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囚人教室  作者: 真先
第五章 迷走
37/52

迷走(四)

 ネットを通じてばら撒かれた情報は、

 半日を経たずに、既存メディアへと飛び火した。


 翌日、早朝。


 非難の的となっているベンツに乗って、登校してきた校長の車を報道陣が取り囲んだ。


 生徒への取材は禁止されているが、教師への取材は禁じられていない。

 報道規制の鬱憤を晴らすべく、マスコミは校長に詰め寄った。


「横領の事実は本当なんですか?」

「この車は、横領した金で買ったんですか!?」

「答えてくださいよ、校長」


 ウィンドウを叩いてわめきたてるマスコミに、校長は確かな恐怖を感じた。

 激しくクラクションを鳴らし、追い払おうとするが、報道陣はひるまない。


「どいて、退いてください!」


 結局、駆けつけた警察官たちがマスコミが追い払うまで、校長は車の中でたっぷりとマスコミの洗礼を受けることになった。


 ○


 その後、日野原中学では緊急の職員会議が開かれた。


「それでは、会議を始めます」


 疲れ果てた様子の校長になり替わり、会議を進めるのは林田弁護士であった。

 会議室に集まった教師たちの前で、説明を始める。


「皆さんご存知の通り、横領の嫌疑が。この問題に対して、今後の対策を協議したいと思います――その前に一応、事実関係を確認しておきます。校長、疑惑は真実ですか?」

「そんなわけないでしょう!」


 林田の質問に、校長は激昂した。


「横領なんてしていませんよ! 車だって、ローンで買ったものです。退職金で支払うつもりで購入したんです。大体、情報の出どころは、ネットの噂話じゃないですか。そんなものを真に受けるなんて、みんなどうかしている!」

「この際、噂の真偽なんてものはどうでもいいのです。要は世間に与える印象なのです。生徒が死んだというのに、これ見よがしに高級車を乗り回していれば、世間がどう思うか――考えなかったのですか?」

「だって、欲しかったんだもん! 乗りたかったんだもん!」


子供みたいに駄々をこねると、校長は力なく項垂れた。


「今まで私は、この学校に尽くして来たんです。定年前のささやかな贅沢ぐらい、許されたっていいじゃないですか」

「まあ、今更そんなこと言っても始まらんでしょう。問題はこれからどうするかです」


 あらためて、本題に入る。


「とにかく、これ以上の情報の流出を防がないといけません。早急に噂の出どころを調べて……」

「調べるまでありませんよ」


 林田の言葉を遮るように、

そう答えたのは、青木教諭であった。


「内容から見て、三年A組の生徒以外に考えられません。首謀者は、藤村か内海あたりでしょう。あいつら、悪知恵だけは働きますから」


 問題児ぞろいの三年A組の担任だけあって、青木は既に犯人の目星をつけていた。


「教育委員会の情報をリークしたのは、富永で間違いないでしょう。あとは、会計の福島。それと、インターネットに詳しい谷本――そんなところでしょうね。まあ、ここは私に任せてください。早急に口をふさぎます。大人に逆らったらどうなるか、徹底的に思い知らせてやります」

「どうやって、口をふさぐのです?」


 エキサイトする青木に向かって、

 冷水を浴びせかけるかのように、林田が訊ねる。


「また、停学処分の上で、推薦取り消しですか?」

「ええ。それが、一番、生徒達に効果がありますので」

「お言葉ですが、先生方。大本の原因は先生方の教育方針に問題があったのではありませんか」

「何? あたしたちのやり方に問題があるって言うんですか?」

「そうやって事あるごとに、高校推薦をちらつかせ脅しつけてきた結果、生徒達の反発を招き、今夏員の事件を引き起こした要因となったのではありませんか?」

「何言ってるんだか……」

「抑えつけるだけでは、生徒達の反発を招くだけです。少しは彼らの意見に耳を傾けるべきではありませんか?」

「あんたに何がわかるって言うんだ!」


 青木に向かって意見する林田に、

 前田教諭が席から立ち上がる。


「中学生と言うのはね、動物と同じなんだよ。精神的に未熟で社会常識なんてこれっぽっちもわきまえない。すこしでも甘い顔を見せれば際限なくつけあがる。厳しくすれば反抗する。悪知恵を働かせ、常に教師を出し抜こうと隙を伺っている――まるっきり、野生動物だ。サルと同じなんだよ、サルと!」


 憤然とした様子で、前田は教育現場の現状を吐露する。


「迂闊に手をあげれば、体罰だと言って騒ぎ立てる。PTAも教育委員会も、現場の事なんか一つも理解していないくせに、理想論ばかり俺達教師に押し付けて何もしようとしない。我々教師に許された、生徒に対する唯一の対抗手段が、内申書なんですよ。私たちに教師にとって内申書は、生徒達をおとなしくさせることができる唯一の切り札なんだよ!」

「その唯一の切り札を使ってしまったのですよ、あなた達は」


 生徒達を平然と動物扱いする前田に、

 嫌悪感を抑えつつ、林田は反論する。


「教育委員会は推薦入試の辞退を要請してきました。最早、彼らを止める手段は我々にはありません」

「そこを何とかするのが、あんたの仕事なんじゃないの!」


 林田が告げると、

 青木教諭が、ヒステリックに叫んだ。


「さっきから偉そうに仕切っているけど、元をただせば林田先生。あなたたが原因じゃない!?」

「私が?」

「だってそうでしょう? あんたが聞き取り調査なんてことを生徒達にやらせたから、話がややこしくなったんでしょうが。なんだって、わざわざあたし達に不利な証言を引き出そうとするのよ!」

「聞き取り調査は、ご遺族の理解を得る為です。結果的に裏目に出てしまいましたが、私は今でも必要な措置だったと思っています」

「だから、その家族を何とかして黙らせるのが、あんたの仕事だろうって言ってるのよ。林田先生、あんたはどっちの味方なの?」

「どっち、とは?」

「あたしたち学校側と、生徒側のどっちの味方かと聞いているのよ!」


 まただ。

 学校側に、生徒側。

 生徒も教師も互いに壁を作って、解り合おうとしない。


「あんたを雇っているのは、この学校なのよ。生徒でも、保護者でもないでしょう。依頼人の利益を守るのが、弁護士の仕事でしょうが」

「そうだ!」


 さらに前田教諭が続く。


「あんたがすべきことは、私たち教師と、この学校の名誉を守る事だろうが」

「何が『押さえつけるだけじゃ生徒はついてこない』よ。偉そうに説教なんかして何様のつもり!?」

「他人の仕事に文句つける前に、自分の仕事をやったらどうなんだ!」

「高い金貰ってんだから、ちゃんと仕事しなさいよね!」


 教師たちの追及に晒されながら、

 林田は冷めた眼差しで教師達を見つめる。


(……だめだな、こいつら)


 弁護士として、教育現場に携わってきた林田だったが、

この世には、話が通じない人間というものが少なからず存在する。

 自らの非をあくまでも認めず、謝罪も反省もする気もない。

 こういう人間に、何を言っても無駄だ。

 

「私の仕事は、あくまでもサポートです。事件の対応をするのは、あなた方、教師なのです――それは、初めに申し上げたはずですよ、校長」


そう言うと、林田は校長を振り向いた。


「今回起きた事件を真摯に受け止め、謝罪の意思を世間に示すのはあなた達、教職員なのです。それなのに、あなたたち教師に反省の意志がないのでは意味がない。私はこの仕事を降ろさせていただきます」


 宣言すると、教師たちは一斉に非難する。


「何、仕事ほっぽりだして逃げ出すつもり」

「なんて無責任な奴だ」


 校長を振り向いた。


「私の方針に不満があるのでしたら、仕方がありません。弁護士として私のやるべき仕事は、もうここにはない。よろしいですね、校長?」


 その時になって、

 ようやく校長の異変に気が付いた。

 

 青ざめた表情に、冷や汗をびっしりと浮かべ、

 校長は何も答えない。


「校長?」


 返事の代わりに校長は、

ゆっくりと、前のめりに倒れると、机の上に突っ伏した。


「校長!」


 ○


 前田教諭たちによって、校長はすぐさま保健室に運び込まれた。

 校長をベッドに寝かせると、養護教諭の佐久間が診断する。


「ただの過労ですね」 


 養護教諭の佐久間は、この学校に赴任してまだ一年しかたっていない新人教師であった

少ない人手と慣れない仕事に苦闘しつつも、手際が良く仕事をこなしている。


「今はぐっすり眠っています。しばらく安静にしていればよくなるでしょう」


 保健室に居るのは、佐久間と林田の二人きりだ。

 校長が倒れたことに少なからず責任を感じているらしく、他の教師たちは校長をゆっくり休ませるため今は退室している。


「ここの所、校長は碌に寝ていなかったようです。校長先生も、もうお歳ですから。あまり、無理をさせないように気遣ってあげてください」

「……はあ」


 事務机で診断書に書き込みながら、佐久間が校長の容態を説明すると、

 正面の椅子に座った、林田は素直にうなずいた。


 養護教諭に言われて、林田もさすがに反省する。

 教師たちに糾弾されて頭に血が上っていたとはいえ、いくらなんでも大人げない態度だった。


「まあ、この学校も大変な時期ですから。校長も何かと気苦労が絶えないでしょうね」

「そりゃあ、あの先生たちが相手では気苦労は絶えないでしょうな」


 職員室の出来事を思い出し、珍しく林田は毒づいた。


「生徒達をまるで動物扱いして、まともに話し合おうともしない。まったく、あんな連中が教師なんて信じられませんよ」

「それは違います」


 それまで穏やかに話していた佐久間が、きっぱりと反論する


「前田先生は厳しい方ですが、生徒思いの先生なんです。昔から、そういう先生でした」

「昔から?」

「ああ、言っていませんでしたっけ? 私はこの中学の出身なんです」


 緩やかな微笑みと共に、養護教諭は答える。


「日野原市内の実家から、地元の高校に進学して、県内の大学を卒業して、母校であるこの中学に赴任してきたんです」

「……そうだったんですか」

「この町はご覧の通り、何もない街ですから。就職先が見つからなくて。行く当てがなくて困っている所を、前田先生がこの学校の養護教諭の仕事を紹介してくださったんです」


 体育教師の意外な一面に、林田は前田の認識を改める。

 卒業した生徒の面倒まで見てくれる教師なんて、そうそう居るものではない。

きっと、前田教諭にとって佐久間はいつまでも自分の生徒だと思っているのだろう。


「口では厳しい事を言っていますが、全て生徒達の将来のためを思っての事なんです。前田先生だけじゃありません。校長を含め、この学校の先生たちはみんな生徒の事を大切に思っているんです」

「青木先生もですか?」


 生徒達への想いを滔々と語る養護教諭に、

 林田は胡乱な視線を投げかける。


「生徒達の証言によると、人生は金が全てだ、みたいなことを言っていたみたいですが?」

「あの人は、教師を仕事と割り切っている人ですから」


 さすがに青木教諭までは庇うことはできないらしく、佐久間は苦笑する。


「でも、割り切っている分、責任をもって仕事をする人です。進路指導担当の仕事は大変なんですよ。後攻の説明会に出席したり、保護者との面談をおこなったり。毎月、月始めには個人面談も行わなければならないんです。」

「そりゃあ、まあ。楽な仕事ではないでしょうね」

「なにしろ、生徒達の人生を背負っているのですから。志望校に不合格になれば、すべて進路担当の教師の責任になるんです。無責任ではつとまりません。やり方はそれぞれ違いますが、みんな教師としての仕事にやりがいを感じているんです。そうでなくっちゃ、教師なんてやっていられませんよ」


 しみじみと、佐久間はつぶやく。


 仕事にやりがいを感じているのは、林田も同様だ。

 悪徳弁護士と世間から罵られ、

 決して、金の為だけではない。

 自分の仕事が少なからず貢献していると思えるからこそ、だ。


「お願いします。生徒達のためにも、どうか校長の力になってあげてください」

「……努力します」


 深々と頭を下げる養護教諭に向かってそう言い残し、林田は保健室を後にした。


 ○


 保健室を出た林田は、懐からスマートフォンを取り出した。

 そして、昨日登録したばかりのアドレスを呼び出す。


「週刊文鳥さんですか? わたくし、弁護士の林田と申します。編集長とお話ししたいのですが、お取次ぎお願いします。……どうも、弁護士の林田です。……ええ。日野原中学の……いいえ、違います。室井悠里さんの件とは、別の要件でお電話しました。実は、そちらの。記事を載せてもらいたいのですよ。……そうです。これは、週刊文鳥さんだけに提供する、スクープ記事です。是非とも、大々的に取り上げていただきたい」


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