不信(十一)
【出席番号13番: 藤村浩成の証言】
「次は、どういう生徒なのかな?」
「藤村ですか?」
林田の質問に、智也はいかにも嫌々、といった口調で答える。
「藤村浩成。元選挙管理委員会委員長――クラスの皆からは“詐欺師”のあだ名で呼ばれています」
「スゴイあだ名だな……」
「とにかく、要領のいい男ですよ。生徒会長選挙の話はしましたよね?」
「門脇さんが立候補したっていう?」
「ええ。当時、藤村は選挙管理委員会に所属していました。門脇の不信任により空席となった生徒会を運営し、再選挙にこぎつけたのはこいつの力によるものです」
「優秀なのだね」
「本当に優秀だったら、自分で生徒会長をやりますよ。僕が学級委員をやることになったのも、こいつのせいなんです。門脇の学級委員長就任を阻止するために、出席番号順に選ぶことを提案したのが藤村なんです。おかげで僕は委員長として奴隷のようのこき使われる日々を送った挙句、門脇に逆恨みされてネットでつるし上げされることになったわけです」
「……それはまた、災難だったね」
「こいつの狡猾なところは、自分では面倒なことは一切やらずに、他人に押し付けるところにあります。そのくせ、おいしいとこだけはきっちり持っていく。ちゃっかりした奴ですよ。きっと、林田さんと話が合うと思いますよ」
「どういう意味だね?」
「……よく似ていますよ。二人とも」
話しているうちに、話題の張本人、藤村浩成がやってきた。
教室の扉から顔を覗かせると同時、智也に向かって話しかける。
「委員長、青木先生が呼んでいるぞ」
「え? 何の用だって?」
「知らねぇけど、急ぎの用事らしい。すぐに職員室に来いってよ」
「わかった。……林田先生、ちょっと席を外します」
「ああ。行ってきなさい」
智也が退室するのを見届けると、藤村は急いで席に着く。
「さあ、始めましょうか! 林田先生!!」
「いや、でも相沢君が……」
「いいから、いいから。あいつは当分帰って来ませんから。今のうちに、済ませてしまいましょう!」
「何をかね?」
「聞き取り調査ですよ、勿論。あなたと私、二人が力を合わせれば、きっとこの事件を解決できると思います。」
せわしない様子の藤村を怪訝に思いつつも、林田は質問を続ける。
「では、あらためて質問します。あなたは、加納瑞樹さんの死について、何か知っていることがありますか?」
「そんな事はどうでもよいではありませんか」
「……え?」
「僕が何を知っているかなど、そんなことはどうでもいいのです。重要なのは、事実ではありません――林田先生、あなたがどう思うかです」
びしり、と、人差し指を林田の眼前に突き付ける。
「よろしいですか、先生。今回の事件を解決するうえで、もっとも理想的な結末とは何でしょうか?」
「何って……」
「あなたは当初、この事件を事故死として処理しようとした。それがもっとも後腐れ無い結末だと思ったからだ。違いますか?」
「……まあ、そうだね」
「だったら、事故でいいじゃありませんか」
朗らかな笑顔と共に、藤村は言った。
「今更、聞き取り調査などを行って、新事実などを明らかにして何になると言うのです? 自殺や、ましてや殺人などと言った結末を、一体だれが望んでいると言うのです? 加納瑞樹は事故死した。あなたがそれを望み、世間が望み、私が望んでいる。一体、何が問題ですか?」
「証拠が無い」
妙に芝居がかった口調で語る藤村に、面食らいつつも林田は即答する。
「事故だと証明する明確な証拠が無い。証拠が提示されなければ、事故として処理することはできない」
「よろしい、ではその証拠を用意しようではありませんか――この僕が!」
大仰なしぐさで胸に手をやり、藤村は宣言した。
「例えば、私が転落する瞬間を目撃したとしたらどうでしょうか?」
「何だって?」
「加納瑞樹が屋上から足を滑らせ、転落する瞬間を目撃したとしたら、それは明確な証拠となりませんか?」
「ならないね」
藤村の証言を、林田は即座に否定する
「事件発生当時、君はクラスメイト達と一緒に体育館に居たのだろう? 事故を目撃する事なんて出来るはずがない。今の君の証言は、嘘だ」
「ええ、勿論。今の証言は嘘です」
林田が指摘すると、
あっさりと、藤村は偽証を認めた。
「……発言には気をつけたまえよ、君」
捉えどころのない藤村の発言に、
苛立ちを抑えつつ、林田は警告する。
「この聞き取り調査で虚偽の証言をすれば、偽証罪に問われる恐れがある。弁護士を騙そうだなんて大それた考えは、くれぐれも慎むように」
「私の証言が嘘か真実かはこの際、問題ではありません。重要なのは林田先生、あなたが信じるか否か、という事なのです。違いますか?」
「……何を言っているんだ君は?」
「よろしいですか、先生。今回の聞き取り調査の全権を委任されている。賞金を管理しているのも、あなただ。あなたの判断で全てが決定するのです」
藤村は人差し指を突きつける。
「あなたが私の証言を認め、事故死として処理すれば、全ての問題は解決です――そして私は、一億六千万円の賞金を手にするというわけです」
「一億六千万円? 賞金は三億二千万円のはずだが?」
「残り半分は、あなたの取り分です。私の言っている意味、おわかりですか?」
意味ありげな笑みを浮かべる藤村に、
「……ああ、成程」
ようやく、藤村の言わんとするところを理解して、
林田もまた笑みを浮かべる。
「つまり君は、私を買収するつもりなのかね?」
「そういう身も蓋も無い言い方はやめて頂きたい。これはあくまでも取引です。報酬と対価、それだけです。この取引によって、大悟氏は真実を、世界は平和を、そして我々は大金を手にいれる――これ以上の解決策がありますか?」
恥ずかしげもなく、買収を持ち掛ける藤村に――本気で笑いたくなってきた。
林田は弁護士として多くの事件を手掛けて来た。
これまで買収や脅迫を受けることも、幾度となくあった。
しかし、中学生に買収を持ち掛けられたのは今回が初めてだ。
「悪くない取引だ。魅力的と言ってもいい」
「それで、お返事は?」
「……断るに決まってんだろう、馬鹿野郎!!」
笑顔のままでそう言うと、
「何やってんだ、藤村!」
扉を開け放ち、教室に相沢智也が飛び込んで来た。
「げ! 委員長! 何で?」
「そういつもいつも騙されるものか! 話は表で、全て聞かせてもらったぞ!」
「チッ! 余計な事を……あ、ちょっと、放せよ委員長!」
「弁護士を買収しようだなんて、何考えてんだお前は! さあ、とっとと出ていけ!!
「だから放せってば! そんなに引っ張ったら、……痛い痛い痛い!!
智也に引きずられつつ、
藤村は、林田に向かって叫んだ。
「いいのか、先生! 後悔するぞ!」
「お、何だ小僧? 今度は脅迫か? 弁護士相手にいい度胸だ、かかってこいや!」
「だからあんたも、挑発すんなよ!」
似た者同士だからと言って、必ずしも仲良くなれるという物ではない。
近親憎悪で反発する二人に挟まれ、智也はつくづく委員長の仕事が嫌になった。




