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囚人教室  作者: 真先
第五章 迷走
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迷走(七)

 服部真美の住む公営アパートは、学区のはずれにあった。

 新興住宅地に住む他の生徒達と違い日野原中学までかなりの距離があるため、

 毎朝、他の生徒達よりも早めに家を出なければならないことに不満を感じるが、

 街並みを眺めながら、服部真美は通い慣れた通学路を歩いてゆく。

 事件が起きた頃はまだ秋の面影が残っていた街並みも、今ではすっかり冬の装いである。

 街路樹の葉は落ち、吹きすさぶ風も冷たい。


 やがて、学校の前にたどり着いた。

 校門にたむろするマスコミと、警官隊の姿があった。

 当初は、異様な光景に気後れしたものだが、今ではすっかり見慣れた光景となっていた。

 生徒達は次々と校門をくぐってゆく。

 マスコミたちのカメラから逃げるように、早足で校門を通り過ぎようとした、その時、


「服部真美さんですね?」


 警備中の警官に呼び止められた。

 恐らくは刑事なのだろう。

 周りの警官たちとは明らかに様子が違う、私服刑事は手帳をかざしながら、真美の元へと歩み寄る。


「警察の者です。ちょっと、お話が聞きたいのですが」

「……え?」


 異変に、マスコミたちが反応した。

 


「ここではなんだ。ちょっと、署まで同行していただきますか?」


 傍らのパトカーを指さす刑事に、服部真美はうなずいた。


「……わかりました」


 学校の目の前で、大勢に取り囲まれて、拒否できるわけが無い。

 言われるがままに、真美はパトカーに乗り込んだ。


 ○


 校門前の逮捕劇は、多くの生徒達が目撃していた。

 服部真美逮捕のニュースは、瞬く間に学校中に広まった。

 智也もまた、先に登校した生徒達から詳細な事情を聞かされた。

 すぐさま校長室へと向かった。


「どういうことなんですか!?」


 校長室に校長の姿は無く、かわりに林田弁護士がいた。

 もとより、校長など頼りにしていない。

 応接用のソファーに腰掛け書類整理をしている林田弁護士に、智也は詰め寄った。


「どういう事なんです! 逮捕って!?」

「逮捕ではない」


 激昂する智也に目もくれず、林田は手元にあるファイルをめくる。

 テーブルの上には、聞き取り調査の時に集めた資料が散乱していた。

 それらの資料に目を通しながら、智也に向かって答える。


「あくまでも、事情聴取のため任意同行だ。彼女の意志を無視して、無理やり連行したわけでは無い」

「実質、逮捕と同じじゃないですか!」


 こちらを向こうともせず、智也は怒りを募らせる。


「学校の目の前で、大勢に取り囲まれて、拒否できるわけが無いでしょう! いったいどういうことなんですか!?」

「どういうことか、私が聞きたいよ」


 大きくため息を吐くと、

 ようやく林田は智也を振り向いた。


「服部さんの事は、私も今、聞いたところだ。……まったく、やってくれるよ。完全に出し抜かれた」

「何でこんなことに。大体、容疑は何なんですか?」

「偽計業務妨害だそうだ」

「ぎけーぎょ……、何です?」

「偽計業務妨害。警察の話によると、服部真美と加納瑞樹は共謀して替え玉受験を行ったそうだ」

「替え玉受験……」

「先日行われた武蔵野模試で、入れ替わって試験を受けたそうだ。これを見て見ろ」


 そう言うと、林田は手にしていたファイルを差し出した。

 開かれたページには、武蔵野模試の成績表が添付されていた。


「服部真美と加納瑞樹の成績表だ。注目するのは、九月と十月の結果だ。聞き取り調査の時は、成績ばかりに気を取られて気が付かなかったが、問題は別の所にあったんだ――二人が受験した試験会場をみて見給え」


 成績表には、二人が試験を受けた会場が記入されていた。

 二枚の成績表を見比べ、智也は息をのむ。


「……二人とも同じ会場で受験している?」

「この二回だけ、加納瑞樹の成績が跳ね上がっている。一方、これまでトップ成績だった服部真美は大幅に成績を落としている。そこで、彼女たちは入れ替わって受験したんだ。受験票を交換して、服部さんが加納さんの、加納さんが服部さんの試験を受験したのさ」

「この会場、関東農大のキャンパスです……」


 成績表から顔を上げ、再び智也はつぶやく。


「県のはずれにある大学ですよ。日野原市から、電車とバスを乗り継いで二時間ぐらいかかる。なんでこんな……」

「知り合いに見つかるのを恐れて、遠くの試験会場を選んだのだろうな。定期テストでは受験生の顔なんて一々確認したりなんかしない。受験票に写真が貼り付けられているわけでもないから、入れ替わるのは簡単だ。……よくもまあ、こんなことを思いついたものだ」


呆れたように、林田は深々と嘆息した。


「しかし、一つだけわからないことがある――なぜ、服部真美は不正に加担したんだ? 稲田君の証言によると、武蔵野模試で二回、偏差値60以上の成績を獲得するのが、推薦入学の条件だそうだね? 二回の替え玉受験によって加納瑞樹は推薦入学の資格を得た。しかし、服部さんにとって全く利益はない。バレたらただでは済まない事は知っていただろうに、自分の成績を低下させてまで何故、替え玉受験なんか……」

「……それは、彼女の母親が、加納家で働いているからです」


 絞り出すような声で、智也が答える。


「なんだって?」

「林田先生も会っているはずですよ。僕達が加納家に行ったときに、出前がきたってリビングに呼びに来た……」

「……! あの時の家政婦か!?」


 林田が叫ぶと、智也は無言でうなずいた。


「つまり、こういうことか? 加納瑞樹と服部真美の親は使用人と雇用主の関係にあったわけだな?」

「ええ。加納さんは父親の立場を利用して、服部さんのことを、その……」

「いじめていたと言うのか?」

「いじめじゃありません。ただ、なんというか、色々ないやがらせを……」

「いやがらせって、どんな?」

「上履きを隠したりとか、宿題のノートを破り捨てたりとか、小遣いをせびったりとか、叩いたりとか、殴ったりとか……」

「そういうのを、いじめと言うのだ!」


 言い訳をする智也を、一喝する。


「そうか、そう言う事だったんだな。加納瑞樹は服部真美にいじめを行っていた。そして、その報復で服部真美に殺された……」

「そんな、いくらなんでも服部さんが人殺しなんてしませんよ。それに彼女だって、あの時体育館に居たんです。僕達とおなじで、鉄壁のアリバイがあったんです。加納を殺す事なんてできませんよ」

「アリバイがあろうと、なかろうと、そんな事は関係ない。大悟氏が、そう思い込んでいることが重要なんだ。おそらく、大悟氏は娘がいじめを行っていたことを知っていたのだろう。そして、報復で殺されたと思い込んでいる。だから、賞金をかけて証言を引き出そうとしたんだ」


 全てを理解した林田は、智也を睨み付ける。


「君達全員、はじめから知っていたんだな?」

「…………」

「殺人の容疑がかけられたとき、彼女が怪しいと思っていたんだろう? だから、聞き取り調査の時も、クラスみんなでいじめの事実を隠していたんだな!」

「隠してなんていません。……ただ、聞かれなかったから答えなかっただけです」

「なんだと?」

「『加納瑞樹がいじめられていなかったか?』と聞かれたから、無かったと答えたんです。『加納瑞樹がいじめを行っていたか?』と聞かれたら、素直に答えていました」

「それは詭弁だろうが!」


 自分の事は棚に上げて、林田は智也を責めた。


「君たちは、いじめの事実を認識していながら、見て見ぬふりをしていたんだ。クラスメイトを見捨てて、何とも思わないのか!?」

「僕達に何が出来るって言うんです?」


 林田の糾弾に、智也は噛みつくように反論する。


「相手は加納建設の社長令嬢ですよ。日野原市の最高権力者、加納大悟の娘です。僕たちの力で、どうこうできる相手じゃない。PTAも、教育委員会も、先生たちも、見て見ぬふりをすることしかできないんです。そもそもこれは、服部さんの家の問題です。部外者である僕たちが口出しできる話じゃない」

「それでも、私に相談することはできたはずだ。その為の聞き取り調査じゃないか。話してくれれば、何らかの対応が出来た。少なくとも、服部さんがいきなり逮捕されることなど無かったはずだ。何故私に話してくれなかった!」

「それは、あなたが学校側の人間だからです!」


まっすぐな視線で、智也は林田を睨み返す。


「……なんだと?」

「あなたは学校側の人間だ。学校の利益を守るために金で雇われ弁護士だ。僕たち生徒達の事なんて、少しも考えちゃいない」

「その学校側とか、生徒側とか言うのはやめたまえ! 大人たちとの間に壁を作って、わかりあおうとしないのは君たち自身なんだぞ? 先生たちも私も、君たちを守るために心を砕いているのだ。それが何故わからんのだ」

「それが、信じられないって言ってるんですよ! あなた達はいつも、僕達の為と言いながら、自分たちの思惑通りに利用して来たんじゃありませんか――これだってそうだ!」


そういうと、智也は手に持っていたファイルを突きつけた。


「警察は、この情報をどうやって調べたんですか?」

「……え?」

「警察は聞き取り調査の情報を全て知っていた。定期試験の事や、クラス内の人間関係、全てを把握していた。なぜですか?」

「……それは」

「警察が聞き取り調査の情報を元に捜査したのは明らかです。聞き取り調査の内容を知っているのは、僕とあなただけのはず――警察はどこからこの情報を手に入れたんですか?」

「…………」


 敵意に満ちた視線で睨み付ける学級委員長に、林田弁護士はたじろいだ。


「警察に情報を流したのは、林田さん、あなただ。あなたは、警察に僕達の情報を売ったんだ!!」

「待ちたまえ、これには訳が……」


 慌てて釈明しようとしたその時、

 林田の携帯が鳴った。


「こんな時に……」


 苛立ちながらも林田は、スマートフォンを手に取った。


『……どうも、酒井です』


 相手は、日野原署の酒井刑事であった。

 間の悪い刑事を、林田は怒鳴りつける。


「今取り込み中です! 後にしていただけますか!?」

『いや、そうなんでしょうけど、こちらも緊急の要件でして、すぐに署までお越し願いませんか?』

「行きますよ! ええ、言われなくても行きますよ! こっちに何の相談も無く、服部さんを連行するなんてどういうつもりですか!?」

『要件と言うのはその、服部真美さんの件でして……』


 一拍置いて、刑事はややためらいがちに言った。


『たった今、服部真美さんが加納瑞樹殺害を自供しました』

「はい?」


 ○


 服部真美の取り調べは、日野原署内の取調室で行われた。

 取り調べを担当するのは、県警本部から派遣された刑事たちである。

 

 強面の警察官を前にして、服部真美はいたって平静であった。

 刑事の質問にも、彼女ははっきりと答えていた


「つまり、替え玉受験を持ち掛けたのは、加納さんの方からなのだね」

「はい」


 この事情聴取の真の目的は、この事件について警察が介入していると言う事実を世に知らしめる所にある。

 その意味では、すでに目的の半分は果たしている。

 警察署の外は、押しかけたマスコミたちによって蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。

 マスコミの注目は十分に集めている。

 あとは、替え玉受験の事実をマスコミにさらすだけだ。

 これにより、加納瑞樹は悲劇のヒロインから一転、稀代の悪女へと転落する。

 それと共に加納大悟の威信も失墜。

 贈賄疑惑追及に向けて大きく動き出すことになる――と、いうのが警察側の描いた筋書きであった。

 

「替え玉受験を引き受けたのは、断ればお母さんをクビにすると、加納瑞樹さんに脅されたからですね」

「はい」


 事情聴取は、何事も無く進んだ。

 警察の質問に服部真美は、素直にはいはいと、うなずく。


 警察としても、替え玉受験ごときで彼女を逮捕するつもりなど無かった。

あくまでも形式的な事情聴取であり、終わり次第、服部真美は直ぐに釈放するつもりであった。


「だから……」


 全て、警察側の思惑通りに進むかに思えた事情聴取であったが、

 最後の最後で、予想外の事態が発生した。


「私が加納瑞樹を殺しました」



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