救う手段
続編です、よろしくおねがいします
マリネの処刑まで残り……、夕刻に執行される。
朝食の後にロゼは呼び出され宣告された。
前だったら、誰も食事には手が付けられなかった。
昨日の今頃は、まだ希望を求めての高揚感に溢れ、皆の士気が高かったが、今は如何か?。黒衣の者に嵌められてマリネの命を奪われんとしている。ロゼが戻って宣告された内容に愕然としてからは、誰もかもがまだ口を閉じたままである。重苦しい空気のみ漂う空間に四人は、各々が打開策を巡らせているのだろうが、言葉が出ないのは誰も見つけていない証拠だ……。
悪戯に時間だけが過ぎ去っていく……。
マリネは拷問を受けていないだろうか?。
もし……そんな事に成っていたら、俺は許さない……。
牢獄に独りきりのマリネは……、何を想っているのか?
きっと皆を想って泣いているに違いない。
俺は如何したら良い?、如何したら助けられる?
俺達が大暴れして、彼女を助け出すのは簡単だ。
そうすれば彼女は救える、その代償は全面戦争と成る。当然、今の通常戦力では太刀打ちできまい、やはり俺達が前線に赴く事に、そして……大量虐殺の結末を迎える。
ハインデリアは戦争に勝つ為に、無慈悲な大量虐殺を行った。ロゼの名はそれを命じた、為政者として歴史に名を残す。国を奪われ、親しい者を失った者達が集り、復讐戦を挑んでくる者達も出るだろう。同盟国からも宣戦布告されるかもしれない、そして又、大量虐殺。
それを覚悟で強引にマリネを奪い返せるか?。
自分を救う為に、俺達が大量虐殺をやると成ったら……彼女は?。
今度は自分で命を絶つかもしれない。
結論が出ない、名案が浮かばない、無駄に時間のみ費やしている。
簡単に救えるのに、それを行使出来ない歯痒さに、心が張り裂ける。
『大切にしてやれい』
ラケニスの言葉が、刃となって俺を裂いてくる様だ。
「俺の世界だったら、この事態と成る前に打つ手は有ったが、この世界は俺には判らない事だらけだ。ロゼ……本当に何も……手段は残されてないのか?、有るなら教えて欲しい」
長い沈黙の空間を、俺自らで破った、ロゼとアネスが顔を見合わせている。
何か、手段が残っていそうだ。
「何か有るんだろ?、顔を見合わせてたぞ……」
「うん……、たった一つだけ……」
持っていた……。言えなかった理由が分からないが、何で有ろうとやる。
「如何したら良い?、教えてくれロゼ」
「決闘裁判……」
聞き覚えがある、西洋の慣わしだったか?、この世界でも……在るのか。
「神の御前に措いて、勝利者が正しい。ってやつのことか?」
「ユキヒト……知ってるの?」
「俺の居た世界でも、大昔は在ったらしい、今は無いけど」
それで勝てば……、マリネを救える。
「それしか無いなら、やろう、ロゼかアネスで余裕だろ?」
「駄目……、私も……いえ私達、女性全員が……その資格が無い」
「って……、まさか、男だけとか?」
「そういう事、代理者は被告が何であれ、男性のみ資格を有する」
マリネを救う道が見えたと思ったら、とんだ落ちが待っていた。
だが、迷う事なんて何一つ無い。
「俺が出れば問題ない、勝てばいい!」
「そんな簡単に言わないでっ!」
何故か、ロゼは悲痛な声で俺の言葉を否定した。
それ以上、言わないロゼの代わりにアネスが言葉を続けた。
「もしも、決闘裁判で、こっちらが勝ったら、此の街で宰相を殺害され、その上その犯人を放す事になる、連中のメンツは丸潰れになろう。絶対に勝てると、確信出来る者を代理に立てて来る。貴様まで命を落とす事になってしまったら……」
皆が俺の命も、心配して話せなかった…………のか。
こんな嬉しい事は無い、やるべき事は決っている。
決闘裁判で勝利して、マリネを救い出す。
「ロゼ……出るよ、連中に伝えてくれ」
「ユキヒト……貴方本気なの?、死ぬかもしれないのよ?」
「死ぬとは決ってない。俺の世界に……こんな古い格言みたいのが在る」
男には、負けると分かっていても、行かねば成らぬ時が在る。
死ぬと分かっていても、戦わねば成らぬ時が在る……。
「それを……果たしたい………、て、格好付けすぎた……?」
「もう……ばか……ねぇ、いいわ、そこまで言ってくれるなら貴方に賭ける」
「頼むぞユキヒト、マリネを救え」
マリネはドアを叩き、衛兵に告げた。
少しの間を空け、衛兵隊長が部屋へやってきた。
「良いでしょう、但し被告がそれを望まなければ、決闘裁判は無しです」
「ユキヒト……、貴方がマリネを説得してきて」
「ああ、分かった」
衛兵隊長はドアを空け、俺を連れ出した。長い廊下を幾つも通り、地下へ続く階段を降りた。その先は冷たく暗い石の通路が延びている。こんな場所にマリネはたった独りで一晩、放置去れていたのかと想うと、今直ぐにでも衛兵を蹴散らし、救い出したい衝動に駆られる。
「入れ、説得出来なかったら、終了だ」
そう言って、俺を独房に押入れドアを閉めた。
「マリネ……」
俺の声が聞こえていない?、違う……認識出来ていない。装備を剥がされ、ボロボロの布としか言えない服を、その細い身体に着せられ床に項垂れている……。どんな想いでこの境遇に耐えてきたのか……。
「マリネ……、しっかりしろ! 、俺を見ろ」
ゆっくりだが、反応して顔を上げた。
俺だと分かると大粒の涙を流し、抱きついて来た。
細い華奢な身体が震えている、情動に流されそうになるを耐えた。
「ユキヒトさ……ま、わたし……わた……」
そこに、騎士の凛々し姿は見えない。
命の火を消され掛けている。一人のかよわき女の姿だけだった。
沸き立つ情動を跳ね除け、彼女の肩を掴み身体から離し、会話を続ける。
「良く聴けマリネ、お前を救う方法は一つしか残ってないんだ」
「はい……」
「決闘裁判を受容れてくれ、そして勝ってお前を救い出す、これしか無い」
「い、いや……ダメ、ダメ、ダメ、貴方が死んじゃう、そんなの駄目!」
マリネは、首を大きく振り乱し、拒否を示す。
「ユキヒトまで、死んじゃうなんて……、そんなの絶対ダメ!」
彼女は……死を受容れているのか?、俺までと言葉にした。
しかし、それは間違いだった、死を受容れたのでは無い。
受容れようとしていた……、俺の顔を見るまで、声を聞くまでは……。
「聴いてくれ、これまで八人一緒だっただろ?。こんな処で、マリネだけ一人を欠いて七人なんて、そんな事出気やしない、無事に六名で首都に帰って八名の勢揃いだ」
昨日からずっと一人きりで、孤独と苦痛に耐えてきたが、俺と話しをする事で生きる事への執着、それが戻って来た様に見える。
「皆で一緒に、うちに帰ろうマリネ……」
「やっぱり……私、生き……たい、皆と……貴方と、もっ……
それ以上の言葉をマリネに、語らせ無かった。
長い時間が過ぎ……、それはアネスの時よりも、ずっと長い時間。
口の中が、塩気で充満する前に、彼女をそっと離した。
「それにだ……、俺は英雄様なのを忘れたか?」
「そうでしたね。あはは……忘れてました……」
マリネの顔に笑顔が、蘇った。再び、悲しい涙を呼び戻させはしない。
「マリネ……決闘裁判を受諾しろ……絶対助ける」
「はい……、全てを貴方に……ユキヒト」
話は着いた、彼女の意志を聞いた以上は、此処に用は無い。
何時までも、こんな場所に居座って入られない。
「衛兵、話は着いたぞ、決闘裁判だ!」
ドアを潜り衛兵が来た。
「女! 、受容れるのか?」
「はい、決闘裁判を望みます」
「チッ!」
衛兵は、俺を外へ連れ出し閉めた。
去り際に垣間見た彼女の顔は、希望に満ちていた。
ロゼ達の待つ部屋へ戻ると、皆の心配顔が見えた。
「決闘裁判は……、正午に開催される」
「なに! 、早過ぎるぞ」
「決定事だ、それまでに命の洗濯でもしておくんだな」
言い捨てて、衛兵隊長はドアを閉め、出て行った。
「連中……、これを予想してたな」
「ええ、早過ぎる、間違い無く、勝利を確信し得る奴を、選んでるわね」
今頃になって、自分がこれからやろうとしている事を、頭と身体が連結して理解した。落ち着かせようとしても、脚の揺れが止まらない。何度も拳で叩いても、それは治まらなかった。
〝くそ、くそっ! 、止れよ……!〟
幾度も殴っていると、柔らかい手で拳を止められた。
「今からそんなに、自分を傷つけてはいけませんよ」
「サラト……、脚が……、止らないんだ……。これじゃ助ける事なんて」
彼女は俺の背中に頬と、両手を、身体を寄せ。
「大丈夫です……、貴方はきっと勝てます。私は心配していませんよ」
彼女の言葉は、樹木が水を吸い上げるように、全身の隅々に行き渡った。
不思議と、落ち気が戻ってきた、脚の震えも治まっている。
「ありがとう……サラト、凄く楽になった」
「お役に立ててよかった……」
この人、本当は性悪婆さんじゃなくて、女神の模写じゃないのか?。
「何よ、あの態度……、サラトに引っ付かれたら……コロっと」
「全く同感だ!」
「馬っ鹿じゃないの……、けど……今日は許して上げるわ」
「そうだな……マリネを救い出さないと、多少の事は…………」
「多少の事は?、その後は……何かなぁアネスさーん」
ロゼの顔も何時もの、意地悪を嗜好している物に成っていた。
「それはぁ! 、何でも無い、たいした事じゃない!」
「本当かなぁ……、妖しいなぁ」
「おほんっ、それを言うなら皇女殿下の方が、余程怪しい!」
「許して上げるって、まるで自分のおと……
「わああああああああ、分け分かんない事、言わないで!」
サラトに礼を言って振り向くと、ロゼが真っ赤な顔してアネスと会話中だ。どうも良く分からないが、その姿を見ていると、魔法も弓とかも使え無い普通の女性の感じだ、何だが微笑ましかった。二人を見ていたら、急に此方を向いたと思った途端、襲い掛かってきた。
「わっ、何だ、何なんだ?」
「喧しい、一発殴らせなさい!」
「右に、同じく!」
それを、見ているサラトとズグロが大笑いしている。
とても、決闘裁判の直前とは思えぬ、雰囲気になった。
しかし……。
早朝から続いていた、重苦しい空気が今は消え失せている。
何時もの仲良し八……今は六人か、首都に残してきた二人が居る。
マリネをそこから欠けさすのは忍びない、必ず連れ帰る。
「時間だ! 、用意してもらおう」
「さあ、マリネを迎えに行きましょう」
衛兵隊長に連れ立たれ、俺達五名は決闘が行われると言う闘技場へ向かう。
負ける事は許されない、全てを失う。
ありがとうございました!