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囚人教室  作者: 真先
第五章 迷走
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迷走(九)

 服部真美、逮捕の翌日。

 日野原中学では、年末恒例の大掃除が行われた。


 明日からは、期末試験が始まる。

 それが終れば二学期の終業式。

 その後は、冬休みに突入する。


 次々と起こる問題から目を背けるように、学校側は粛々と行事をこなそうとしていた。

 そして、生徒達もまた学校行事に没頭することによって、事件から目を背けようとしていた。


 生徒達は、手分けして校内清掃に取り掛かった。

 智也の担当は、職員用昇降口の清掃である。

 来客者が頻繁に訪れる職員用昇降口は、普段から綺麗に整えてある。

 今更、清掃する余地はないのだが、それでも智也はいつもよりも念入りに清掃を行った。

 

 箒を片手に掃き掃除をしている所に、女生徒がやって来た。

 同じクラスの桑原七海である。

 放送部所属の彼女の担当は、放送室の清掃を行っているはずだった

 何かを探しているらしく、きょろきょろと昇降口を見回した。


「なんだい、桑原さん?」


 訊ねると、桑原は逆に智也に訊ねかえす。


「委員長。カートを見なかった?」

「カート?」

「ほら、階段で荷物運ぶ時に使う、三輪のキャスターが付いたキャリーカートよ」

「……ああ、あれか」


 言われて思い出す。

 よさこい祭りの練習の時、機材担当の彼女は重たいラジカセを運ぶのにキャリーカートを使用していた。

 加納瑞樹が寄付したラジカセは、無駄に大きく桑原一人の力では到底持ち運べない。

 そんな時、彼女が利用するのはキャリーカートだった。

 三輪のキャスターが付いたキャリーカートを使えば、女性でも簡単に階段の運搬が出来る。


「あれは、一階の用具室に置いてあるはずだろう?」

「そこに無いから探しているのよ。ねえ、見なかった」

「いいや。ここにはないよ」

「そう。まいったなぁ……」


 困ったような表情で、桑原は頭を抱える。


「放送室の掃除をしているんだけど、あれがないと機材が運べないのよね。どこにあるのかしら?」

「きっと、だれかが使っているんだろう」

「まったくもう。必要な時に限って誰かが使っているのよね、あのカート。この間なんか、四階の生物室の前に置きっぱなしだったんだよ。使ったら戻しとけって言っているのに……」


 ぐちぐちと文句を言うと、智也の方を見た。


「ねぇ、委員長。こっち手伝ってくれない? 男手があると助かるんだけど?」

「ダメだよ。こっちだって暇じゃないんだから」

「暇そうに見えるけど?」


 そういうと、桑原は昇降口を見た。

 昇降口の清掃担当は、智也以外にあと二人いた。


「……それで、どうなるんだ」

「……どうなるって言ってもな」

 

 智也が目を離している隙に、二人は清掃の手を休め、なにやら話し込んでいた

 サボっているのか、と思ったが、どうも違うようだ。

 神妙な面持ちで顔を突き合わせる二人に、智也が声をかける。


「お前達、何話しているんだ」

「服部の事を話していたんだよ」


 振り向いて、答えたのは小暮和雄だった。

 死体写真を売りつけるような非常識な男であっても、クラスメイトの事だけは気になるらしい。

 その顔には、服部を気遣う表情が浮かんでいた。


「今、どこでどうしているのかなって……」

「とりあえず、今は警察に拘留されているはずだ」


 小暮の疑問に答えたのは、丸田信也であった。

 ミステリー好きの彼は、警察捜査の手順についても詳しかった。


「一通り、取り調べが終れば、服部の身柄は検察に引き渡される。その後、起訴されるかどうかが決まるまで拘置所に拘留されることになっている」

「その後はどうなるんだ?」

「起訴されることが決定すれば裁判になる。そこで有罪が決まれば、その後は少年院かどっかにほうりこまれる」

「こんなんで本当に、有罪に出来るのかよ? 証拠も何もないのに」

「本人がやったって言っているんだ、証拠なんて必要ないさ」

「それで、賞金はどうなるんだ?」


 二人の話題は、賞金の話へと移った。


「やっぱり、支払われるのか?」

「さあな。それは林田弁護士が決めることだ。賞金の支払いについては林田弁護士に一任されている。しかし、支払われるとしたら皮肉な話だな。加納大悟は、娘を殺した犯人に賞金を支払うことになるんだから」

「まあ、元々の原因は、娘がやっていたいじめだからな。父親にだって、責任はあるだろうよ」

「因果応報というか、自業自得というか……」

「親子そろって人騒がせな……」


 しみじみとした口調で、加納親子を非難する二人に、


「……やめろよ、お前達」


 強張った声で、智也が止めに入る。


「なんだよ、委員長? 今回の事件で一番迷惑していたのはお前だろう?」

「そうだよ。自宅に謝りに行かされたり、ネットで叩かれたり。散々じゃねぇか」

「……そうじゃなくて、後ろ」


 言われて、二人は振り返る。

 そこに話題の主、加納大悟がいた。


 いつからそこにいたのかはわからないが、とりあえず会話の一部始終は聞いていたらしい。

 いかつい顔を、さらに厳つめらしくして、こちらを向いて佇んでいた。

 後ろには、例によって息子の彰が控えていた。

 こちらも話を聞いていたらしく、引きつった表情でこちらを向いていた。


『…………』


 日野原市最強の首領の登場に、噂話をしていた二人は青くなる。


 恐怖に震える二人には一瞥もくれず、加納大悟は智也に向かって訊ねる。


「校長室はどこだ?」

「はい?」

「校長室はどこだ? 案内しろ、委員長」

「……はい」


 もう、掃除どころではない。

 持っていた箒を放り投げ、智也は校長室へと向かった。


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