祭壇の間へ
よろしくおねがいします
邪龍ニズと対峙する日が来た。
そのせいなのか今朝は、誰からと言う訳で無く早く起床した。
「おはようユキヒト様」
一番最初の声はやはり、マリネから聞けた。昨晩の事が蘇ってくる、あっちの世界でどんなに願っても一度も適う事の無かった物を彼女はくれた……。
「おやぁ、ユキヒト早起きねえ、何があったのかなぁ?
人が夢心地で居る所を、容赦なく邪魔しに来た奴がいた。
「別に……、何もやってないし」
微妙な嘘を付く。只座って話しただけと、露骨に否定もできない、かといって何も無かったと真っ赤な大嘘を付く事もできなかった。
「ふーん……、何も?、マリネに聞くから」
「なぁ! 、待てロゼ……」
そんな事を聞かれて堪るか、ロゼを止めないと。
「初めてを…………、差上げました……」
身を縮め、頬を微かに染めながら。
あっさりと……白状したマリネ……、いや、違うぞ! 、その言い方は。
「ほぉおー、何もしてない?。って言わなかったかな?」
やめろ……、その果てしなく愉快そうな顔を……。
「だから……、…………に触れた……け」
だめだ、とても声に出せる様なものじゃない。
「え?、良く聞こえないんですがぁ!」
このぉ、、秘め事探って楽しむ中高生の女か……。
こういうシーンを何度もテレビで見た事が有る。余りに見え透いた展開に、そんなくそ甘い、展開話が有って堪るかと好感を持てなかった情景だ。そのアフレコでも有るまいが自分がその立場に立つとは。そして、こういう場面の多くで年長者や先輩、友人が諌めに参入してくる……。
「いい加減にしないかロゼ!」
「へー、アネスは興味ないの?」
やめろ、俺の嫌いなシーンを此れ以上拡げてくれるな……。
「ない━━━! 、…………こともないが……」
「邪龍ニズと対峙する朝とは思えぬ……」
ズグロが言葉で、この歯痒い雰囲気を掻き消してくれた。御陰で、流石のロゼも目的を思い出し、顔付を戻した。
「そうね、準備しましょ、でもね」
こっちを睨みつける表情にさっきの御ふざけは無い。
彼女の表情と眼は、こう言っている。
『マリネを悲しませたら許さない』
そんな事は、いまさら言われるまでも無い。初めて大事と思う者が傍に来てくれた、どれだけ望んで願っても、決して身近に無かったものが今は在る。冗談じゃない手放して堪るものか、マリネの方に視線を向けて今一度、自分の気持ちに問い掛けて見たが揺ぎ無い。
「俺は間違ってない……」
「何をですか?」
自分を見た事に気が付いたのか、マリネが横に近付いて来た。視界の中を段々と近寄る姿を見ていると、こちらから距離を詰め、抱き締めたくなってくる。眼に入ると嫌悪してあれ程嫌っていた事を、まさか自分がなんの衒いも無く、同じ事をしたいと思うとは。
「何でも無い、それより……皆と合流しよ」
「はい」
駐屯地の兵力は、神殿周辺の魔物を撹乱する事に使われる。俺達は、先行して森林の中へ進み待機して、時が来るのを待って行動に出る。複雑な事ではない、要は敵が俺達に気が付かない程度に暴れてくれれば良い。
「隊長、よろしくね、陽動が上手く行けば楽に侵入できるはずだし」
「心得てます、御安心を」
中継基地には、見張りに最低人数を残し、旧開拓村の正面へと移動して行く。
「じゃ、私たちも向かいましょ」
森林の中での隠密行動だ、先頭を進み道を切り開くのはアネスしか居ない。魔物の位置を的確に予想して、必要なら矢で急所を打ち抜き倒す。最低限度の動きで排除して、別行動の痕跡を残さない様に進んで行く、彼女はいつもこんな事をして生きて来たのか?。
「着いた……」
アネスの合図で全員が藪の中に身を伏せて時を待つ、村の全容を見渡す事は出来ないが、正面にしっかりと神殿の入り口を捉えている。突っ切れば直ぐにでも辿り着きそうな位置だが、そんな事をすれば魔物が一気に押し寄せて乱戦となる。
今は陽動が始まる時を待つ。
藪の中、風に揺れる草の微かな音の中を、羽虫が目の前を飛び、葉に止る。
その先に見える魔物達の動きが変わった。
全てのタイミングは、アネスに委ねている。
「いまだ、ロゼ」
彼女に詠唱は不要、只イメージしそして腕を振るのみ。
俺達の身体を、緑の風が疾風と変え着地点へと誘う、陽動に罹った魔物は此方に気が付かない。階段を駆け抜けて、入り口へと到達するのに数秒あれば事足りた。
「思った以上にスンナリ成功したわね」
「上手く行きすぎ感が、多少気に成るが」
俺達はこれが罠だと認識して行動している以上、警戒はすべき。
「この奥は一本道だった……はずだな、罠を仕掛けるとしても……」
罠だと…………?、その様な無粋な物は、用意などしておらん
今し方駆け抜けてきた階段の途中にそれは、姿を現した。
こちらが迷った時に限り、それを後押しする様に姿を見せる。
「あんた、一体何が目的なの?、ニズの居場所を教え、罠を警戒してると、それを否定しに姿を見せる。真の目的て何よ?。第一、罠は無いとか、あんたの言葉を信用出来る訳無いでしょ」
『それはそっちの勝手だが、無駄に時間を浪費しても良いのか?、ニズの呪いは今も、皇王を蝕み続けているぞ、罠の真偽を呑気に検討してる場合では無いのでは?』
「ぐぅ、腹立つわぁこいつ!」
『では、一刻も御早い討伐をお祈り致します』
「なんか、ニズを討伐して欲しい様に見えるんだが」
何の確証も無いが、黒衣の言葉はニズを倒す事を望んでるとしか思えない。
「ニズを討伐すると、何か有るんでしょうか?」
ブラッディの言葉は、的を得ていた。皆もそれは今のアイツの言動で感じたはずだが、だからと言って倒さない訳にいかない。
「ニズの討伐を持って罠が完遂する……、かもしれぬな」
ズグロが寡黙な口を開き語った。
「それが真だとしたら、何て狡猾な」
「そうですね、判明しても討伐せざる得ませんもの」
「いいわ、通路に無いと言うなら直進するだけよ」
怖いもの知らずの皇女らしいが、その通りだと思った。もうこんな場所に、何時までも居座るわけに行かない。奴の真意が不気味であるが、避ける事が出来ない以上倒すしかない。
通路は地下へと向かい続いている、奴の言うとおり途中に罠らしき物は見当たらない。こうなるとズグロの指摘が確信となり重苦しい感覚が襲ってくる。
階段の終わりが見えてきた。
その先は、祭壇のある大広間に成っているらしいが、近付くにつれ嫌な気配を感じる、気分が悪く成り吐き気がする、マリネには苦痛に耐える表情が表れている。
「マリネ大丈夫か?、歩けないなら……」
無言で、手を振り問題ない事を伝えてきた。
彼女は騎士でもある、か弱き女性だけで無い事を見せた。
そして目的の場所に足を踏み込む。
洞窟を見つけ、その先の大空洞を利用した祭壇の間。
居た。
龍の姿は取っていないが、その姿を確認した刹那、悪寒が走る。
「人の分際で我が身に何の用がある?」
「あんたの呪いで、父が苦しみ死に瀕している。呪いを解くなら許してやるけど、断るって言うなら、あんたを討伐して呪いを絶つ方法にするけど、どうするニズ?」
「倒す?、誰が誰を倒すと?」
「私達が、あんたをぶっ倒す!」
ロゼが邪龍を前にしても一歩も引かぬ態度に、怒りを表し始める。まともに近寄る事すら出来ない者が、何を根拠に剛を見せるかと。しかし、俺達の中に見知った気を放つ者が居る事に気が付いた。
「古き友が居たか……だが、手を出せぬ事を知らんのか?」
「ニズよ、この者達は委細承知で此処におる、侮らぬ方ががよいぞ」
「人のみで我を倒せると?」
ズグロは返事を返していない、黙ってニズを睨み返しその態度で示しているだけだが、立場は違えど同じ龍王の言葉だ、只のはったりと軽視するのは避けた様だが……。
「白龍王から随分と信頼されておるようだが、本気か小娘?」
「偉そうにしてるけど、自分が利用されてる真実に気が付いてない訳?」
ロゼは黒衣の者が企みを持って近付き、罠に利用しているのを突きつける。これで、態度を変えてくれれば無駄な戦いを回避できる、誰も傷つかなくて済む。
「黒衣の者……か、奴が何を企もうが知った事ではない、裏有っての事など承知しておるわ。忌々しいが、次元の狭間を漂い続ける屈辱から、開放され実体を得るのだ、眼も瞑るというものよ」
「自分が、再び次元の狭間に落とされるとも知らずに?」
「恐れを知らぬ小娘が!何時までも戯言を吐くか!」
ニズは俺達が、ズグロの威を借りてる事で強気でだと見ている様で、露骨に嫌悪感を顕にしてきた。
「戯言?、あんた本当にそう思ってるなら、とんだ間抜けね」
「小娘━ぇ! 、白龍の威など何の意味も無いと知れ!」
「あー本物の馬鹿だわ、自分を倒せる者が、又、目の前に居るのに気が付いても居ないなんて、こんな間抜けだとは拍子抜けも良いとこね」
「なに?……」
ロゼが何時もの調子で、ニズを刺激しすぎたかも知れない……。
「その波動……、僅かだが忘れもせぬ! 、オノレニンゲンガァ!」
「あ、しまった……。やり過ぎた?、ごめん言い直す」
「ロゼ……、もう遅い」
ニズが、俺の中に自分を倒した者の力をを認めた…………。
人の姿から本来の邪龍、その黒き闇を纏う姿に戻っていく。
それはズグロの綺麗な白色と相反する、漆黒の闇。
グロオォォォ━━━!
邪龍ニズの闇の波動が大洞窟に放たれた。
ありがとうございました