迷走(八)
加納瑞樹殺害を自供したことにより、服部真美は殺人容疑で再逮捕された。
捜査も担当刑事を替え、あらためて最初から仕切り直しとなった。
「以前から、瑞樹の事を殺してやろうと思っていたんです」
新しく担当となった野本刑事の取り調べに、服部真美は素直に応じていた。
「私は瑞樹から激しい、いやがらせを受けていました。上履きを隠されたりとか、宿題のノートを破り捨てられたりとか、叩かれたりとか、殴られたりとか……。お金を強請られたりとかもありました。瑞樹はお父さんからお小遣いを貰ってなかったんです。お金持ちなのに、本当にケチなんですよ、大悟さんは」
開き直った彼女は積極的に、事件の顛末について語った。
余程、加納瑞樹の事を恨んでいたらしい。
今までの鬱憤を吐き出すように、加納瑞樹の悪行をぶちまける。
「替え玉受験の時も、断ったらお母さんをクビにするって、脅して無理やり協力させたんです。お母さんがクビになったら、あたし達一家は路頭に迷うことになります。だから……」
「だから、瑞樹さんを殺した。というのかい?」
「はい。そうです。私が瑞樹を殺しました」
頑強に殺害を主張する少女に、野本刑事は頭を抱える。
「いや、でもね。君は犯行時刻には体育館に居たんでしょう? クラスの皆と一緒に」
「はい」
「どうやって加納さんを殺したの? 無理でしょう、絶対に」
「それは、……体育館に行く前に、あらかじめ瑞樹を殺しておいたんです。練習が終った後、先回りして、遺体を現場に運んで、転落死したように見せかけたんです。うん」
明らかに、たった今考えましたと言う様子で服部真美に、
野本刑事は辛抱強く質問を重ねる。
「でも、現場には遺体を動かした痕跡は無かったんだよ? それに、そんな偽装工作する時間なんてなかったでしょう?」
「あたし、足には自信があるんです。現場に向かって走りました」
「いや、それでも無理でしょう」
「頑張りました」
「頑張っても無理なもんは無理だって」
「もう、どうだっていいじゃありませんか!?」
野元刑事の執拗な追及に、服部真美はとうとう逆ギレした。
「証拠とか、アリバイとか、そんなのどうだっていいじゃないですか!?」
「いや、どうでもよくはないよ。どうでもよくはないな。すんごい重要な事だよ」
「とにかく、わたしが殺したって言っているんです! 逮捕でも何でもすればいいじゃないですか――そのかわり、お金は貰えるんですよね?」
「お金って?」
「賞金ですよ。だって、殺人犯を見つけた人間が三億二千万円を貰えるんでしょう? 当然、あたしに受け取る権利がある筈です。そうですよね?」
「……えーっ?」
女子中学生の無茶苦茶な理屈に、
新米刑事は只々、茫然とするしかなかった。
○
「……ありゃあ、ウソですな」
面倒な女子中学生相手の尋問を新米刑事に押し付けて、
相棒である酒井刑事は喫煙室に退避していた。
「賞金欲しさにウソをついているんでしょう。替え玉受験が発覚して、自棄になっているんでしょうな」
「そんなことはわかっていますよ!」
日野原署に駆け付けた林田弁護士は、のんきにタバコをふかす酒井刑事を怒鳴りつける。
「そこまで彼女を追いつめたのはあなたたちでしょう! どういうつもりなんですか!?」
「いや、私どもといたしましても、これは予想外の事態でしてね」
困り果てた様子で、酒井刑事は頭を掻いた。
「以前もお話しした通り、県警本部の目的はあくまでも加納大悟です。加納瑞樹のやっていた替え玉受験を捜査することによって、加納大悟にゆさぶりをかけようとしたんです。そこで、替え玉受験の片棒を担いだ服部真美を参考人として署に連行して、話を聞こうとしたんですが……」
そこまで一気に話すと、
酒井刑事は、タバコを一ふかしして、
「……自白するんだもんなぁ」
「……だもんなぁ、じゃないでしょう!」
他人事のように言う刑事に、林田は声を荒らげる。
長々と言い訳しているが、結局のところ全て警察の責任である。
それは酒井刑事も自覚しているらしく、林田に泣きついた。
「とにかく、自白した以上、警察としては彼女を逮捕しなければならんのですよ。しかし、いくらなんでも、こんな馬鹿げた理由で逮捕なんてできるわけがない。そこで、先生にお越し願ったわけです――どうにかなりませんかな、コレ?」
「できるけどやりません」
「え? なんで?」
「このまま釈放したら、彼女はマスコミの餌食になります。あなた達が、マスコミの目の前で逮捕したせいで、表は大騒ぎなんですよ」
すがるような目つきでたずねる刑事に、林田弁護士はきっぱりと答える。
服部真美が殺人の容疑で再逮捕されたことは、既にマスコミに伝わっている。
警察の外は、詰めかけた報道陣により蜂の巣をつついたような大騒ぎであった。
「ほとぼりが冷めるまで彼女を拘留しておいたほうが、彼女のためにも良いでしょう。証拠も何もないんじゃ、検察も起訴できないはずです。正式に不起訴が決まるまでは、彼女の身柄は警察が預かっておいてください。その間、彼女の事はしっかりと見張っておいてくださいよ。今回の事件で、彼女は完全に追い詰められている。思い詰めて、自殺するかもしれません」
「そんな、自殺だなんて……」
「あなたは、中学生というものをまるで分っていない。中学生にとって、学校こそが世界の全てだ。狭い世界で生きる彼らは、容易く自分を追い詰めてしまう。替え玉受験が露見したことで、彼女の人生は終わったも同然です。最悪、自殺することだってあり得る」
「……脅さないでくださいよ」
蒼ざめた顔の酒井刑事にむかって、林田弁護士は冷たく言い放つ。
「脅しではありませんよ。拘置所で彼女が首を吊るような事にでもなれば、あなた達、警察の責任です。そうなったら、マスコミを使って警察を徹底的に糾弾します。覚悟しておいてください」




