不信(八)
【出席番号16番: 松田州一の証言】
次に呼び出されたのは、反体制の旗手、松田州一である。
反骨精神旺盛な彼は、聞き取り調査を行う上で最も手ごわい相手であった。
「で、俺に何を聞きたいんだ?」
のっけから彼は、反抗的な態度であった。
腕を組み、足を組み、全てを拒絶するかのような姿勢で弁護士に対峙した。
「君には、体育祭の時の話を聞きたいんだ」
彼の態度にも意に介さず、林田は質問を始めた。
「君は体育祭実行委員だったそうだね」
「ああ」
「競技内容を巡って加納さんとトラブルがあったそうだね?」
「だから、何だよ?」
松田は目を細めると、林田弁護士を睨み付けた。
「俺を疑っているってわけか? 俺が加納を殺したって、そう言いたいのか?」
「そんな事は言っていない」
挑戦的な涼しい顔で受け流す。
百戦錬磨の弁護士から見れば、中学生に凄まれたところで、痛くも痒くも無い。
「私はただ、事情を聞きたいだけだ。疑われたくないのであれば、自分の言葉で、きちんと説明しなさい」
「……わかりました」
何事においても反抗的な態度の松田ではあったが、まったくのわからず屋という訳では無い。
筋の通った話には、素直に従う生徒である。
居住まいを正すと、松田はあらためて弁護士の質問に答えた。
「トラブルって言うのは、組体操の演目についてです」
「組体操?」
「ええ。組体操は日野中体育祭の目玉で、PTA以外にも外部から大勢の客が集まる人気種目なんです。その一方で、毎年のように怪我人を出す危険な種目でもあるんです」
「……ああ、成程」
組体操の事故については、教育現場においてもしばしば問題視されている。
林田弁護士事務所でも、生徒にけがを負わせ保護者から訴えられた学校から依頼を受けたことが何度かある。
「組体操の演目を決めているのは体育教師の前田先生です。見学に来るPTAや市の偉いさん達の期待に応える為に、前田先生は毎年、難易度の高い演目を提案するんです。で、今年になって提案された演目が『42人三段円塔』っていうやつなんです」
「それはどういったものなんだね?」
「人間円塔の大型版ですよ。土台になる一段目が24人、その上に二段目の12人が乗っかって、さらにその上の三段目に6人、と、合計42人のそれぞれが輪になって円塔が完成すると――まあ、ばかげた演目ですよ」
そこまで話すと、松田はおおきくため息をついた。
「通常の三段円筒の四倍の人数ですから、難易度も四倍。危険度も四倍になる。そもそも人数が多すぎて、塔の形にすらならない。横から見ると潰れたドーナッツみたいな形なんです――で、その形っていうのが、現在建設中の県営スタジアムにそっくりなんですよ」
「……ほう?」
「それで前田先生がこの演目を提案したのは、加納建設へのご機嫌取りじゃないかって生徒の間で噂になったんですよ。ゴマすりの為に、生徒を使うなんておかしいじゃないですか? 第一、危険すぎる。体育祭実行委員として、俺は前田先生に演目を中止するよう抗議しました」
「それで、どうなったんだい?」
「抗議は却下されました。学校側は『42人三段円塔』を体育祭で強行しました。当然のことだけど、うまく行くはずがない。おまけに、前田先生の指導方法にも問題がありました。気合だの根性だの、精神論ばかり口にして技術的な指導は一切しない。勿論、安全対策なんて一切していませんでした。そして体育祭の本番になって、事故が起きたんです。三段目を担当した生徒――菊池健太が転落、重傷を負いました。菊池は陸上部部長で、二百メートル走の県大会記録を持っている優秀な選手でしたが、怪我のせいで選手生命は絶たれてしまいました。県内の陸上強豪校に推薦入学が決まっていましたが、それも取り消しになってしまったんです。大人たちのくだらない見栄で、菊池は人生を台無しにされたんです」
体育祭実行委員として、事故を未然に防ぐことが出来なかったのが悔しかったのだろう、
松田は唇をきつく噛みしめた。
「体育祭が終った後、学校側は事件の隠蔽に取り掛かりました。建設中のスタジアムを模した組体操で、転落事故が起きたなんて縁起が悪いにもほどがあるじゃないですか。県営スタジアムは、日野原市の経済を支える大事業です。ただですら収賄疑惑で騒がれているのに、これ以上の面倒は起こしたくない大人たちは、揃って口をつぐんだんです。生徒達には、いつものように、内申書をちらつかせて口止めしました。こうして、事件は闇に葬られたんです」
いつものように皮肉な表情を浮かべ、松田は吐き捨てる。
「誤解しないでほしいんですけど、俺は別に加納家の人間に個人的な恨みはありません。俺が気に食わないのは、加納建設の顔色を窺って何もしない周りの大人たちです。体育祭で起きた事故は、そういった無責任な大人たちが引き起こした人災なんです」
「それで、怪我をした菊池君は、どうしているのかね?」
「病院は退院しましたが、まだ学校に出て来れる状態ではないので自宅療養中です。……ちょっと待ってください。もしかして、菊池を疑っているんですか?」
「言っただろう? 疑惑が払しょくされない限り、クラス全員が容疑者だ」
冷徹に、林田は言った。
「間接的にとは言え、加納家によって人生を台無しにされたんだ。加納瑞樹にも少なからず恨みがあるはずだ。おまけに事件当時、アリバイが無い。疑うには十分だ」
【出席番号4番: 菊池健太の証言】
『……よお、何だよ委員長』
「やあ、菊池。久しぶり。元気してた?」
『……自宅療養中の俺に向かって、それを聞くか?』
「はは、そういやそうだったな」
『まあ、経過は良好だよ。順調にいけば、三学期からは学校に行けるようになるかもしれない――そっちはなんか、大変そうだな?』
「ああ、もう大騒ぎだよ。それで、お前に電話したっていう訳さ――電話、代わるから……」
「……初めまして菊池君。弁護士の林田です」
『ああ、どうも初めまして、菊池です』
「突然のお電話申し訳ない。実は、加納瑞樹さんの転落死した件についてお訊ねしたいことがあるんです」
『知ってますよ。クラス全員に聞き取り調査をしているとか。で、俺にも何か聞きたいことがあるんですか?』
「加納瑞樹さんが転落死したその日、あなたは何処にいましたか?」
『……え、何? これって、アリバイを聞かれているの?』
「まあ、そういう事です」
『つまり、俺が疑われているの? 俺が加納を殺したって、そう思っているの?』
「あくまでも、形式的な質問ですのでお気になさらないように。もう一度質問します。事件が起きた日、午後六時から七時の間、あなたは何処にいましたか?」
『家で寝てたに決まってんでしょう! 怪我人なんだから!!』
「……だよね」
『俺の怪我を知ってて、言ってるの? 両脚複雑骨折だよ? 杖が無ければ、まともに歩くこともできないんだよ? それなのに、どうやって学校まで行って、加納を突き落とす事ができるんだよ!?』
「……だよね」
『用件はそれだけ? ならもう、切りますよ。自宅療養って言っても、色々やることがあるんですよ。怪我のせいで推薦入学取り消されて、大変なんだから。まったく、落ち着いて受験勉強もできやしない。』
「うん、忙しい所悪かったね。……あ、菊池君。最後に一つだけ」
『なんだよ、弁護士さん』
「お大事に」
『うっせー! バーカ!!』
罵声と共に通話は切れた。
林田からスマートフォンを受け取りつつ、智也は呟く。
「……シロですね」
「……次行ってみよう」




