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ツンデレ男と月の光  作者: 原 恵
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光 3

ー光 3ー


華絵の唇は、力が入り過ぎて固くなっていた。

それがとっても可愛くて、ずっと抱きしめていたら、そのまま眠ってしまった。



肩が痛くて、目が覚めた。フローリングで直寝のせいだ。

腕の中にカエルはいなかったけど、少し離れたところで丸くなって寝ていた。


部屋にはドビュッシーが流れていた。

ピアノの旋律が心地よい空間の中で、カエルの寝顔を眺めていられる。幸せな気分が胸いっぱいに溢れる。


テレビの横に置いてある時計を見る。

午前9時。

今日は木曜日だ。

以前は夜の8時からレンタルビデオ屋のバイトで、終わってからラーメン屋に直行していた。だけど今は、木曜日にバンドの練習をするようになったから、ラーメン屋には行けていない。


カエルにどうして来なくなったかと聞かれたけど、バンドのことを教えてないから、練習だとも言えない。

内緒にしていて悪いと思うけど、きっとちゃんと話すから、待っててくれ。



ゆっくり起き上がり、俺に掛けてくれていたタオルケットをカエルに掛ける。


できるだけ静かに、カエルを起こさないよう、ドアを閉めた。



カエルのことを考えて作った曲を完成させなければならない。


部屋に帰り、早速、Macからアプリを立ち上げる。

ギターをつなぎ、作った曲をインプットして、ドラム、ベースのアレンジを加える。


何度もチェックを繰り返し、夜になってやっと仕上がった。

これなら、バンドの曲として、みんな納得してくれるだろう。


9時からの練習に間に合うように、部屋を出た。




月曜日、レンタルビデオ屋のバイト帰りにラーメン屋に行く。


「いらっしゃいませ。」カエルの声。

他の客より、うれしそうな声に聞こえるのは、思い過ごしではない。


お水を持って来て、にっこり微笑んでくれるのは、俺だけだ。


ラーメンを食べ終えた後、携帯が鳴った。

着信を見る。出たくはなかったが、鳴り止まないコールは、店の迷惑になる。

今日は、珍しく、団体の客が多かった。


「光、今どこ?」いきなり話し出す。

「外。」

「どこ?今から行くから。」

「切るぞ。もうかけて来るな。」


電話を切り、乱暴に携帯を置いた。

カエルが、こっちを見ていた。

小さな笑顔を短く返す。なんでもないからと。


まとわりつくような感情。

いっそナイフでえぐってくれた方がいい。細い針を刺して少しずつ膿を出しても、傷は決して治らない。

溜まった膿は、また新たな傷を作っていくだけだ。



5時前にラーメン屋を出る。

いつもの場所で、カエルを待つ。

カエルを抱きしめたかった。

心をカエルだけで、満たしたかった。



店が忙しかったから、何も食べていないと言うカエルに付き合って、コンビニに行く。

パンを選ぶカエルに、それ選ぶ?太るよ。センスないな、コロッケよりは焼きそばでしょ、そこは。などとちょっかいを出していると、入口の方から、名前を呼ばれた。

振り向くと、美里が立っていた。


なんでここにいるんだよ。

せっかく来たのに。来なくていい。

顔が見たかった?冗談じゃない。どの面下げてここにいる?


美里の目が、カエルを捉えた。

朝から一緒とはね。

声を殺し、やめろと言い放った。


いくつかパンを掴み、レジで支払いを手早く済ませる。

カエルの肩を抱き、店を出た。


歩きながら、誰?と聞いてくる。

本当のことを言う。付き合っていたことを除いて。

彼女?違う。今はだけど。

光の彼女って、どんな人?彼女がいるなんて一言も言ってない。

モテるでしょう?モテるよ。声をかけたらついてくる。嘘じゃない。

でも、誰とでもキスするほど、軽薄ではないと。


最初は俺のこと嫌ってたけど、今は?と聞いたら、大丈夫と言われた。何が大丈夫なのか、訳がわからない。

ずっとカエルが気になっていた。

カエルといると、自分でいられると。


初めてカエルに、自分の気持ちを伝えた。


無理してるの?光はそのままでいい、と言ってくれた。


ぶっきら棒で、すぐ怒って、ドSで意地悪なことたくさん言ってきたのに、そのままでいいと。


帰り道にある小さな公園に寄った。

木漏れ日がキラキラしている。俺もキラキラしていると。違う。輝いているのは、カエルだ。


付き合ってくれと言った。

最初は戸惑っていたけど、頷いてくれた。


カエルは、男との付き合い方を知らないと言う。

抱きしめられたことすらないと。


高校時代に付き合っていたと聞いていたから、キスくらいはしてると思っていた。

それが、抱きしめられたことすらなかったなんて。


この前、カエルの部屋でちょっと強引にキスしてしまった。

カエルのファーストキスだったとは。


初めてではなくなったけど、キラキラしている朝の公園で、好きだと伝え、ファーストキスをやり直した。


俺の胸の中で、多分、顔を真っ赤にしているカエルの記憶の中に、この瞬間が一生消えないでいて欲しかった。



カエルの部屋に帰り、この気持ち残したかったから携帯に言葉を書き留める。

カエルは、パンを食べると、すぐに眠ってしまった。


しかし、俺といるのにカエルはよく寝る。

よっぽど安心してくれているのか、それとも眠たいだけなのかわからないけど、かわいい寝顔に免じて許してあげる。


今日は、俺も昼からバイトだ。

カエルのおでこにキスして、部屋を出る。



カエルに、俺のことを話すことにした。

今まで内緒にしていたから、いつもの自分と違うことを見せるのは少し恥ずかしい。

どんな顔をして、愛の歌を歌えばいいんだろう。



夜8時。楽器店の中から外を見る。

送ったメールをちゃんと理解してくれたようだ。


ガラス越しにカエルがこっちを見ていた。

目が合う。やっぱり、驚いている。

店内に入るよう手招きする。


もうすぐ終わるから、待ってて。

怒ってないか、と聞かれたけど、何に対してなのか、わからない。

カエルは、いつも俺の言葉や態度に怯えている。

原因は何か、大体はわかる。

好きだ、と言った俺のことを知らないからだ。



カエルは、店内の楽器を物珍しそうに眺めていた。


ピアノやバイオリンを習っていたり、趣味でギターを弾いていたり、合奏部に属していたり、バンドを組んでいたりする以外、楽器店に入って来る人は少ない。

特に、店内にはかなり高価な楽器や、レアな名器もたくさん置いてあるから、プロのミュージシャン達も頻繁に通っている、いわゆる通好みの店だ。


ここでのバイトは、もう3年になる。

でも、この店に女の子を連れて来たことは一度もない。

神聖な職場にチャラチャラした気持ちで足を踏み込んで欲しくなかったからだ。


バイトが終わった。

カエルと一緒に外に出る。


飯は、と聞いたら朝の残りのパンを食べたと言う。

時間はあまりなかったけど、カエルに晩飯をごちそうしてあげたかったのに。

俺の口から、また意地悪な言葉がついて出た。

ごめん、カエル。もっと優しくなれるように努力するから、と心の中で謝った。


さあ、覚悟を決めて、カエルを俺の大切な場所に連れて行こう。


カエルの手を握り、歩き出した。






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