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囚人教室  作者: 真先
第六章 真相
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真相(三)

 昇降口を降りたすぐ側にある来客用の駐車場には林田弁護士の車が止まっていた。

 すでに林田は車の中で待機していた。

 智也が近寄ると、助手席のドアが開いた。


「……ああ、わかってる」


 運転席の林田弁護士は、電話中であった。

 助手席に乗り込んだ智也を無視して、林田はそのまま通話を続ける。


「こっちも仕事で忙しいんだ。全部、お母さんに任せてあるから。……うん、わかった。お正月には会えると思うから、その時、じゃあな」


 通話は直ぐに終わった。

 スマートフォンをしまうと、林田は車のエンジンをかける。


「行こうか」


 智也に向かってそう言うと、林田は車を発進させる。

 校門付近に差し掛かると、警官隊と報道陣の姿があった。

 最盛期に比べ数は減っているが、それでも相当の数だ。

 林田の車を見つけた報道陣は一斉にカメラを構える。

 その前に立ちはだかる警官隊。

押し問答を繰り広げる二つの勢力の間隙をぬって、車は校外へと出る。


 通夜が行われる葬儀場は、市のはずれにある。

 日野原中学から県道を走り、十五分ほどの距離である。

 車中に気まずい沈黙が漂う。

 林田弁護士と二人きりになったのは、服部真美の件でやり合って以来の事である。

 沈黙に耐えかねた智也は、あたりさわりのない話題を振ってみる。


「お子さんからですか?」

「うん?」

「さっきの電話」

「……ああ。娘からだよ」


 弁護士でもやはり、家族の話をするのは楽しいらしい。

 今まで見たことも無いような、和らいだ表情を浮かべる。


「都立中学の二年生だ。来年は、君たちと同じく受験生だよ」

「都立、ですか……」


 意外な答えに、智也は反芻する。

 弁護士の娘なら、きっと学費の高い私立に通っているに違いない――勝手な先入観で、智也はそう思い込んでいた。

 その驚きが顔に出ていたらしく、林田が苦笑する。


「意外かね?」

「え?」

「弁護士の娘ならば、学費のバカ高い私立中学に通っているに違いない――そう思っていたのだろう?」

「いえ、そんな……」


 図星をさされ、うろたえる智也に林田が笑う。


「実は去年、私立中学を受験したんだが、落ちてしまってね――私のせいで」

「……え?」

「私立中学の受験には、親の仕事も評価の対象になるんだ。私は学校問題の専門の弁護士だ。“学校側”の味方につければ頼もしいが、“生徒側”につけばこれほど厄介な存在は無い。何かあったら、私は最強のモンスター・ペアレンツだ。そんな危険な親を持つ娘を、合格させる学校なんて無いさ」


 そして林田は、自嘲めいた笑みを浮かべた。


「娘には恨まれたよ。さっきの電話もそうだ。保護者会があるんだが、お父さんは来ないで、と言われてしまった。時々、自分が何のために働いているのかわからなくなるよ。学校には無理難題を押し付けられ、マスコミには叩かれ、保護者達には恨まれ――それもこれも、全ては家族を養うためだ。その当の家族に嫌われているんだから、どうしようもない」

「…………」


 やりきれない倦怠感に、二人はそれきり口をつぐんだ。

二羽の伝書鳩を乗せて、車は葬儀場へと向かってひた走る。


 ○


 葬儀場に到着したころには、既に日が暮れていた。

 市の外れにある葬儀場には突然の訃報に駆け付けた多くの弔問客で賑わっていた。


 弔問客のほとんどは、加納建設の関係者である。

 建設関係の経営者から政治家といった名士達から、現場の作業員まで、加納大悟が幅広い人脈を持っていたことを窺がわせる。

 葬儀場には、取材のためにマスコミも集まっていた。

マスコミは林田の姿を見つけると、場所もわきまえず、カメラを構えて詰めかけて来た。


「……早めに焼香を済ませて、退散しよう」

「……ええ」


 しつこく纏わりつくマスコミを振り切ると、二人は足早に式場へと向かった。


 式場の祭壇には、加納大悟と瑞樹の遺影が掲げられていた。

 瑞樹の遺体は既に荼毘に付されているため、棺は一つだけである。


祭壇の傍らには、達子夫人の姿があった。

娘に続いて夫まで失った達子夫人は、最早ヒステリーを起こす気力すら無くしているらしい。

パイプ椅子に腰かけるその姿は、魂が抜けたようだった。


手早く焼香を済ませ、達子夫人に一礼。

そして、智也たちは式場を後にした。


「林田先生ですね?」


 式場を出た所で、二人の元へ中年女性がやってきた。

 年の頃は、四十代。

小さな男の子を連れたその女は、林田の前で腰を折り深々と頭を下げた。


「お忙しい所、お運びいただきありがとうございます。加納大悟の娘、早苗と申します」


 久保田早苗――旧姓、加納早苗。

先妻との間に生まれた、加納大悟の長女である。

 放心状態の義母と、役立たずの弟に成り代わって、葬儀を取り仕切っているのは彼女であった。


「こちらは、息子の大輔です。大輔、ご挨拶は」

「…………」


 続いて、自分の息子を紹介する。

 久保田早苗の息子、大輔は、まだ小学校に上がるか、上がらないかの年齢であった。

 応接室にあった肖像画は、おそらく彼の作品なのだろう。

 このくらいの年ごろでは、葬儀の意味など解らないだろうに。

それでも母親に促されると、礼儀正しくお辞儀をした。


 押しの強い早苗に気後れしつつも、林田は葬儀の場に相応しくお悔やみ言葉を述べる。

 

「この度はご愁傷さまです。心よりお悔やみ申し上げます」

「ご丁寧にどうも。林田先生の御高名は、常々聞き及んでおります。お会いできて光栄ですわ」


 よそ行きの甲高い声で、早苗は上品に笑った。

 実の父親が死んだというのに、まったく悲壮感が感じられない。


「ささやかですが、お食事などご用意いたしました。どうぞおあがりになってくださいませ」

「いえ、せっかくですがこれでお暇させていただきます。車ですし、彼もいますので……」


 傍らにいる智也を見て辞退する林田に、久保田早苗はしつこく誘いをかける。


「そうおっしゃらず、もう少しお付き合いくださいな。実は林田先生に折り入ってご相談したいことがあるんですの」

「相談、ですか?」

「父の突然の死で、家の中は立て込んでおりますの。その、賞金のこととか……」

「……成程」


 相談というのは、どうやら遺産相続の事のようだ。

 マスコミによると、加納建設内部で後継者争いが始まっていると言う噂があるが、どうやら事実であるらしい。


「どうぞこちらにいらしてください。お酒が駄目でしたら、お茶をお持ちいたしますわ。そちらの坊ちゃんは、大輔と一緒にあちらでお待ちになっていて下さるかしら? あとで、何か持ってこさせますので」


 早苗は大広間を指さした。

祭壇のすぐ隣にある大広間では、弔問客を招いて宴席が設けられていた。


「すぐに戻るから、待っていてくれ」

「はい」


 うなずくと智也は、大輔と一緒に宴会場に向かった。



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