンへと向かってしまったので、智夏ちゃんだけに飲み物を作らせて自分たちはお客さんとして振る舞うことがなんだか嫌だった舞人はお手伝いへと向かうために、“ごめんね惟花さん。冬音ちゃんのことを少し任せてもいいかな?”と相談をすると、惟花さんはもちろん笑顔で見送ってくれました。


「お邪魔虫だよ~智夏ちゃん」 


 そしてこれまた冬音ちゃんなら絶対にお腹を抱えて笑ってくれているのだろう“なんとも下手な芋虫のモノマネ”をしながら舞人は赤い絨毯を這って台所まで訪れましたが、コップを食器戸棚から取り出している智夏ちゃんは真面目でした。


「別にわたしのほうはいいからあなたはお母さんの傍にいてあげなさいよ」


「君の大好きな惟花さんが可愛い智夏ちゃんが火傷をしたら大変だからってさ」


 智夏ちゃんの予想通りである反応になんだか舞人は逆に嬉しくなりながらも智夏ちゃんの左肩を景気良く叩いて、コンロ上のやかんの監視役を買って出ると、“はぁ。ならもう舞人の好きなようにしていいわよ”という感じで、呆れてしまったというよりも諦めたようにして智夏ちゃんもお手伝いを認めてくれました。


 智夏ちゃんがココアの粉末を3人のコップへと優しい手付きで入れてくれている中で、食器戸棚に背中を預けながら智夏ちゃんの背中を眺めていた舞人は――、


「でもさ冬音のことはごめんね智夏ちゃん。もしもあの時のせいで何か冬音ちゃんに悪い影響が残っちゃたりしたら、それは間違いなくぼくのせいだからさ」


「どうして私に謝るのよ。そのことを責められるのは冬音だけでしょ? でもあなたのことを気に入っている冬音はどうせ怒ったりもしないんでしょうけどね」


 智夏ちゃんは言葉を返してくれる時も手付きはまったく変わりません。まるでただ舞人を慰めるための言葉ではなく、冬音ちゃんの本当を伝えているように。


 でも舞人としてはもし本当にそれが真実だとしても冬音ちゃんへの全ての罪が許されるとは想っていませんが、こんな智夏ちゃんの言葉から“あの時のこともまったく怒ったりしていずに、目覚めたらまずは「!」となり、舞人を心配してくれる冬音ちゃんの様子が簡単に連想できた”のも確かなので薄く微笑みました。


「確かに冬音ちゃんならそうなのかもしれないね」


「そもそもあの娘は瑞葉や奈季にだって怒らないような子でしょうからね」


 智夏ちゃんの口から瑞葉くんや奈季くんという言葉が出た時は一瞬はどきりとしましたが、やはり智夏ちゃんの様子には特に目立った変化なんてみられません。


 入れ終わったココアの袋をとても丁寧な手付きで閉じているだけでした。


「でも智夏ちゃん。君にも本当にありがとうかな? ぜんぜん何も変わっていなくてさ。瑞葉や奈季の思いだってもう伝わっているはずなのに。すごく嬉しいよ」


「ただわたしはお母さんを信じているだけよ? あなたを信じるお母さんをね?」


 智夏ちゃんは照れているでも恥らっているわけでもありませんが、それでも珍しく冗談っぽく舞人に微笑みかけてくれたので、智夏ちゃんとは逆に照れているのか恥らっているのか瞳を逸らしていた舞人も釣られて微笑んでしまいました。











第32話 『己様おのさま趨勢すうせい』と『美妙の笑顔』

 舞人がなぜか不可思議な状況に巻き込まれている事は智夏ちゃんも桜雪ちゃんから聞いていたようなので、ホットココアが入った青色の陶磁器を持ちながら“冬音ちゃんの寝台へと腰掛けた舞人にそのことを確かめてくれましたが、舞人も智夏ちゃんにはこの世界に訪れた時から感じている疑問の多くを語ってあげました。


 そうして珍しく真剣な様子で舞人の話しを聞いてくれていた智夏ちゃんは――、


「ふぅん。なんだかよくわからないけど舞人も大変そうなのね」


 とまず初めには舞人に同情するような反応をしてくれたので、舞人はうんうんと頷きながらも、このあと何らかの形で続くんだろう、智夏ちゃんが今回のことに付いて何か考えていることや、もちろん慰めの言葉だって待っていると――、


「……。……。……」


 なぜかいつになっても智夏ちゃんの言葉は届いてくれないので、明らかに自分が話した言葉の量と智夏ちゃんの言葉の数が釣り合ってないと感じた舞人が――、


「えぇ!? もしかしてそれで終わり!?」


 と冬音ちゃんが寝ていることもあり小声で智夏ちゃんへと突っ込むと、なんとも可愛らしく“うんっ”と頷かれてしまったので舞人もずっこけてしまいました。


 惟花さんはそんな舞人の様子を冬音ちゃんへと保存しておいてあげるようにカメラを向けてくれているので、舞人は嬉しげにピースサインをしていると――、


「なんですかお兄様は。そんなに楽しそうにして。また記憶を失ったんですか」


 惟花さんから話しを聞いていた限りでは“舞人が眠っていた間もこの世界でいったい何が起きているのかという情報をまとめるための中心的な役割”を担ってくれていたようである桜雪ちゃんも、こうして冬音ちゃんと智夏ちゃんの部屋へと入って来てきてくれたので、舞人も自然と笑顔になってしまいながらも――、


「もしもこういう時だけ器用に記憶を失えていたら、それはぼくじゃないけどね」


 こんな風な自虐をすると、桜雪ちゃんも思わずという感じで笑ってくれました。


 でもこうしてお互いに再会を出来ると桜雪ちゃんが喜んでくれることは舞人も気付いたので、“この街のみんなを守ってくれたこと”への自分なりの桜雪ちゃんへの精一杯の感謝として敬礼をしてあげると、美しい感じで会釈をされただけで、そのまま桜雪ちゃんは惟花さんのもとへと何か紙の資料を持ったまますたすた向かってしまうので、舞人は桜雪ちゃんの後ろを歩いていた美夢ちゃんとそのまま目が合うと、“はぁ。そもそもなんで舞人のほうがお姉ちゃんに助けてもらっているのよ。本当にもう~”と再会するなり呆れた瞳を向けられても、なんだか美夢ちゃんには呆れられても不思議と嫌な感じがしない舞人が、「ごめ~んね?」という言葉とともに右手で剣道のめ~んをしてあげていると――、


「!! 君はあの時の冬音ちゃんの犬さん! もう元気になれたの!?」


 冬音ちゃんが助けてあげた犬さんが同じく命の恩人である舞人に感謝をするようにして、なんとも愛らしい様子で尻尾を振りながら駆け寄ってきてくれたので、舞人が犬さんのことを優しく迎え入れてあげるようにしゃがみ込んであげると、3度目の正直でこの犬さんだけは喜んで舞人にもハグをされてくれたのでした。











第33話 『旧知の残夢』と『稲穂の叛逆』 

 でも舞人も逃げられません。“これからどうするのか”という問題からは。


 どうやら昨日の大聖堂の攻防で最終的に生き残った龍人や歌い子は龍人は500名ほどで歌い子は4000名ほどのようでしたが、それぞれ最盛期から4割ずつほど失ってしまっているために、これでは現段階でも“何百万の龍人と何千万の歌い子を抱えているのだろう黒き影たち”を打ち破るのも夢のまた夢で、再び昨日のように黒き影たちにこの街を襲撃された際に大聖堂を防衛できるのも不透明です。


 本当なら舞人もこのまま桜雪ちゃんたちと“これからのこと”を話さないといけなかったのでしょうが、舞人の目覚めを待ってくれたたまま今も大聖堂に残ったままらしい”旧知の龍人や歌い子たち“のもとにも舞人はまず顔をみせに行ってあげたかったので、とりあえずは自らの大半の情報は渡してある惟花さんにお互いの首飾りを触れさせて一時的に手を握り合っていることにしてあげることで桜雪ちゃんとのこれからのお話などをお願いしてから、(あの時に舞人のことを導いてくれた首飾りはやはり偽者だったために、本物の首飾りはずっと守ってくれていたようです)、舞人も扉の外に出ましたが、心のどこかでは舞人だって“この街の龍人や歌い子たちの全てを守りきることはできなかったことへの申し訳なさや、これから自分たちはいったいどうなってしまうのかという不安”を抱いてなかったといえばうそなので、途中で寄り道でもするようにして“王の間と演舞の間の連結路の廊下”の窓から夜空を1人で見上げてしまっていたのですが――、


「十分に奏大たちは待ちわびてくれているだろ? そんな風に勿体ぶらなくても」


 自らが”血の繋がった兄のように慕っていた青年”の声に舞人は微笑みました。


「なんか惟花さん以外はみんなそんなに喜んでくれなかったから心配になってさ」


 もしかしたら怜志くんは舞人が同じく実姉のように慕っていた静空ちゃんと一緒に舞人の部屋を訪れてくれたのかもしれませんが、惟花さんたちから舞人のことを教えてもらうと、怜志くんは舞人のお迎え役になってくれたのでしょうか?


「でもなんか結局さ奏大たちにもいろいろと悪いことをしちゃったよねぼくは」


「まぁもしかしたら舞人と同じく大切な人たちに裏切られた気持ちなのかもな」


「でもぼくの場合はぼくが原因だけど、みんなはみんなが原因ではないでしょ?」


「たぶん奏大たちはそんな舞人の優しさを信じてみたいんだろ。どんな時もさ」


 









第34話『幽遠の中庭』と『茫洋の夜空』               

 なぜか舞人は”五芒星のような形である大聖堂のそれぞれの区域の間に存在をして、本来なら四季折々の自然が織り成すとても重厚な美しさの中庭”にいました。


 まだ夜が明けきらない真冬の夜の今は“幾つもの蛍のような淡い色合いをする光りが舞っているだけの中庭”でしたが、そこで舞人が待ち人をしていると――、


「少しだけ気が早いサンタクロースさんかなお嬢さん?」


 もしかしたら舞人にも不思議な確信があったように、彼女にとっても舞人がここで待っているような予感は感じていたのか、こうして舞人が深夜4時の中庭にいても白いマフラーと赤いコートの少女は出会ってからも落ち着いたままでした。


「もうあなたは目が醒めていたの?」


「残念だけど奈季や瑞葉はぼくの友達だって夢からは醒められそうにないけどね」


 おそらく少女は瑞葉くんや奈季くんからの“結果的に罪のない冬音ちゃんを傷付けてしまったことへの謝罪を込めたお見舞”を持って来てくれたのでしょうが、さすがにそんなお見舞いの品にまで警戒するほど舞人も瑞葉くんや奈季くんへの信頼を失ったわけではありませんし、舞人としてもそれを冬音ちゃんに渡してあげたい思いはあったので“小さな魔法の箱”を受け取ってあげようとすると――、


「でも君は本当になんともないの? こんな大変な世界でもさ?」


「もしもなんともあったとしたらあなたはわたしを守ってくれたりする?」


「たぶんぼくに出来ることならなんでもしてあげるかな。月葉(つきは)ちゃんにならね?」


 本当は知っているはずのない少女の名前。


 そんな事もなぜか舞人は少女の事を考えているうちに思い出していました。


 そして少女はそんな舞人にーー。











第35話『清純の感謝』と『運命の旋律』

 午前9時頃でしょうか? 曇り空でした。自分の部屋にいて愛用の椅子に腰掛ける舞人の顔色も快晴というわけではありません。どちらかといえば曇天でした。


 舞人は桜雪ちゃんたちが集めてくれた情報をもとにして、“これからどうやって光の都を守っていくのか?”ということを惟花さんと2人で考えていたのでしょうが、このままいけばいつかはなんとかなるだろうとこの状況を楽観視しているほど舞人も愚かではありませんし、これからのことを考えれば少しでも戦力的に余裕があったほうが“光の都を守っていく上で舞人たちが取ることができる選択肢の範囲”は広がっていくはずなので、なんとかこうして光の都を死守できている間に、“もしかしたら舞人たちとも手を取り合えるのかもしれない人たち”となるべく早くに合流を目指したいというふうに舞人も惟花さんも考えていました。


 でも現段階でも舞人たちが信頼を置けたのは、“この国の中枢だった教会や寺院のどちらの派閥にも属していなかったような少数派の人々”となったのでしょうが、負鳴る者による存在感がこの国の様々な面をどんどん支配している中では、今まではさほど困難がなかった“彼らとの意思疎通”というものも不自由になっているので、そのための手段を桜雪ちゃんたちが模索してくれている中で、じゃあ彼らと無事に合流できたとしてそれからどうするかということを、舞人の右隣の椅子に座りながら手元の書物を眺めている惟花さんと一緒に考えながらも――、


 ……でもやっぱりぼくも冬音ちゃんたちに付いていけばよかったかなぁ……。


 冬音ちゃんも無事に目覚めてくれたのです。いまから数時間前にでしょうか? 


 冬音ちゃんが目覚めてくれた時はまさしく智夏ちゃんが予想していた通りのものでした。寝台の近くで冬音ちゃんの目覚めを誰よりも待っていた舞人が無事でいてくれたことがわかると、冬音ちゃんにはちゃんと謝ってあげないといけないと思っていた舞人が思わず笑ってしまうほどに冬音ちゃんは喜んでくれたのです。


 でもこうして冬音ちゃんが元気に目覚めてくれたのなら喜んでいたのはもちろん舞人だけではなかったのでしょうが、冬音ちゃんのお母さんでもありお医者さんのような存在である惟花さんが冬音ちゃんにいろいろ優しく尋ねてあげながら身体の様子を調べてあげた限りは今のところはなんともなかったようでも、このような大怪我をしたことがなかったのは事実ですし、さすがにまだ全快をしているわけでもないので、“今はできるだけ安静にしていないとダメだよ冬音ちゃん?”と惟花さんから優しくいわれると、ちゃんと冬音ちゃんは惟花さんと約束していました。


 そしてこうして冬音ちゃんが目覚めてくれるとなんともよいタイミングで――、


「あらぁ! もう冬音ちゃんは目覚めていたの! それは超何よりだわ!」


 冬音ちゃんを助けてくれた救世主である魔王様のロザリアが訪れてくれました。


 魔王様だけれどロザリアは冬音ちゃんと智夏ちゃんのことをお友達である舞人と惟花さんの愛娘だということでとても可愛がってくれてくれていたのですが、そんな中でもロザリアの相棒であり“いつの間にかドラゴンからテディベアのような可愛らしい姿”になっていてロザリアの背中にリュックのように背負われていたシェルファちゃんは、ロザリアが身に付ける肩掛け財布の中に入っていたわずかな硬貨をロザリアの背後へと気前よく放り投げていて、舞人と惟花さんと再会するとなんとも嬉しそうに敬礼してくれていましたが、さすがにロザリアもシェルファちゃんのなんだか不自然な様子に気付いたのか後ろを振り返ると――、


「! もう本当にどうしてシェルファちゃんはいつもお馬鹿さんなことばかりしちゃうのよ! すごく大切なお金さんを悪戯でも投げたりしちゃダメじゃない!」


 ふざけてばかりなシェルファちゃんにロザリアも魔王様らしくお説教すると、シェルファちゃんはロザリアの肩掛けの財布を引きずりながらも、まったく反省なんてしていなさそうな“とてとて”という足取りで硬貨の回収へと向かいました。


『でも冬音ちゃんの事は本当にありがとうロザリアちゃん? すごく助かったよ』


 お説教をされてもぜんぜん気にしていないシェルファちゃんの堂々とした後ろ姿を舞人が見送っている中で、惟花さんがロザリアにこう感謝してあげると――、


「ふははっ。それは気にする必要ないわよ惟花ちゃん! だって余はね超強い魔王様だから、お友達先生や困っている人がいたら絶対に助けてあげるんだもん!」


 とても大きなお胸を張り、全人類に誇っていいだろう発言をしてくれました。


 そんなロザリアに舞人と惟花さんが微笑んでしまう中で、智夏ちゃんに引っ張られて冬音ちゃんの前に向かったロザリアは、冬音ちゃんにも感謝をされて――、


「それはどういたしましてよ冬音ちゃん! 余はねお友達の冬音ちゃんが元気になってくれたなら何よりだわって――そんなに余のお腕をぶんぶんしちゃダメよ!」


 でもどうしてこんな賑やかな冬音ちゃんたちが舞人のもとにいないのかというと、それは彼女たちが旭法神域のお友達たちのところに行ってしまったからなんですが、怜志くんや静空ちゃんも冬音ちゃんたちと一緒に付いていってくれているので、変な心配はしていなくても、それでも昨日の今日だということなので冬音ちゃんのことが気にならないといえば、それは父親として嘘だったはずですが――、


「お父様! お父様のお友達の不思議な帽子のお兄さんが遊びに来ていますよ!」


 舞人が気になって仕方がなかった冬音ちゃんが海賊のように荒々しく舞人の部屋に現れました。冬音ちゃんの気配にも気付いていた惟花さんは笑っていますが、冬音ちゃんのことばかり考えていて彼女が近づいていることになんて気付いていなかった舞人は、椅子から転げ落ちかけるほどに驚いてしまいます。


 そしてなんとも“うきうき”という言葉が似合いそうな感じで舞人の部屋に入ってきてくれた冬音ちゃんが、舞人のお友達として案内をしてくれた青年は――、


「なんていうか運命的ですね舞人様。こんな世界で本当に再会できるとは夢にも思っていませんでした。お会い出来て光栄です。よくぞご無事でいてくれました」


「……やっぱりお前たちだけは負鳴る者なんかに飲まれたりもしてないよな……」


 珍しく舞人の口からこれ以上ないほどの憎まれ口が落ちてしまいながらも、面倒臭い青年がやっぱり生きていたという事実から逃げるようにして、舞人は軋ませながら座っていた椅子と一緒に後ろに倒れ、全てが夢であることを願いました。

 










第36話『地上の命脈』と『災厄の花嵐』

 大聖堂を離れて舞人は魔術師のような白い帽子を被った銀髪の美青年はもちろん惟花さんや怜志くんや静空ちゃんと一緒に光の都の南東区域を歩いていました。 


 地下に一般の信徒たちはいるため地上には誰もいません。こんなにも人がいない光の都を歩くことは始めてだからか、なんだか舞人としても不思議な感じです。


「もしも舞人様の先ほどの問いかけにお答えさせてもらうなら、舞人様たちとしても私たちとしてもお互いに困ってしまっているこのような状況では手を取り合うということが、この世界の取り戻すための近道であるのは間違いありませんし、もしも舞人様がおっしゃるように私たちがいまも何か良からぬことを考えているというのなら、舞人様の本拠地である光の都に訪れようとはしないでしょう?」


 教会や寺院の中心の派閥さえいなければ、この世界は平和だったなんてさすがに舞人も言いません。そもそも舞人は性善説を持っているわけでもありませんし。しかし彼らが今までのこの世界の災厄の中心にいたのは間違いのない事実です。


 もちろんそんな彼らが光の都に訪れようとしているということは何か理由があってのことでしょうし、ただ舞人たちと手を組みたいだけで彼らが何も考えていないとは舞人も思っていませんが、教会や寺院の中心派閥によって舞人たちが再会することを望んでいた“そのような派閥間による争いを避けて自分たちの理想を探していた少数派の人々”も助けられていたようですし、こうなったからには守るべき人たちのためにも彼らとの全面対立は避けないといけない。そんな現実ぐらいは舞人だってわかっていたために舞人もそこまでは幼くなれませんでした。


「せっかくの冗談なら無事に世界を救ってから言ってもらいたかったけどね」











第37話 『氷雨の根心』と『妖雲の雷雨』

 大聖堂から数キロメートルほど南東区域に離れたところでしょうか。宗教都市の街並みが広がっているこの地に舞人は大規模な転移魔法陣を構成していました。


 この状況に何か大きな変化を起こすために手を取り合いたかった少数派の人々は問題ありませんが、なんでぼくが教会や寺院の中心派閥にまで力を貸してあげなくちゃいけないんだよという心中がなかったといえばうそでしょうが、舞人は不機嫌にもなることもありません。そもそも舞人は教会や寺院の中心派閥に初めから期待のようなものもしていないので、感情の機微も動かないのでしょうか?


 舞人は惟花さんから届く歌声を力に変えて地上へ白き刀を突き立てます。そもそもこれほどの大規模な魔方陣に力を宿すことができるのはこの世界でも数えられるほどでしょう。純白の魔方陣から曇り空を突き抜けるような円形の光の柱が現われて、膝付きながら俯いていた舞人が、ゆっくりと立ち上がった先には――、


「お前たちならこんな状況でも平然と生き残っていると思っていたよ。どうせさ」


「そっくりそのまま舞人だけにはそんな台詞も返せるような気がするけどな」


 良くも悪くも舞人の予想は裏切られませんでした。教会や寺院の中心派閥だけあってこんな状況でも構成人数の多さは類をみなかったのです。教会側と寺院側のそれぞれが3万人ほどの歌い子と3千人ほどの龍人を未だに従えていました。


 教会側も寺院側もそれぞれの派閥ごとに統制しているのが教会側は枢機卿で寺院側は老師となったのでしょうが、思想的にはどうあれ彼らの中で個人的に舞人に敵意を向けるような人はいません。もしかしたらまだ彼らの中には“舞人は自分たちにとっての家族のようなもの”という認識があるのかもしれませんから。


 でもそんな中で舞人の瞳は“教会側の代表的な宗派だった聖国教会”の枢機卿である自らの兄へと向けられて、彼が未だに生きていて嬉しいとはあまり思いませんが、少数派の人々が無事でいるとは感じ、その点は舞人も安心する中で――、


「……。……。……」


 石畳の道路を悠然と歩くたった1人の歩行音が舞人の両耳を震わせてきました。


 そんな靴音が近付くだけでなぜか舞人の心臓にどんどん悪寒が集まってきます。


 ……うそだろ……と思った舞人がゆっくりと首元を右側へと回していくと――、


「……。……。……。……。……大湊。どうしてお前がこんなところにいる……。……。……。……。……。……お前のことだけはぼくが殺したはずだろ……?」


 この場にはいるはずのない青年の姿が瞳を襲ったので舞人の声は掠れました。

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