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ツンデレ男と月の光  作者: 原 恵
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華絵 4

ー華絵 4ー


コンビニに寄って、楽器店から歩いて10分ほどのところで、光が、ここ、と言った。


ビルの地下への階段を下りる。

受付のようなところに、目がチカチカするような金髪の男の人がいた。

おう、早いね、と金髪さん。

飯まだだから、奥で食べてるから。親しそうに会話する光。


奥に進む。いくつかの部屋が並んでいる。

ここは、スタジオだ。バンドの人たちが練習するレンタルスタジオ。


突き当たりに少し広いスペースがあり、そこに置いてあるテーブルで、光がコンビニで買ったおにぎりを食べていると、男の人たちが、やって来た。

「おお、光、早いな。誰?」ギターを背負った人が聞いた。

「ああ、カエル。」

「カエル?」

「華絵です。初めまして。」


ギターのケン、ドラムのタケル、ベースのダイ。それぞれが自己紹介してくれた。


「光が女連れて来るなんて、珍しいな。」

とケンくん。

「もしかして、彼女?」

「そう。」

「まじかよ。光に彼女って。」タケルくんがびっくりしている。

「いつから付き合ってんの?」

ダイの質問に、今日、と光。

「今日?」3人がびっくりしている。

「あれだけ女の子に囲まれてて、彼女作らないから、男の方がいいのかと思ってたよ。」

タケルくんの言葉に、みんなが笑った。


「今日は光の彼女ができた記念日だな。」

「じゃあ、光のあの歌、やろうぜ。」

「あれ?」

「そう、あれ。」

「もしかして、光、あの歌詞って。」

「まあな。」

「やるね。」


軽快なテンポの気兼ねのない会話。

仲の良さが、こちらにも伝わってくる。


光が、態度悪くないって言ってたのは、本当だ。みんなと話している光は、ごく普通の明るい男の子だった。



スタジオに入り、音を合わせる。

演奏が始まり、光がギターを弾きながら、歌い出す。


あっ。

驚いた。この声。

心を掴まれたこの声。光の声だったんだ。

なんで気づかなかったんだろう。

紛れもなく、光の声だ。


いつもは淡々とした話し方だけど、音に乗ると、こんなに表情が豊かになるんだ。

生で聴く歌声は、機械を通すよりずっとまっすぐに私の中に入ってきた。

リズムを身にまとい、空に駆け出して行く激しく、切なく、甘い声。

これが、光なんだ。本当の光は、ここにいたんだ。



3曲が終わったところで、光が、月の君、とタイトルコールした。


今までのアップテンポの曲から、バラードへと変わった。

ギターソロから始まったメロディに光の声が重なって行く。


『光と影の間で彷徨っていた

君を求めて

その瞳は何を見ている

その手は誰と繋がる

闇に引きずり込まれる前に

好きと言ってくれ


たどり着けない

羽根をもぎ取られた過去

宇宙を彷徨い続ける


過去と現実の狭間でもがき続ける

君を愛して

この心を捧げよう

離れないと言ってくれ

明日への道 踏み出すために

抱きしめてくれ


もがき続ける

幾千万の星を集め

たどり着く未来へ


月のあかりのように 君の全てを包み込む

ひとつになった心は

決して離れたりはしない


月のあかりのように 永遠に照らし続ける

今夜 想いを伝えよう

愛してるよ君だけを』


曲が終わった。

みんなが、どうだった?と聞いてくる。

この歌詞、私に?

あまりにも突然で、あまりにも感動的な出来事に放心状態だ。


「ごめんなさい。びっくりして、感想がうまく言えない。」


「ほら、光。カエルちゃんが感動してくれたよ。」とダイくん。

「光の渾身の作品だからな。」ケンくんが言う。

「カエルちゃんがいてくれたら、最高の曲、もっと作れるんじゃない?光。」

「タケル、お前も早く彼女作って、いい詩かけよ。」

「今日、彼女ができたばっかりの光に言われたくねぇよ。」

「確かにそうだ。」みんなが同意する。



演奏し通しの2時間。チェックを繰り返しながら、終わった時にはみんな充実感にあふれた顔をしていた。


仲間とこんなに打ち込めるものがあることを心の底から羨ましく思った。


そして、こんなに素敵な仲間に囲まれている光を見るのがうれしかった。



一番最後にスタジオを出たタケルくんが、土曜日、来るんでしょ?と聞いてきた。土曜日?ライブ。光から聞いてないの?

ライブがあることを知らなかった。

それよりも、光がバンドやってることすら、今まで知らなかった。


知らないことが、不安を募らせる。


「光、土曜日、カエルちゃん来ないの?」

「まだ、言ってなかった。」

「せっかくなんだから、ステージ、見てもらえよ。」

「そうだな。」

ケンくんがタケルくんを引っ張って行く。

「カエル、土曜日、来る?」

「行っていいの?」

「当たり前だろ。」



練習が終わった後は、近くの居酒屋で終電まで反省会をするのがパターンらしい。

光は来なくていいとみんなが言ったけど、もうすぐライブがなんだから、と私と一緒に反省会に参加した。


セトリの確認、MCの流れなどをチェックする。真面目にするんだ、と思っていたけど、中盤以降は、他のバンドの話や女の子の話で盛り上がっている。



4人は同じ高校で、2年生のときからバンドを組んでいる。

光とタケルくんはまだ学生で、ケンくんとダイくんは社会人。


プロダクションのオーディションにも参加したことがあって、ライブハウスでオファーをもらったこともあると言う。


その頃は、実力もなく、プロになる決断を下せなかったらしい。


土曜日のライブは、ライブハウスで人気のある2組が出演すると言う。


最高のパフォーマンスしようぜとみんなで決意を固める。



店を出て、少し歩いたところで、光が携帯を店に忘れた、と言い出した。


みんな、先帰ってて、と光。私の手を取り居酒屋に向かって行くけど、道が違う。

「居酒屋、あっちだよ。」

「わかってるよ。カエルと2人になりたかった。」

「携帯は?」

「ポケットの中。」

「部屋に帰れば、2人になれるよ。」

「今すぐ。」

光が、歩道の真ん中で人目もはばからず、抱きしめてくる。

「ちょっと、こんなとこで。」

「しゃべるな。」

「でも。」

離れようとすると、光は力を入れて抱き寄せる。

「動くな。」

「光。」


「不安だったろ。」

終電に乗り過ごさないように、たくさんの人が、私たちを避けて小走りで駅に向かって急いでいる。

両手を、光の背中に回す。そして、少しきつく抱きしめる。光がコクリと頷いた。


10分くらい経ったのだろう。

光は、ただ黙って、私を抱きしめている。

歩道を歩く人が、急にいなくなった。終電がもう出たみたいだ。



光が、体を離す。まっすぐ目を見つめながら、

「帰ろう。」

「でも、電車なくなったよ。」

「歩いて帰ろう。話しながら。」

「1時間以上かかりそうだけど。」

「1時間間じゃ、話し足りない。行こう。」

手を繋いで、歩き出した。


光の携帯から、月の光が流れ出した。

心が落ち着く。優しくなれる気がした。


「聞きたいこと、いっぱいあるだろ。」

「話してくれるの?」

「すごい不安な顔してた。」

「知らないことがたくさんあり過ぎて。」

「付き合った途端、彼女に辛い思いさせたるなんて、最悪だよな。」

「辛くなんてないから。」

「全部、話す。何から聞きたい?」

「最初から。」


「高校で軽音部に入ったのは、一年上にボーカルをやってたきれいな先輩がいたから。」

「動機が不純だったんだ。」

「歌も上手くて、女王様のような人。でも、彼氏もいたし、ただ憧れているだけだった。

その人と、大学3年の時に再会した。偶然、同じライブハウスに出てたんだ。

高校の時よりもっときれいになってて、憧れが、好きに変わった。だけど、やっぱり女王様だった。」

「朝の人。」

「そう、美里って名前。振り向いてもらおうと、いろんな手を尽くした。満足させてあげられることもあったけど、いつもすぐに手のひらからスルリとすり抜けてしまう。」

「すごく、好きだったんだね。」

「その頃はね。大学4年の春、プロダクションからオファーがあったんだ。話はバンド仲間の間でもすぐに話題になった。

その頃から、先輩との仲が急に縮まった。片想いから恋人になった。

オファーがあって彼女もできて、有頂天だった。その時は、自分は何にでもなれそうな気がしてた。」

「うん。」

「契約のために、プロダクションに行った時だった。向こうが求めているのは、バンドではなくて、俺の顔と声だけだったんだ。

よく考えたら、俺たちはまだプロになれる実力もない。理想とは全く違う形で音楽を続けていくつもりもない。

4人で相談して、オファーを断った。 それ

それから、今まで以上に音楽に向き合うようになった。実力をつけるために毎日死にものぐるいで練習した。

先輩と会う時間も少なくなった。まずは、実力をつけて褒めてもらおうと思ってた。

作った曲を聴いてもらうために、先輩の部屋に行ったら裸の男がいた。」

「えっ、じゃ光、あの人に、」

「見事に振られた瞬間だった。だけど、その頃は、周りに俺が好きだって言ってくれる女の子もいっぱいいて、すぐに忘れられると思っていた。でも、できなくて、わけもわからず、荒れていた。」

「私、光が王子様なんだって思ってた。」

「俺は、女王様に振られた惨めな召使い。

「そんなとこと、ない。」

「そんな時に、カエルを見つけた。」

「光がそんなに傷ついていたなんて、知らなかった。ごめんなさい。」

「謝るなよ。俺は、お前を好きになって、やっと過去を消せたんだから。」

「私、美里さんの代わりになれるの?」

「代わりなんかじゃない。カエルは美里じゃない。カエルが好きになったんだ。」

「うん。」


月の光を何回リプレイしたんだろうか。

もうハイツの近くまで、歩いてきた。


ハイツの前で、光が優しく抱きしめてくれた。そして、おやすみ、と。



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