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囚人教室  作者: 真先
第六章 真相
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真相(五)

 通夜の翌日、早朝。

 智也はいつもどおり、学校へ一番乗りで登校した。

 今日は二学期最後の日。

 いつもよりも早く登校してきた三年A組の生徒達をあつめ、臨時の学級会を開催した。

 始業開始前、クラス全員が見守る中、智也は全てを話した。

 この殺人事件の真相、そして犯人の名前を――智也の知る限りの全ての情報を、語って聞かせた。


「……以上がこの事件の真相だ」


 全てを話り終えると、智也は教室を見回した。

 さすがにショックだったのだろう。

 クラスメイト達は、何も言わず、ただ教壇に立つ智也の姿に注目していた。


「何か質問はあるか?」


 あまりもの静けさに、不安になった智也がたずねると、

 一人の生徒が手を挙げた。


「……それで、お前は何がしたいんだ」


 挑むような眼差しと共にそう言ったのは、松田州一であった。


「事件の真相を公表する」


 挑戦的な視線に動じることなく、智也は答える。


「終業式が終った後、加納さんの追悼式がある。僕はその追悼式で、スピーチをする予定なんだ。そこで僕は、今話したことと同じことを皆に聞かせるつもりだ。体育館にはマスコミや、警察。PTAや学校教育委員会といった学校関係者すべてが集まっている。その目の前で、事件の真相の全てを話す」

「そんな事をして何になる?」


 間髪入れず、松田は問い返す。


「事件を公表すれば、ここにいる全員の推薦が取り消しになるだろう。いや、もうこれは推薦がどうのと言う問題じゃないぞ。日野原中学全て、もしかしたら、日野原市の経済すべてに大打撃を与えることになるだろう。それでも、お前は真相を公表するというのか?」


 さらに松田は問いかける。


「服部を助けるためか? だとしたら、大きなお世話だぞ。服部は、自ら望んで犯人になったんだ。賞金を得るためにな。真相が公表されれば服部は賞金を手に入れることはできない。それどころか、偽証罪で訴えられる可能性だってある――真実なんてものは、誰も求めてはいないんだ。事件の真相を公表しても、誰一人として得はしない。それでもお前は真相を公表するつもりなのか? 何のために?」


 鋭いまなざしと共に問い詰める松田に、智也は静かに答える。

 

「だって僕は、委員長だから」


 それが、全ての答えだった。


 三年A組、出席番号一番。

 クラス委員長、相沢智也。


 結局、行きつくところはそこだった。

 委員長としての人望があろうとなかろうと、

 委員長としての能力があろうとなかろうと、

 委員長であるという事実からは逃れられない。


「事件発生から現在に至るまで、僕は委員長として事件に最も近い場所に居た。委員長として、聞き取り調査に立ち会い、多くの事件関係者に出会ってきた――だからこそ、僕は事件の真相にたどり着くことが出来たんだ」

 

 訴える智也に、松田は何も言わなかった

 他のクラスメイト達同様、ただ黙って智也の言葉に耳を傾けていた。


「知ってしまった以上、僕にはこの事件の真相を公表する義務がある。公表することにより、ここにいる皆は不利益を被ることになるだろう。だから、みんなの同意がほしいんだ。いつもどおり、多数決で決めよう――僕の意見に、賛成の人は手を挙げて」


 真先に手をあげたのは、松田州一だった。

 間を置かず、次々と手が上がる。

 クラス全員の手が上がったその時――クラスは一つになった。


 教室を見渡し、智也は頭を下げる。


「……ありがとう、みんな」


 皆に向かって礼を言ったその時、

 青木教諭が教室にやって来た。

 

「……何やってんの、あんた達」


 まっすぐに手を上げる生徒達。

それに向かって、教壇で頭を下げる委員長。


 異様な光景に、青木は怪訝な表情を浮かべる。


「また変な事、企んでるんじゃないでしょうね」

「いいえ、先生。何でもありません」


 顔を上げ、智也は静かに答える。


「それで、先生? 何か御用ですか?」

「用も何も、あんた達を呼びに来たに決まっているでしょう。これから終業式が始まるわ。みんな、体育館に移動してちょうだい」


 青木が言うと、

 教室の生徒達は一斉に立ち上がった。、


 智也もまた、教壇の上にある出席簿を掴むと、体育館へ向かった。


 ○


 終業式が終ると、そのまま加納瑞樹の追悼式へと移行した。

 追悼式が行われる体育館には、大勢の人が詰めかけていた。


 ステージの正面には、いつもどおり整然と並んだ生徒達の姿があった。

 生徒達の後ろには、学校関係者達の席が用意されていた。

 並べられたパイプ椅子にはPTA役員をはじめとする一部の保護者達と、教育委員会の職員たちが着席している。

 教職員達は、体育館脇に整列している。

 今日は追悼式と言う事で、教員たちは皆正装していた。

 前田教諭もいつもの赤いジャージでは無く、珍しくスーツを着込んでいた。


 室井悠里転落事件以降、校舎の外に締め出されていたマスコミも、今日は体育館の中に入ることを許されていた。

 マスコミの前でに追悼式を見せつけることによって、事件の終結を世間にアピールするためである。

 さらに、騒動に備え酒井警部補が率いる警官隊の姿もあった。

 周囲を威圧するように演壇を取り囲むように配置された制服姿の警官隊のせいで、体育館は異様な雰囲気に包まれていた。


 追悼式は校長のスピーチから始まった。

 すっかりマスコミの前で話すことに慣れた校長は、堂々とした話しぶりでスピーチを終えた。


『続いて、生徒を代表して、三年A組、学級委員長の相沢智也君からお別れの挨拶をお願いします』

「はい」


 名前を呼ばれ返事をすると、智也は壇上に登った。

 壇上に立つと、懐から原稿用紙を取り出した。

 追悼文を書くように言われて一晩考えたが、結局なにも書くことはできなかった。

何も書かれていない原稿用紙を見つめ、智也はゆっくりと口を開いた。


『僕たち三年A組にとって、加納瑞樹さんは決して良い友人ではありませんでした』


 そんな言葉で、智也のスピーチは始まった。


『自己中心的でわがまま。見栄っ張りで、嫉妬深い。猜疑心が強く、無責任で、父親の権威を振りかざす、最低の。特進クラスに居たにもかかわらず、学力は最低ランク。デブでブサイクでダンスも下手くそ――以上のように、彼女との思い出には、良いも思い出が一つもありません』


 思いつく限りの言葉を、端から並べてゆく。

 

 死人に対する心無い誹謗中傷に、会場がざわつき始める。

 前田教諭が真っ赤になっていた。


『彼女のせいで、クラスの皆が傷つき迷惑していました。僕も委員長として、彼女の不始末に数えきれないきれないほどの被害をうけました。彼女の事を好きな人なんて、誰もいないでしょう。それでも――それでも彼女は、僕たちのクラスメイトでした。同じ教室で学び、共に時間を過ごした仲間でした。彼女との思い出は、僕たちの中で永遠に生き続けるでしょう』


 そう言うと、会場のざわつきがぴたりと収まった。

 再び静まり返る体育館の中で、智也の声が静かに響き渡る。


『死んでしまった加納さんの為に、僕たちの出来ることはなんでしょうか? かけがえのない仲間を失った僕たちクラスメイトは、なにができるでしょうか?』


 白紙の原稿から顔を上げ、

 まっすぐに正面を向いて、体育館にいるすべての人々に語り掛ける。


『僕たちが彼女のために出来ること――それは、真実を明らかにすることだと思います。加納さんが死んだあの日。あの日起きた、殺人事件の全ての真相を明らかにし、犯人の名を公表することだと思います』


 智也の宣言に、体育館は再び騒然となった。

 来賓たちは一様に、戸惑いを隠せない。

 マスコミたちは壇上の智也のもとに、一斉にカメラを向ける。


「止さんか! 相沢!」


 どよめきの中、前田教諭が叫んだ。


「自分が何を言っているのか、わかっているのか貴様! 一体どうつもりだ、殺人事件だの犯人だの! 不謹慎にもほどがあるぞ!! 今すぐ、そこから降りろ!!」


 壇上に駆け寄る前田教諭を、待機していた警官たちが押しとどめる。

 

「静粛に!」


 混乱の中、林田弁護士の声が響き渡る。

 

「皆さん、静粛に。静粛に願います!」


よく通る弁護士の声に、

体育館の人々は落ち着きを取り戻した。


 叫びながら、林田弁護士は舞台下まで歩いて行くと、智也の真正面に立った。

 

「……殺人事件と言ったね、相沢君?」


 壇上の智也を見上げ、訊ねる。


『はい、そうです』

「この事件は自殺でも、事故でもなく。殺人だというのだね?」

『そうです』

「殺人事件と言う事は、犯人がいるという事だね?」

『はい、います』

「その名前を、今ここで公表することができるかね?」

『はい』

「いいだろう。では宣誓したまえ――右手を挙げて」


 指示に従い、右手を挙げると、

 林田は智也に向かって朗々と語り掛ける。


「相沢智也君。あなたは良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓いますか?」

『誓います』


 一瞬の迷いなく答える智也にうなずくと、林田は振り向いた。

 体育館を見渡し、そこにいるすべての人々に向けて林田は宣言する。


「これから、相沢智也君が証言を行います。この証言は、本人が宣誓した上で弁護士立ち合いの下に行われる公式な証言です。ここにいる全員が証人です。皆さんよろしいですね?」


 静まり返った体育館を見渡す。

沈黙を了承と受け取ると、再び壇上の智也を仰ぎ見る。


「よろしい。では、委員長。証言を始めたまえ」

 

 そして、静まり返った体育館の中、智也は証言をは始まった。


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