ネーブル
よろしくおねがいします
怪しいな……
怪しいですねぇ━━
アリアネスとハルが見つめているのは、ユキヒトとマリネ。
「約束……忘れるなよ、内緒だからな! 」
「はい、分かってます……でも本当に」
二人が交わした約束とは、ユキヒトがこの世界に留まるという事、そして誰にも告げないという事であった。何故、告知するのをユキヒトが拒んだのか?それは、極単純な思いで。
「うっせえ、単なる意地だ……悪いか! 」
あれ程に、皆のまえで俺は帰ると言いながら、女一人に絆され説得されたと知れたら。
「格好つかねえ! 」
「ふふ、何かロゼ様と似てます、意地っ張りだし」
「なぁにぃ━」
ロゼに似ていると言われ、反発してマリネに突っかかるが、似てるものは仕方が無いと、抗議は却下されてしまい、どうにも立場が入れ替わった気がして、納得できないでいる。
《優しい方で……本当に良かった》
最初にペレストで逢ってからこっち、常に激怒を顕にし、詰め寄るブラッディを吹き飛ばしても見せた。あの時の形相は鬼の様に見え、マリネは恐怖以外を感じなかった。船上で二人で再度話をしに行ったときも、冷徹さしか感じ得なかった、それが覚悟を決め船室を訪れてからは、行為を中断された後からは、今迄と正反対にしか見えなくなっていた。
「ふーむ、あの二人……何かあったか……」
「さあ?、でも仲良く成ってくれると助かります」
ユキヒト達二人を眺めているハルは、公園で遊ぶ子供を見つめる眼だ。
「ほぉ、何でだ?」
「ふふ何ででしょうねぇ……」
「お━ぃ、内緒か」
「ふふふ」
船室から出てこないロゼも、昨日よりは落ち着き、会話も出来るようになった。
「あの人と、マリネは?」
「えっと、多分……又、説得にいってるかと……」
「上手くいくかしら」
会話は出来るが、何時もの様な破天荒ぶりは、何処かへ消え失せている。この世界で彼女の言う事は、余程の事でも無い限りは許される。不遜な態度も、皇王、皇后そして自国の重鎮達を前にした、宮廷での乱説も同様だ。普通なら処罰されるがお咎めなし、だがそんな物は異世界の民には関係無い、ただの我侭女としか取られなかった。しかも悪気が無かったせいで、謝罪すらしていない、突然連れて来られたうえに、独り投げ出された者からすれば怒るのは当然だ。
「ちゃんと謝罪しないと……だよね」
きちんと正面から謝罪したいと思ってはいる、自分の行動を全否定されて、まだ完全に立ち直れては居ない、こんな時こそ従者の出番ではないのか?。
「ちよっと様子見てきますね」
ロゼから離れるのは気がかりだが、戻って来ないマリネも何を?と。
船室を出て、甲板に上がり二人を見つけた。
《ん?、マリネなにしてるの?説得してるように見え……
「お前も怪しいとおもうか?」
「うわぁ━!」
いきなりアリアネスに声掛けられて、仰け反るブラッディ。
「あの二人何か隠してないか?」
「まあ、確かに少し不審だけど…」
弓矢を背にするエルフと長剣持つ騎士が、影からコソコソ覗き見している。
「ほらほらぁ、こんな所でぼけっとしてないで、ソロソロでしょ」
「あ!そうだ、マリネも呼ばないと」
次の岬を通り過ぎれば、ネーブルが見えてくる、到着まではもうそんなに長くは無かったのだ。そして到着すれば、魔女に逢いに行く。それはユキヒトが元の世界へ帰るという事だが、二人以外は知らない、ハルだけは女の直感とでもいう、特殊能力で何かを感じ取り安心しているようだが。
「ユキヒト……如何するか決めたのか?」
「ああ、勿論決ってる」
何時の間にかユキヒトの横にアリアネスが居て、気持ちを聞いてきた。
残る事は明かさず、決めた事だけは伝えた。
「うむ、迷いは無いな、良い眼だ、間も無く……
アリアネスは船員が落ち着きが無く、うろつき出したのに気が付いた。
殆どの甲板上の船員が船首へ向かっている。
「何だ、何事か?」
「それが……、ネーブルの様子がどうもおかしくて……」
聞くや即船首へ走るアリアネス、着くや船員から望遠鏡を取上げる。
「くそっ、燃えてる…、良く見えないが…魔物が襲ってる」
騒ぎで、船室からマリネとブラッディが出てきた。
見渡して皆が船首に集っているのを見つけ駆け寄ってきた。
「何かあったのですか」
「街が魔物に襲われて、火災も起きてる! 」
「そんな……如何して! 」
大昔ならそういう悲劇もあったらしいが、街へ魔物が大挙して押し寄せる等、もう随分と長い年月に亘って、起きたと聞いたことが無いらしい。
「マズイな、ネーブルには少数の警備がいる位で、守備隊は居ない」
「それじゃ、ネーブルの街は此のままでは……」
ブラッデイが街の防御が薄い事を話すと、アリアネスが悲惨な結末を予感する。
何故、到着のタイミングで街が襲われているのか?ただの偶然だろうか?。
「偶然とは思い難いな━━━━、あの黒衣の者か! ……」
………… ふっ、私のせいだと?…………、私は何もしていないが?
でた!
「何処だ! 」
又も、何の前触れも無く、黒衣の者が顕れた。即、戦闘体勢に入る。
船首から振り向き、舵の上の空中に姿を現した。
「魔物達がネーブルを襲っているのは、私の与り知らぬ事だ」
「では誰が操っている?答えろ! 」
ブラッディが黒衣の者を問い詰めるが、手を広げ首を振る。
「そんな事知らぬ、まぁ知っていても教える義理は無い」
黒衣の者は自分の関与を否定した。嘘を付く意味が無い、本当であろう。
更に言葉を残し消えていった。
「異界者よ時が近付いた、言葉を違えぬ事だ……」
突然現れ、そして言葉残して早々に消えた、一同動きが止ったが。
そんな事より、今はネーブルの方が危険であった。
「後どれ位で着く?」
「此処からでは……、あと二時間程は」
二時間も放置すればネーブルは全滅する。此処からでは手は出せない。
考え込んでいたマリネが、手を思い付く。
「ロゼ様……、転移魔法でいけるかもです」
「あ!、よし私が呼んで来る」
ブラッディがロゼを呼びに、踏み出すと、マリネから止められた。
彼女を引きとめ、ユキヒトにそれを代行して貰うよう話した。
「ユキヒト様がロゼ様を呼びに行って下さい! お願いします! 」
未だに、立ち直れず姿を現さぬ主に、切っ掛けを与えようとの意である。
何故、自分なのか理解し兼ねたが、マリネの意を汲み取った。
《何かあった?……、上が随分慌ただしいけど……》
バタン!!
「ローゼス皇女、緊急事態だ!甲板へ…………て
言葉が途切れたのは、ロゼがベッドの裏に隠れ、背中を向けて居るせい。ノックも無しに女性の部屋へ、しかも入室したのがユキヒトだ。一番逢わないと成らない、そして逢い辛い相手が突如として目の前に飛び込んできた。全盛時のロゼなら即、火球の一発入れている処だが、今は普通の女性以下の行動を取った、悲鳴も罵声も上げず、ベッドの後ろへ逃げ震えている。
《なんで?、なんでこの人が来るのよ?…………》
「お前……、震えているのか…?」
やっとの思いで、震えながら声を出す。
「貴方が……、急に……入って来た」
マリネから聞いていたイメージと全く違う姿に、罪悪感を感じるが。
そんな場合ではない、時間が、余裕が余り無いのだ、気を取り直すと。
「震えている場合じゃない! 、緊急事態だネーブルが魔物に襲われている」
「え?ネーブルが?魔物に?如何して?」
「お前の国の国民が襲われてるんだ! 、急げ甲板だ! 」
「分かったわ! 」
国民が襲われている、の言葉で反応した。気弱な素振りから一気に表情が変わり、ユキヒトと甲板へと駆け上がってきた。待っていたマリネとブラッディから、手早く状況説明を受けるロゼ。
「状況は把握したけど、一緒に飛べるのは三人までよ! 」
ロゼ、ブラッディ、マリネそして、アリアネスが妥当な人選だが。
マリネがユキヒトを睨みつける。それを視認した当の本人。
《マリネ…もしかして……以外と怖い?》
少したじろぐが、ハルの眼も、【行きなさい】と言っている…気がする。
「俺が行く」
少しは動じる素振りを、ロゼが見せるかと思われたが。
平気な顔をしている、ここに来てようやく平時を取り戻しつつある。
「揃ったから、いくよ! 」
ロゼが転移先を頭にイメージする。
風よ……我らを……運べ!
緑の光が四人を包み、弾け消える。
ネーブルの現状、惨憺たる物だった。突然として魔物が大挙して襲撃してきたのだ、湖を囲み街並が在る事が災いして、少数の警備ではとても、進入を阻める物ではなかったのである、広範囲で一度に攻められ、瞬く間に被害は拡がった。ある者は湖に飛び込み、ある者は港へ逃げ込み、海へと難を逃れようとしている。水中へ難を逃れた者は運が良かった、大多数は魔物の爪や牙、中には火炎で焼かれた者も居る。
四人が緑の光球より現れる。ネーブルの惨状を目の当りにし、顔を背けた。
ロゼは即、指示を出し始めた。
「マリネ、怪我人を見て回復、ブラッデイと私は、援護と応戦」
ユキヒトに指示しなかったのは、力が判明しないせいだ。
ぼけっと見守る訳にもいかない、動けない者をマリネの近くへ運ぶ。
運びながら状況を見渡す、港側の魔物はロゼ達の力で掃討されていくが、如何せん範囲が広すぎる。他の場所は既に、警備は全滅寸前である、勇敢な市民は抵抗しているが、所詮一般人であり武器もたかが知れている。港の路上に居た怪我人は、軽い者は良いが、重症や瀕死はマリネの魔法では完治は出来ない、痛みや程度を抑えるくらいだ。動かす事の出来ない重症者は手当てが遅れ、死亡していく瀕死の者は……。
港に雪崩れ込んでいる魔物を即座に排除し、中央へ入り込まないと全滅だ。
「ロゼ様、何とかなりませんか?、此のままでは…」
魔物に剣で斬り付けながら、ロゼに手立てを請う。
詠唱無しの火炎で焼きながら、やれるならもうやっていると。
「なあ、お前、魔物だけ撃ち抜けないか?」
後方からユキヒトが走り寄って来てロゼに進言した。
個別判定させ魔物だけ、そんな魔法が有るには有るのだが、威力が無い。
「あるわよ……、けど威力が無いの、倒せない」
「倒せなくていい! 、怯ませれば……」
「後は此処に残ってる警備兵で……何とかできるかも、いいわ」
「援護お願い、ブラッディ」
「私も! 」
魔法で治癒出来る者は、一通り手当てしてマリネも加わった。ロゼが目標とする魔物をイメージ仕出したが、種族が複数で時間がいる。ブラッデイが、振り下ろされる斧を剣で捌き、払う、数秒足止めするマリネ。
森林の時とは数が違う……恐怖心が出てきたが一体、又一体と倒していく。狭い範囲でロゼを魔物から防ぐ三人。
《へー、初めて見たけど……やるじゃない流石に私が……》
ロゼの目標設定が完了した、詠唱に入る。
光守護し者達よ、我のも……
上空に魔法陣が形成されていく……、大きく広く拡がりを続けネーブル全体へ。
街全体を範囲に収めると、即座に光矢が天空より降り注ぐ! 。
「えっ? 、そんな筈、ない……詠唱しきれてない…のに」
光矢は人を物を避け、イメージで固定された魔物のみを狙い貫いていく。天空から降り注ぐ数千の光矢、その一撃貫かれただけで、魔物は絶命した。避けようと逃げるが、矢はそれを追尾し貫く、盾を持つ魔物はそれを天に向け防御する、しかし光矢は何も無いが如く貫き通す。
魔法陣が形成され数分間で、光の矢はネーブルを襲った魔物を全滅させた。
街の各所で歓声が沸き、生き残った者は生還に涙した。
「ローゼス皇女、お前凄いな! 全滅したじゃん」
「ロゼ様凄すぎます! 、さすがあ」
「お疲れ様ですロゼ様」
三人から賛美されても、ロゼは唖然とした顔を崩さない。
「如何かされましたか?ロゼ様」
「全滅?、こんなのおかしい……、威力も桁違い…」
魔物を全滅させたが、ロゼは納得していなかった。
「私は、殆ど詠唱していない! 、魔法が発動する筈が無い! 」
ありがとうございましたー