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囚人教室  作者: 真先
第四章 不信
29/52

不信(九)

【出席番号28番: 畑洋子の証言】


「君には、永島和八君と、森加代子さんの事を聞きたいんだ」

「カヨちゃんと、カズくんの?」


 空き教室に呼び出された畑洋子は、目を瞬かせた。


「二人とは仲が良かったそうだね?」

「はい。二人とも同じマンションに住んでいて、幼馴染でした」


 永島和八君と、森加代子。

 そして畑洋子の三人は、駅近くにあるマンションに住んでいた。

 親同士の付き合いも深く、三人は子供のころからの顔見知りの幼馴染であった。


「聞くところによると、二人は夏休み中に問題を起こして学校側から処分を受けたとか?」

「……はい」


 暗い顔で、畑はうなずく。

 この事件は当事者である二人だけでなく、日野原中学においても決して外部に漏れてはならない最大のタブーであった。

 事件の詳細を知っているのは、校長と一部の教師だけ。

 生徒では、二人の幼馴染である畑のみである。


「事件には、加納瑞樹さんも関係していると聞いている。その辺の事情を詳しく訊きたいんだよ」

「えっと……」

「学校の事を気にする必要はない。証言することによって、君が不利益を被ることはないのは、私が保証する。推薦入学の取り消しや停学処分など、学校側から処罰されるようなことがあれば、弁護士として私が責任をもって君を擁護しよう」

「でも……」

「もし君が答えてくれないのならば、私が直接、彼らの下に赴いて聞き取りを行わなければならない。そういう面倒な事を私はしたくないし、先方も弁護士に押しかけられては迷惑だろう。状況によっては、この事件が外部に漏れて大騒ぎに……」

「わかりました、話します!」


 半ば脅迫されるような形で、

 畑は事件のあらましを語りはじめた。


「……その、二人は付き合っていたんです」

「つまり、永島君と、森さんは恋人関係にあったという事かね?」

「恋人として付き合いはじめたのは三年生になってからです。カヨちゃんは国語とか日本史とかの文系が得意で、カズくんは数学とか理系が得意で、……お互いに勉強を教え合っているうちに仲良くなったんです。一緒の高校に行こうって、二人とも頑張っていました」


 一区切りして、畑は続ける。


「七夕の日は、カヨちゃんの誕生日で、お祝いに二人で東京まで遊びに出かけたんです。一日中、渋谷でデートして、夜はホテルに泊まって、その……」

「セックスした、という訳かね?」

「……はい」


 弁護士の露骨な表現に、畑は顔を赤らめる。


「翌朝、二人がホテルから出て来るところを、偶然目撃したのが加納さんだったんです。加納さんはすぐに学校に通報しました。それからあとは、……大騒ぎです。二人は御両親と一緒に学校に呼び出されて、厳重注意を受けました。その後、二人は御両親の手によって引き離されてしまいました。カヨちゃんは九州にある親戚の家に預けられて、カズくんとは連絡することも出来なくなってしまいました。カズくんはショックで引きこもって、学校にも出てこなくなってしまいました」


 そこまで話す事は余程つらかったらしく、畑は俯いた。


「……二人のやった事って、そんなに悪い事だったんでしょうか?」


 俯いたまま、林田に問いかける。


「確かに、二人はいけない事をしたのかもしれません。でも、愛する者同士、結ばれるのは自然な事なんじゃないでしょうか?」

「……確かに、性的同意年齢は十三歳からと言うことになっている。しかし法律的に権利が認められているからといって、問題がないという意味ではない」


 デリケートな問題に、林田は言葉を選びながら慎重に答える。


「大人になると言う事は、自分の行動に責任を持つと言う事だ。そして、責任とは説明をするということだ。自分の行動を説明し、周囲に理解させる。それが、社会人としての最低限の責任なんだよ。お互い愛し合っていればいい、なんて事では世間は納得しない。君たちはまだ子供なんだ。そして、責任能力の無い子供を守るのは、大人たちの責任だ」

「そうですね。多分、その通りなんだと思います」


 納得すると、畑は顔をあげ小さくうなずいた。


「学校も御両親も、みんな二人の将来のためを思って、いるんだと思います。でも、加納さんだけは違います。加納さんが学校に通報したのは、推薦入学の為です」

「推薦入学とこの事件が、どう関係するのかね?」

「二人の志望校は、教和大付属だったんですよ。推薦入学の資格枠は、各校に一人だけ。つまり、日野原中学から教和大付属を受験する生徒の中で、最優秀の成績の生徒でなければなりません。カヨちゃんとカズくんの二人は、加納さんよりも成績が優秀でした」

「つまり、二人がいる限り、加納さんは推薦入学を得ることができない、と言う事かね?」


 そう言うと、畑は忌々しそうに顔をしかめる。


「結局、加納さんは自分の事しか考えていないんです。目的のためには、周りの人間を蹴落とすことを平気でやってのける人なんです。加納さんは、自分の事しか愛せない――可哀相な人なんです」


【出席番号18番: 安達玲子の証言】


 次に呼び出されたのは、新聞部部長の安達玲子であった。

 席に着くなり彼女は、ボイス・レコーダーを取り出した。


「会話の内容を録音してよろしいでしょうか?」

「録音?」

「トラブルを回避するために、証言内容を記録しておきたいのです」


 はきはきとした口調で、安達は答える。

 弁護士の林田を前にして物怖じした様子もない。


「もし断ると言うのであれば、私は一切の証言を拒否します」

「……構いませんよ」


 少し考えてから、林田は録音を認めた。


「ただし、録音内容については守秘義務が課せられます。私の許可なく外部に公開しないと、この場で約束してください。破った場合、しかるべき法的手段に訴えます」

「承知しました。必要が無い限り、録音内容を公開しないことをここに約束します」


 うなずくと、安達はボイス・レコーダーのスイッチを入れた。

 口を近づけ、囁く。


「……空き教室に於いて、林田弁護士との会話。立会人は相沢智也委員長」


 さらに日時と時間を記録すると、安達はボイス・レコーダーをテーブルの上に置いた。

 準備が整った所で、聞き取り調査を始める。


「それでは、お訊ねします。加納瑞樹さんに関することで、何か知っていることはありますか?」

「お答えできません」

「……なんで?」


 肩透かしをくらい、林田弁護士は目を丸くする。


「私は新聞部の部長です。取材によって知りえた情報には守秘義務が課せられます。ジャーナリストとしての立場上、生徒の個人情報を本人の許可なく公開するわけにはいきません」

「……成程」


 毅然とした態度で答えるその姿は、まさしくジャーナリストそのものであった。

 ジャーナリスト気取りの女子中学生というのはある意味、本物のジャーナリストを相手にするよりも厄介であった。

 学校新聞が相手では、買収も脅迫も通じない。

 融通の利かない新聞部部長をどうしたものかと、考えあぐねていると。

安達は一枚のレポート用紙を差し出した。


「証言はできませんが、資料を提出することはできます」

「資料?」

「新聞部は加納瑞樹さんに生前、学校新聞に載せる記事を依頼したんです。内容は、卒業をひかえた今の心境と、後輩たちにおくるメッセージです」


 安達からレポート用紙を受け取ると、林田は目を通した。


『高校受験において、必要なものは“学力”と“経済力”の二つです。

 学力が無ければ、進学校に行けない。

 お金が無ければ、私立には通えない。


 このように、受験生にとって進学先の選択肢は限られているのです。

 では“学力”と“経済力”のない受験生はどうすればいいか?

 それは“努力”で補うしかありません。


 学習塾に通い、足りない学力を上げる。

 部活動に専念し、体育推薦で進学する。

 先生たちのご機嫌取りをして、推薦をもらう。


 様々な努力を駆使することが、必要とされるのです。

 しかし、努力にも限界はあります。

 努力などでは決してたどり着けない領域――それが名門、教和大付属です。


 特別進学クラスである三年A組において、トップの成績を保有する私は、推薦に必要とされる学力を十分に満たしていました。

 そして、私立高校に通えるだけの経済力を持っていました。

 だからこそ、私は教和大付属に進学することが出来たのです。

 学生に最高の環境を提供するこの学校に私が入学できたのは、まさしく運命だったと言わざるを得ません。


 多くの受験生が誤解していることは、私たち受験生が高校を選ぶのではなく、高校が受験生を選ぶのだという事です。

 私たちの進路は、運命によってあらかじめ決まっているものなのです。

 運命に抗う事なんて誰にもできない、私はただ、運命に選ばれただけなのです』


 文面に一通り目を通し、林田は顔を上げた。


「……なんだね、これは?」


 率直な感想を述べる林田に向かって、

 淡々とした口調で安達は語り始める。


「彼女は他の生徒達に先んじて、教和大付属に推薦入学が決定していました。その立場から、他の生徒や後輩たちに参考になるような話を。受験に対する心構えだとか、苦労話だとか、受験生たちの励みになるような話を期待していたのに、こんな記事を書いてよこすなんて……」

「まあ、運命だとか言って努力全否定だからね。これを読んで受験勉強、頑張ろうって気にはなれないだろうね」

「結局、この記事はお蔵入りになりました。ジャーナリストの立場上『報道しない権利』を行使するのは苦渋の決断でしたが、こんなふざけた記事を学校新聞に載せるわけにはいきませんから――こんな思い上がった考えの人間が、自殺なんてするはずないですよ」


 ジャーナリストとして終始、客観的な視点に立って発言を繰り返していた安達であったが、

 最後の一言だけは、彼女の偽らざる本音だったに違いない。


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