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囚人教室  作者: 真先
第一章 事件
4/52

事件(二)

 日野原市立日野原中学三年A組は通称、特別進学クラスと呼ばれている。

 その名の示す通り、県内における成績上位校を目指す生徒達を集めたクラスである。

 

 古くから『受験は団体戦』と言われている。

 真偽については怪しいものだが、同じレベルの高校を志願する生徒達をひとまとめにして指導するのは、教師にとって何かと手間が省けるのは確かであった。


 成績上位校では試験での成績はもとより、内申書が重要視される。

 部活動や委員会活動など、どれだけ学校行事に積極的に取り組んだかが評価の対象となる。

 反対に、不登校、万引きや飲酒喫煙、暴力行為に不純異性交遊などによる補導歴――こういった内申書に傷があるものは減点対象となる。

 

 自然として三年A組には、部活動の部長職や、委員長職を務めているものばかりである。

 成績優秀にして品行方正。

 三年A組は全校生徒達の中から選ばれた、生え抜きのエリート集団――と、対外的には思われている。

 彼らは上昇志向が高い反面、際立った個性の持ち主であった。

 自立心が高い反面、協調性にやや欠ける傾向がある。

 

 この曲者ぞろいの集団を束ねているのが、学級委員を務める相沢智也であった。

 智也がこのクラスの代表である学級委員長に就任したのは、特別成績が良かったわけでも、人望があったからでも無く――ただ単に、出席番号が一番だったからである。


 ○


 職員室から教室に戻った智也は、三年A組のクラス全員の前でクリスマス・パーティーの話をした。

 掃除を終えて帰り支度を始めるクラスのみんなに向けて、職員室で青木教諭に言われた話をあますことなくそのまま伝える。


「……と、いう話なんだ」

 

 学級委員長の具体的な仕事は――要するに伝書鳩だ。

 学校側の意向をクラスのみんなに伝え、クラスの意志を学校側に伝える。

 学校と生徒、両者を繋ぐパイプ役が委員長の仕事である。


 結果として、学校側と生徒側の板挟みに悩まされる事態に陥ることが頻繁に起きる。


 クラスメイト達にとって、智也は学校側の人間――即ち敵である。 

 教師達になり替わりクラスの不満を一手に引き受けるのも、智也の仕事であった。


「おい、委員長!」


 真先に手を挙げたのは松田州一であった。

 智也が体制側の走狗ならば、松田は反体制の旗手である。

 反骨心旺盛な彼は、学校側の横暴な要求には徹底して戦う。

それが、たとえ無駄だとわかっていても。

 学内行事がある時は必ずと言っていいほど、松田は学校側の意見に反対する。

 体育祭の時も競技種目を巡って学校側と対立した。

 あの時も、教師とクラスの間に挟まれ、智也は難しい立場に立たされることとなった。


「委員長、今がどんな時期かわかってんだろうな?」

「もちろん」

「だったらわかるだろうが! よさこいなんてやってる場合か!?」

「そうよ、委員長」


 松田に追従したのは、副委員長の門脇紗枝であった。

 

 本来ならば智也と同じ体制側の人間であり、委員長を補佐するべき存在であるにもかかわらず、彼女が反抗的なのは、彼女の怒りの矛先が学校側にでは無く、学級委員長であるところの智也個人に向けられているからであった。


「私たちは受験生なのよ。クリスマス・パーティーなんかで浮かれている暇なんて無いのよ」

「だからさ、そう言う話がある、って言っているだけなんだ」


 噴出する反対意見を前に、智也は説得に取り掛かる。

 智也一人で相手出来るのは、せいぜいが二人まで。

 これ以上の追従者が出る前に、問題を速やかに処理しなければならない。


「これは強制じゃないんだ。参加するかしないかは僕達の自由意志にまかせるって、先生は言っている。皆が反対するようならば、断ることだってできるんだ」

「断ったらどうなるんだよ?」


 噛みつくようにたずねる松田に、別の方向から答えが返ってきた。


「そりゃ、お前。内申書に傷がつくだろうよ」


 松田の質問に答えたのは、内海文昭である。

 サッカー部部長でクラスの体育係を務める彼は、上下関係を重んじる根っからの体育会系だ。

 教師陣にも従順で学校行事にも積極的に参加してくれるので、委員長の智也にとって頼りになる味方であった。


「市長様からのご招待を断ろうって言うんだ。タダで済むわけが無いだろう。断りでもしたら、先生たちの心象は確実に悪くなるだろうよ」

「それじゃ、やっぱり強制なんじゃねぇか!」

「嫌なら参加しなけりゃいいだろう。俺は参加するけどな。ここで市長様のご機嫌を取っておけば、確実に内申点はアップする。逆に、減点されるようなことにでもなれば致命傷だ。いいのか? もうすぐ、最後の進路指導があるんだろう?」


 内海の発言に、松田のみならずクラス全員が沈黙する。

 進路指導が行われるのは今週末の土曜日。

 毎月の頭に行われる進路指導も、十二月の今回で最後。

 志望校が決定する最後の進路指導を前にして教師たちの不興を買う事は、受験生たちにとってまさしく致命傷であった。


「参加するって言っても、簡単にはいかないんでしょう?」


 沈黙を打ち破り、手を挙げて質問したのは湯川望美であった。

ダンス部の部長である彼女は、よさこい日野原踊りを誰よりも理解しているチームの要である。


「いきなり踊れって言われてもできないでしょう? 半年も踊ってないのよ。稽古とかしなきゃいけないんじゃない?」

「いや、そこまではやらないそうだ。べつにコンテストに参加するわけじゃないんだから」

「それじゃあ、当日、みんなで集まって、一曲踊って、それで終わりってこと?」

「うん、そうだよ」

「……だったら、やってもいいかな」


 ダンス部の部長がやる気になったことで、クラスの中に同調する気配が広がる。


「参加するのはいいとしてさ、予算とかはどうするの?」


 次に手を挙げたのは経理担当の福島麗だった。

 よさこい踊りには、何かと金がかかる。

 限られた予算を有効に活用するには、厳密な金銭管理が不可欠である。


「交通費とかはどうするの? 皆で移動するには、バスとか必要でしょう?」

「場所は市民ホールだから、現地集合、現地解散なんじゃないかな」

「機材とかは? 運搬費用とかはだれが負担するの?」

「市民ホールで用意してくれる、と思う。多分」

「衣装はどうするの?」

「岡田さん、衣装はどうしたんだっけ?」


智也が訊ねると、衣装係の岡田紀美子は困惑した表情を浮かべる。


「そんなの、とっくに処分しちゃったよ」

「何で捨てちゃったんだよ。せっかく作ったのに、勿体ない」

「だって、いつまでも取っておくわけには行かないじゃない。三十人分もあるんだよ。文化祭で展示した後、まとめて処分しちゃったわよ」

「今から新しく作るってわけには……」

「無理に決まっているでしょう。あれ一着作るのに、どれだけ手間がかかると思っているの? よさこい祭りの時だって、大変だったんだから」


 答える岡田に、智也は頭を抱える。


「そうか。それじゃ仕方ない、レンタルとかで間に合わせるしかないか……」

「だから、その予算はどうするのよ?」


 再び福島が口を開く。

 いつまでたっても進まない話に、智也は問題をひとまず棚上げすることにした。


「細かい事は後で先生と相談するとして、とりあえず、今は参加するかしないかの意志を知りたいんだ。決を採るから、賛成の人は挙手してください――クリスマス・パーティーに参加できる人」

『…………』

 

 採決の声に、教室の中は水を打ったように静まり返る。

 進んで手を挙げる者は、誰も居ない。

 動きが止まった教室を見渡し、智也は辛抱強く待ち続ける。

 やがて、根負けしたように何人かが手を挙げる。

それにつられるように、他の生徒達が次々と手を挙げる。

 最後に、松田が渋々と言った様子で手を挙げると、クラス全員の参加が決定した。

 

「全員、参加するって事でいいね? 後で文句を言っても、受け付けないからね」

『……おー』


 念を押すと、クラス全員がうめき声をあげた。

 最早、まともな返事をすることも億劫な様子であった。

 何はともあれ、クラスの総意を得ることが出来た。

 一度決まってしまった以上、後戻りはできない。

 痕はクリスマス・パーティーに向けて準備を進めるだけだ。


 一安心、と智也が胸をなでおろしたその時、

 見計らったかのようなタイミングで、青木教諭が教室にやってきた。


「相沢、話は決まった?」


 実際、話し合いが終る頃合いを見計らっていたのだろう。

 無駄に手際のよい女教師に、憎々しく思いながらも、智也は答える。


「はい。全員参加するそうです」

「ああそう。そりゃ結構。みんな積極的で助かるわ。それでね、稽古の事なんだけど、早速、今日の放課後から始めるから」

「え?」


 青木教諭の発言に、智也の顔が引きつった。


「なんですか、稽古って?」

「よさこいの稽古に決まっているでしょう。当然」

「必要ないって言ってたじゃないですか、さっきは!」

「言ったわよ、さっきは」


 いけしゃあしゃあと、担任教師は答える


「あの後、前田先生にあったのよ。クリスマス・パーティーにみんなで参加するって言ったら『市長の前でヘタなもの見せられない。きっちり練習して、最高のパフォーマンスを披露しないと』って張り切ちゃってね」

「前田先生が?」


 体育教師の顔と共に、智也の脳裏にあの夏がよみがえる。

 夏休み、誰もいない学校に登校して訓練に明け暮れた毎日。

 炎天下の中、運動場に反吐の花を咲かせ、熱中症で倒れ行く仲間たちを横目に、必死に踊り続けた――あの地獄のような日々。

 

 顔面蒼白で教室を見渡すと、クラス全員が同じ顔をしていた。

 どうやら、思いは皆同じらしい。


「それで、クリスマス・パーティーまで毎日、放課後に稽古をすることになったのよ。そういうことだから、みんなよろしくね」

『…………』


 クラス全員から怨嗟の眼差しを向けられたのは、青木教諭では無く、委員長の智也であった。


「今日から早速、稽古を始めるって。前田先生が見てくださるっていうから、みんなすぐに着替えて、実習棟の屋上に集合して頂戴。体育係の内海は、前田先生の所に挨拶に行ってきてね。年末の忙しい中、稽古を見てくださるんだから、ちゃんとお礼を言っておくのよ――じゃ、みんな頑張ってね!」


 そう言い残すと、青木教諭はそそくさと教室を出て行った。


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