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囚人教室  作者: 真先
第四章 不信
33/52

不信(十三)

 そして、聞き取り調査は終わった。


「……以上で、終わりです」

「……そうか」


 昼過ぎから始めた聞き取り調査も、今はもう五時過ぎ。

 窓の外は暗くなっていた。

 疲労困憊の二人は、ぐったりとうなだれた。


「結局のところ、あんまり、役に立ちそうな情報はありませんでしたね」

「そんなことは無いさ」


 椅子にもたれた姿勢のまま、智也は林田に話しかける。

 机の上に散らばったレポート用紙をまとめながら、林田は答える。


「情報は量だ。弁護士の仕事は、いかに多くの情報を手に入れるかによって勝敗が決まる。君たちのやっている勉強と同じさ」


 多くの大人たちがするように、林田は勉強の重要さを語り始めた。


「勉強というのはつまり、情報の蓄積だ。その情報は将来、大人になってから財産となるのさ。君達も若いうちに勉強しておかないと、大人になってから苦労するぞ」

「……それは、違うと思います」


 無意識に、智也は反論していた。

 事あるごとに勉強の重要さを得意に語る大人たちが、智也は大嫌いだった。


「勉強は要領ですよ。試験範囲に必要な部分を選び出し、集中して勉強する――その選択こそが重要なんです。何でもかんでも手当たり次第に詰め込んでいては、時間などいくらあっても足りません」

「そりゃ受験勉強ならばそうだろうさ」


 受験生らしい合理的な答えに、林田は苦笑する。


「受験勉強には明確な目標があり、答えがある。だが、人間が生きて行く上で明確な目標などありはしないし、人生に出くわす問題の大半は答えなど存在しない。そういう時は、自分なりの解答を見つけ出さなければならない――そう言えば、君の聞き取り調査は、まだだったな?」


 ふと、思い出したように言うと、

 あらためて、智也の聞き取り調査を始めた。


【出席番号1番: 相沢智也の証言】


「君は、今日の聞き取り調査についてどう思う?」

「どうって……」

「この聞き取り調査は大悟氏の提案によるものだ。大悟社長はなぜ、高額の賞金を懸けてまで我々に聞き取り調査をやらせたのだと思うね?」

「それは、……門脇さんの告発が切欠なんじゃないんですか?」


 考えながら、智也は答える。


「あの報道のせいで、加納さんがいじめを受けていたと、大悟社長は思い込んでしまったのでしょう。そして、僕達クラスや先生たちが、いじめの事実を隠蔽しようとしている――と思い込んでいる。だから、大悟社長は真相を暴こうと……」

「いいや、それは違うぞ」


 智也の意見を、林田は頭を振って否定する。


「思い出して見たまえ。門脇さんの告発が報道されたのはいつだ?」

「先週末の土曜日です」

「そうだ。そして日曜日を挟んで、釈明会見が開かれたのが昨日。週明けの月曜日だ。その記者会見の場に、大悟氏は賞金を持って乗り込んできた――おかしいとは思わないか?」

「何がです?」

「言うまでもなく、三億二千万円は大金だ。加納大悟と言えども、簡単に用意できる金額では無い。問題は、大悟氏が何時、どうやって賞金を用意したかだ。土日は銀行、閉まっているんだぞ?」

「……あ!」

「つまり、大悟氏が賞金を用意したのは、土曜日よりも前――門脇紗枝の告発報道よりも以前ということになる。おそらく、我々が加納家に謝罪に赴いた直後から、資金集めに動いていたのだろう」

「それじゃあ、この聞き取り調査の目的は、一体何だったんですか?」

「大悟社長の狙いは、騒動を引き起こす事、そのものにあるんだよ」


 唖然とした表情で訊ねる智也に、林田は答える。


「そもそも、大悟氏は賞金を支払うつもりなど、始めから無いんだ。大悟氏の真の狙いは、贈収賄疑惑から世間の目を逸らせる事にある。娘を失った父親を演じることで同情を集めると同時、検察の捜査をけん制するのが目的だったんだ。賞金はそのための小道具だよ。加納建設の広告費用と思えば、三億二千万円なんて安いものだ。そもそも、殺人事件などでは無いのだから犯人なんてものは存在しない。事件が終れば、賞金は手元に戻ってくる――だからこそ、大悟氏は私に全ての判断を任せ、賞金を預けたんだ」


 そこまで話すと、林田は大きく息をついた。

 

「わたしは学校側に雇われた身だ。学校の名誉を守るべき立場にある顧問弁護士が、この事件を殺人事件として処理するはずがない。殺人事件でなければ、犯人など見つからない――賞金は未払いとなり、自動的に三億二千万円は大悟氏の手元に戻る」

「つまり、林田さんは大悟氏に体よく利用されただけだと?」

「そういうことだな」


 答えると、林田は苦々しげな表情を浮かべた。

 加納大悟の企みに気づきながらも、従うしかない

 弁護士として、これ以上の屈辱は無い。


「利用されていたのは私だけじゃない。君たち三年A組の生徒達も、学校も、マスコミも、全てひっくるめて、加納社長に利用されていたのさ。聞き取り調査なんて、ただの茶番だ」

「……そこまで解っていながらなぜ、大悟氏の言う通りに従って聞き取り調査を行ったのですか?」

「最初に言っただろう? 情報を得るためだよ」


 そう言うと、林田弁護士はまとめたばかりのファイルを掲げて見せた。


「答えが無ければ、作るしかない――そして、その青写真はこの中にある」


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