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囚人教室  作者: 真先
第一章 事件
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事件(四)

 着替えを終えた三年A組の男子が体育館に到着したのは四時半を回った頃であった。


 体育館の二面あるコートの内、一面はバレー部が使用していた。

 内海の話によると、残りの半面――いつもはバスケ部が占領しているステージ側のコートで稽古を行うらしい。

 一足先に体育館に到着した男子たちは、その場で待機する。


「女子はまだか?」

「落ち着けよ、ウッチ―」


 苛立ちの声を挙げる内海に、江口が声をかける。

 自称、フェミニストの江口は女子の味方であった。


「女子は着替えに何かと手間がかかるもんさ。時間に細かい男は、女にもてないぜ?」

「ジャージに着替えるだけなのに、何処に時間がかかるんだよ! 早くしないとマエセン、来ちまうぜ」


 などと話していると、ようやく女子達がやってきた。

 遅れてやってきたのにもかかわらず、まったく悪びれた様子も無い。

 わいわいと、談笑しながら歩く女子の一団に向かって、内海が叫ぶ。


「遅ぇよ。お前ら何やってたんだ!?」

「道具を探していたのよ!」


 練習で使う大型ラジカセを重そうに抱え、内海に言い返したのは、音楽担当の桑原七海だ。

 他の女子達も、それぞれ手に荷物を抱えていた。

 練習用のスティックに、旗振り用の竿。

 太鼓といった小道具は、どれも練習には欠かせないものであった。

 

「ラジカセ担いで階段降りるの大変だったんだからね。カートを探したんだけど、見つからないし……」

「文句はいいから、早く準備を始めてくれ。マエセン、来ちまうだろうが」

「わかってるわよ。……斉木さん、みんなにスティックを配って」

「はい」


 段ボール箱を重そうに抱える女子生徒――斉木杏に向かって言うと、二人は早速、稽古の準備に取り掛かった。

 音声担当の桑原がラジカセを設置する。

 音が響きやすいように、ステージの上にラジカセを置くと、CDをセットする。

 その一方で、小道具係の斉藤が、練習用のスティックを配布して回る。

 段ボール箱に納められた三十センチほどの長さの木の棒を取り出し、クラスの皆に二本ずつ渡してゆく。


着々と準備が進む中、智也は保健委員の近藤に話しかける。


「ねえ、近藤さん」

「何? 委員長?」

「加納さん、どうだった?」

「ああ、やっぱり、調子が悪いみたい。保健室のベットに寝ていたわよ」

「そうか、やっぱり練習は無理か……」

「一応、委員長の伝言は伝えておいたわよ。よさこいの練習があるから、顔だけでも出してくれって書置きを残しておいたから、目を覚ましたら来るんじゃないかな?」

「練習場所が、体育館に変更になったってことは書いた?」

「……あ」

「……書かなかったんだね?」

「いや、だって場所が変更になったなんて知らなかったし。……どうしよう、このままじゃ加納さん、実習棟の方に行っちゃうよね? 今から、起こしに行く?」

「いいよ、いいよ。僕が行くから」


 礼を言ってその場を立ち去ると、智也は内海の元へと向かった。


「おい、内海」

「何だよ、委員長」


 声をかけると、旗振り用の竿を持った内海が振り返る。


「加納さん、保健室で寝てるってさ」

「マジかよ! あの女、マジでバックレるつもりか?」

「これから保健室に迎えに行くから。ここ、お前に任せていいか?」

「ほっとけよ。どうせ見学なんだ。居ても居なくても同じさ――それに、もうマエセン来ちまったぜ」


 そう言うと、内海は体育館の出入り口を指した。

 内海の言う通り、前田教諭がやってきた。


「全員集合!」


 集合の合図と共に、生徒達は前田教諭の前に整列する。

 体育担当の前田克也は、勤続二十年のベテラン教師である。

 生徒指導担当でもあり、常に生徒達の動向を厳しく監視しつつも、自主性を重んじる教育方針を取っている

 時折理不尽な怒りをぶつけることもあるが、生徒達から恐れられつつも、慕われる存在であった。


「なんか、久しぶりだな。こうやって、お前達と会うのは」


 整列した生徒達の顔を見渡すと、前田教諭は目を細める。

 実際には体育の授業で何度も顔を合わせているはずなのだが、こういった形で会うとまた特別な感慨があるようだ。


「またこうしてみんなと集まってのは嬉しく思う。余興とは言え、クリスマス・パーティーには市の重職にある方々が大勢お見えになる。時間的に無理はあると思うが、お前達ならばきっとできるはずだ。気合入れていくぞ!」

『はいっ!』


 一斉に威勢よく返事する。

 前田教諭の授業で注意しなければならないのは、常に迅速に、機敏に行動することである。

 少しでもだらけた素振りを見せようものなら、たちまち雷が落ちてくる。


「とりあえず、一回通して見てみようか。何しろ半年ぶりだからな。細かい部分は振り付けを忘れているかもしれんが、最後まで踊って見せてくれ」

「……あの、それなんですけど」


 やる気になっている前田教諭に、恐る恐る内海が手を挙げた。


「加納が居ないんですけど……」

「加納? 今日は欠席か?」

「いえ、その……ちょっと体調が悪いらしくて、保健室で休んでいるんです」

「ああ、そうなのか。それならば、しょうがないな」


 意外にも前田は、あっさりと納得してくれた。

 欠席者が出たことで、機嫌を損ねるのではないかと恐れていた内海は、ほっと胸をなでおろす。


「それじゃ、湯川が代わりにセンターをやってくれ」

「はい」


 前田が指示を出すと、湯川望美が一歩、前に出た。

 ダンス部部長の湯川は、よさこい踊りの全パートを記憶している。

 急な事とは言え加納の代役を務めることぐらい、難なく出来るはずだ。


「それじゃ、始めるぞ!」


 前田教諭の合図と同時、

 音楽担当の桑原七海が、ラジカセのスイッチを入れた。

 やがて、体育館に民謡調の軽快なリズムが鳴り響く。


「ハッ!」


 掛け声とともに、一斉に踊り始める。

 

 よさこい日野原踊りとは、

 日野原市内の小中学校の体育の授業で取り入れられている、ダンスの一種である。

 高知県発祥のよさこい踊りのフォーマットをベースに、曲調に適当にアレンジを加え、振り付けに適当なアレンジを加え――こうして、よさこい日野原踊りは完成した。


 唯一、特徴的な部分を上げるとすれば、市特産の日野原ネギを使用するところにある。

 通常のよさこい踊りでは鳴子を持って踊るところを、特産の日野原ネギを両手に持って踊れば、独自性のかけらもないよさこい踊りも郷土色豊かな伝統舞踊に見える。

 

「はぁ~っ! よさこい、よさこい!!」

『よさこい、よさこい!!』


 合の手を入れて、踊りは続く。


 よさこい踊りの演舞で重要なのは、考えない事だ。

 一切の思考を頭の中から追い出し、無心となって体を動かす。


 何でよさこい踊りなのか、

 年末の忙しい時期に何でこんなことをやっているかとか、

 そもそも、何故ネギなんだとか――余計な事は、くれぐれも考えてはいけない。


 少しでも考え始めたら最後、馬鹿馬鹿しくてやってられなくなる。

 気の迷いは、動きに敏感に現れる。

 ステップを踏む足の動き、指先の動き一つ一つに至るまで、そのわずかな乱れを、前田は決して見逃さない。

 

 無我の境地に至ったその時、クラスは一体となる。

 ステップを踏む際、一々考える必要はない。

 考えるまでも無く、体が動きを覚えている。

このレベルに到達するまで、A組の生徒達は血のにじむような練習を繰り返してきたのだ。

 

 最後のステップを踏んだと同時、曲も終わった。

 曲が終っても、前田の許可が無い限り演舞が終った事にはならない。

 フィニッシュの姿勢のまま、生徒達は微動だにせず、終了の合図を待った。

 

 いつもなら、曲の終了と同時に集合の号令がかかるのだが、今日は違った。


『…………?』


 いつまでたっても号令がかからないことに怪訝に思った生徒達は、姿勢を崩し体育館を見回した。


 前田は体育館の入り口で、白衣姿の女性と話し込んでいた。

 話している相手は、保険医の佐久間玲子だった。

 会話に没頭しているせいか、前田は演舞が終った事にも気が付いていないようだ。

 二人は不自然なくらいに顔を近づけ、声を潜めて話していた。

 そのため、こちらからでは何を話しているのか聞こえない。


 やがて、会話が一段落した所で、ようやく演舞が終ったことに気が付いた前田は、慌てて生徒達に声をかけた。


「……ちょっと、用事が出来た。そのまま待っていろ」


 そう言い残すと、前田は佐久間と一緒に体育館を出て行ってしまった。


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