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囚人教室  作者: 真先
第六章 真相
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真相(二)

 加納大悟の突然の死は、各所で波紋を投げかけた。

 

 大悟という求心力を失った事により、加納建設は分裂の危機に直面した。

 次期社長には長男である彰が就任する予定であるが、社内の一部では世襲に反発する動きがある。

 後継者争いを巡る騒動により社内は機能不全に陥り、県営スタジアムの建設作業も一時中断となった。

 市内最大の企業の混乱は、日野原市の経済に深刻な打撃を与えることになった。

 スタジアム建設にまつわる贈賄疑惑の捜査についても、主犯格である大悟の死により頓挫、事件は迷宮入りへと向かった。

 マスコミはこの死亡事故を大々的に、そしてセンセーショナルに報じた。

 結果、世間の興味はいつの間にか、加納瑞樹転落死事件から加納建設収賄疑惑へと向けられた。


 ○


 事故から数日後、林田弁護士は校長室に呼び出された。


「今夜、加納大悟氏の通夜が行われるそうです」

「……そうですか」


 疲れ切った声で、林田は答える。

 立て続けに起きる予想外の事態に、林田は憔悴していた。

 その一方、過労で倒れた校長は、見る見ると回復していった。

 加納大悟の死と贈収賄事件の影響で、加納瑞樹の転落死は風化しつつある。

 マスコミの追及も和らいだところで、校長は一安心であった。


「学校代表として、林田先生に出席していただきたいのです」

「私が、ですか?」

「ええ。本来ならば私も行くべきなのでしょうが、生憎と色々立て込んでおりましてね。やらなければならないことがいろいろとあるんです。何しろ明日は、終業式ですから」


 月初めに起きた事件も、気が付けば年末に差し掛かっていた。

 明日はクリスマスイブ。

 二学期の終業式が行われる日であった。


「準備の何やかんやで忙しいんですよ。申し訳ないが、ここは林田先生にお任せします。いろいろご迷惑をおかけしましたが、明日の終業式が終れば、事件も一件落着です。御迷惑でしょうが、よろしくお願いします」

「一件落着ですって?」


 ホッとした様子の校長に、林田は反論する。


「まだ、事件は終わっていませんよ。服部さんの事はどうするのです?」

「それは、加納家と服部さんの問題です。日野原中学は関係ありません」


 江副校長の中では既に、過去の出来事になっていた。

 結局、校長は自分の責任問題さえ回避できれば満足だった。

 生徒が死のうが、警察に逮捕されようが、彼にとっては関係ない。

 

「後は両家の話し合いに任せましょう。明日の終業式で、林田先生の仕事も終わりです。今までどうも、ありがとうございました」

「そうですか……」


 この仕事から手を引きたいのは、林田も同様であった。

 もうこれ以上、この事件に関わり合いになりたくないというのが本音である。


「ああ、そうそう。私の代わりと言ってはなんですが、通夜には相沢君が出席します」

「委員長が?」

「ええ。葬儀場まで連れて行ってあげてください」


  ○


 同時刻、智也は職員室に呼び出されていた。

 通夜に出席するように言われた智也は、青木教諭に訊ねる。

 

「……何で、僕が通夜に出席しないといけないのですか?」

「それは、あなたが委員長だからよ」


 わかっていたことだが、予想通りの答えが返って来た。


「加納家の話によると、大悟社長と一緒に瑞樹さんの葬儀も合同で執り行うそうよ。そうなると、三年A組の中から誰も出席しないわけには行かない。そこで、生徒代表としてあんたに出席してもらいたいわけ。頼める?」


 頼む、と言ってはいるが、拒否権など存在しない。

 諦めたように、智也はうなずいた。


「わかりました。加納さんの家にいけばいいんですか?」

「いいえ。市営の斎場でやるそうよ。林田さんも行くから、一緒に行きなさい」

「林田さんが?」

「ええ。あの人も通夜に出席するそうだから、車に乗せてもらうといいわ。ああ、それともう一つ」


 彼女の用事は、一つで済んだ試しがない。

 例によって、追加の仕事を押し付けてきた。


「明日の終業式が終った後に、追悼式をやるから」

「追悼式?」

「マスコミやPTAを集めて、加納瑞樹の追悼式をやるの。そこで、クラスを代表してあんたに挨拶をしてほしいのよ」

「挨拶ってどんなことを話せばいいんですか?」

「難しく考えることはないわよ。加納との生前の思い出とかを話してくれればいいのよ。あ、ほら、前に追悼文を書いたじゃない? あれをそのまま読み上げればいいのよ。簡単でしょう?」


 言われて、思い出す。

 あの時、書くように言われた追悼文は結局、一行も書かずに終わっていた。

 通夜に出席して、その後でもう一度原稿に取り組むのは途方もない手間であったが、勿論智也に拒否権は無い。


「……わかりました」


 不承不承、うなずくと、智也は職員室を後にした。 


 ○


 林田弁護士が待つ駐車場に向かう前に、智也は一先ず教室に向かった。

 時刻は夕方。

 校舎内に人影はない。


 人気のない廊下を歩き、置きっぱなしの鞄を取りに教室へと向かう。


 夕日の差し込む教室には、一人の女生徒が残っていた。


「……あ、委員長」

「竹内さん?」


 教室で智也を待ち構えていたのは、竹内遙だった。

 席に座ってスマートフォンを眺めていた竹内は、戻ってきた智也の姿を見るなり立ち上がった。


「何やってるの、竹内さん?」

「何って、委員長が帰ってくるのを待っていたんだよ」

「僕を? 何か用?」

「委員長、これから瑞樹のお通夜に行くんでしょう?」

「ああ」

「これを、瑞樹の家族に渡してもらおうと思って……」


 そう言うと、持っていたスマートフォンをこちらに差し出した。


「何、これ?」

「瑞樹の遺品」

「遺品?」


 けばけばしいデコレーションが施されたスマートフォンを怪訝な表情で見つめる。

 パープルカラーにビーズのアクセサリーが所々に施された――はっきり言ってかなり悪趣味なスマートフォンだった。


「瑞樹の私物ロッカーの中にあったの。この間の、大掃除の時に見つけたのよ。また、置き忘れていたんだろうね。ホントにあいつは、だらしないんだから。……見てよ、ホラ。パスワードもかけていないの」


 受け取ったスマホの画面を見る。

 そこには、在りし日の加納瑞樹の姿があった。


 よさこい踊りの時の、

 修学旅行の時の、

 体育祭に文化祭の時の、


 学校生活を写し取った数々の写真は、彼女が生きていたという確かな証だった。


「委員長が来るのを待ってる間、ずっと瑞樹の写真を見ていたんだけどさ……」

「……竹内さん?」


 唐突に竹内は声を詰まらせた。


「おかしいよね? ロクな思い出しかないのに。瑞樹の事、思い出したら何だか――泣けて来ちゃってさ……」


 横顔を見た智也はその時、

 目の端に涙がにじんでいる事に気が付いた。


「本っ当にヤな奴だった。自己中で、身勝手で、大っ嫌いだった。友達だなんて思った事、一度だってなかった。だけどさ、だけどさ、……それでも、同じクラスの仲間だったんだよ! 死んじゃったから、もう二度と会えないんだよ!! そんなの、そんなのって……」


とうとう、本格的に泣き出した。

 口を抑え、竹内は静かに嗚咽する。


「竹内さん……」


 慰めようと、手を差し伸べたその時、

 教室の扉が開いた。


「委員長、居る!? ……あーっ! 居た居た!!」


 教室に入って来たのは皆川冴子だった。

 智也の姿を見つけると、まなじりを吊り上げる。


「探したよ委員長! ちょっと、話があるんだ、け、……ど?」


 泣きじゃくる竹内と、手を差し伸べる智也の姿を見て、

安達の顔が瞬く間に赤くなる。


「……あ、ゴメン!」


 致命的な勘違いをした皆川は、踵を返すと教室を飛び出した。

泣きじゃくる竹内を置いていくことに後ろめたさを感じつつも、智也は慌てて後を追いかけた。


「ちょっと待て! 皆川」

 

 幸いなことに、廊下に出てすぐに、安達を捕まえることができた。

呼び止めると、安達は素直に足を止める。

振り返った安達は、智也に向かって頭をさげた。


「なんか、御免! すっげー御免!」


 完全に誤解をしているらしく、顔を背けたままひたすらに謝り続ける


「邪魔するつもりはなかったの! ただ、ちょっと委員長に話したい事があって……ってか、ええっ? 二人って、……そーだったの? そーゆー関係だったの!?」


 ようやく顔を上げると、今度は好奇心いっぱいの表情でこちらに訊ねる。


「誤解するなよ。竹内さんとは何でもないんだ」

「いや、そうは見えなかったけどぉ?」

「いいから。で、用件はなに?」

「ああ、そうだった、そうだった。クリスマス・パーティーの話なんだけど」


 智也に言われて正気に戻った安達は、ようやく用件を思い出した。


「ほら、市民ホールでよさこい踊りを踊るっていう、あの話。どうするの?」

「……ああ、あれか」


 思い起こせば、全ての発端はクリスマス・パーティーだった。

 あの日、クリスマス・パーティーに参加することが決定し、よさこい踊りの居残り訓練をやらされて――そして、加納瑞樹は死んだ。


 その後、色々な事があり過ぎて、クリスマス・パーティーの事などすっかり忘れていた。


「今、それどころじゃないってことぐらい、わかっているだろ?」

「それはそうなんだけどさ。……ちょっと、これ見てよ」


 そう言って皆川は、一枚の紙片を差し出した。

 A5サイズの用紙には、日野原市主催クリスマス・パーティーの文字が印刷されていた。


「……なんだよ、これ?」

「クリスマス・パーティーの案内よ。……ほら、ここ見て」


 そう言うと、皆川は演目の欄を指さした。


『日野原中学生徒有志による、よさこい日野原踊り』


「あたしたち、このパーティーに出るってことになっているのよ」

「……本当だ」

「今朝の新聞の折り込み広告に挟んであったの。多分、市内中に配布されているはずよ。どうするの?」

「……どうするって、いわれてもなあ」


 突然の難題に、智也は頭を抱える。


「とりあえず、これは預かっておく。このことは、明日になったら先生と相談しておくから」


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