追走
よろしくおねがいします!
森林の合い間を長く巨大な大蛇に如くうねり延びる道。
三体の地竜が駆け抜ける。
木々の木漏れ日の中を、先へ目指して疾駆していく。
先頭を走る地竜、炎と等しき赤き髪は揺らめきと成り後ろへ流れる。
ブラッディ、腰には正統派の騎士の剣、その剣技は華麗で疾風。
前方の赤い炎を追う地竜、日の光で輝きを増し眩い金色放つ長き髪。
ロゼ、彼女に武器は無い、魔力が全てを凌駕する。
最後尾を守るように駆っているのが、黒く短い髪。
マリネ、彼女の剣は細剣、鋭い連激そして魔剣士だ。
三人の目的地は賢者の住む街ゾーイ、魔女ラケニスの居場所を聞く為だ。
今朝の通り雨を抜けた後に遅めの朝食を取り、少しばかりの休憩の後は一気に走り抜いた。長距離を休憩無しで駆け抜けた地竜達は、目的地へ到達した時には、完全にへばっていた。
「到着ですロゼ様、ゾーイです」
彼女達は、地竜から降り大地へ脚を着いた後、無事走り抜いた地竜達を労う事を忘れなかった。荒い息を吐く顔に頬ずりするロゼ。
「ごめんね、ニュー無理させて」
ロゼの駆って来た地竜は彼女専用で名入りである、最初に自分の地竜を労うと、他の二頭へも同じ様に顔を撫で優しく労ってやった。
街中には手綱で引き専用スペースで留め置く。
地竜を繋ぎ休息させ、次は本命の賢者を捜し出さなければならない。
のだが、ロゼを含め全員が賢者の居場所を聞いていなかった。
「手っきり二人の
どっちか知ってるかと……」
「私達もロゼ様が
聞いているものと……」
三人とも肝心要を聞き漏らしていた。
はぁ━━━━。
三人同時に肩を落す。
「よしっ!聞き込みするわ」
三手に分かれて聞き込み捜査となった、待ち合わせ場所は女神像の前と、ユキヒト達も此処を利用していた事もあるし、この場所は目立ち待ち合わせに適して居る様だ。別々の方向へと散って行き、当たり構わず目に付いた者に、話を持ちかけ賢者の居場所を聞くが居場所が掴めない。賢者がこの街に存在している事すら、皆知らない様に取れた。
誰か一人くらい、知っている者が居ないかと捜しまわるのだが、この間に女性の特質が出てしまう、街中の店に並ぶ洋服が目には入るとじっと眺め、別の店のと見比べてみたり、ケーキやパイの匂いに釣られて店前で鉢合わせに成ったりと、無駄な時間も十二分に使用してしまった。
待ち合わせ場所へと戻って来た時には夕闇が迫っていた。三人ともクタクタに疲れ果て、顔を見合わせると、成果は聞くまでも無かったが石台にへたり込み報告する。
「あはは、どうだった?」
「駄目です……だあれも」
「私も全滅………です」
三人揃って仲良く賢人捜しは、見事に全敗となる。お約束のシーンのカラスが鳴きそうな情景である、朝食後、一度休息したきり此処まで走り詰めの上、到着早々に賢者捜しを強行した。もう三人は一歩も動くのが辛い状態になってしまった。
「ねぇ…何か……食べない?」
ロゼが力の抜け切った声で二人に語りかけた。
「そう………ですね」
重い足を引き摺り、料亭へとトボトボ歩く花の女性騎士と元皇女、そんな姿を皇王や皇后が目にしたなら嘆き悲しみ顔を覆うこと事疑い無し。店に入りテーブルへ座った瞬間、首を後ろへ仰け反らせ、背もたれの向こう側へ頭を垂らした。
「あーもう駄目私死ぬ!」
「死にたく無いですけど…」
「私も……動け…ません!」
情けない姿この上ないが、料理と飲み物が運ばれて視界に入るや否や、ガバッと跳ね起き豪快に食べ始めた、この三人に愛の告白を考えている者が居て、今日のこの艶姿を確認させたなら、田舎者ならいざ知らず騎士や貴族なら速攻引くことだろう。
最初に注文した物をぺろっと平らげ、追加注文の品と三杯目のエールを飲み干して、やっと平静さを取り戻す始末だ。次に眠気が襲ってくるのは分かっているので、頭の廻るうちに考える。自分達が知らないのは…措いといて、街の住人まで知らない事に正直お手上げであるのだ。
「片っ端から家捜しする?」
「不審人物で通報されます!」
マリネから即時却下される。金に物を言わせて懸賞金懸ける?、この街の衛兵全員で捜索させる?、ぽんぽんと、とんでもない事を吐き出す口に、ブラッディからも一蹴される。
「ロゼ様……宮殿の
演説忘れてません?……」
「あ━━━、
忘れてた…………」
遂に三人無言と化す………。
彼女達は知る由も無いが、この街のアリアネスは賢者を知っていた、そしてハルはアジモフの弟子であった。町中を聞きまわった筈と言うが、だが見ず知らずの【人間】に賢人は何処と聞かれても、果たして正直に答える物だろうか?、首都とは違い森の内部に位置するのである。彼女達の名前は聞き及んでいても、姿形は知らなくて当然ではないか?。
知っていても不審を抱かれれば答えないだろうし、知ってるのがエルフ族で、人間に反感を持ってる者が知っていたら、やはり教えないのではないか?。若い美女三人組が街中うろつき、賢者を捜している?若い女が賢者様に何用がある!。っと、思い込まれてしまっていたのなら?やはり教えない筈だ。
等の考えは、頭の隅にも浮かんで来ない。庶民は自分達を騙す筈がない、自分達に嘘なんか付く訳が無いと思い込んでしまっているのである。首都から出なかったらの話だ、多分このまま考えていても、彼女達は賢者を見つける事は適わないと、思われた。
「老人を捜してるのはおぬし達か?」
突然問われて、慌て顔を上げる。顔中ヒゲだらけの小太りの中年が立っていた、背丈も彼女達より随分と低い、普通に怪しい人相の男だ。
「ロゼ様、御注意を、
どう見ても……」
ロゼは大丈夫だと手で答える。
「居場所………
知ってますか?」
「付いて来るが良い」
中年男は踵を返しドアへと向かった。ブラッディとマリネは、どう見ても怪しい人物にしか見えない、同行は危険ではないかと言う、ロゼはそれに答える。
「んー多分…
問題なし!行きましょ」
先頭に立って歩き出すロゼを慌て追い駆ける、ブラッディとマリネ。
「ちょっ、ロゼ様!」
急展開に暫し状況が混乱し、もう少しで無銭飲食を疑われるところを、寸前でマリネが気が付き慌て清算に走り疑いを免れた。マリネが清算を済ませて外へ出ると、三人は既に遠くまで移動しており彼女だけ食後のダッシュを強要される事になる。
中年の後を付いて行くロゼに近寄り耳打ちするマリネ。
「本当に…
…大丈夫ですか?」
「うん、平気よ……多分」
マリネと反対側に寄り添い、やはり同じ様にロゼに問う。
「私には、
不審人物……としか…」
「心配要らないって」
何処をどう見たら不審人物以外に判断出来るのか、疲れて思考が鈍り正しい判断が、出来なくなってるのか?、心配は尽きないが、主が付いて行くと言う以上は従うしかない。
「ねえ?
何処まで行くの?」
ロゼが口を開き中年に質問するが、振り向きもせず答えた。
「そう慌てるな、
もう着く」
「はいはい」
中年男が云うとおりに、街外れの一番奥、小さな家屋の前で止まった。
此処は、間違い無く賢者と最初に会った家である、しかし家の中に気配は無い、ただ明かりは点いていて窓から光が洩れている。男が振り返り様に二つ目の質問をしてきた。
「此処が賢者の家だ、
何の用がある?」
左右からブラッディとマリネが、一歩身を乗り出し剣に指を掛けた。
笑みを崩さず、ロゼが両腕で二人を下げ、そのままの体勢で返事を返す。
「ラケニスの、
居場所を聞きに、よ」
直球を返すロゼ。
「ちょっ━━、ロゼ様!」
特に決まりがあった訳ではないか、三魔女の名前は遠い昔から本来不吉とされ、人前で気軽に口にして良い物ではなかった。それも得体の知れない中年男の前で、堂々と言い放った。今更ながら、ロゼの怖いもの知らずの性格に、二人はホトホトお手上げであった。暫らく睨み合いが続いたが、ロゼの言葉で二人は驚愕する。
「あなた━━、
賢者アジモフよね」
「へ?」
「はぁ?」
「何故わしが、
賢者だと思うんだ?」
ロゼは理由を説きだした。あの料亭の客層は自分達以外は、どのテーブル越しにも会話が飛び、皆が常連だったと。自分達の場所に来る前に何人も手で挨拶していたとこから、顔見知りであると分かる、よそ者を連れ出しても何も騒がなかった処を見ると、彼方は宿でも紹介してるのかと思われた。
「凄い…ロゼ様」
「あの状態で
良くそんな観察を…」
《やる事なくて、客の物色してただけ……とか黙ってよっと》
「それでは、
…賢者と説明にはならんが」
ブラッディとマリネも、あ!っと気が付く。確かに不審人物では無いとの判断は出来るけど、それでは賢者だと判断できません、一体何故賢者と判断したのか?と。実はそれが一番分かり易かったと意外な返答をロゼは返した。
「どういう事ですか?」
マリネは興味津々きいてくる。
「あれだけ強い
幻影魔法掛けてりゃねえ」
店に入って来た時から、魔力が漂ってるのが分かったし、魔力を身体に纏わり着かせて、移動してきたら幻影魔法と推測できるし、こんな街でそんな魔法使えるとしたら一人しか居ない。
「っという訳で、
あんたが賢者で決まり!」
「わはは、
ただの我まま皇女でなかったわ!」
「むむ、
わがままって…酷くない?」
《いえ……、当たってるかと……》
マリネ達の心の同意はロゼには聴こえない。
まぁ取り合えず中で話の続きをと、家の中へと案内されて入るが、先に中へ入って行った中年の姿は、立派な老人と変わり椅子に座っていた。
「さて、わしに用とは?」
マリネが皇后から受け取った書状をアジモフへと渡す。
封を解き書状を読み始めるアジモフ。短い文面で直ぐに読み終える。
「で、魔女ラケニスの
所在が知りたいと?」
「そう、お願い、
教えて頂戴?」
賢者を前にタメ口を利くロゼに、賢者が気分を慨さないかと冷や汗流す従者の二人、ロゼは全く気にも留めず、アジモフの様子をニコニコ見ている。そのアジモフは黙って目を伏せ、何事か思案しているようである。
マリネが耳に近寄り、怒らせたんじゃないですか?と、囁きかける。
「え?何で?」
「ロゼ様の口が、
………悪いからぁ」
今度はブラッディが囁いた。
「そうかなぁ?」
アジモフが女三人のひそひそ話を遮った。
「何故、ラケニスの、
居場所が知りたい?」
「やっぱり、聞かれたかあ?」
理由を聞かれるのは、十分予想出来ていてある程度、覚悟していたが。
自分の失態を曝すのはあまり良い気分では無いが、話すしかない。
今まで発現しなかった能力が、ある日突然発現した。過去の歴史から厄災が起きる前触れであり、早期に対処出来る様、早々に召喚の儀を行い、異世界へと飛び招致者を連れて来た。しかし、自分のミスから此の世界の何処かへと落としてしまった。魔女ラケニスなら居場所を見つける事が出来ると聞いて、その魔女を訪れる為に、居場所を聞きに着た。
「以上終わり、教えて頂戴」
《わわわーロゼさまぁ》
相変わらずのタメ口で、居場所を再度聞く。
「実は、昨日迄このズーイに居た…」
「はああああ?
此処に居たぁ?」
「え?」
「なんと!」
アジモフは語り始めた、弓術士アリアネスが森の中で、変わった男を見つけ街で再開した所から、召喚された者が、どの様な力を持っているのか試した事。そして、魔女ラケニスと逢う為にネーブルに向かったと、それには先のアリアネスと弟子の治癒士ハルが同行し、三人でおそらく港町ペレストへと向かった筈だと。
「あ━━、今朝の地竜だ!」
「確かに、三体でした……」
此処に来て、今朝雨の中擦れ違った三体の地竜の中に、件の彼が居たと明らかに成る。それが判明した時のロゼの悔しそうな態度といったら、賢者の家を破壊するのではないか?と言う程であった。
「すぐ!後を追いましょ!」
「ロゼ様それはぁ!」
「流石に無謀です!」
従者二人に即時反対されるのも至極当然の事、先の見えぬ夜道を地竜で長時間駆け抜ける、此れがどれだけ危険極まりないか、流石のロゼも、強硬に主張をする事が出来ず諦める。今夜は諦めるが、速攻で捉まえて首都へ連れ帰りましょうと、息巻く三人にアジモフは意味深に言葉を残した。
「異世界の民を、分かってないのぉ…」
その意味するとこを語らずに、三人は帰された。
「最期の賢者の言葉……
宿屋を探しながらマリネのどういう意味でしょ?と質問にロゼは。
「さあ?、なんだろ?」
ぶっきら棒に返事しあまり気にしていない、先に今夜の寝場所捜そうと話を切り替えた。一番高級そうな場所を選ぶ、疲れが再び噴出しそうで、少しでもまともなベッドで寝たかったのだ。宿帳に記名、もちろん偽名であるが終わらせ部屋に案内されると、浴槽まで有り、交代で汗とホコリを落して横になる。さして時間も経過せぬままに、三人とも夢の中へと引きずり込まれた。
翌朝、ロゼが最初に目を覚まし二人を起こし、出立を急がせた。
「二人とも!起きて!行くわよ!」
「ロゼ様に起こされた……」
「何たる不覚………」
二人の失礼な感想に、私が早起きするのは問題あるのかと、日常の事で反論出来ない言葉を、珍しく耳にする事になった。何時もは二人がロゼを叩き起こすのに、今朝は逆に起こされた、主従逆転の行為にしかもあのロゼに起こされるとは、何たる屈辱かと肩を落す従者コンビ。宿で朝食を早々と済ませると、地竜のもとへと急ぎ移動する。
「さあ!急いで追い駆けて
とっ捉まえる!」
魔女ラケニアに逢うまでも無く、居場所が判明した。
「目標は港町ペレストへ!」
意気揚々と張り切るロゼだが、賢者の言葉の気にしなかったのは……。
やはり又も失態だったのでは…?
ありがとうございました。