心意
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渡航船ユキヒトの個室へ、真夜中に女性が尋ねてきた。
彼女の名はマリネ、皇女ローゼスに従事する騎士の一人だ。
蝋燭灯の薄明の中、その表情に浮かぶ物、恐れ、困惑、そして羞恥か………。
マリネは自ら、軽鎧を外した。
「ユキヒト様…………、これで何卒……」
「君は………
━━━ 半日以上前 ━━━
ユキヒトの前に皇女ローゼスの従者、女性騎士二人が現れた。
そして、二人はユキヒトが振り向くと、即座に方膝を着き、頭を垂れる。
「何卒、我らの話を聞いて下さりますよう……」
「お願い致します……」
中世の物語でよく描写される情景で、自らの主に向けられる物では?。
ユキヒトは咄嗟のことで、困惑し動けなかった。
予想の範囲を超えた状況に、口を開くのに十数秒経過した。
言葉を聞くまで、その体勢は維持され、許されるまで微動だにしなかった。
「そんなの止めてくれ、立っていいよ! 」
許しを得て、二人は立ち上がる。
「お聞き頂き感謝致します…」
「我が主に成り代わり、陳謝いたし何卒我等が願いを……
「その、超堅苦しい物言い方を何とかならない?」
ユキヒトは最初の儀礼といい、物言いといい、痛々しくて遮る。生涯でそんな言葉を自分に対して、向けてくる者が現れるとは、想像したことすらなかった。
「貴方の怒りは、痛いほど理解した心算です、ですが……」
「今一度、お考え直して貰えませんか?」
当然の事ながら、この話なのは予測した。
「ふぅ、やっぱりその話だよな……」
「はい、ロゼ様にも後ほど、必ず謝罪を……
「そこなんだよな、何故、本人が来ない?、まあ来辛いのは分かるけど」
「誤解無きよう聞いて下さい」
交互に会話をしていたが、マリネが此度の全てを語り始めた。
一度も反応しなかった召喚の魔法陣が、ある日突然ロゼに反応した。歴史の中で、魔法陣が発動するという事が、このフォーチュンに何を齎すのか?、その為に過去から召喚の儀を行ってきた事。今回ユキヒトを放置したのでは無く、言い訳に成らないのは招致しているが、故意ではなく事故だったと、数日間異世界で捜したが、相手にされず。期限ギリギリでやっと、助けに応じてくれそうな人と逢え、嬉しさの余りに詳細を語る前に、帰還魔法を発動させてしまった。
「つまり俺は、人徳薄い慌て者の皇女様に掴まったと?」
「人徳は……一部以外ではあるんです! 、ですが仰るとおりで……す」
「で、どんな事故で俺はほっとかれた訳?」
最初二人で顔を見合わせ、話し難そうに始めた。帰還魔法を発動させた後も、嬉しさが抜けずはしゃいだせいで、魔法の効果範囲から突き飛ばしてしまった。
「俺は……突き飛ばされたのかよ」
「お詫びのしようが……」
「あんたらの仕業じゃ無いだろー」
「ですが……」
従事してる者が、主のせいだとは言えない、続きの話を促した。居場所の見当も付かなかったが、皇后から魔女ラケニスなら捜索出来る筈と教えられた。魔女の居場所を知るものは、ゾーイの賢者アジモフで逢いに向かった。途中で悲劇を経験するが、これは今回の件とは全く関連無いので省くと、無事アジモフと逢え、そこでユキヒト達がネーブルに行くために、港町ペレストに向かったと聞き、急ぎ駆けつけた。
「此れが、ユキヒト様達と逢うまでの全てです」
「嘘偽りは、一切語っていません、信じてください」
「別に……疑ってないよ」
「信じてくれて感謝します」
二人は深くお辞儀をした。
数多いまでは無いが、ユキヒトが知りたかった事は全て判明した。判明したがそれと、此の世界に留まるかは別である。事情を話さず強引に連れて来た、あちらの世界から見たら、誘拐、拉致、逃亡に極めて近い、事が判明した以上無事に送り返すのが筋ではある。
のだが、冷たく突き放しも…………。
「事情は今の話で、ちゃんと理解した……」
「ありがとうございます」
理解はしたが、納得はしていない。
「放置されたと思ったのも誤解で、もう怒りもないよ」
「良かった!それでは」
ここで、自ら断るのではなく、彼女達が諦める様に仕向ける為に質問した。
「俺が、命を賭さねば成らない、正当な理由が何かある?」
「それは…………」
ズルイと思った……。
「平和な世界を離れ、此処で命を賭さねば成らない理由が知りたい……」
「無い…です、」
相変わらず、交互に答え最期にマリネがこう言った。
「貴方の……御慈悲に……縋るしかありません」
この言葉をユキヒトは、全て他人任せ、他力本願なのかと取ってしまった。
「自ら動かず、事を成就したいなら、俺が命を賭す代償を払って欲しい」
「代償…………、何をご希望……なのですか?」
「俺は神では無いが、神が全部代償を指定するのか?」
彼女達もこれで諦めてくれるだろう、ユキヒトは本気でそう思った。最期の彼の言葉は、何を意味しているのか?、それを彼女達は理解出来る筈だ。そんなまねを、自己犠牲を払ってまで、自分をこの世界に留まらせようとはしないだろう。その証拠にその言葉を最期に、甲板から離れていくのを……。
《ほら追って来ない……、これで冷たく断らずに済んだ》
ユキヒトが立去るのを彼女達は、立ち尽くすだけだった。
しかしこの時、彼女達の心中をユキヒトは察せ無かった。
その後は特に変わった事も無く、船内で夕食が出された。
それは全員が自室で取り、誰も表には出てこなかった。
ユキヒロ達以外に乗船客は居ない、夕飯の後も誰一人表へ出てくる者は居なかった。食事の後片付けに船員が各部屋へ、食器を引き取りに入ってきた事と、甲板と廊下を掃除する音以外は何も聞こえて来る事も無い。
この状態は夜に船内で消灯と成るまで続いた。
そして静まりかえった真夜中の事。
コンコン
ドアがノックされ、ユキヒロは眠れずにいたせいもありドアを開いた。
渡航船ユキヒトの個室へ、真夜中に女性が尋ねてきた。
彼女の名はマリネ、皇女ローゼスに従事する騎士の一人だ。
蝋燭灯の薄明の中、その表情に浮かぶ物は、恐れ、困惑、そして羞恥か……。
マリネは無言で自ら、軽鎧を外した。
「ユキヒト様…………、これで何卒……」
「君は………
《まさかっ!、本当に……来るなんて……》
軽鎧を外すと、シュミーズ姿が現れ、マリネはその肩紐に指を掛け…て。
その先の行為は、ユキヒトによって制止された。
「あの…ユキヒト…様?」
棚から未使用のシーツを引き出すと、彼女をそれで包んだ。シーツを動かしながら、何と馬鹿なマネをしたのかと後悔する。他力本願?違う、彼女達も生きる為に命を懸けていたのだ。この世界フォーチュンとその住人を救う為に、もし彼女に命を代償に差し出せと迫ったら、躊躇無く従うだろう。
この世界はそういう場所なのだと、初めて理解した。彼女達がどれだけの決意で、ユキヒトを説得しに来ていたのか、代償を要求した時に……どれだけの覚悟を決めようとしていたのか?、なのにそれをただの、人任せの他力本願と取ってしまった。命を賭して事を成す者の為に、彼女もそれを成す者の為に、命を賭そうとできるのだ。
「ユキヒト様…………私は」
マリネを見つめた。じっと見ている彼女の顔は、又何か起こらせたのでは無いかと怯えている。此れ以上彼女に、こんな真似をさせる訳にはいかないと、ユキヒトは決めた。
「マリネ……だったかな?」
「はい」
「向こう向いてるから、元の格好に戻ってくれ」
「あの…………」
怒って着ろと言っているのでは無い事を、優しく伝えるとマリネは従った。
自分がやった事が恥ずかしくて、たまらなくなっていた。
元の姿に戻ったマリネが、次の言葉を待っている。
「ふぅ!、如何やら俺が負けたらしい、マリネの勝ちだ」
「え!、私の勝ち?………理解が……え、もしかして」
「うん!、君達の要請を叶える、努力するよ」
その言葉を聞いたマリネは、きっと必死に耐えていた物が、一気に消えた。
感極まって涙を流し始めた。
そして━━━。
「ユキヒト様!ありがとう! 」
の言葉を告げながら抱きついてた。
《あー悲しみの涙を流させなくて、これで正解なんだ》
ドアを抜けて行く前に、おやすみなさいと笑顔で出て行った。
眠ってしまう前に、他の二人も同じ事をしたのだろうか?っと。
《これは……なってしまったかな?》
ありがとうございました