ニクス
ニクスのエビソードは、これで終わりとなります、よろしくお願いします。
魔族の包囲網は、更に狭まってきた。
俺は、空中戦を止め地上のロゼ達に合流した。
「ユキヒト……もう限界かも」
遂に、強気のロゼから諦めの言葉とも取れる台詞がでる。
「まだ……だ、最期まで一緒に居るから安心しろ」
「はぁはぁはぁ……、しかし、これ本当にきついわ」
「どれだけ射抜いても、終わりがこない」
不思議と俺は、諦めの心境にはならなかった。
諦めてはいないが、俺同様に無敵に近かったラクテルでさえ、肩で息をしている。俺達は今、全滅の危機に直面して、あと数分でその通りとなる状態に陥った。
俺は上空の黒い塊を見上げ、思った。あの黒衣まで辿り着ければと……、奴さえ倒せば、この状況を覆せる可能性も在ったのだが、分厚い魔族の軍勢には、流石に一人では突き崩すのは無理があった。
「ユキヒト様っ、私もう……」
マリネがしがみ付いて来た、そして他の五人も俺の体へと抱き付いてきた。
誰を抱き寄せれば?。
一人なんて……、そんなの無理だ。
「ふーん良い身分ね、最後は女に抱きつかれて死ねるなんて、本望でしょ!」
「ははは、悪くは無いね……」
ラクテルの皮肉に、笑って返す。
俺とラクテルは、飛び来る魔族に最後の抵抗を試みている。
「ぐっうぅ!」
ラクテルの鞭が魔族に弾かれた。
もう迫り来る包囲網を、押し返す術は無くなった。
『わははは、いよいよ最期の時だ!』
空と地上からと、一斉に魔族が押し寄せた!。
俺は目を瞑って最後の時を、魔族に引き裂かれるのを待つ…………。
だが、身体を引き裂く痛みが襲ってこない……。
なぜだ?……、何も起きないぞ!。
俺は、瞑った眼を見開いて現状を確認する。目の前に広がっているのは、大量に地面に倒れている魔族の姿と、天空より地上へと降り注ぐ光矢の集中豪雨だった。その矢は空中の魔族にも向けられ放たれ始めた。
何が起きたのだ?、急ぎ天を仰いだ。
そこに居たのは、魔族とは別の数十万の兵の姿。
「あれは……何だ?、どこの軍隊?」
一頭の天馬が抜け、俺達のもとへとやってきた。
その顔には、確かな見覚え有る者が乗っている。
「異界人よ、いつかの借りを返しに来たぞ!」
「夜叉姫、あんたが来てくれるとは思わなかったよ」
「魔族の雑魚は、我等が切り開こう、主はあの召喚者を倒せ!」
「ああ、わかった! 、恩に着るよ」
夜叉姫の軍隊は、魔族を瞬時に掃討していく。次々に湧いてくるが、数十万の光矢はそれを物ともしない、あれだけ大地を空を、真っ黒に埋め尽くしていた魔族は、一気に数を減らして行った。
「皆、地上を頼む! 、俺は奴を倒してくる!」
「うん、こっちは任せて!」
「ユキヒトさん……、お願いします!」
大地を蹴り空へと飛翔した。
上空は、黄泉の軍勢の光矢で魔族は掃討されている。
黒衣のもとまで一瞬で辿り着いた。
「お前の思惑通りには、成らなかったな」
「ふっ、まさか黄泉の軍勢が来るとは……、大きな誤算よ」
黒衣とこの場で、何時までも長話をする気は無い。
俺は刀を奴に向け、その身体を斬り払った。
「貴様も……、何れはこうなる運命だ」
「いや、俺はあんたらの二の舞にはならん!」
「そうか……?、ならば試してみるがいい」
断末魔の代わりに、言葉を残し最期の黒衣は黒い霧となり消滅した。
黒衣が消えて行く様を見ている所へ、夜叉姫がやってきた。
「ふむ、終ったか様だな、私は黄泉へと帰る、又逢おう異界人」
「死んでから、行きたくは無いけどね、有難う夜叉姫」
夜叉姫は、天馬を翻し軍勢とと共に、黄泉の世界へと帰還していった。
全ての戦いは、これで終了した。
俺は皆の待つ地上へと降り立った。
「終ったのよね?」
「うん、これで全て終った」
「ユキヒト様、ニクスはどうするんですか?」
「まだ、肝心な事が残ってるじゃないかユキヒト!」
ニクスとの約束を果たす番だ。
俺達は、ニクスの本体が眠っている場所に入る前に、体力と怪我を治す事にした。最期の場所にも連中が何かを仕掛けている可能性を捨て切れなかったせいだ。
しかし結局、全快に成った所で墓所と足を踏み入れ、警戒しながら進んだが、彼女の本体が眠っている場所に辿り着くまで、何事も起きなかった。
「綺麗な神、これがニクス?」
「青い髪……なんて綺麗なの……」
「破壊を司る神が、これほど美しいとはなぁ」
彼女達は、紅い思念体しか見ていない、ニクスの本体と初めて対面する。
薄い緑のクリスタルの中、彼女は眠っていた。
「ユキヒト、ニクスをどうすればいいのだ?」
「彼女と約束したんだ。それをこれから果たす事になる」
「約束?、眠ってるニクスと、どうやって約束したのよ?」
「それは……
俺は、彼女達に全てを話すか随分と悩んだ結果、話し始めた。
破壊を司るニクス、その神をも凌駕した人間に、彼女が惹かれて行ったこと。その彼は、俺と同じ能力を有していた異世界からの住人。その彼と暮らす為に、神としての力を捨て去って人に転生し、一緒に生きる道を選んだ彼女は、やがて彼の子を宿していたが。人間の女性の激しい嫉妬から、彼は命を奪われ彼女も瀕死の状態になっていた。
その場にやってきた賢者に、子供を託した。その血縁者には、自分の本体には近寄らせない様に頼むと、彼女は自ら命を滅し、次元の狭間へと消えていった。
俺は一部だけ、ニクスに起きた事の真実を曲げて伝えた。
嫉妬に狂ったのは七名だが、それを一人の様に語ったのだ。
嘘ではないが、真実とは言えない。
そして……、ルベールの遺跡から飛ばされた時に、いまの事をニクスから語られた事。そして、二度とこの世界に自分が現れない様に、本体もろとも滅して欲しいと頼まれた事を彼女達に話して聞かせた。
「ニクスって、人として生きたかったのね」
「うむ、人の温かさと強さに惹かれた……か」
ハルとマリネは、ニクス達に起きた事に心痛ませ、悲しみ涙していた。
「そのニクス達を襲った女性は、どうなったの?」
「うーん、それに付いては、何も聞かなかった」
「そう……でもその女性も、悪人と想えない」
確かに、ニクス達を襲って彼を殺したのは、相愛の女性達だ。
人の命を奪った事は、許されるものでは無いが、彼女達も愛した者を、本来倒すべき破壊神に奪われたのだ。その心の傷は、他の者には分かるはずも無い。
ハルが、ニクスのクリスタルに触れると、思念体が宙に現れた。
いつかの様に、語りかけてくる事は無かった。
「ハル、血をクリスタルに」
「はいっ!」
ハルはラミカから短剣を受け取り、指に刃を当てほんの少しだけ切る。指から落ちた血液は、ガラスに触れるとその内側へと流れて行き、激しく一瞬輝いて飛散した。
俺達は、反射的にそれを顔を背け避ける。
顔を戻すと、その場にニクスが立ち語りかけてきた。
『ありがとう異界人と、その相愛の者達よ、そして私との約束を……』
腰の刀を鞘から抜いて構えた。
「待ってユキヒト! 、本当に彼女をやるつもり?」
「それが、彼女との約束だから!」
「でもユキヒト様、もうニクスは何もしないのではありませんか?」
『心優しき人の娘よ、この心はじきに消え、元の破壊を司る神と戻るのだ。そうなれば、私は全てを忘れ、あの人と生きた世界を再び壊してしまう。そう成る前に、滅して欲しいのだ……』
「そんなぁ……」
「頼む異界人よ、私がいまの心を忘れぬうちに……」
何度も剣と刀を振ってきたが、これほど気の重たい刃を向けた事は無い。
だが、約束を守らなければ、彼女は元の冷酷な破壊神となる。
「さようなら……、ニクス」
俺が手にした神を滅する刃は、ニクスの身体を貫いた。
悲しみのあまり、涙が溢れる。
『我の為に涙してくれるか……、ありがとう心優しき者達よ、さらばだ』
ニクスの美しい身体は、ガラスの破片の様に光りながら、滅していった。
遥か昔に起きた悲しい物語は、数千年の時を経た今日、全てを終らせた。
相愛の女性へ愛を捨て、人間へと転生したニクスを選んだ彼が悪いのか?、人間と暮らす為に転生して彼を奪う形と成ったニクスが悪いのか?。そのどちらへも憎悪を抱き、裏切り者と罵り、彼らを手に掛けた女性達が一番悪いのか?。
それは、これを聞いた者が、自分成りの答えを出せば良い。
俺は……、そう思う。
しかし、この話がこの先、世に広まる事は決して無い。
━━ラケニスの塔。
すべてが終って俺達は、ラケニスに逢いに行った。
今回、彼女の助けが無ければ、何も解決できなかったのだ。今思えば、最初に黄泉の国へと、武器を受け取りに行ったのも、彼女によるものだった。
ひよっとして、ラケニスは全てを予見していたのだろうか?。
それを、彼女に聞いてみたが。
「戯けがっ、そんなハズあるまいが、小僧」
っと、一蹴された。
「破壊神ニクスに、そんな悲話があったとはな」
「まあ、これで私の役目も終ったのかな?」
「うむ、ラクテル、ご苦労じゃったな」
ラクテルが、ロゼ達に助っ人しなかったら、彼女達は命を失っていたはず。
俺達は、彼女に心から感謝を伝えた。
「うん、本当に有難うラクテル!」
「私ら、ラクテル居なかったら、多分やられてたわ」
「ラクテル様っ、強くて格好良かったですよ!」
「あはそう?、でもね今回は特別よ、私らは普通世の事に、介入しない」
今回の一件で、第一の魔女が消えた。
それは、どうなるのか、ラケニスは語らなかった。
「じゃ、私はこれで帰るわよ!」
それだけ言うと、ラクテルは瞬く間に姿を消した。
「俺達も、帰るとするか……」
この一言が、失敗した。
「帰る?、どこへ帰るつもりよユキヒト」
「あ……、えっと、それは」
「あなたをほっといたら、どこへ行くかわかんないわ!」
「うむ、確かにそれは言えるな!」
「ロゼ様っ、宮殿でヒキヒト様を住まわせましょう!」
「お、いいわねー、それで決まりね!」
俺の意志を無視して、話が進んでいる。
イリスと、ラミカまで参加した話が盛り上がってしまった。
「あのぉロゼ様、私もよろしいですか?」
「いいわよ、もう全員で宮殿で一緒に住みましょう!」
「ちょっと待って……、何か俺は監視される気がしてきたんだけど?」
「そうよぉ、もう二度と……、あなたを離さないわ!」
ニクスの彼も、こんな状況から逃げたかったのではないか?
俺の頭にふと、そんな想いが過ぎって消えて行った。
確かにね、少し窮屈な事にもなるだろうが。
今の俺は、彼女達と居る事に喜びを感じている。
この先も、また彼女達と共に生きて行きたいと、心底思っていた。
だから、これからも彼女達との。
この世界での危行が、終る事は無いのだと確信した。
有難うございましたー