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囚人教室  作者: 真先
第五章 迷走
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迷走(二)

 翌日、日野原中学の校門前は騒然とした雰囲気に包まれていた。


 林田弁護士の通達により、マスコミは厳しく制限が設けられることとなった。

 生徒達に対しての接触は一切禁止。

 禁を破った報道機関には、今後一切、情報は提供しないと通達してある。

 しかし、弁護士に脅されたぐらいで大人しく引き下がるほど、マスコミはヤワではない。

 隙あらば、特ダネをものにしようと機会をうかがっていた。


 マスコミに対応するため、日野原中学の警備は一層、強化されることとなった。

 県警本部からの応援により倍の数に膨れ上がった警官隊が、校門の周囲を取り囲む。

 防弾盾を構えた警官隊が、カメラを向けるマスコミ陣の前に無言の壁となって立ちふさがった。


 にらみ合う報道陣と警官隊の間を縫って、日野原中学の生徒達が登校してゆく。

 校門をくぐる生徒達は皆、日野原中学の生徒とわからないように偽装を施していた。

 大きな帽子を目深にかぶり、または制服の上からコートをはおり――各々、工夫を凝らした装いで、生徒達は登校してきた。


 顔が知られている三年A組の生徒達は、より厳重に身を隠す必要があった。

 智也も又、制服の上からベンチコートをはおって登校して来た。

 丈の長い、フード付きのベンチコートで全身を覆いつくし、早足で校門を駆け抜けると、智也は昇降口に飛び込んだ。


「よお、委員長」


 昇降口で智也を待っていたのは、クラスメイトの富永新一であった。


「やあ、トミー。今日は随分と早いんだな?」


 部活の朝練で登校する生徒をのぞいて、学校に一番乗りで登校するのは、いつも委員長の智也である。

 昇降口でクラスメイトに出くわす事など、珍しい事であった。


一足先に登校してきた富永は、いつもの制服姿であった。

 智也のように、身を隠すようなものは一切身に着けていない。


「その恰好で来たのか、トミー? よくマスコミに見つからなかったな」

「親父に車で送ってきてもらったんだ。裏門から駐車場まで車の中だったから、マスコミには見られずに済んだよ」

「親父って、……教育委員会の?」


 富永の父親が教育委員会の職員であることは、クラスメイト全員の周知の事実であった。

 聞取り調査の翌日。

 室井悠里の負傷の直後というタイミングでの教育委員会の来訪は、この学校にとって不吉でしかなかった。


「学校に来ているのか?」

「ああ、室井の件で、校長に話があるらしい。……それで、クラスのみんなに相談したいことがあるんだ」


 ○


 富永新一の父親は、日野原市教育委員会の指導主事である。

 指導主事とは、学校の運営などを指導する職員である。

 主な業務内容は、学習内容を指導し、教員の研修、等。

 時には教員の人事権を左右することもあるため、ある意味校長などよりも権力のある役職である。


「怪我人が出たそうですな?」

「林田先生の話によると、それ程ひどい怪我ではないようです」


 恐縮した様子で校長は、室井悠里の容体を報告した。

 校長の傍らには、林田弁護士が随伴していた。


「かすり傷と打撲程度で、ただ、精神的なショックが激しいようで、学校にはしばらくは来られないそうです」

「そんなことは、聞いていません」


 ぴしゃりと遮る。


「怪我の程度は、この際どうでもよろしい。重要なのは、怪我人が出たという事実なのですよ。事の重大性を、校長は分かっておられるのですか?」

「は、はあ……」

「まあ、起きてしまったものは仕方ない。問題は今後の対応です。これ以上、報道が過熱すると、事件の再発の恐れがある。そうなる前に、何らかの手を打たなければならない。そこで、お訊ねしますが、校長。聞き取り調査の結果はどうだったのですか?」

「それなんですが……」


 気まずそうな表情で、校長は林田に目くばせした。

 自分で返事をする勇気のない校長になり替わり、林田が質問に答える。


「特に目新しい事実はありません。加納瑞樹さんの死因について、確定できるような証拠は見つかりませんでした」

「それでは、困るんですよ!」


 苛立たしげな様子で、富永は声を荒らげる。


「再調査までして何もなかったじゃ、何もなかったでは済まされませんよ。また、事実を隠ぺいしたと思われてしまう。教育委員会の方にも、問い合わせが殺到しています。このままでは、私達の責任問題に発展する」


(成程、クソ野郎か……)


 胸中密かに、富永新一の言葉を思い出す。

 結局のところ、富永が一番気にかけているのは自分の立場であった。

 そして、それを隠そうともしない――まさしく、クソ野郎である。


「重要なのは、兎にも角にも、加納大悟氏に納得していただくことです。騒動の中心にあるのは、大悟社長の用意した三億二千万円です。大悟社長を説得し、賞金を取り下げてもらう以外、この騒動は終わりません」

「それはわかっていますが、我々にどうしろと仰るのです?」

「大悟氏は、お嬢さんを失いました。こちら側も、それに匹敵する重要なものを差し出さなければならない」

「大切なもの?」

「生徒達にとって、最も大切なものは、高校進学です。特に、三年A組は推薦入学を目指しているクラスです。彼らが何よりも大切にしているのが、学校からの推薦です――そこで、三年A組の生徒全員に、推薦入学を辞退させるのです」

「そんな無茶な!」


 富永の提案に、校長は悲鳴を上げる。


「三年A組の生徒達は、受験の為に全てを捧げているのですよ。それを辞退させるなんて、死ねと言っているようなものです」

「だからこそ、取引として有効なのです」


 不気味な笑みを浮かべ、富永はうなずく。


「高校受験は、受験生にとって人生そのものと言って良い。だからこそ、一人の人間の命と釣り合うのです」

「いや、しかし……」

「よろしいではありませんか、校長。このまま騒動が続けば、推薦入試どころではなくなります。そうなる前に、自ら推薦入学を辞退することにより、取引材料として有効に活用できるのです」

「いや、しかし。それは……」

「これはあくまでも、日野原市教育委員会からの提案です」


 煮え切らない様子の校長に、富永は最後通牒を突きつける。


「我々の提案が受け入れられないのでしたら、今後、教育委員会からの支援は一切受け入れられないものとお考えください」

「……そ、そんな!」

「何かまた事件が起きた場合、対応は全て校長の責任で行っていただきます。よろしいですね?」


 責任問題を突きつけられ、いよいよ校長は追いつめられた。


「……私の一存では決めかねます。教職員と協議したうえで、あらためてご返事いたします」

「時間がありません。推薦入学の申請は、年内に行われなければいけません。それを過ぎたら、この取引は成立しない」

「とりあえず、この事は内密にしておきましょう。くれぐれも、三年A組の生徒達に知られることのないように注意して下さい」



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