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囚人教室  作者: 真先
第四章 不信
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不信(七)

【出席番号34番: 和久井唯の証言】


 和久井唯は日野原市の東側にある田園地帯、俗に“駅向こう”と呼ばれる地域の住人である。

 加納家の近所に住む彼女は、瑞樹といわば幼馴染の関係であった。


「幼馴染、と言っても、それ程仲が良かったわけじゃありませんよ」


 しかし、本人は友人扱いされていることを迷惑がっているらしく、加納瑞樹との関係をあっさりと否定した。


「なんて言っても加納家のお嬢様ですからね。家柄が違いすぎて、ほとんど接点なんてありませんでした。小学六年の時、同じクラスだったってだけで、あまり関わりはありませんでした」

「小学校時代の加納さんは、どんな娘だったのかな?」

「まあ、はっきり言って嫌な子でしたよ。わがままで、見栄っ張り。自分の思い通りにならないとすぐ怒る。嫉妬深くて、人が持っている物は何でも欲しがる。あの子が教和大付属を目指していたのも、嫉妬からでした。小学六年の時、同じクラスですっごく頭のいい子がいて、その子が教和大付属の中等部を受験したんです。それで、瑞樹も張り合って受験したんです。それで、その子は合格したんだけど、瑞樹は不合格。元々の頭が悪い上に、勉強してなかったんだから当然ですけどね」


 小学校時代の思い出を懐かしそうに語ると、小さく笑った。


「昔っからそうだったんですよ。わがままを言っては、周りに迷惑ばかりかけていましいた。教育や環境のせいじゃないですよ。御両親は躾に関してはとっても厳しくしていましたから。特にお父さんは厳しかったです」

「お父さんって、加納大悟社長のことかね?」

「ええ。特にお金のことは厳しくて、お小遣いとかなかったそうです。必要に応じて、お母さんが必要な分だけ手渡ししていたそうです。そんなだから、お父さんとは仲が悪くてしょっちゅうケンカしていました。そのたびに瑞樹は家出を繰り返していたんです」

「家出?」

「ええ。まあ、家出って言ってもプチ家出って奴で、二、三日程してすぐに帰ってくるんですけどね。瑞樹が家出する度に、お母さんは方々を探し回っていたようです。うちにも『瑞樹がお邪魔していませんか』って、よく電話がかかってきましたよ」


 ると、和久井はしみじみとつぶやいた。


「やっぱり、教育や環境では本来の性格は治らないんでしょうね――ホント、死んだ後までみんなに迷惑かけるんだから」


【出席番号2番: 稲田義男の証言】


 稲田義男は、両手いっぱいに抱えたファイルを机の上に置いた。


「……これは、何かね?」

「僕の作成した受験対策用ファイルです。武蔵野模試の過去十年分の記録を元に、あらゆる方面から分析し、作成しました!」


 山と積まれたファイルの前で、稲田は得意げに微笑んだ。


 筆まめな彼は、クラスでは書記を務めている。

 勤勉で、努力家の彼だったが――その方向性が明後日を向いていた。


「受験とは即ち、統計学です。高校受験の目安として用いられる偏差値は、統計学によって導き出されるのです。統計学を無視しては、受験戦争を勝ち残ることはできません!」

「つまり、セイバーメトリクスかね?」

「そう! さすが弁護士ですね。よくご存じだ。私は統計学を駆使して、加納瑞樹の成績を分析してみたのです。加納は一学期までは、クラスの中でも最低の成績でした。それが二学期に入った途端、急激に成績を上げ、ついには教和大付属に推薦入学するまでに至った――その理由を、私は統計学によって解き明かしたのです!」


 鼻息荒く、稲田は説明を始める。


「推薦入学の選考は、武蔵野模試の結果が基準となります。教和大付属の場合、三年生の四月から十二月。その内の上位成績二回分の平均値が60以上であれば、推薦を得ることができるのです。これをご覧ください」


そう言うと、稲田はファイルの山から二枚の紙片を取り出した。

 

「武蔵野模試では、成績上位者の成績は公開されることになっています。これは、その成績結果をプリントアウトしたものです。九月と十月、この二回の非常に優秀な成績を出しているのです」

「本当だね」


 二枚の成績表を見比べ、林田はうなずいた。


「この急激な上昇は何を意味するのか、私は多角的に分析しました。そして、ようやく気が付いたのです。彼女が試験を受けた試験会場を見てください」


 言われて、林田は成績表に記載されていた試験会場を読み上げる。


「関東農業大学、とあるが……」

「そうです。関東農業大学のキャンパスは、日野原市から電車とバスを乗り継いで、二時間以上かかる場所にあるんです。わざわざそんな遠くまで出かけて試験を受けることに何か深い意味があるのではないかと、私は考えました――次に、この資料を見てください」


 そう言うと、稲田は新たな資料を提示した。

 

「これは、受験生の平均点を試験会場ごとに仕分けした物です。これによると、この関東農業大学の試験会場で受験した生徒の成績は、県平均の約五パーセント上回っているという結果が出たのです!!」

「つまり何かね? 加納瑞樹さんが成績を上げたのは、試験会場が影響しているというのかね?」

「そうです! おそらく彼女もまた、セイバーメトリクスによる分析を行っていたのでしょう。最も成績の高い試験会場を割り出し、そこで受験することによって加納瑞樹は成績を上げたのです!」

「……いや、関係ないんじゃないのかな?」


 胸を反らして、力説する稲田に、

 冷めた口調で林田が答える。


「試験会場が変わっても、受ける試験は同じなんだろう? だったら、成績に違いが出るはずがないじゃないか。それに、五パーセントなんて、ほとんど誤差じゃないか」

「そんなことはありません! 数字は決して裏切らない!」


 しかし、稲田は自分の分析結果に絶対の自信を抱いていた。


「実際、彼女の成績は上がっているのですから疑いの余地はありません! 成績上昇が地理的要因に無いとしたら、他にどんな理由があるというのですか?」

「勉強したんじゃないのか?」


 至極真っ当な意見を言う林田。


「成績を上げる確実な方法は、勉強する事だよ。君も統計学なんてものに頼っていないで、真面目に勉強したらどうかね?」

「何を馬鹿げた事を……」


 正論を言う林田を、一笑する。


「真面目に勉強したくないから、統計学なんてものに頼っているんじゃないですか!!」

「……もう、ダメだろう。君」


【出席番号28番: 服部真美の証言】


 服部真美は三年A組の中で最も学業成績が優秀な生徒である。

 毎月行われている武蔵野模試でも、常に高得点をたたき出していた。

 それはつまり、日野原中学で最も優秀な生徒であることを意味していた。


「君は一学期まで学年トップ成績だったそうだね」

「はい」


 素直にうなずく女子中学生を、林田は見返した。

 セルフレームの眼鏡に、お下げ髪。

 見るからに頭のよさそうな、そして野暮ったい女子中学生だった。


「それが、二学期に入って加納さんにトップの座を譲り渡してしまったそうだね?」

「ええ、そうです」

「悔しいとは、思わなかったかね?」

「……もしかして、トップをとられた腹いせに、私が加納さんを殺したとでも思っているんですか?」

「可能性としてあり得ると思うが」


 つつみ隠さず、林田は率直に疑念を口にした。


「君たち受験生にとって、成績は命だ。動機としては、十分だと思うが?」

「誤解です。そもそも、彼女に勉強を教えたのは私なんですから」

「何だって?」

「夏休みが明けてすぐに、家庭教師を依頼されたんです。『どうしても教和大付属に入学したい。推薦入学を得られるように協力してくれ』って」

「しかし、そんな簡単に成績を上げることなどできないだろう? 彼女は一学期まで、成績は最低だったそうじゃないか。いきなり勉強を始めても、間に合わないだろう」

「できますよ。受験勉強に必要なのは要領ですから。過去問題を分析すれば、出題される問題は推測できます。必要な点数をとれるだけの問題に的を絞って、集中的に勉強すれば成績上昇なんて簡単です」


 事も無げな口調で服部は答える。

 実際、口で言うほど簡単ではないはずだ。

 簡単な作業を、簡単にできないからこそ、みんな苦労しているのだ。


「しかし、よく家庭教師なんて引き受けたね。君だって、受験勉強もしなければならないだろうに」

「私は受験勉強なんて必要ありませんから。私の志望校は市内にある公立高校、日野原高校です。名前さえ書ければ入学できるような底辺校ですから、受験勉強なんてする必要ないんです」

「何故、そんな高校を選んだのかね? 君の成績ならば、もっと良い高校に行けるはずだろうに」

「家が貧乏だからです」


 即答すると、服部は自嘲するような笑みを浮かべる。


「母子家庭で、下には幼い弟と妹が二人。経済的に余裕がないので、私立には通えない。弟妹の面倒も見なければならないから、遠くの高校に行くわけにも行かない。結果として、地元の公立高校、日野原高校しか選択肢がないんですよ」

「成程。いや、失礼なことを聞いてしまって、申し訳ない」

「いいんですよ、別に。気にしていませんから」


 頭を下げる林田に、服部真美は笑いながら手を振った。


「受験は学力だけではどうにもならないんです。私は進路を選ぶことはできません。でも彼女は違う。努力すれば、報われる環境に居るんです。だから、応援してあげた、それだけです」


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