光 2
ー光 2ー
目が覚めた。
今、何時だろう。携帯を見る。昼過ぎ。
ベッドに寝転んだまま、窓を見る。
カーテンはかけてないけど、すりガラスになっているために、隣のハイツは見えない。
あそこに、カエルがいる。
信じられないけど、現実だ。
勢いよく起き上がる。
この気持ちをカタチにしたかった。
ギターを弾きながら、湧き出てくる言葉をパズルのように繋ぎ合わせていく。
シンプルなバラードにしたい。
心に浸透して、ゆっくりと満たしていくような。
雑音を一切遮断して、自分の世界に入り込む。
カエルのことだけを想いながら、歌詞とメロディーを融合させていく。
4時間で1曲仕上げたのは、初めてだ。
もちろん、細部の手直しは必要だけど、出来は、最高だった。
カエルに早く聞いて欲しいけど、自分の気持ちを伝えてからの方がいい。
俺のことは、まだ何もカエルに話していなかった。
コンビニで晩飯の弁当でも買おうと、外に出た。 同時にカエルが、隣のハイツから出て来た。
偶然と言うより、奇跡に近い。
カエルに策略したんじゃないかと疑われそうだ。
出掛けるの?
カエルは、いつも返事をためらう。それが面白くて、ついつい意地悪なことを言ってしまう。
俺って、こんなにドSだったっけ?
買い物に行くと言うから、ついて行くことにした。
少しでも、カエルといたかった。
よかったら飯でも行こうか、と言おうとしたけど、カエルは、自炊していると言う。
カエルの手料理が食べたい、ご馳走して、と素直に言えばいいものを、またドSが顔を出して来た。
栄養のあるもの食べさせたいと思わない?
わけのわからないことを言ってカエルを困らせる。
それでも何とか、カエルの部屋で手料理にありつけことになった。
クールとは言われるけど、意地悪だと言われたことはない。
カエルには、言わなくてもいい一言まで言葉にしてしまう。
こんな俺を、カエルは好きになってくれるのだろうか。
カエルの部屋は、白とグリーンが基調のすっきりとしたインテリの部屋だった。
掃除も行き届いている。
多分、親から全てにおいて、正しく教育されてきたのだ。
一緒にいて、安心できる理由のひとつだ。
部屋は、イメージで言うと、清々しい草原だ。
ピンクや赤の物がなく、色気というものが一切感じられないのも、カエルらしい。
センスが合う。多分、感性もよく似てる。
自分の部屋のように、落ち着く空間だ。
カエルが、一生懸命料理を作っている。
抱きしめたい衝動が襲ってくる。それを必死で抑え込むもう1人の自分と格闘する。
カエルの料理の腕前は大したものだった。
短時間で、栄養も考えられてる料理を作ってくれた。
味も太鼓判を押せるほど、美味しかった。
こんな家庭的な面も見せられて、冷静でいられる自信がなかった。
カエルはいいと断ったけど、片付けと食器を洗いを手早く終え、早々に退散した。
安易に手を出したくなかった。
カエルを大切にしたかった。
この日から、2人の間が少し縮まったような気がした。
カエルのバイト帰りのコーヒーは、ハンバーガーショップではなく、カエルの部屋に変わった。
俺がそうしたいと言ったら、しぶしぶ受け入れてくれたんだけど。
2回目の朝、コーヒーを入れてくれたのは、新しい水色のマグカップだった。
3回目の朝、俺の部屋と向かい合わせの窓のカーテンが、開けられていた。
カエルとの距離が、近づいている。
会うたびにそう感じているのは、俺だけなんだろうか。
昼のバイトが終わる頃、店の常連のピアニストが、差し入れを持って来てくれた。
高級そうな鰻弁当だ。みんなで分けたけど一つ余ってしまった。
「光、もう上がるんだったら、2つ持って帰りなよ。」との言葉に甘えた。
部屋に帰り、やりたかったことを、実行する。
窓を開け、公園で見つけた細くまっすぐな枝で、カエルの部屋の窓をノックする。
昔見た、青春ドラマのマネ。
子供心に、いつかやってみたいと思ってたけど、本当にできるとは、考えてもみなかった。
出てこない。もう一度、枝でノック。
ゆっくりと窓が開いた。カエルがびっくりしている。
窓越しに、ご飯食べにおいで、と誘った。
わかった、シャワーしてから行く。
1ヶ月の間で、カエルはあまり躊躇しなくなった。
はっきりしないと俺の機嫌が悪くなるとわかったのだろう。
だから、この頃は、色んなことを聞いてくるようになった。
俺のくだらない話にも、笑ってくれる。
多分、カエルも少しずつ、好きになってくれている。
そう思いたかったし、信じたかった。
カエルが来た時、ちょうどシャワーが終わったところだった。
腰にバスタオルを巻いた姿を見て、カエルは帰ろうとした。
一瞬でも見惚れて欲しかったけど、カエルには刺激が強すぎたようだ。
21歳にもなって、こんなにウブだと、こっちが心配してしまう。
抱きしめた時に、大声でもあげられたら、心が折れてしまいそうだ。修復できないほどに。
とりあえず、中に入ってもらう。
そういえば、カエルがここに来たのは初めてだ。
物珍しそうに部屋を見回している。
パソコンが置いてある小さなテーブルに座らせる。
鰻弁当を食べながら、カエルの好きな音楽を聞いた。
ドビュッシーとサティ。
懐かしい。中学生の頃、ピアノの曲が好きでよく聴いていた。
けど、ドビュッシーとサティが好きな女の子なんて初めてだ。
趣味の変わっているところまで、俺とよく似てる。
久しぶりに、ドビュッシーが聴きたくなった。
そして、カエルに俺たちのバンドの曲を聴いてもらった。演奏者は内緒にして。
俺たちの曲をカエルが目を閉じて聴いている。できるなら、生で聴いて欲しかった。でもそれも、もうすぐ実現させるから。
聴き終わったカエルは、少し興奮状態で、とってもよかったと言ってくれた。特に、ボーカルがいいと。
ドビュッシーとサティを聴くくらいだ、カエルの耳は確かだろう。
カエルにわからないように、小さくガッツをした。
CDを借りると言う口実で、カエルの部屋に行く。
コーヒーを淹れてくれた時に思い出した。
バイトの帰りに、美味しいと評判のバームクーヘンを買ったのだ。
急いで部屋に取りに帰り、カエルの部屋に戻ると、カエルは泣きそうな顔をしていた。
俺がいなくなったからなのか?
もう我慢の限界まできていた。
バームクーヘンを出すと、元の笑顔に戻った。
カエルに月の光が聴きたいと言った。
フローリングの床に横になる。
目を閉じて、ピアノに耳を傾ける。
10年振りに聞く月の光が、心を穏やかにしてくれる。そして、素直になれ、とささやきかけてくれているようだ。
カエルの気配がする。体にブランケットをかけてくれようとしている。
カエルの手が近づいた時、軽く力を入れて腕を引っ張った。
俺の上に被さったカエルを抱きしめた。
びっくりして、カエルの体が硬くなる。
体を横向きに変える。カエルの顔が数センチ先にある。さっきより強く、抱きしめた。
光。何?
好きって言ってくれると思った、の言葉に驚いたように顔を上げた。
カエルは何も言わなかったけど、その顔を見て、確信した。
俺のこと、好きになってくれている。
顔を近づける。ウブなカエルでも悟ったようだ。
静かに目を閉じた。