出会・別れ
よろしくおねがいします
俺達が、イリスの意識の中から戻って、二時間後に彼女は眼を開けた。
意識が戻ったが、直ぐに動くには、まだ早い。
只、一言だけ告げた。
「命を……ありがとう」
「さてと、イリスも助かったし後は、奴を倒すだけね」
ロゼはあいつを倒す気満々、それは他の三人も同じ気持ちらしい。
違うのは俺と、サラトの二人。
二人だけは、別の想いで意気揚々とは成らなかった。
イリスの状態は、異様な速度で回復していき、夕方には歩けるまでになっていた。彼女は寝ていた六日を、まるで取り戻したいのか?って位動き回っていた。
サラトが似ていると思ったのは、間違いでは無かった。動き回ってはいても、何処かもの静かさを失っていない。常に物腰の柔らかい人だ、遠い親戚かも?と、言った彼女の言葉に妙に現実感を覚えた。
彼女の命を奪いかけた吸血鬼、その討伐に向かう時間が来た。
「皆様の、ご無事をお祈り致しています」
その際に見せた礼は、ロゼより遥かに様に成っていた。
「では……向かいましょ!」
地竜は俺達を乗せて、森の奥へと駆け始めた。
魔物の気配濃く。よく言ったもので、入るなり二体の人狼が襲ってきた。しかし、いまさら只の魔物如き、俺達の相手に成る訳が無く、アネスの弓の二発で倒れた。
「ふむ、いきなり襲ってきたな……」
「この先、まだ来るかもね、注意しましょ」
厄介なのは魔物より寧ろその道中で、道そのそのものが複雑な迷路状、樹木の根を潜り抜け、逆戻りしてるかに思える通路を抜けたら、正しかったりと、その間常に魔物が襲ってきた。奴らのねぐらを捜しに行った者が、帰ってこなかったのは成る程、理解出来る。
こんな魔物その物と言える森、普通の衛兵達では突破は無理というものだ。
途中で巨大な樹木の魔物に道を阻まれ、已む無くロゼが火焔を使ったが、危うく森を火事に巻き込みそうになり、サラトが急遽消化の為の、魔法を使うという珍事も起きた。
「ロゼ様、もう少し加減して下さいな」
「あはは、ありがとうサラト!」
ロゼはそのうち、本当の山火事の原因となりそうで怖い。
だが、その心配も奴の城が視界に入った事で、未然に防がれた。
「あれね……、凄い古い城だわ」
「吸血鬼というより……、幽霊がでそうですね」
マリネがズグロを前に、幽霊と言ったもので、一瞬彼女の顔が強張った。
真夜中まであと少し、城をじっくりと観察してみた。正直、城と言うか建物の、機能も果たしていない、屋根は無いし壁も穴だらけだ。吸血鬼とはボロ屋が好みなのか?、棲みかは執着してないようだが、獲物には執着してるとこが、何かおかしかった。
「来ます、皆警戒を!」
いきなり、ズクロが警告を発した、遂に奴が現れる様だ。
空間の一部が揺らめき渦が表れた。中から最初に腕が現れ頭、そして昨日の吸血鬼が本体を曝した。
「昨晩の続きといこうか……、小僧」
「ちょっと、私達は無視するわけ?」
ロゼは自分の存在を蔑ろにされて、ご立腹の様だ。
「って、もう一人は何処よ?、隠れて不意打ちでもしてくるのかしら?」
「娘は……、此の場から逃がした、もう此処には居ない」
昨日の彼女の剣幕からして、素直に親の言う事を聞きそうな雰囲気は無かったが。今思った事を良く考えたら、何処かの皇女と似てるではないか……。しかし、どうも昨日と雰囲気が違う、昨晩は六人を一度に相手をしても、怯む気配すらなかったのに何故今夜は、決闘に拘った?。
殺気すら感じなかったこの時、全員が完全に油断し過ぎていた。ズグロのいきなりの警告に当然、体勢が不十分な事もあった。昨日と打って変わった、奴の穏やかな言動とその態度に、皆が緊張を解いていた。
刹那に変化し、瞬速の速さで、マリネにその刃を向けた!。
誰も、反応出来ない。声すら出す時間さえ無かった。
吸血鬼の鋭爪が、マリネの首に…………。
ゴォオ━━━━ン!
鐘の音が響きその波は空間を拡がっていく、暗闇の色が灰色へと変わる。
音も、風もすべて事象が、灰色の世界の中でその活動を停止した。
「ユキヒト様……、これが……私と貴方が共有した力……」
「これ、時間が……止ってる?」
「急いで……、絶対的な力は、その影響できる時間も限られます」
サラトの進言を素直に聞いて、マリネを吸血鬼の爪から、離し抱いた。
爪はその切っ先が、マリネの首に届いていた、時間が止ってなかったら。
彼女は、首から血飛沫を上げ死亡していた。
想像したら、冷や汗が滲み彼女を抱く腕に力が入る。
ズザァ━━━。
止った時間が動き出し、マリネの首に届いていた吸血鬼の爪は空を斬り、その身体は大きく的を外して、地面へ激突寸前で止った。
「ユキヒト……、如何して?、何故腕の中に?」
気が付いたら腕の中に居て、訳が分からない様子だが、それは全員が同じと言えた。特に、首を取ったと奴は感じてた筈、実際……サラトの力が発動していなかったら、彼女は死んだ。
だが、今はゆっくりと説明する様な暇は無い、油断したばかりに。
危うく、マリネを失いかけた。
「マリネ……剣に、頼む!」
「は、はいぃ」
桜が舞い……、右手に剣を確認した。
マリネの剣を手にして負ける気はしない、一気にケリを……。
動きがない……。
「おい! 、何の心算だ……」
背中を向け動きを止めていた吸血鬼は、手を下げたまま、振り向いた。
その顔には又も、殺気が無い、いや……、気力が消えてる。
「卑怯な手段すらも、凌駕して見せたか、異界の民よ」
「知ってるのか……」
吸血鬼は何千年も生きている、奴もその一人なら知ってるのも、当然か。
「もう良い……、さあ、止めを刺して欲しい、異界の民よ」
「最初から……その心算だったのか?」
ひょっとしたら、首にかかった爪も引いたのではないか?。
「如何かな……、だが、知っても意味が無かろう、さあ突け!」
永劫に生を成せる魔物が、その死を願うのか……。
俺は剣を上げ構え、その狙いを彼の胸に定め……。
やめて━━━!
娘の吸血鬼が剣の前へと、躍り出た……、ずっと観ていて飛び出した。
剣を引き、彼らを見詰た。
「お願い……、殺さないで。私には、仲間がもう父しか居ない」
「馬鹿者! 、ラミカ……何故戻った!」
「勝手な理屈を、言わないでくれる! 、あんたらが何してきた?」
ロゼの言ってる事は間違いない、俺達が昨晩居なかったらイリスは死亡していた。或いは、吸血鬼にされていた筈。勝手な言い分には違いない。
「如何しても殺すなら、私も殺して……、一人きりは嫌……」
「吸血鬼が此処まで情けないとは……、ユキヒト構わん、やれ!」
『ユキヒト様……、此処で見逃して、他で犠牲がでたら……』
皆は、俺にこの二人をどうしても殺させたいか……。
下げた手に力が入り剣先が、上を向いた。
じっとしていた吸血鬼が動いて……、自ら剣に己の胸から飛び込んだ。
「いやっ! 、父上━!」
「ラ……ミカ、これで良い……お前は生きて」
深々と突き刺さった剣に彼の血が流れる、もう抜いても意味は無い。
「頼みがある……異界の民、ラミカはハーフだ、血を求めなくても生きて行ける。純潔の吸血鬼は……、私が最期の一人だ。頼む、娘だけは見逃してくれぬか?、娘は一人も歯牙に掛けていないのだ」
世界が違っても種族が変わろうが、娘だけは助けたい……か。
だが、その何十倍もこの男は死を撒き散らしてきた。
「耳を貸すなユキヒト、その場凌ぎに違いないぞ!」
「娘が誰も殺していないのは、本当か?」
「死の直前だ……嘘はつかぬ」
娘のほうに目をやる、小さく頷いていた。
「あんたの言葉を信用するよ……、ラミカは殺さない約束する」
「すまん感謝する……。ラミカ……、生きて……」
最期の吸血鬼は娘の命を委ねた後、永劫の生を手放し死んだ。
「父上━━!」
何時までも剣を刺しておくのは忍びない、ゆっくりと引き抜いた。
「まただ! 、見逃す事はできん!」
アネスは弓を引き、矢をラミカへ放った。
キィン!
俺は彼女が放った、その矢を切り伏せた。
「何故だユキヒト!」
「約束した……、ラミカは殺さない」
「甘い! 、甘すぎる今殺して措かないと……皇帝との約束は如何する?」
「妹は救った、殺してくれとは言っていない」
「詭弁だ!」
「俺に約束を破らせる気か! 、アネス!」
出会ってから初めて、アネスへ命令した。
「父親を埋めてから此の地を去れ、約束、わすれるなよ……」
ラミカと呼ばれた女は父親を棺に入れ、地下の扉を閉めた後、飛び去った。その後は屋敷で火を熾し、その場でキャンプをした。翌日、起きた後に昨晩の一件を、口にしたものは居なかった。皆、朝食を黙々と食べた後は地竜に乗り、皇帝の待つ鉱山都市へと向かった。
そこで別れが待っていたとは、誰も想わなかった。
「妹を救ってくれた事、心より感謝する」
皇帝は俺達に又もや、頭を下げて礼を尽くしてくれた。
「陛下……、約束は守って頂けますよね」
「勿論だ、此処に私の印を記した書面が在る、これを渡して欲しい」
皇帝は印の付いた書面を見せ、ロゼへと手渡した。
長い歴史の中で、初の帝国との和平成立は、歴史的快挙といえた。
「もう一つ、和平の証を渡そう、入って来なさい」
正面入り口のドアではなく、隣の部屋と繋がっているドアが開き女性が入ってきた。何処かで見覚えが、ある筈だ。イリスが入ってきた。
「改めて紹介したい、妹のイリスだ、彼女を諸君達と同行させて欲しい。これは私ではなくて、妹の希望だ。如何だろうか?」
「ファラ・イリスです、皆さんとご一緒させて頂けませんか?」
何時もなら此処で、アネスがスパイでは無いか?と、疑うとこだが、珍しく何も言わなかった。となれば、後はロゼ次第だが、顔をみたら聞かなくても分かった。
「分かりました、イリスさん一緒に行きましょ」
「ありがとう御座います、ご迷惑はお掛けしません」
「これで全て片付いた、私も安心して首都へ戻れる」
「では、私達もこれで失礼します」
総督府を後にして、地竜を繋いでる厩舎へ到着すると。
サラトが、急に皆に話があると注目する。
「皆さん……、七日間の短い時でしたが、これでお別れです」
「あら……サラトは、ラケニスの処へ戻るのね?」
ロゼの問いにサラトは首を振った。
「私は……七日間の期間だけ、生を受けました。今日がその日、だから此処でお別れです。私の代わりはイリスさんが、だから何も心配いりません」
「そんな……急すぎるよ、俺は……まだ何も返せてないぞ」
「いいえ、願いを叶えてくれたでしょ」
サラトはイリスの横へ、その白いローブと銀髪を靡かせ歩いていった。
「イリスさん……後をお願いしますね、ユキヒトさん、甘えん坊ですから」
「はい……」
「時間です、皆さん本当にありがとう、ユキヒト……
彼女の最期の言葉は、聞こえて来なかった、透明になった彼女はイリスへと重なり、その姿を完全に消し、イリスと同化した。
サラトの最期の言葉は。
『貴方に逢えて良かった』
小僧……。
〝ラケニス!〟
サラトに代わって礼を言おうぞ、感謝する。
本来あの日、主達を迎えに行かす為だけに創造した
一緒に行くと言った時は、びっくりしたがの
〝サラトは……、幸せだった?〟
無論じゃ、主が願いを叶えてくれたからのぉ
サラトが観た物、感じた物は全て共有しとった
あの娘は、間違い無く幸福を感じとった、安心せい
〝そうか……、ちょっと寂しいけど〟
最期にもう一度、礼を言う、ありがとう
では、さらば……又、逢おうぞ
ラケニスが頭の中から去った、あの婆さんに又、逢う日が来るのかね?。
「ユキヒト?、どうかした?」
「いや、何でも無い、さあ帰ろうぜ!」
「そうね……、さあ皆帰るよー」
戦争を回避するのを、目的に此の地へと六名でやってきた。黒衣の奴の罠にはまって、もう少しで大事な女性を一人失いかけ、決闘裁判ななんて事をする羽目にも遭った。図らずも、此の国で三つの能力の開放を見た、その一つを開放した女性は、もう姿を見る事はない、だが彼女を忘れる事もない。彼女の意志は、新しく仲間に入った女性と同化したらしい。
帝国領でのやるべき事を全て終えて、首都の入り口へと近付いている。
門の処に見える影はきっと…………。
まだ、明かされていない残りの力。
黒衣の者の企ても不明のままだ。
出会いと別れ、そして冒険の話を土産に首都へと帰ってきた。
彼女達との危行は、まだ続く。
ありがとうございました