緩やかな時
よろしくおねがいします
守るべき相手に守られている。
実に痛い指摘をラケニスにされた。
「女子に守られとる、気分はどうじゃ小?、小僧」
油断し過ぎてた事は弁解の使用が無い、多少也とも嫌な予感はしていたのに、ロゼの伯母というだけで気を抜きすぎた結果があれだ、彼女達が居てくれたから生きている。俺が言葉に詰まって無言でいると、マリネが助け舟を出してくれた。
「そんな事は有りません! 、ユキヒト様は命を賭けて、私を救ってくれました。他の皆も、実感している筈です」
「小僧、愛されておるのぉ」
性悪婆さんの言葉で、自分が何を言ったのか気が付いたマリネが、恥ずかしそうに顔を手で覆っていた。にしても毎回、あのニヤけ顔にしてやられるのは、本当に腹が立つ。
此処へ、遊びに来た訳ではない。が、偶には反撃の一つもしてやりたい、いつも婆さんをニヤけさせてばかりでは癪に障る。
「質問だけど、今回全員でこの場所へ来る必要性が、有ったのかな?」
情報を伝えるだけなら、良いなら皆で押し寄せる必要は無い、頭の中に語りかけてくるだけで、事足りるはず。なのに全員で来いと言って来たのは、多分……。
「べ、べつ、別に……、構わんじゃろう……が」
やっぱり、したり顔しているのは寂しさを隠していた、まあ数千年、殆どの時間を一人きりで過ごしていたなら、それも当然かもしれない。五千歳の婆さんに、意外と可愛い面を見つけた。
「むぅ、なんじゃその顔は…… 何か腹立つのぉ」
初めて顔を染めているところを見てやった。
「ふんっ、まぁよい肝心な話に戻すぞ……」
別に婆さんの恥ずかしそうにしている顔を、見学して悦に浸りに来ていない。来の目的である、厄介な奴とやらの話を聞きに来たので、要な話をしてもらわないと話しに成らない。
「破壊の女神ニクス、倒すのは不可能じゃの」
「はぁあ?、女神てあれ神様なのお?」
「ええ、神様を相手にするんですか……」
「ほぉ、神とは面白い……相手に不足無し」
ひとり果然やる気を出しているはアネス、此の人綺麗な顔をしてる割りに、下手したらロゼより喧嘩早いのが玉に瑕だ。
「はぁ……主ら、神を相手にする意味がわかっとるのか?」
「罰が下るとか?」
普通にそう言ってしまったが、神様なんかと戦ったことが無いし、会った事すらない。この世界で有り得ない物を見て聞いて体験しているから、普通に聞き流した。だが本来、神すらも架空の存在扱いの世界から来た人間に聞くのが間違いだろ。
「あの部屋では、復活した直後で、まだ本来の姿ではなかった。その御陰で、主らは助かっただけじゃ、完全に元の姿に成っておったら、即死しとる処じゃったわ」
邪龍ニズの時にも、闇の波動がどうとか言っていたが、似た物か?
「ふむ、似ておる……言えなくは無いがの、波動の格が別次元じゃわい、毒や痺れは回復や結界魔法で防げも出来ようが……、神の放つ破壊の波動に触れたら、人はその場で命を絶たれるわ」
「何で……そんなのばかり出てくるのよ━━っ!」
ロゼの愚痴はよく分かる気がする、邪龍ニズに始まり、桁違いの化物ばかりが連続で現れて、それを倒す羽目に陥ってきた。今度は女神様と来たら、愚痴の一つも言いたくなるのが人と言う物だ。
だが、ひとつ疑問がある━━━。
「待ってくれ、確かに怖い女神様かも知れないけど、その女神様が何の為に復活して、何をしようとしているのか……、明らかに成ってないが?」
「そう言われたら……そうよねぇ……何しに戻って来た?、復讐?」
「大公様も……違うと、確かに言っていたのを聞きました」
「ハルの言うとおりだな……、私も聞いた、間違いでは無い」
大公が意図したのでは無いとしたら一体誰が?。
「黒衣の者が、又、絡んでいるのやも知れぬ……」
ズグロの不安は全員が危惧している事でもある。
「もう一つ、大公様は、気に成る事を言っていましたね、【ある人から、魔法陣を動かす方法を聞けたのよ】って」
「今、イリスに言われて思い出した、間違い無く奴ではないか?」
「ふむ……、奴は今回、何を企んでおるのか?、奴は人では無いが神を相手には出来ぬ。なれば……、奴の目的は一つじゃのぉ、間違いなかろう」
「ラケニス様……、それは一体何を?」
ブラッディの質問に、一旦眼を瞑っていたラケニスが、自分の考えを俺達に話した。それは、女神を封じた事にも関係している事だった。
「奴の企ての全容は、流石に分からぬが、神に唯一対峙出来る人間に、女神を再び封じさせる為じゃろな、要は又、主を利用しようとしておる」
「ユキヒトなら神を倒せる?、そういう意味?」
「異世界の民に、幾ら強かろうがこの世界の、神の波動は意味が無い。復活したニクスの動向が気になるが、今回は手を出さぬが賢明じゃの」
ラケニスの進言を聞くのが得策の様だ、確かに何時も黒衣の思惑通りに、此方が誘導されている。そう同じ手に乗ってやる必要は無い、奴が別の動きを見せたらその時又、対処を講じれば良いではないか?。女神の動向と黒衣の企て、二つの懸案事項となるが已む得ない。
「では俺達は、此れで一旦帰ろう」
「そうじゃな……、くれぐれも不用意に手を出すでないぞ」
婆さんの言葉を最期に聞いて、俺達は塔を後にして元の場所へ戻った。その際に、こっそりラケニスがつまらなさそうな、顔をして居たのを見てやった。齢、五千を数える魔女のちょっと可愛いとこが判明したのは収穫だった。
「でも……何もしない、出来ないのも苦痛よね……」
それも事実だ、何もしないとは意外と神経を使う物だ。何かに対処している方が楽、変な心理だと思うが確かにそう言う事があるのは事実だ。
「動向を注意するなら、この地を離れるのは愚作かもしれん」
「ロゼ様……には、辛い選択になりますね……」
手段を間違えたとはいえ、血縁の伯母が目の前で殺された。気丈な彼女も平静なフリを崩さないが、平気なはずは無い。下手に気遣った言葉をかけるより、今はそっとしておく方が良いかも。
そのグリューネの葬儀はひっそりとした物になった。本当なら大公の葬儀だ、かなりの規模の参列が有って然るべきだが、死の真相は大っぴらに話せるものでも無い。その場に居た俺達八人と屋敷の使用人達、そして流石に皇王は参列を見合わせたが、こっそりと皇后フォーネリアだけは、忍びで姉の葬儀に姿を見せていた。
忍んでこの地へと来ている為、ロゼとの会話も最低限で終わり、大公の埋葬が済み次第、皇后は首都へと戻って行った。夫の皇王が呪いで苦しむ姿を見たのは、つい先日である、そして今日、又、我が姉の変わり果てた姿を目にして、葬儀に参列した。
皇后の精神状態も心配な処ではあるが、俺にはロゼの方が心配である。迂闊な事は避ける事にしている、さっきの場合と反対で、何も出来ないのが恨めしい。
「ねぇ……ユキヒト、その……暇なら、森に散歩しに行かない?」
こちらの思惑を知ってか知らずか、ロゼの方から切っ掛けを作って来た。良いチャンスだし断る理由なんて無い、気が紛れるなら付き合ってやるに限る。
「うん、行こう」
俺が誰かと行こうとすると、他の誰かが付いて来ようとするのだが、今回はマリネがその役を引き受け、ズグロが止めた。護衛役も兼ねてる彼女が自ら付いてこず、止めに回るのは珍しい。
「マリネ殿……、主の邪魔してはなりません」
「そう……ですよね、今のロゼ様は……」
ロゼと二人で森へと散策にきている、此処はゾーイの物ともドアの森とも雰囲気が違う。魔物が居ないと言うのも理由のひとつになっている。樹木が原生林の様に生え茂っても居ない、どこか俺達の世界の森に近い気がする。ひとつ違うのは、そんな場所に女性とこんな雰囲気で歩いた経験は無い。
「この森って、俺の世界のと似てるな」
流石に、こっちみたいに多くは無いけど、日本でもまだ此れくらいの森なら幾つもある。横に居るのがロゼでなかったら、日本に居る様に錯覚しそうだ。
「へーそうなんだ、当然魔物は居ないわよね?」
「魔物は居ない、というか架空の存在だからなぁ」
もっと言ったらこの世界の大部分が、あっちの世界では架空の存在とも言える。異世界?、何を馬鹿な寝言をと、声高に唱える者の方が多いくらいでは無いだろうか、俺もそっちに近い考えを持っていたけど、現に俺は今……此処に居る。
女神は……、措いておくとして、黒衣の方は何時表れても不思議ではない、今も森の木々に紛れて此方を覗いているかもしれないが、この雰囲気を壊したくないし話題には触れないようにしたい。
そんな事を考えながらロゼと歩いていると、彼女が聞いてきた。
「こうして歩いていると……恋人に……見えたりしてるかな?」
「見えないと思う!」
本当は見えるかもと、同意の心境だったのに、俺の口からは思ってる事と反対の事を言葉にしてしまう。照れて本当の気持ちを隠してしまう、正直にぽんっと本音を言えない。
「うわっ酷い……、女が思い切って言ったのに、即、否定とか……」
「本音なんか、恥ずかしくて言えるかっ!」
しまった……、今の台詞では、本当は同意なのをロゼにバレた?。
「ふーん、恥ずかしいのね」
彼女は、後ろで手を組んでやや前かがみで此方を覗き込んでいる、これは彼女に本音を、悟られてしまった。全く……、これでは照れ隠しの嘘も、意味が無い。
只、ロゼの機嫌は良い、だとしたら一緒に来ている甲斐もある。
「在った! 、此処を捜してたのよ!」
言うと、探し当てた場所へ走り出した。
太い幹はそんなに長くない、そこから大きく開き、枝分かれている。
「この場所で、両親が初めて逢ったのよ……」
現、皇王がまだ皇太子であった頃、狩で小鹿を射ろうと矢を放ったが、小鹿を庇い重症を負ったフォーネリア。皇太子は小鹿を射った事に恥じて、本来なら処罰される処を全皇王を説得し不問とす、見舞いを繰り返す内に、彼女の優しさと分け隔てない慈愛に惚れて結婚。
「随分……母親と違う性格になったもんだ……」
「あ━━━━っ、ひどっ……、ふんっ……どうせ私は伯母様に……
しまった! 、これは大失態だ……気分を晴らさせようとしてきたのに、逆に思い出させてしまった。これは取り返しがつかない……、何をやってるんだか。
「あまり逢えなかったけど……伯母様が大好きだった……」
性格が似てる以上に、波長が合っていたのだろう、ロゼは小さく肩を震わせている。肩を抱いて落ち着かせてやるしか頭に浮かばない……。
弱っている女性に優しく接するのはどうにも、漬け込んで居る様で余り好きじゃなかったけど、此れしか彼女にしてやれない。多少、気が引けるが今は優しくしてあげよう。
「ずるいなぁ、こんな時に優しくされたら……」
「悪い、此れしか浮かばなくて、俺がもっ……う、ム」
何時も、は女性の言葉を遮ってたのは俺だった。
今日は、ロゼに言葉を遮られた……。
ゆったりとした風が木々の枝を、揺らしている音が耳に心地良い。
どれくらい時間が過ぎたか、ロゼがゆっくりと離れて言った。
「そろそろ……帰りましょう」
こんな時間が、これからも続くか心配だ。
ありがとうございました