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囚人教室  作者: 真先
第六章 真相
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真相(四)

 畳敷きの宴会場には、振る舞い酒が置かれた長机があった。

 弔問客たちはテーブルを囲んで好き勝手に酒を飲んでいた。

 未成年は智也と大輔の二人だけだった。

 さすがに酒を飲むわけにも行かず、テーブルの隅に座って大人たちを遠巻きに眺めていた。


 弔問客のほとんどは、加納建設の関係者であった。


 古株の現場作業員から、若手の事務員まで、それぞれが大悟社長の思い出を懐かしそうに語っていた。

 弔問客の多彩な顔ぶれをみていると、故人がいかに多くの人たちに愛されていたのかが忍ばれる。


 故人の思い出を語っていた。

 にぎやかな通夜の様子をながめていると、やがて加納彰がやってきた。


「大輔、ピザ持ってきたぞ!」


 Lサイズのピザの入った箱を、得意げに掲げて見せる。


「お、何だ。委員長もいたのか」

「……どうも。おじゃましています」

「丁度いいや。委員長も、一緒に食べようぜ」


 相変わらず無駄なところにだけは気の利くようで、飲み物まで用意してあった。

 六本入りの缶コーラをテーブルの上に置くと、彰は智也の隣に座った。


「さあ、食べよう、食べよう。……うん、美味い!」


 早速、一切れつまんで口に運ぶ。


「久しぶりに食うと、やっぱうめぇな。こういう機会でもないとさ、ピザって食べないよね。一人前だけ注文するわけにも行かないし、かといって店で食べるようなものじゃないしさ」


 結局、自分が食べたかっただけらしい。

 実の父親が死んだばかりだと言うのに、いたって呑気であった。


「彰さん。なにやってんですか、こんなところで」


 瞬く間に一切れ平らげた所で、義兄の久保田がやってきた。

 来賓客の相手をしていたらしく、久保田の顔は酒で赤くなっていた。


「おとーさん!」


 父親の姿を見つけると、大輔が駆け寄った。

 大人ばかりの席はやはり居心地が悪かったのだろう。


「大輔、ママはどうしたんだ?」

「あっちでお話ししている」

「何やってるんだ、あいつは。子供をほったらかして」

「おお、来た来た。義兄さんも食べなよ」

「いえ、私は結構です。……そっち、貰えませんか?」


 そう言うと、久保田はピザの傍らにあるコーラをとりあげた。

 うまそうにぐびぐびと、コーラを呷る義兄に、彰は笑った。


「大分飲まされたようだね」

「彰さんも、お客さんの相手してくださいよ。次期社長でしょう?」

「そいつはどうかな? 役員会の決定はまだだからな」

「他に誰がなるっていうんですか? 彰さん、長男でしょうが」

「大輔がいるじゃないか」


 そう言うと、久保田の横にいる甥を指さした。


「姉貴はそのつもりらしいぜ。義兄さんを中継ぎにして、大人になったら大輔を社長に据えるつもりだ」

「早苗が、そんなバカなことを?」

「後妻の息子に継がせたくないんだろうよ――大輔、お前、社長になるか?」

「いやだ!」


 訊ねる彰に、ピザを食べながら大輔は首を振る。


「だって、ぼくはいっきゅーけんちくしになるんだもん!」

「そうだよなー。社長なんていやだよなー」


 笑いながら、久保田は息子の頭をなでる。


「ほら、他にいないじゃないですか。次期社長は、彰さんですよ」

「ちぇっ! 面倒くせぇな」

「加納建設は、今が大変な時なんです。彰さんがしっかりしてくれないで、どうするんですか?」

「だから、こうして重要なお客さんをもてなしているんじゃないか。なあ、委員長?」

「……え?」


 唐突に、彰は智也に話を振った

 乱暴なしぐさで肩を叩くと、神妙な顔つきになって智也に訊ねる。


「それで、どうなの?」

「どう、って?」

「事件の捜査だよ。進んでるの?」

「さ、さあ?」

「君だって、真美ちゃんが犯人だなんて思ってはいないんだろう? 瑞樹を殺した犯人は別にいるに違いない」

「あなたは、……その。この事件が殺人事件だと思っているんですか?」

「ああ、勿論」


 確信をもって、彰はうなずいた。


「どうして、そう言い切れるんですか?」

「親父がそう言っているからさ。親父が殺人事件だといったら、これは間違いなく殺人なんだ――そして、殺人犯がいるはずなんだ。親父は、絶対に無駄なことに金を使わない主義だった。だけど、ケチって言うのとは違うんだ。必要な事には惜しみなく、金をつぎ込むんだ。例えば、県営スタジアムの賄賂もそうだ――ああ、そうだよ。噂になっている贈賄の話、あれは真実さ」


 警察が血眼になって探している証拠を、彰はあっさりと暴露した。


「彰さん!」

「構わないよ。今更、隠したって無駄だろう」


 慌てて久保田が止めに入るが、彰は一向に気にしない。


「どうせ、みんな知っているんだ。いわば、公然の秘密って奴だ。それに、収賄の全容を知っている親父は死んじまった。警察も検察ももう手は出せない。捜査は打ち切り。真相は、永遠に闇の中、ってわけだ――いいか、委員長? 賄賂って言うのはな、こそこそと隠そうとするから賄賂になるんだ。おおっぴらに堂々と渡せば賄賂にはならないんだ」

「……はあ」


 中学生相手に贈賄の手ほどきを始める彰に、

どう答えていいものかと、智也はただ困惑する。


「県会議員の爺さんを経由して、主要な役人たちに配布する。表向きは政治献金って事になっているから、検察でも手は出せない――と、話がそれたな」


 脱線していることに気が付いた彰は、話を本題に戻した。


「とにかく親父は、徹底したリアリストだった。死んだ娘の敵討ちや、ただの嫌がらせの為に、金を出すわけがない。親父が金を出す時は、確実に成果が見込めるときだけだ。おそらく親父は事件の全容を把握していたんだろう。殺人犯にも心当たりがあったに違いない」

「そこまで解っていたのに、何故、賞金をかけて僕たちに犯人捜しなんてさせたんですか?」


 智也は率直な疑問を口にした。


「犯人を知っていたのならば直接警察なり、マスコミなりに公表すればいいじゃないですか。なんで、わざわざ賞金までかけて僕達に調べさせるんですか」

「そこが分からん。親父はなんだってこんな回りくどい事をしなければならなかったのか……」

「これは私の推測なんですけれども」


 首をかしげる彰に、久保田が口を挟む。


「お義父さんは、君たちの為にやったんじゃないかと思うんだ」

「僕達の、ために?」


 あなたのために。

 うんざりするほど聞かされてきた大人たちの詭弁だった。

疑わしげな表情を浮かべる智也に、あくまでもまじめな表情で久保田は答える。


「そう。瑞樹ちゃんのクラスメイトだった三年A組のみんなの為に。より正確に言うと、君のためだよ」

「僕の?」

「だって、ひどい話じゃないか。君一人に頭を下げさせるなんて。子供一人に責任押し付けるなんて、普通の大人がやるような事じゃない」

「そうそう。家に謝りにきた時、君、死にそうな顔してたもんな」


 彰が言うと、

 二人そろって笑い出した。


 初めて会った時の事を思い出し、智也は赤面する。


「お義父さんの前で、震えながら頭を下げる君の姿を見て思ったんだ。瑞樹ちゃんが死んで、一番の被害者は君たちクラスメイトだったんじゃないか、って」


 ひとしきり笑ってから、久保田は話を続ける。


「お義父さんもきっと、同じように感じたんじゃないかな。瑞樹ちゃんの死を、君たちに背負わせたくなかったんだと、私は思うんだ」

「あの親父が、そこまで考えていたとは思えないけどな」


 皮肉めいた口調で言うと、

 彰が話の後を継いだ。


「なんにしても、だ、瑞樹の死の裏には、とてつもない謎が秘められているはずだ。親父が三億二千万円の価値があると認めた、深い謎が。そしてこの謎を解くことができるのは、おそらく君なんだと思う」

「何故、僕を?」

「それは君が委員長だからだよ」


 例によって、それが当然のことであるかのように彰は言った。

 いくらなんでも、学校外の人間にまで言われる筋合いはない。

 智也は即座に否定する。


「いや、委員長は関係ないと思いますけど……」

「関係はあるよ、君は、三年A組の皆に選ばれたクラスの代表じゃないか」

「いえ、ただ出席番号順に選ばれただけです」

「委員長に選ばれた経緯は関係ない。今現在、君が委員長としてそこにいることが重要なんだ。親父は、昔から言っていたよ――立場が人間をつくる、って」

「立場が、人間をつくる?」

「そう。自分が社長になれたのは優秀だったからでも、努力してなったわけでもない。たまたま、社長の息子として生まれただけだ。そんな自分が社長としてやってこれたのは、支えてくれた社員たちがいるからだって。信頼される人間、その信頼に答えられる人間――そう言う人間になれ、というのが親父の経営哲学だったんだろうな」


 父の言葉を懐かしむように言うと、彰はあらためて智也に向き直る。


「君は、三年A組の皆に選ばれたクラスの代表だ。そんな君を、親父は信じた。そして、俺も君を信じる――とにかく、この事件が片付かない限り、俺たち家族は先に進めないんだ。服部さん親子の事だって、このまま放っておくわけにはいかない。俺達を助けると思って、どうか君の手でこの事件を解決してくれ」


 深々と頭を下げる彰に、気圧されるように智也は答える。


「……わかりました。なんとか、してみます」

「そうか! よろしく頼むよ、委員長!」


 満面の笑顔で答える彰に、背後から智也を呼ぶ声が聞こえて来た。


「相沢君。そろそろ行こうか?」

「あ、はい!それじゃ、僕はこの辺で……」


 逃げるようにその場から立ち去ると、智也は宴会場の外から手招きする林田の元へと駆け寄った。

 そして、二人は葬儀場を後にした。

 駐車場に止めてある車へと向かう途中、林田が口を開く。


「……良くないな、安請け合いは」


 どうやら、先程の彰との会話を聞いていたらしい。

 咎めるような視線と共に、林田は言った。


「気休めのつもりだったのだろうが、ああいうことはトラブルの元になる。何とかしてみます、だなんて気安く答えるものではない」

「だって、しょうがないじゃないですか。あんな風に頼まれたら、断れませんよ。……それに、今まで散々、無理難題を押し付けて来たのは林田さんだって、同じじゃないですか」

「だからこそ言っている。全ての問題をしょい込んでそれで、何か一つでも問題は解決できたかね?」

「出来る出来ないの問題ではないでしょう。やるしかないんですよ、この場合」

「意気込みだけは立派だが、意気込みだけではどうにもならんぞ? 事件解決のアテはあるのかね?」

「ありますよ」

「……え?」


 驚愕する林田に、涼しげな顔で智也は答える。


「この事件の犯人については、おおよその見当はついています。後は、犯人の名前を公表すれば全ての事件は解決するはずです」

「どういうことだね? 犯人とは一体、何なのかね?」

「今は言えません」

「何故?」

「真相を公表するには、クラスみんなの許可が必要だからです」

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