死の影
続きです、よろしくお願いします。
黄泉の国。
統治者会合の場━━。
広い黄泉の国を、八人の王が領土を決め分担して統治している。
定期的に、自らの領土で起きた事を報告している場だ。この国での王の支配力は絶対であり、それに反目するは未来永劫にわたり、永久消滅を受ける事になる。
輪廻の輪から外され、無に帰す。
要するに、何事も起きず、起こさずを確認するだけの会合なのだが……。
その場で、夜叉姫は宝刀を人に渡した事を全王の前で、宣言したのだ。静けさは一変して緊縛の空気に変わり、一人の武王が机を叩き、夜叉姫に怒りを顕にする。
「何だとっ! 、あの刀を人の手に委ねただというのか、夜叉姫」
「如何にも……、なんぞ文句でもあるかや?」
円形テーブル、正面に座席の王が、立ち上がり夜叉姫を責めた。
「有るに決って居ろうが……、あれを人の手に渡す等……」
「正気の沙汰とは思えんぞ夜叉!」
武をもって収める各王が、かくも騒ぐ理由は何か?。
「あの神殺しの刃を手に……、この国へと攻めて来たら如何する心算だ!」
「ふむ、そう成ると大変だわなぁ」
「何を笑っておるかぁっ!」
薄ら笑いを浮かべた返答に、各王が立ち上がり激怒する。
報告の場は、断罪の場へと様子を変えた。
「事も在ろうか……、異世界の民に神殺しの刃を渡してしまうとは」
「我慢成らん、夜叉を王から罷免すべきだっ!」
「賛成だっ! 、永久凍結の処罰を提案する」
夜叉姫の処遇に採決を計ろうとした時、寡黙を通していた王が、一喝した。
「皆っ! 、静まらぬかあ!」
その一声で罵声の空気は消し飛び、静まり返った。
各王は常に平等で序列は無い、しかし一目置かれる王は居る。
「一振り毎に、命を大きく喰らう刃に何を恐れる?」
神をも切払う刃には、その者の命を喰らうという秘密が在った。仮に、黄泉の国へと刃持ちて攻め入ったとしても、斬る毎に命を喰われるのであれば、命果てるのは時間の問題にしか成らない。その事を再認識した王達は、席へと座りなおした。
夜叉姫の宣言以外には、取上げる議題は無く。
宝刀の一件も、一人の王の言葉でその処遇は、見送られた。
会談を終了して各王は、各々の領地へと帰っていく。
「お主が、我の見方に廻るとはなぁ……」
不適な笑みで一喝した王に、しゃべりかけた。
「貴様の肩を持った訳では無い……、事実を語っただけだ」
「ふふふ……、主の事、嫌いではないぞ」
黄泉を統べる王とて……、感情を持っている、夜叉姫の言葉で顔を染める。
各王が部屋を去った後も、二人は残り会話を続けていた。夜叉姫は、その薄着の身体を武王に摺り寄せ、膝の上へと横身で座り首に腕を掛けた。
「ば、戯けた事を……、しかし何故渡した?、命喰らう刃などを……」
「面白そうだからに決っておる……、あの男は死なぬかも知れんぞ」
「馬鹿な事を……命を喰らうは、あの刀の理、神すら抗えぬ……」
「いや……、きっとあの男は……」
夜叉姫は、絡めた腕で自らの身を寄せ、武王の唇に重ねた。
━━ 第一の魔女リリカの城。
「分を弁えず、私に刃向ける?、面白いじゃない!」
「リリカ様……、もう止めましょう」
ラスタはリリカをなだめ様とするが、彼女の方も人にはむかわれ、怒りが収まらない。一度火が点いてしまった以上は、相手が倒れるしか止らない……。
彼の脳裏には、城へと向かっている異世界人の死を確信するだけでなく、連れ立ってきた女性達全員の死をも浮かばせていた。
「異世界人を殺せば……リリカ様、責任持って下さいよ」
「私には関係無い、知った事ではないわ!」
城の周囲には魔女の強力な結界が在る、ラケニスの塔に張られた物は触れた物を弾く物だが、リリカの張った物は別の物、触れた物を瞬時に破壊消滅せしめる物。
結界へと斬りかかる━━。
「馬鹿じゃない、結界に突撃してきたわ、あははは……、はぁ?」
瞬時に触れた物を破壊する結界は、一太刀でその防御を喪失した。
その勢いを殺さず、城の壁へと刃を向けた。
「嘘でしょ! 、私の結界を……斬ったぁ?」
彼女の驚愕した声が終った時、部屋の壁が切り崩された。
黒き翼に白の鎧……、右腕にその刀を握り部屋へと押し入る。
「ふんっ、いい気に成らないでよねっ!」
天から下へと、リリカの腕は振り下ろされた。
リリカは重力過多の魔法を放った…………が、何も起こらない。ロゼの伯母が使った物より更に、強力な加重が襲う筈が、平然とリリカへと歩み寄ってくる。もう一度掛けるが、動きの止る気配は無い。
「如何言う事よ……、何故潰れ倒れないのよぉ?、それなら……」
彼女は両手の間に火球を生み出し、魔力を増幅させていく。
その球体内部は、数千度に達している、普通に霞めただけでも命は無い。
「ひひひっ……、此れで解けちゃいなさい!」
両手から放たれた火球は超高速で飛び跳ねた……。
触れただけで溶かす筈の火球も……、薙ぎ払われた一閃で微塵と消えた。
「解けなさいっ!」
再び、超高熱の爆裂を生む火球を放つ、刀の振りで消しさられる。
「嘘、嘘っ、うそっよぉ!」
後方へ飛び退き、超超高熱の火球連弾を放つ……内部の温度は万の桁に。
が、刀の一閃を越える事が只の一撃も出来ない。
「如何して?……、私の魔法が利かない?、こんなの……」
数千年、いや……、彼女が第一の魔女に君臨してから一度も、こんな経験は無い。如何なる者が目の前に現れても、常に圧倒してきたのだ。数千年の間には、稀に強い者も現れた事は有るが、魔法自体が通用しない等という、理不尽な眼に遭ったことが無かった。
「ひひひっ……、もう、完全に切れた……、この地ごと吹き飛ばすっ!」
「いけない……、リリカ様、それを使っては……」
「黙れ! 、我に指図するなっ!」
真横に両手を広げると、闇の気が集まり始めた。
半径数十キロを完全に破壊する闇魔法……。
暗き深淵の底より地上へ来たれ、我に従え
総ての光在る者を、その闇の底へと誘い堕とし
あと、一文を詠唱し終えると発動する……。
一切を微塵となせっ!
「あははははは、終わりよ!」
破壊の波動がリリカから放たれた刹那、その闇の波動の一切は。
刀の二つの剣閃で、無い物に帰された……。
「がはあっ……!」
彼女は部屋の壁へと弾き飛ばされ、眼を開けると白刃が自分へと、迫って来るのが見えた。最も古き魔女は、その生涯で初の恐怖を体験している。
この時、俺は自分の口から冷めた言葉を、初めて自信で聞いた。
「死ねよ……、この外道が」
「殺される……、い、いや……、止めてぇ!」
闇の波動が消し飛んだ時に、一緒に飛ばされたラスタが走り来るが、とても間に合う距離ではなかった。
「リリカ様! 、逃げて下さい!」
その声は彼女に届いては居なかった。
届いていたとしても、その少女の様な身体は動く事は叶わなかった。
それが恐怖という物だ……。
右手に握られた白刃は、第一の魔女に振り下ろされ……。
寸での位置で、扉から躍り出た五人の女性に全身を抑えられ。
その動きを止めた……。
一声でも発していたら……、振り抜かれて居た筈だった。
余裕無く飛びついた事で、リリカは命を救われたのだ。
「は……、助かった……?」
「ふあぁ……、間一髪ね……、あっぶなぁ」
「放してくれ、こんなふざけた奴、許しておけない!」
「駄目よ! 、奴等の居場所が聞けなくなる、ハルを助けられない!」
「ハル……」
ハルの名前が出た処で、俺の中の闇が晴れて行くのを感じると、それと同時に、激しく燃え盛っていた怒りも、急激に収まって行った。怒りが収まると、二人も変化を解く事ができ、元の姿へと戻った。
床へと座り込んで呆けているリリカに、従者のラスタが腰を落として肩を抱いた。圧倒的な力を見せ付けてきた彼女が、容易く命を喪いかけた。彼女が生を永らえたのは、ロゼ達が飛び込んで来た御陰で、それ以外の何物でもない。
第一の魔女の威厳もプライドも、今のリリカは失ってしまった。
今の彼女は、只の少女にしか見えなかった。
後は、ニクスの居場所を聞く番だ!
ロゼの目が光った様に見える。
「さて……、一気に終点に着ちゃったけど、話して貰うわよ!」
「ニクスの思念体が運ばれた場所?」
吐き出す言葉に、全くと言って覇気が無い、小さな声でロゼに聞き返した。
こうなると、第一の魔女を虐めて居る様で、気が引けてくる……。
「その為に、こんなくそ寒い場所へ来てるんだ!」
俺が声を出すと、彼女は身体を震わせ縮こまった。
つい今し方の、殺されかけたのを思い出したせいだろう。
「リリカ様……、教えてあげなさい……」
従者ラスタの声は、非常に優しい物で彼女はそれに頷いた。
身体を引起しゆっくりと顔を上げ、ニクスの所在を伝える用意をしていた。
「ニクスの思念体が運ばれた先は……
運ばれた先は、の次に口から出てきた物は……。
激しい吐血であった……!。
彼女の心臓の辺りから流血が始まる……、黒いゴシック調の服がどす黒く変わっていく。何が起きたか分からないまま、ラスタが絶叫した。
「そんなっ! 、リリカ様っ!。一体何が?」
「ゴボッ……、しに……たく……無い」
彼女の眼から光が消え、ラスタの手を掴む指が、力無く剥がれて行った。
一万を生きた第一の魔女は……、たった今その生涯を閉じた。
ふ……、助かったぞ覇気を取り除いてくれて
本来なら、近付く事もまま成らないからな!
黒衣の者━━!。
「貴様かぁ! 、よくもリリカ様を!」
「あ! 、駄目ぇ待ちなさい……」
ラスタが俺達より先に、剣に手を掛け叫び上げた。
リリカを喪い我を忘れて黒衣へと剣を抜き飛び掛るラスタ……。
その剣は黒衣に届く事無く、奴の放った黒い炎でその身を焼かれた。
黒衣の者を目の前にして、無念の想いで果てた従者ラスタ……。
その焼死体を眼科に一瞥して、話を続ける黒衣の者。
『ニクス様の居場所は、貴様らには捜させぬ……そこの女も何れ頂く」
「そうはさせるかぁ!」
全員が一斉に構えたが……。
姿を消し去った、まんまんと逃がしてしまった。
「唯一の、手掛かりが殺されてしまったわ……」
ニクスの居場所を聞く為に、遠路凍土の魔女の城までやってきた。
その居場所を聞く直前で、黒衣の手に掛かり第一の魔女は絶命した。
期待をしていた分、手掛かりを無くしたショックも大きかった。
少女の血塗れの遺体と、従者の焼焦げた成れの果てを目の前にして。
俺達は、茫然自失に成り掛けていた……。
有難うございました




