光 4
ー光 4ー
楽器店から10分ほどのビルの地下にある、レンタルスタジオ。
ここに、今は週2回通っている。
俺たちが成長していく場所。
新しい歌が生まれ場所。
そして、旅立つ場所。
受付のゴンちゃんに、奥で飯食ってるからと伝え、スタジオが並ぶ廊下の突き当たりにあるスペースで、途中のコンビニで買ったおにぎりを食べる。
すごく腹が減ってるわけではないけど、腹が空っぽだと、声が出ないのだ。
特に今日は、カエルの前で歌うのだ。
カエルが好きだと言ってくれた、声を届けるのだ。
メロディーを、歌詞を、声を、カエルは気に入ってくれてるだろうか。
初めてのライブのように、緊張と期待が身体中を駆け巡る。
9時前に、3人が連れ立って来た。
ギターのケン、ドラムのタケル、ベースのダイ。
高校の時からバンドを組んでいる、大切な仲間。
ケンが、カエルを見つけ、誰?と聞いてきた。
カエルと、紹介すると、
「華絵です、初めまして。」とカエルが挨拶した。
どこに出しても恥ずかしくない、きちんとした挨拶をするカエルを見て、うれしく思った。俺の仲間をカエルなら、俺と同じくらい大切に思ってくれる。
タケルが、彼女?と聞くから、自慢気に、そう、と答えた。今日から付き合い始めたと言ったら、みんな驚いていた。
ひとりを除いて、彼女をスタジオに連れて来たことはない。
彼女であっても、彼女と自分からみんなに紹介したこともなかった。
これまでの彼女は、スタイルが良く化粧の上手い女の子が多かった。
みんなが驚いて当然だ。今までの俺とは正反対なのだから。
これまでは、彼女と言っても、本当に俺の彼女だとは、みんなは思ってなかったかもしれないけど。
みんなが、彼女ができた記念に、あの曲をやろうと言ってくれた。
もしかして、あの歌詞?ダイに、まあなと返事を返す。
スタジオに入り、演奏を始める。
歌が始めると、カエルがびっくりした顔をしていた。
MDの楽曲だ。
俺たちのバンドの曲だと思ってなかっただろう。
まして、感動していた声が、俺だったとは想像もしていなかったに違いない。
オリジナルを3曲流したとこで、カエルの目を見つめ、月の君、とタイトルコールした。
カエルに初めてキスした日に作った曲だ。
心を込めて、カエルに送った。
届いただろうか、カエルの心に。
どうだった?とみんながカエルに聞く。
俺が最初に聞きたかったのに。
感動した、と言ってくれた。
その言葉だけで、十分だ。
2時間後、練習が終わり、スタジオを出る時に後ろからタケルがカエルに話しているのを聞いていた。
土曜日のライブの話だ。土曜日?カエルが聞き返す。光が聞いてない?
カエルの顔が、不安な表情になっていく。
タケルの奴、なんで先に言う。
ケンが、カエルの様子を悟ったようだ。タケルを連れて行く。
ケンは周りの空気を的確に察知できる。天然のタケルは、いつもケンに怒られている。
土曜日、来る?遠慮しながら、行っていいの?と聞く。
また、カエルに悪い事してしまったな。
練習の後は、恒例の反省会だ。
カエルを連れて来た俺に、今日は来なくていいとみんなが言ってくれたけど、ライブはもうすぐだ。確認し合わなければならないことがまだある。
今回のライブは、美里がいるバントとの対バンだ。
美人なのに低音の迫力のある声を持つボーカルの美里がバントのメイン。たいしていいとも思わない楽曲を美里の声で数ランク上に押し上げている、そんな印象のバントだ。
ライブの進行、MCの内容なんかを最終的に決めていく。白熱した打ち合わせも中盤になると、集中力も散漫しだし、徐々に話が逸れていく。
カエルは、下ネタでも、笑顔でみんなの話を聞いている。
ウブなカエルには、到底ついていけそうもない話題なのに、嫌な顔ひとつせず。
俺のために、精一杯背伸びをしているカエルが愛おしかった。
そんなカエルを不安がらせている。
すぐに、今すぐ、カエルの不安を取り除いてあげなければいけない。
終電近くになり、反省会は解散となった。
いつもはみんなで駅まで向かい、駅で別れる。
でも、今日は嘘をついた。携帯を忘れたから店に戻ると。
カエルと来た道を戻る。そして居酒屋とは反対の道に出る。
「居酒屋はあっちだよ。」と怪訝そうにしていたカエルを抱きしめた。
人通りの多い路上で、いきなり抱きしめられたからカエルは離れようとする。
「動くな。」と言ったらカエルは少し体を硬くした。
ダメだ。余計に不安にさせるだけだ。
ちゃんと、言わなければ。
「不安だったろ。」
まともに言うと照れるから、歌を歌うように言葉にした。
カエルの体から力が抜けた。俺の胸に体を預け、カエルが手を背中に回してきた。
そして、腕に力を入れてきつく抱きしめたくれた。
応えてくれたことで、今までよりも深く繋がっていることを感じた。
終電がもうすぐ発車するのだろう。
たくさんの人が、俺たちを避けながら駅に向かっている。
時間なんて気にしない。誰かが邪魔だと文句を言っても関係ない。
カエルを守るためなら、何も恐れるものはない。
人通りが、急に少なくなった。
もう電車はない。
カエルがいいと言ってくれるなら、月の優しい光に包まれて、ずっとカエルと歩いていたい。
そして、俺の話を聞いて欲しい。
カエルの手を繋ぎ、歩き出した。
携帯で月の光を流す。
カエルが笑顔で俺の目を見つめた。
「聞きたいこと、いっぱいあるだろ。」
「話してくれるの?」
「すごい不安な顔してた。」
「知らないことがたくさんあり過ぎて。」
「付き合った途端、彼女に辛い思いさせたるなんて、最悪だよな。」
「辛くなんてないから。」
「全部、話す。何から聞きたい?」
「最初から。」
高校で軽音部に入った頃からの話をゆっくりと、始めた。
美里との出会いのこと。バンドに対する思い、失恋を引きずっていたこと。そして、カエルが好きだということ。
すべて、包み隠さず、カエルに話した。
1時間近くかかった。
俺のつまらない思い出話をカエルは、何を思い、どう感じたのだろう。
ハイツに着いた。
もう一度、カエルを抱きしめ、部屋に帰した。
2階の部屋の前から、カエルは小さく手を振った。