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囚人教室  作者: 真先
第一章 事件
7/52

事件(五)

 ちょっと、と言って出て行った前田であったが、なかなか帰っては来なかった。


 そろそろ最終下校時刻である六時が近づいてきている。

 隣で練習していたバレー部も、すでに帰り支度を済ませて体育館を出て行った。

 体育館の中にいるのは、三年A組の生徒だけになった。

 教師がいない体育館は、たちまち無法地帯となる。


 暇を持て余した生徒達は、それぞれの方法で時間を潰していた。


 体育館の隅に転がっていたバレーボールで、ドッジボールをはじめる者、

 車座に座っておしゃべりに興じる者、

 しまいには、スマホでゲームをやり出し始める生徒まで現れた。


「よせよ、賢人」

「ちょとだけだよ」


 古橋賢人はゲームに人生の全てを捧げた廃人ゲーマーであった。

 囲碁将棋部の部長を務める彼は、アナログゲームから最新のネットゲームに至るまで、ゲームと名のつく物、全てをこよなく愛していた。

 校内での携帯電話の使用は原則禁止となっている。

 教師に見つかれば問答無用で没収され、保護者を呼び出し厳重に注意される。

 その危険性を知りつつも、彼はゲームを辞めることはできない。

スマートフォンを肌身離さず持ち歩き、隙あらばゲームをやり始める。

 

 ドッジボールやおしゃべりはともかく、スマートフォンだけはさすがに危険であった。

 生活指導の前田に見つかれば、古橋だけでなくクラス全員が処罰されることになるだろう。

 委員長としてさすがにこれは放置しておくわけにも行かず、智也は廃人ゲーマーを注意した。


「だからやめろって。先生に見つかったらどうすんだよ」

「その先生が、いつまでたっても帰ってこないから、こうして暇つぶししているんだろう」


 聞く耳を持たない古橋に、智也はゲームを取り上げることをあきらめた。


 少なくとも彼は、ゲームさえ与えておけば大人しくしていてくれる。

 問題は、大人しく出来ない連中だ。


 クラスの中には、訳も判らず待機を命じられ、ただ漫然と時間だけが過ぎてゆく今の状況に、苛立ちを募らせている者が出始めていた。


「いつまでこうしてればいいんだよ!?」


 中でも、一番苛立っているのは西崎だ。

  学習塾を後に控えている彼は、一刻も早く帰りたかがっていた。

その苛立ちは既に頂点に達していたらしく、体育係の内海にあたりはじめた。

 

「すぐに帰れるって話じゃなかったのかよ?」

「んなこと、俺に言われたって知るかよ」

「練習しないんだったら、帰ってもいいだろう!?」

「文句あるなら帰れよ、お前だけ。そんかし……」

「内申書に何を書かれるか、わかんねぇって言いたいんだろう? わかったよ、ちくしょう!!」


 吐き捨てるように言って、西崎は引きこんだ。

 一先ずその場を収めた内海は、智也の元へとやってきた。


「……委員長、どうする?」


 深刻な表情で智也に訊ねる。

 西崎を抑えたものの、体育館に漂う険悪なムードは如何ともしがたい。

 みんな口にこそ出さないが、西崎同様、不満に思っていることは確かであった。

 このまま放置しておけば、いずれ不満が爆発することになるだろう。


「保健室の佐久間先生に呼び出されて出て行ったんだよな? 何か事故とかあったのかもしれない」

「だとしたら、当分帰ってこないぞ」


 行先を告げずに出て行った前田教諭をどうしたものかと思案している所に、後ろから女生徒が割り込んできた。


「あの二人、デキてるって話だよ」

 

 場違いに明るい声で割り込んできたのは皆川冴子だった。

 おしゃべりで、噂話が大好きな彼女は、隙あらば人の話に割り込んでくる。


「デキてるって、マエセンと佐久間先生が?」

「マジかよ?」

「マジマジ、大マジ! 最近、二人でしょっちゅう合っているって話だよ。今頃、どっかでイイコトしてるんじゃない?」


 嫌らしく笑う皆川冴子に、智也は顔をしかめる。

 彼女の噂話は限りなく信憑性が低いことで、クラス内でも有名だった。

 根も葉もない噂に振り回されて、痛い目を見たのは一度や二度ではすまない。


「こいつの話は、無視するとして、とりあえずマエセンを呼びに行くしかないんじゃないか?」

「呼びに行こうにも、マエセンはどこにいるんだよ? 場所がわからないじゃないか」


 委員長と体育係。

 顔を見合わせ、頭を抱えていると、

 突如、ドッジボールで遊んでいた本多宏斗が叫んだ。


「みんな! 先生が戻って来たぞ!!」


 クラスメイト達は一斉に体育館の外に目を向けた。

 渡り廊下を小走りで駆けてくる前田教諭の姿を見ると、今の今まで遊びほうけていた生徒達は一斉に偽装工作を始める。

 床に座って駄弁っていたものは立ちあがり、ドッジボールをしていたものはボールを片付け、ゲームに興じていたものはスマートフォンを隠した。


 そして、前田教諭は体育館に入って来た。

 生徒達の前まで小走りで駆け寄ると、集合をかける。


「全員集合!」


 合図と同時に、A組の面々は一斉に体育教師に駆け寄った。

 先程までの狂態をおくびもださず、生徒達は整然と体育教師の前に並んだ。

 整列した生徒達を見回すと、前田はおもむろに口を開く。


「遅くなってすまない。年末で、色々立て込んでいてな。それで、ダンスの件だが。さっき、一通り踊って貰ったわけだが――お前達、あれは何だ?」


 唐突に、前田の口調が変化した。

 その声音に不穏な空気を察した生徒達は、身を固くする。


「内海、お前はどう思う?」

「え? どうって……」

「リーダーとしてどう思う? 満足のいく内容だったか?」

「……いいえ」


 問い詰められた、内海は呻くように答えた。

 半年のブランクがあったにしては、中々の出来栄えであったと思う。

 それはあくまでも『半年のブランクがあったにしては』という前置詞があるからで、満足のいく内容――即ち、コンテストで優勝できるほどのレベルには到底及ばない。


「うん。まあそうだな。何しろ半年のブランクがあるんだ。無理もない話だ。練習もしないでいきなり踊れと言われて出来るはずもない。よさこいはそんな甘いもんじゃないことぐらい、俺だって理解している。それはいい。それはいいんだが――お前達、今まで何をしていた?」


 剣呑な眼差しを生徒達に向けると、体育教師は本格的な説教を始めた。


「出来なかったんだろう? 満足していないんだろう? だったら、練習するべきなんじゃないのか? 出来るようになるまで! 満足するまで!!」


 抑揚をつけて、畳みかけるようにまくし立てる。

 浴びせかけられる怒声に、生徒達は一層、身を固くする。


「俺はな、お前達が自発的に動いてくれることを期待していた。俺がいない間、自主練に励んでいると信じていたんだ。それなのに、お前達は今まで何をしていた? 何をしていたかは知らんが、練習をしていなかったことだけは明らかだ。お前達、汗一つかいていないじゃないか!」


 そして嘆くように、頭を振る。

 こうなるともう手が付けられない。

 生徒達はひたすらに、嵐が過ぎ去るのを待ち続けた。


「今ここでお前達を怒鳴りつけて、ああしろこうしろと命令することはできる。だが、それでは意味がないんだ。言われてやっているようじゃダメなんだよ! 受験勉強だってそうだ。自分に足りてない所は何かを考え、それを補うにはどうすればいいかを考える――重要なのは考える事だ。考えることをしない限り、ダンスも勉強も、何一つ身に付きはしないんだ! これは何もよさこい踊りに限ったことじゃないぞ。お前達のこれからの人生、全てに言えることだ」


 とうとう体育教師は、人生まで語り始めた。

 たかがよさこい踊りでここまで言う体育教師は、傍から見れば滑稽であるが、本人は至って大真面目である。

 体育教師の説教はさらに続く。


「社会に出たらな、叱ってくれる大人なんていないんだぞ! 自分なりの考えを持ち、行動してこそ初めて一人前と言えるのだ! このままでは話にならん! クリスマス・パーティーで披露できるクオリティじゃない無い! こんなみっともないもの、とてもじゃないが人前で見せられるものじゃないぞ!」


 体育教師の剣幕に、とうとう女生徒の一人が泣き出した。


「……うっ、うぇぇぇぇぇんっ!」


 さめざめと、女生徒のすすり泣く声が体育館に響き渡る。

 気まずい雰囲気が漂い、幾分冷静さをとりもどした前田は、ようやく説教を切り上げた。


「やる気が無いならやめちまえ! もう一度時間をやる。パーティーに出るか出ないか、みんなでよく話し合って決めろ!」


 最後にそう言い残すと、前田教諭は再び体育館を出て行った。


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