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囚人教室  作者: 真先
第四章 不信
26/52

不信(六)

【出席番号20番: 岡田紀美子の証言】


 次に呼び出されたのは、岡田紀美子であった。

 家庭的で奥ゆかしい性格の彼女は、手芸部部長を務めていた。

 得意の針仕事を活かして、彼女はよさこい踊りで衣装を担当していた。


「クラス全員分の衣装を一人で作ったんだってね? 大変だったんじゃないか?」

「そんな事はありません」


 褒められたのが嬉しかったらしく、はにかみながら岡田は答えた。


「好きでやっている事ですし、私には他にとりえがありませんから。こんなことぐらいでしか、クラスのみんなの役に立つことが出来ないんです」


 あたりさわりのない会話で緊張をときほぐしてから、林田は本題に入った。


「その衣装制作を巡って、加納さんとトラブルがあったそうだね」

「……ええ」


 一転、暗い表情で岡田はうなずく。


「衣装制作に取り掛かったのは六月初めの頃、それから一月かけてクラス全員分の衣装を作り上げました。時間が余ったので何か特別な事をしようと思って、センターを踊る湯川さんのために専用の衣装を用意したんです。当時、センターを踊るのは湯川さんで決まっていたんです。細かい刺繍を入れた私の自信作で、湯川さんもとても喜んでくれました。ところが、よさこい祭り直前の七月になって、ポジションの変更があったんです。湯川さんに代わって、加納さんがセンターを踊ることになったんです」


 突然のポジション変更についての経緯は、桑原七海から聞いていた。

 林田は黙って、岡田は説明を聞いた


「センター用の衣装は湯川さんのサイズに合わせて作っていたんで、変更が出来ません。私は加納さんに一般用の衣装で出てくれって言いました。そしたら、彼女は怒って湯川さんの衣装を破り捨ててしまったんです」

「それで、どうなったのかね?」

「結局、わたしが湯川さんの衣装を作りなおしました。慌てて作ったんで、出来が悪かったんですけど、湯川さんは『気にしないで』って言ってくれました。せっかくの晴れ舞台で、ポジションを奪われて、衣装まで破られて――湯川さん、悔しかったと思います」


【出席番号26番: 湯川望の証言】


「それで、私が怒って、瑞樹を殺したって言うんですか?」


不躾な林田の質問を、湯川望は一笑した。

ダンス部員として注目を集める彼女は、常日頃から人の視線を意識した仕草が身についている。

 ノーブルな顔立ちに浮かぶ、皮肉な笑みすら魅力的だ。


「そんなことぐらいで、人を殺したりはしませんよ。私はダンス部の部長です。ダンスに於いて重要なのは、チームワークです。ポジションそのものにこだわりはありません」


ただ容姿が整っていると言うだけでなく、彼女は部長としての強い責任感の持ち主であった。

チーム内の和を重視し、クラスのみんなにも常に公明正大な態度で接していた。

 殺人の疑いをかけられているにもかかわらず、彼女はあくまでも冷静に質問に受け答えをしていた。


「それに私は、彼女がセンターを踊ることになって、結果的に良かったと思っています」

「どういう意味かね?」

「よさこい踊りは団体演舞です。観客は個人の踊りに注目などしていません。全体の演舞、そのものを見ているんです。彼女の下手くそな踊りで、演舞を台無しにされるくらいならば、センターのポジションを与えておいて一人で踊らせておいた方がいいですから――どうせ、彼女の演舞なんて誰も見ていませんから」


 最後に付け加えられた辛辣な一言は、加納瑞樹の事を快く思っていない証であった。


【出席番号31番: 皆川冴子の証言】


「瑞樹は白井君の事が好きだったんですよぉ!」


 そう証言したのは、皆川冴子であった。

 広報担当の彼女は、クラス一の噂好きであった。

 特に男女間の恋愛には目が無く、キューピッド気取りで噂を振りまいては、トラブルをまき散らしていた。


「瑞樹と白井君は付き合っていたんです。間違いないですよ。この間も図書室で楽しそうに話している所を見たんだから」

「それは、本人が否定していただろう?」


 すかさず、智也が指摘する。


「この間も言っていたじゃないか。あれはただ、英語でわからないことがあるから聞いていただけだって。」

「そりゃあ、否定するに決まってんじゃん。白井君は、望美の事が好きだったんだから」

「望美と言うのは、ダンス部部長の湯川望美さんの事かね?」


 林田が訊ねると、皆川は面白そうに答える。


「そうそう! 美男美女の、お似合いのカップルでしょう?」

「また、根も葉もない噂を……」


 わざとらしくため息をついて、智也は警告する。


「林田先生、信じちゃだめですよ。こいつの恋バナは、信用できないってクラスでも評判なんですから」

「噂なんかじゃないよぉ。ちゃんと証拠だってあるんだから」

「証拠ってなんだよ?」

「よさこい祭りの衣装合わせの時にね、白井君が望美に写真を撮らせてくれって頼んでいたのよ。それを、望美は二つ返事でOKしたの!」

「あの白井が? 女子の写真を?」

「そうよ。好きでもない女子の写真を欲しがるはずがないじゃない? 望美だって、好きでもない男子に、写真を撮らせるわけがないでしょう? これこそ、まさしく二人が愛し合っていたという証拠よ!」

「……つまり、こういう事かね?」


 複雑な人間関係を、林田がなんとか整理する。


「白井君と湯川さんの二人は愛し合っていた。そこへ、横恋慕した加納さんが割り込んできた――と、そういう訳かね?」

「そうそう、いわゆる略奪愛って奴ですよ。瑞樹が望美からセンターのポジションを奪ったのも、白井君の気を引くためだったんです」

「つまり、湯川さんは、加納さんにセンターのポジションを取られ、衣装を破られた上に、恋人まで奪われたという事かね?」

「そういう事になりますね」

「……殺人の動機には十分だな」

「ちょ、ちょっと、林田さん!」


 完全に皆川の噂話を信じ始めた林田を、

 慌てて智也が止めに入る。


「こんな奴の噂話を真に受けないでくださいよ!」

「あるいは、元カノである望美とヨリを戻すために、今カノの瑞樹を白井君が殺したという線も……」

「だから、これ以上話をややこしくするな! 皆川!!」


【出席番号7番: 白井僚の証言】


 アメリカで生活していた白井僚が日野原中学に転校して来たのは、二年生の時であった。

 帰国子女というエキゾチックな雰囲気と甘いマスクで、白井は瞬く間に女子達の人気者になった。

 女子とのうわさが絶えない白井だったが、本人は至って硬派なタイプであった。

 浮ついたイメージを嫌っているらしく、女子とのうわさが持ち上がるたびに否定するのが常であった。


「だから、僕は加納さんと付き合ってなんかいませんって!」


 今回も又、加納瑞樹との関係を訊ねられた白井は、即座に否定した。


「図書室で勉強している所に、彼女が英語の質問をしに来たから、教えてあげた。ただそれだけなんです。他に深い意味はありません」

「君にその気は無くても、向こうにはあったのではないかね?」


 関係を否定する白井に、それでも林田は疑いの目を向ける。


「彼女は既に推薦入学が決定しているんだ。今更、慌てて試験勉強などする必要などない。英語の勉強というのは、君と話をするための口実では無かったのかね?」

「違います。そもそも、彼女が聞きに来たのは、英語の勉強なんかじゃありません」

「と、言うと?」

「彼女が知りたかったのは、海外通販のやり方です。何でも、海外から取り寄せたい品物があるんだけれども、わからない単語が多いから教えてくれって。大した手間では無いから教えてあげたら、彼女は礼も言わずに立ち去ってしまいました――だから、特に深い意味は無いんですよ、本当に」


 そう言うと、白井は深いため息をついた。


「まったく、変な噂を広められて、僕は迷惑しているんです。死んだ人の悪口は言いたくありませんが、僕は加納さんの事はあまり好きではありませんでした。ああいう派手な女の子は僕の好みじゃないんです。ぼくはもっと、こう、控えめで貞淑な、ヤマトナデシコみたいなタイプが好きなんです」

「いや、別に君の女性の好みなんてどうでもいいんだが」

「あなたが言わせたんでしょうが! ……とにかく、僕を疑うのはやめてください。要件はそれだけですか?」

「ああ、ありがとう。時間を取らせて済まなかったね」


 林田が言うと、

 無言で席から立ち上がり、白井はそのまま教室を出て行った。


「……やっぱり、ただの噂話だったようですね」


 退出するのを見計らって、智也はつぶやいた。

 あの様子から見て、白井は本気で怒っているようだ。

 嘘をついているようには見えない。


「だから言ったじゃないですか。皆川の恋バナなんて信用できないんですよ」

「若いなぁ、君は」


 深いため息を吐くと、林田はやれやれと首を振った。


「……? なんですか、それ」

「女心というものを解っていない、と言っているんだよ。皆川さんはね、白井君の事を好きなんだよ」

「え?」

「湯川さんの写真を撮っていたとか、加納さんと図書室に居たとか、何故そんな事を知っていたのか――つまり、皆川さんも又、白井君の事を好きだったんだよ。好きだったからこそ、白井君の事を観察していた。」

「……あの、皆川が、白井の事を?」

「いわゆる三角関係というやつだ。愛情とすれ違いを重ねる白井君と湯川さん。そして、二人の恋模様を複雑な思いを抱えながらも黙って見守る皆川さん――いやはや、青春だねぇ」

「……はあ」


 うんうんと、しきりにうなずく林田を、智也は生暖かい目で見つめた。

 女子中学生の乙女心を訳知り顔で語る中年弁護士というものは――正直言って、かなり気持ち悪い。


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