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囚人教室  作者: 真先
第五章 迷走
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迷走(八)

 加納瑞樹殺害を自供したことにより、服部真美は殺人容疑で再逮捕された。

 捜査も担当刑事を替え、あらためて最初から仕切り直しとなった。


「以前から、瑞樹の事を殺してやろうと思っていたんです」


 新しく担当となった野本刑事の取り調べに、服部真美は素直に応じていた。


「私は瑞樹から激しい、いやがらせを受けていました。上履きを隠されたりとか、宿題のノートを破り捨てられたりとか、叩かれたりとか、殴られたりとか……。お金を強請られたりとかもありました。瑞樹はお父さんからお小遣いを貰ってなかったんです。お金持ちなのに、本当にケチなんですよ、大悟さんは」


 開き直った彼女は積極的に、事件の顛末について語った。

 余程、加納瑞樹の事を恨んでいたらしい。

 今までの鬱憤を吐き出すように、加納瑞樹の悪行をぶちまける。


「替え玉受験の時も、断ったらお母さんをクビにするって、脅して無理やり協力させたんです。お母さんがクビになったら、あたし達一家は路頭に迷うことになります。だから……」

「だから、瑞樹さんを殺した。というのかい?」

「はい。そうです。私が瑞樹を殺しました」


 頑強に殺害を主張する少女に、野本刑事は頭を抱える。


「いや、でもね。君は犯行時刻には体育館に居たんでしょう? クラスの皆と一緒に」

「はい」

「どうやって加納さんを殺したの? 無理でしょう、絶対に」

「それは、……体育館に行く前に、あらかじめ瑞樹を殺しておいたんです。練習が終った後、先回りして、遺体を現場に運んで、転落死したように見せかけたんです。うん」


 明らかに、たった今考えましたと言う様子で服部真美に、

 野本刑事は辛抱強く質問を重ねる。


「でも、現場には遺体を動かした痕跡は無かったんだよ? それに、そんな偽装工作する時間なんてなかったでしょう?」

「あたし、足には自信があるんです。現場に向かって走りました」

「いや、それでも無理でしょう」

「頑張りました」

「頑張っても無理なもんは無理だって」

「もう、どうだっていいじゃありませんか!?」


 野元刑事の執拗な追及に、服部真美はとうとう逆ギレした。


「証拠とか、アリバイとか、そんなのどうだっていいじゃないですか!?」

「いや、どうでもよくはないよ。どうでもよくはないな。すんごい重要な事だよ」

「とにかく、わたしが殺したって言っているんです! 逮捕でも何でもすればいいじゃないですか――そのかわり、お金は貰えるんですよね?」

「お金って?」

「賞金ですよ。だって、殺人犯を見つけた人間が三億二千万円を貰えるんでしょう? 当然、あたしに受け取る権利がある筈です。そうですよね?」

「……えーっ?」


 女子中学生の無茶苦茶な理屈に、

 新米刑事は只々、茫然とするしかなかった。


 ○


「……ありゃあ、ウソですな」


 面倒な女子中学生相手の尋問を新米刑事に押し付けて、

 相棒である酒井刑事は喫煙室に退避していた。


「賞金欲しさにウソをついているんでしょう。替え玉受験が発覚して、自棄やけになっているんでしょうな」

「そんなことはわかっていますよ!」


 日野原署に駆け付けた林田弁護士は、のんきにタバコをふかす酒井刑事を怒鳴りつける。


「そこまで彼女を追いつめたのはあなたたちでしょう! どういうつもりなんですか!?」

「いや、私どもといたしましても、これは予想外の事態でしてね」


 困り果てた様子で、酒井刑事は頭を掻いた。


「以前もお話しした通り、県警本部の目的はあくまでも加納大悟です。加納瑞樹のやっていた替え玉受験を捜査することによって、加納大悟にゆさぶりをかけようとしたんです。そこで、替え玉受験の片棒を担いだ服部真美を参考人として署に連行して、話を聞こうとしたんですが……」


 そこまで一気に話すと、

 酒井刑事は、タバコを一ふかしして、


「……自白するんだもんなぁ」

「……だもんなぁ、じゃないでしょう!」


 他人事のように言う刑事に、林田は声を荒らげる。

 長々と言い訳しているが、結局のところ全て警察の責任である。

 それは酒井刑事も自覚しているらしく、林田に泣きついた。


「とにかく、自白した以上、警察としては彼女を逮捕しなければならんのですよ。しかし、いくらなんでも、こんな馬鹿げた理由で逮捕なんてできるわけがない。そこで、先生にお越し願ったわけです――どうにかなりませんかな、コレ?」

「できるけどやりません」

「え? なんで?」

「このまま釈放したら、彼女はマスコミの餌食になります。あなた達が、マスコミの目の前で逮捕したせいで、表は大騒ぎなんですよ」


 すがるような目つきでたずねる刑事に、林田弁護士はきっぱりと答える。


 服部真美が殺人の容疑で再逮捕されたことは、既にマスコミに伝わっている。

 警察の外は、詰めかけた報道陣により蜂の巣をつついたような大騒ぎであった。


「ほとぼりが冷めるまで彼女を拘留しておいたほうが、彼女のためにも良いでしょう。証拠も何もないんじゃ、検察も起訴できないはずです。正式に不起訴が決まるまでは、彼女の身柄は警察が預かっておいてください。その間、彼女の事はしっかりと見張っておいてくださいよ。今回の事件で、彼女は完全に追い詰められている。思い詰めて、自殺するかもしれません」

「そんな、自殺だなんて……」

「あなたは、中学生というものをまるで分っていない。中学生にとって、学校こそが世界の全てだ。狭い世界で生きる彼らは、容易く自分を追い詰めてしまう。替え玉受験が露見したことで、彼女の人生は終わったも同然です。最悪、自殺することだってあり得る」

「……脅さないでくださいよ」


 蒼ざめた顔の酒井刑事にむかって、林田弁護士は冷たく言い放つ。


「脅しではありませんよ。拘置所で彼女が首を吊るような事にでもなれば、あなた達、警察の責任です。そうなったら、マスコミを使って警察を徹底的に糾弾します。覚悟しておいてください」


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