呪詛
よろしくおねがいします
「ただいま、お母様夢魔は退治したけど、お父様を苦しめている元凶は呪詛でした。でもサラトが見覚え有るしいから、此れから突き止めて是が非でも祓ってみせるわ」
ロゼの報告を聞き皇后は一瞬安堵の顔を見せたが、呪詛が残っているのが分かると。再び悲しみの表情を浮かべる。報告したロゼ自身も、心苦しくて堪らないが立ち止まっていたら何も解決しない、一刻も早くサラトに呪詛を確定してもらわなくてはいけない。
「サラトさん……、お願いね、何とか突き止めて頂戴」
「はい皇后様」
「ロゼも、頼みましたよ」
「任せて! 、必ず治すから」
「っとは、言ってはみたけど……はぁ……」
寝室を二人で退出した後、自室へ戻ると、唯一の家具である椅子に腰掛けてため息を吐く。サラトが少し席を外しますと退出し、残ったマリネとプラッディが不安げなロゼを覗いて来る。
「何の呪詛かは……」
「私にはさっぱり、今はサラトが頼みの綱よ待つしかないわ」
「そうなんですね……」
「そういえば、ユキヒトは……、ズクロも居ないわね……」
皇王の事で頭が一杯で、もう一つの厄介者を忘れてた。
「ズグロはその、ユキヒト殿の様子を見にいかれましたよ」
「あぁ、そうなのね、うん分かった」
ズグロは魔女ラケニスの僕であるが、現在は彼女の元を離れユキヒトに従属している身であり、その主を気遣うのは当然の責務といえる。普段は寡黙な存在だが、元は巨大な白龍で非常に頼りになる。
「彼女も……大変よねえ、異世界人の主なんて」
「でも……、五千歳の魔女にでも仕えれるのですから……」
「それ、本人聞いてたら次元の穴開けて、殴り来るわよブラッディ」
「あー有り得ますね、あの方なら」
「うひっ!」
何か、変な会話に繋がっていったが、少しの時間でも気が休まった。
じたばたしても仕方が無い、サラトの記憶が頼りだ。
コンコン
「どうぞ、入って」
扉を開けてサラトが戻って来た。
「待ってたわ、何か掴めた?」
「此処の書庫もかなり古い物を揃えていたもので、捜したのですが」
「其れらしき物は無かった……のね」
「はい……、見覚えが有るのは間違い無いのですが」
「うん、ありがとう」
手懸りに進展が無かった事は、平静に礼を言った表情とは、裏腹にロゼを追い詰めていく。サラト以外に紋章に心当たりが有る者は居ない、その唯一の期待が停滞してしまった。次の一手がロゼには思い浮かばない、焦っても得るものは何も無いのは理解していても、意に反して心は焦燥していく。
「実は、確実に知ってる方が一人居るのですが…………」
「それ! 、誰なの?教えて」
「ラケニス様なのですが……、今は眠って御出でで……」
「寝てるって、ラケニスを起こして、サラトお願い!」
「私も何度も試したのですが、眠り……瞑想中はやはり無理でした」
彼女が目覚める時間を聞いてはみたが、瞑想の時間は数秒から数ヶ月と、全く予測が付かないとサラトは答える。起きれば即、判明するものが、数ヶ月も幅があるのでは期待は出来ない。
又も、希望が潰えた。
「参ったわ……、何も繋がらない。如何すれば……」
「期待だけさせて……、心苦しく申し訳ありません」
サラトにしても、出来る限りの事はやっているのだが……。
「あ! 、ごめんね貴女を責めたりしたりしてないから」
コンコン。
「はい、どうぞ入って頂戴」
「ユキヒト様の様子を確認しておりました」
ズグロが主の様子を確認して戻って来た。彼女は、ロゼが知らせを聞いた後、間も無くユキヒトの様子を見に行ってた訳で、何が起きているのかは承知していない。
「彼は様子は如何だった?」
「体調はともかく、何やら言葉に出来ぬ事を悩まれておられます」
「そう……、ごめんねちょっと今は、彼を気遣う余裕が無いの」
「構いません、御自分で解決すべき事ですから」
責務はきっちり果たすが、人間みたいに諂わないのは見習うべきか。
しかし、停滞している問題を何とか進めなければ成らない。ひょっとしたら此れも厄災の一部なのかもしれないが、異世界の者にこの世界の呪詛を聞くだけ野暮である。彼が何か重大な事を悩んでいるのは見て取れるし、この地へと招致した責任も感じている。
しかしロゼには、父親の呪いを解く方法を見つける算段で頭がテンパっている、他に気を取られる余裕など、全く消え失せていた。サラトにしても、微かな記憶を頼りに、難解で不気味な紋章を捜してくれていたのだ、今はこっちで手一杯であった。
「サラトも良くあんな変な紋章を覚えれるわね、微かな記憶なんでしょ」
「いえ……、曖昧な記憶でしたので、模写しています」
「そう……、もう一度見せてくれる?」
サラトが宙に両手を広げ、例の紋章を浮かび挙げる。
「はぁ……、本当不気味な紋章よね、何かの骨に蛇?が巻いてる感じ」
「おや?この紋章は……豪く太古の物ですが何処で?」
ガタ━━━ン!
椅子を弾き飛ばしロゼが立ち上がった。
「ズグロ━━━ぉ、此れ知ってるの?」
「はい、存じておりますが……」
「教えて!! 、いますぐ教えてお願い」
余りの突然のロゼの詰め寄り方に、流石のズグロも一度後ずさる。
「これは、邪龍ニズの呪詛紋です。かなり古くからの物で強力な呪詛ですね」
「やったあ! 、判明したわサラトぉ」
「良かった、心苦しさが晴れました」
唯一の手懸りはサラトの微かな記憶と、何時起きるのか分からない魔女の知識だけだったのが、突然として道が繋がった。余りの感激にズグロに飛びつき抱き締める。
「ちょっと皇女殿下……、苦しい……御放しを」
「あ━!、ごめんねあまりに嬉しくて遂……」
完全に手詰まりだった物のが開けた事で、感激の余りの醜態である。
「事態が飲み込めませぬ、ご説明頂けますか?」
「ええ、勿論よ、聞いて」
ユキヒトを見に行って事態を理解していないズグロに、皇王の症状が夢魔の影響だとサラトから聞き、一緒に精神世界へと入った事。その中で夢魔を見つけ討伐した迄は良かったのだけど、夢魔は呪詛を運ぶだけの役回りをしただけ、既に呪は根付いてしまっていた。
「中で呪詛祓い等は、試したりは……されてはおりませぬか?」
「ええ、一度確認しただけで、下手に手出しは禁物とサラトに」
「なれば良かった。呪詛祓いした瞬間に、対象は絶命した筈です」
「そんな怖い物だったのね……サラトで良かったわ」
呪詛は判明した、それが強力に怖い呪詛である事も、次は対処法である。
「で、ズグロ……、如何すれば呪詛を消してお父様を救えるか教えて」
「呪詛を消す事は不可能なので、掛けた相手に解かせるか倒すしか」
「成程ね、その……ニズとかいうのは何処にいるの?」
「解せないのはそこです、当の昔に討伐され、生身を失って次元の狭間を漂っている。筈なのですが、何ゆえこの呪詛が現世に発現したのか……」
「大昔なら、復活したとか?」
「………まだ、二千年はその時は来ぬはず」
「次元の狭間を、漂っていた……、まさか! サラト黒衣の奴って、次元の狭間を行き来できるの?」
「そう……ですね、十分有り得ます。塔に入れるくらいですから……」
「でもロゼ様、アレの目的はユキヒト様なのでは?、何故皇王様を?」
マリネがロゼに言うとおり、此処まで黒衣の者は異世界人に固執していた。
「そうね、何故?。ここにきてお父様を…………
ご機嫌麗しゅう、皇王陛下の御加減は如何ですかな?
御困りの様なので、ニズの居場所を教えて差し上げましょう!
「黒衣!」
「あんた! お父様によくも……」
部屋の隅に黒衣の者が姿を現した。
『邪龍ニズの居場所は、オーク達が守る神殿の祭壇の奥に居る』
「ちょっと、待て!何であんたが……」
それだけ語ると、一方的に姿を消していった。
「くやしい、一発殴ってやりたかったのに!」
仮に、一発殴ってロゼが気を晴らし爽快感を満喫していたら、此の場で大騒ぎの惨劇が巻き起こったかもしれない。言いたい事を言い捨てて、立去った御陰で果たせなかったが、本当に殴っていたかもしれない。
「でも、わざわざ居場所を教えるなんて、何を企んでいるのか」
「普通に罠でしょうけど、乗るしかありませんね」
「相手を知るのが先ね……、ニズの情報を……」
邪龍ニズ、竜王に一角に位置する者で、常に一定範囲へ闇の波動を放っている。範囲内へ踏み入いると魔力の低い者は、金縛り状態となる。その為、常に結界を張り続ける必要があり、強力な呪詛を使いこなすだけでなく、その爪、牙、尾のどれが掠めても呪詛に罹る、直撃すれば即死とならずとも、瀕死になる程であり、呪詛と物理の両ダメージで戦闘不能へと陥る。
「接近戦はかなりの不利ね……、離れて魔法戦しか………
「皇女殿下……それも適いませぬ」
「え?魔法が利かないの?」
「いえ、物理、魔法問わずに、闇の波動の範囲内でしか倒せません」
「げぇ! 、そんなの有りなの?」
「だからこそ、竜王なのです」
最後のサラトの一言で、この理不尽な立場を強制的に納得させられた。
「更に、波動は範囲内に居る間中、強化され続けるので、呪詛の祓い、波動の結界、受けたダメージの回復と物理結界、四人が専属で魔法を」
「こっちが圧倒的に不利な訳ね、でもこっちにも龍王が…………」
「龍王同士は戦わぬが太古からの掟であり、私は龍の姿を取れませぬ」
「そんな相手に……、昔はどうやって勝てたのよ?」
「それは……」
「召喚された異世界人の力と、召喚者の共闘で邪龍ニズは倒されました」
「異世界人と共闘…………、ユキヒトの力が要るのね」
圧倒的な不利を覆すには、異世界人が必要不可欠であった。
ありがとうございました