願い
よろしくお願いします。
俺の知ってる吸血鬼は、此れじゃなかった━━。
最初に見た時は、そう感じたけど。
いの一番に、マリネが狙われた。
吸血鬼の特性なのか?、魅了しやすいと判断されて彼女が犠牲になる、紅い目がマリネの眼を捕らえ、彼女は虜となり中間に剣を向けた。
その標的は魅了されない者、俺に向いた……。
細剣の影が多段となって、突き刺さる、が、そこで終る。
ズグロがマリネに気を叩き込んだ、小さく呻き倒れるマリネ。
「ううっ」
『己、龍族か……、忌々しい!』
アネスが弓で狙うが、部屋の中ではその不利な状況を否めない、咄嗟に短剣へとスイッチした。その動きと短剣の煌めきは、確実に奴の首に届く距離へ、が、只の黒マントと見えていた物が硬化し、それと彼女を跳ね返す。
ロゼの火焔は此処では使え無い、部屋その物まで焼き尽くす。
「あぁもう、部屋の中は戦い難いわね!」
だが、外へは出られない、でれば奴は再び部屋へと戻る、それを防ぐには戦力分散しなければならない、人数だけは多いが、魅了される女性中心の構成はかなり不利。その上更に、後手にまわりそうな戦法を、取るわけにはいかない。
夜の吸血鬼の強さは相当な物だった。刃と代えた翼が、強気のロゼとアネスの身体を切り裂き、鮮血が飛び交う、致命傷に至らないのはサラトの回復の御陰だ。
そのサラトを、奴は睨み標的にした。アネスの短剣を跳ね、ロゼの火炎をマントで掻き消し彼女に迫る、紅い眼が煌めく刹那、ズグロの気が吸血鬼を弾き飛ばす。
「サラト殿、無事か?」
「勿論、ズグロ助かりました」
「全く、何時も我を邪魔する……、龍がぁ!」
「黙れ! 、貴様達が我が物顔をする時間は、当に過ぎ去った、闇へ帰れ」
ズグロの言い方は、昔に奴等が支配していた時期が在ったという事か……。
「う、……私」
マリネが意識を戻した。
「マリネ……、剣に……来い!」
「あ……はい」
桜が舞い、右手にマリネの刀身が輝きを見せた。
今の感情の昂ぶりは、何なのか知りたいとこだが、今は考えを捨てる。
『ユキヒト様……私がおそ……』
「そんなのは問題無い、それより先にあいつだ」
「ぬ……、小僧、何処から剣を……」
「それは秘密だ」
左下から斜行し切り上げる一閃、黒い影は右腕を振り翼を盾にに変えた。その翼は盾とは成り得ず、スパッりと切り裂け、右腕は床に落ちると青い炎と共に消滅した。
「ぬおお! 、馬鹿……な、人間風情が腕を!」
左手で無くした腕を押さえ、動きが鈍る。追撃で左腕も切り落とした。
「くがああ……、そんな……在り得ないぞ、人間が我を滅するだと?」
脚も切り落とし、完全に動きを止めて心臓を刺せば終る。今夜は追い返すだけの予定の筈が、図らずも吸血鬼に止めを刺せそうだ。いくら魔物とはいえ、嬲り殺し等はやりたくは無い。
「あの人をお前に、渡せない……、斬るしかないんだ悪い」
「小僧……」
苦しめる命の絶ち方は嫌だ……、せめて一撃で!。
吸血鬼の心臓へと、桜色の剣は、突き……
ブワァ━━
開かれた窓から真っ黒な影が、傘を開いた様な形で飛び込み、俺の視界を防いだ。反射的に後方へと飛び下がる、即、体勢を戻し乱入してきた者を見定める。
「父上……、引きますよ!」
「え……女?」
「人が……、父上をよくも……絶対コロス!」
乱入してきた女の吸血鬼は、毒舌を吐き、両腕の無い男を抱え外へと飛ぶ。
「今……、父上て言ってなかった……か?」
「言ってましたね……」
まるで、天空に浮かぶ月へ目指して飛んでいるかに見える、その黒影を見詰ながら考えた。魔物でも上位種には意思が在り、その親族に情が在った。あの最初の吸血鬼を、その心臓を貫き、殺していたなら、俺は彼女にとって父親殺しの仇になっていた筈だ。
防がなかったらイリスが死んでいた。だから阻止した、それは間違ってはいない。そこには確信を持てる、しかし吸血鬼だからと、殺してしまっても良いのだろうか?。血を摂取しなければ生を永らえない、血を摂取されすぎたら俺達は生きていられない。
現代日本ならやり様はある、この世界に輸血や献血といった気の利いた物が在るとは思えない。相反する生命体として、弱肉強食の摂理に従い殺し合いしかないのか?、意思在るもの者同士で話し合い、共存が出来なかったのか?。
俺が考えてる事は、この世界の住人から見たら、ただの理想論の偽善、と、言われるのは予想がつく。それでも、何とかならないのかと、遠ざかる影を観ながら遣る瀬無い気分に成った。
月を背に、女の吸血鬼は父親を抱え、城へと舞い戻った。
椅子へ座らせ、父親の前に膝を付き、見上げている。
「父上……、腕の具合は如何ですか?」
「ううっ、あと……少しで動くか……」
斬られた筈の両腕は、既に復元していたが、自由には動かない様だ。
「己! 、人間絶対許さぬ……、父上、腕が治り次第、復讐を致しましょう」
父親の方は、斬られ再生中の腕を眺めながら言う。
「ふむ……、あの龍の言う通りかも知れん、我らの時代は終っておる」
「そんな……、まだ私と、父上、彼方が居る。終らせません!」
時代がもっと大昔なら、娘の意見を普通に承諾していた。
「私は良い……、悠久に等しく生き永らえて来た。だがお主は……」
「何故?、急に弱気に成られた?。昨日まではもっと……」
確かに、昨日までならその意気も在った。ある存在が、全てを否定した。
「娘よ、お前は見てはいなかったのだな、あれを……」
「仰って下さい、アレとは?、私がそれを排除してきます」
娘の意気や良し、だが、強く叱り付けた。
「為らん! 、あれに近付いては、あれは我らには手に追えぬ者」
父親からの激しい叱責で、たじろぐ。
「其処まで……恐れる者とは……一体、何なのですか……」
「あれは……、異界の民と、その意を受けた剣だ、手を出すでないぞ」
「異界人……、ただの伝説では?」
首を横に振り否定した。
「わしの硬い翼も、紙の如く切り裂き、両の腕をも叩き落とした、それが証拠だ、娘よ彼らは明日に成れば、この城へとやってこよう、わしは最期の純血種として残らねばならん」
「私も……、父上とご一緒します。戦います!」
娘の想いが父親には、宝石の如く思えた。しかし、それは許さなかった。
「絶対に許さぬ、お前は逃げ延びて生きよ、分かったな?」
それだけ娘に伝えると、部屋を出て行った。
「父上……、私を一人にするのですか……」
夜が開け吸血鬼の時間は終った。昨晩の襲撃を防いだ事で、イリスは取り合えず生を成した。しかしまだ、生きていると言うだけの状態は変わっていなかった。
「まだ……、時間が要るとか?」
「昨晩、阻止したばかりだし、その可能性はあるな」
「昼迄、様子を診ては如何でしょう?」
どのみちそれしか、今はやれる事が無い、三人の意見でまとまった。
昼が来る前に、時間が有る。皆何かをしに行くかと想ったが、昨晩待機していた部屋から誰も、出て行こうとしなかった。そこで、駄目元で質問してみた。
「安全に人の血液を抜く方法て、此処には無いのかな?」
「はぁああ?、何を馬鹿な事を……、有る訳無いじゃない」
そっこう、ロゼに否定された。
「ユキヒトの世界には、そんな方法が在る訳?」
「ああ、うん、在る」
「ほぉ、在るのか……、それは凄いな!」
当たり前に見て来た物だけに、アネスに驚愕されて変に照れた。
その後直ぐに、マリネから質問を返された。
「でも……何故?、そんな事を聞いたんです?」
「血液が安全に採取できたら……、あの二人は人を襲わなくて済むじゃないか、人を襲わない吸血鬼なら……、戦わなくて済む。殺す必要も無くなる」
俺の意見はやはり、この世界の人には驚愕らしい、呆気に取られた顔だ。
唯一人、違う人が居た。
「ユキヒトさんは……彼らと共存出来ると考えたのですね」
「吸血鬼と共存?、馬鹿なそんな事は有得ん!」
アネスの意見は、この世界の住人の代弁なのだと思った。
「確かに、安全に採取出来るなら、可能性はありますね」
サラトは完全否定をしなかった。
「やっばり異世界人は何処か違うわね、私、殺す事しか無かったもん」
「ユキヒト様、優しすぎです、でもやはり……、怖い存在としか」
「うん、仕方ない、この世界では俺の意見は戯言でしかない……」
分かってはいるが、遣る瀬無い気持ちも変わらなかった。
そこへ執事がドアを開け入ってきた。
「イリスはどう?、意識は回復した?」
執事は、虚しく首を横に振って答えた。
「一向に……、回復の兆しが見えません……」
イリスが横たわるベッドの周りへ皆が集った。
確かに、全くといって昨日から変わっていなかった。
「やはり……肝心の吸血鬼を、倒さないと治らないのかも」
命を絶つ事に躊躇している俺には、その言葉は刃に刺された感じがした。
「でもこれ……、お父様の時と似てないかな?」
皇王が、夢魔に侵されていた事を言っている。それを聞いていたサラトが、ゆっくりとベッドに近付き、その手をイリスの額へと当てた。暫し、その体勢を続けていたが、手を離し俺達に言った。
「はい……イリスさんの中に、何かが居る事は間違い無い様です」
「やっぱり……、よしサラト行きましょ!」
意識の内へと入れるのは、サラトともう一名、ロゼが同行を前回したなら、今回も慣れた彼女に任せた方が良いだろう、皆はそう思っていた。
「ユキヒト様……、お願いできますか?」
「どうせ、劇よわだから、誰でもいいわね、今回はユキヒトに頼むわ」
行く事は、別に何も無いが何故俺を指名したのか、気には成った。
彼のものが夢見し世界へと……、我らを導け。
サラトが詠唱を唱え、俺とサラトはその場からイリスの意識下へと消えた。
以前にロゼから話を聞いた通り、螺旋の階段が下へと続いていた。
その道に沿って、数多くの扉があるが、開けてはいけない。
「確か、僅かに開いてても、覗くのも駄目だったかな?」
「はい……決して見てはいけませんよ」
螺旋階段を下りながら、又、疑問が蘇ってきた。
〝サラトは何故、俺を指名した?〟
一度疑問に想うと、更に興味が強まっていく、ここ最近彼女に感じる違和感も、得体の知れない疑問と成って、頭の中を掻き混ぜる。
「ユキヒトさん……、深層へ着きました」
そこには他とは違って色も大きさも違う、扉が待っていた。
さっそく、中へ入り夢魔とやらを倒して帰ろうと、扉に手を掛けようとした。
その手をサラトは自分の背中へと導き、自らの肢体を胸元へと預けてきた。傍から観たら、恋人同士が抱き合ってる形が出来上がっていた。
「サ、……サラト?」
「貴方を指名したのは、此れが理由です……。一度、他の人と同じ様に……」
俺の腕の中の、細い肢体が動きを見せた。
胸に当てられていた両手は、首筋へと伸び絡みつく、アネスの腕よりもっと、柔らかく……強く、首を引かれサラトの唇は重なった。
切なさでも陶酔でもない、心穏やかな一時の安らぎを、俺に与えてくれた。
それは、その感覚は、サラトそのものから包まれた気がした。
永久にそのままで居たい衝動を、サラトの手が遮った。
胸からゆっくりと身体を離していった。
〝サラトよ…………願い叶い、よかったのぉ〟
何か、婆さんの声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
「もう……願いは叶いました。夢魔を倒して帰りましょう」
今度はサラトが扉を開け、その先の夢魔を指差した。
それは聞いていた通り、直ぐに倒れた。
「これでイリスさんは意識を戻す筈です……、ユキヒトさん帰りますよ」
一言も言葉をかける事ができず、只彼女の傍へと寄った。
「あ! 、もう帰ってきた。どう?弱かったでしょ」
「ああ……うん、弱かったよ」
ぎこちない俺を他所に、サラトは笑顔で話した。
「もうイリスさんは大丈夫です。時期に意識を戻します」
少し、疲れたので隣の部屋で休ませて欲しいと部屋を出て行った。
その時、彼女を一人にした事を、ずっと後悔した。
ありがとうございました。