不信(五)
【出席番号27番: 竹内遙の証言】
竹内遙は、典型的な今時の女子中学生である。
明るめのリップや、100円ショップで買ったような安物のアクセサリーを身に着け、校則違反ギリギリの範囲で、メイクやおしゃれを楽しむ――どこにでもいるような女子中学生だ。
受験を控えた今でこそおとなしくしているが、一学期までは派手な身なりをして、駅前の盛り場で遊び歩いていた。
同じく、派手好きで遊び好きの加納瑞樹とはウマが合うらしい。
休日には二人でわざわざ東京まで出かけることもあったらしく、駅前で一緒にいる所を度々、目撃されている。
「あたしが? 瑞樹の友達? 冗談でしょう?」
しかし、本人は心外だったらしく、
加納瑞樹の友人扱いされた途端、竹内は憤慨した。
「……っていうか、あいつに友達なんかいるわけ? 性格最悪じゃない、あの女」
「しかし、クラスの中で君は加納さんと特に仲が良かったと聞いているぞ。駅前で一緒に遊んでいる所を、何度も目撃されているそうじゃないか」
「一緒にいるからといって、仲がいいとは限らないでしょ。まあ、気前だけは良かったからね。何たって加納建設の社長令嬢だもの。おだてて持ち上げてやると、いろいろ奢ってもらえたから」
そう言うと、竹内は再び笑った。
仮にも同じクラスの仲間であったにもかかわらず、加納瑞樹の死をまるで悲しんでいないように見えた。
「では、質問を変えよう。彼女に敵はいたかね?」
「敵? 敵ってどういうのを言うの?」
「彼女の事を殺したいほどに憎んでいたとか、恨んでいたとか」
「そりゃ、クラスのほとんど全員でしょ。何しろ父親の権力をかさに、やりたい放題だったからね。まあ、一番の被害者は委員長だったけど。ねぇ?」
「……まあね」
竹内が話を振ると、智也は小さく肩をすくめた。
「でも、正面切ってケンカを売るような真似は誰もしなかったわよ。みんな、なるべく関わり合いにならないように瑞樹の事を避けていたから」
「そんなに嫌われていたのかね、加納さんは?」
「それはもう。あいつとの思い出にはロクなのが無いわよ――そう言えば、この空き教室でも、嫌な思い出があったっけ」
教室を見回して、生前のエピソードを語り始めた。
「あたしら女子は、いつもこの空き教室で着替えをしているのよ。体育の授業で着替えをしていた時、瑞樹が突然、スマホが無いって大騒ぎし始めたの。それから盗まれたって言って、あたしらのカバン、片っ端からひっくり返して探しはじめたの」
「それで、どうしたのかね?」
「その場ではみつからなかったんだけど、その後、教室に戻ったらあっさり見つかったわ。机の中に置き忘れていただけだったんだって。瑞樹の奴、他人を泥棒呼ばわりした挙句、謝りもしないの。サイテー」
余程嫌な思い出だったのだろう。
語りながら、竹内は不快に顔をしかめた。
「そういう女なのよ、瑞樹って。正直、死んでくれてホッとしたわ」
【出席番号23番: 桑原七海の証言】
「わたしは瑞樹の事をそれ程、嫌ってはいませんでした。だからと言って、好きでもありませんでしたけど」
そう答えたのは桑原七海だ。
放送部部長の彼女は、その仕事の性質上、人と接する機会が多い。
そんな彼女でも、加納瑞樹だけは距離を置いていた。
「正直言うと、彼女の事は良く知らないんですよ。なるべく関わり合いにならないようにしていましたから」
「彼女と何かあったのかね?」
「まあ、ちょっとありましてね」
苦笑すると、桑原は話を始めた。
「放送部の備品に、大型のラジカセがあったんですよ。私達、三年A組は、そのラジカセをよさこい祭りの練習に使っていたんです。練習は屋外でやるので、持ち運びに便利なラジカセはすごく便利だったんです。それがある日、壊れてしまったんです。古いラジカセだったんでしょうがないんですけど、問題は代わりになる物がないってことなんです。MP3プレイヤーや、スマホとかにスピーカーをつけて代用することもできますけど、屋外じゃあ今一、音量が足りない。新しいのを買おうにも今時、ラジカセなんて使わないじゃないですか。放送部としては、予算を出すことができない。どうしようかと困っていたら、瑞樹があたらしいラジカセを調達してきてくれたんですよ。こんなおっきなラジカセを買ってきて、放送部に気前よく寄付してくれたんです」
こんなおっきな、と
両手を広げて桑原は説明する。
「クラスの皆は大喜びしました。これで練習がはかどるって。あたしも、放送部の備品を新しくできて大助かりでした」
「いい話じゃないか」
「そりゃあ、裏が無ければいい話なんでしょうけど」
「裏?」
「それからすぐ後に、よさこい踊りのポジション選びがあったんです。旗振りとか、太鼓とか、ポジションはクラスの皆の相談で決まるんです。そこで、瑞樹は前列真ん中――つまり、センターに立候補したんです」
呆れたように、桑原は深々と嘆息した。
「下手くそな上、練習もサボってばかりなのに、一番目立つセンターに立候補するなんて図々しいにも程がありますよ。それに、センターは湯川望美で事前に内定していたんです。なんてったって、ダンス部の部長ですから。踊りも一番うまいし、美人だし、周囲の気遣いもばっちりだし。誰が見ても望美が適任でした。でも、ラジカセ貰っちゃった以上、断る事なんてできないじゃないですか」
「つまり、ラジカセを寄付したのは、センターのポジションを得るための買収工作だったというのかね?」
「そういう事です」
林田が言うと、桑原はうなずいた。
「さすがは加納大悟の娘だって、みんな呆れていましたよ。スタジアム建設で、賄賂を贈ったって話は知っているでしょう? ただの噂なんでしょうけど、彼女の手際を見ていると本当なんじゃないかって信じたくなりますよ」
【出席番号29番: 福島麗の証言】
次に呼び出されたのは福島麗である。
経理担当の彼女は、とにかく、がめつい性格の女だった。
「話してもいいけど、いくらくれる?」
予想通り、いきなり金を要求して来た。
「いくら、とはどういう意味かね?」
「だって、こっちは個人情報を提供するんですよ? 情報提供料を払ってもらわないと、ねえ?」
「犯人逮捕につながる有益な情報であれば、賞金として三億二千万円を支払われる。それではだめなのかね?」
「それとこれとは別ですよ。そりゃあ生涯年収は魅力的だけど……」
「……ちょっと待ちたまえ」
福島のその言葉に、引っかかるものを感じた林田が問いかける。
「どういう意味かね? その、“生涯年収”っていうのは?」
「だから、三億二千万円ですよ。大卒の生涯年収に、退職金を加えた金額が三億二千万円、でしょう?」
当然のように答える福島に、林田は目を白黒させる。
「何で君は、そんな事を知っているのかね?」
「授業で教わったからですよ。青木先生から」
やはり当然のように答えると、福島は説明を始める。
「今年の春、初めての進路指導の授業で担任の青木先生は、これから私たちが一生かけて稼ぐお金の金額を発表したんです。中卒、高卒、大卒と、学歴別に収入を割り出し、それに退職金を加えた数字を私たちに見せたんです。それで、大卒で一流企業に就職した人の生涯年収が三億ニ千万円。中卒で中小企業に就職した一億八千万円とは一億五千万円の差がありました。授業の最後に、先生は私達に向かってこう言いました『人生の目的は、働いてお金を稼ぐことです。お金を稼げる仕事に就くには、学歴が必要なのです。今のあなたたちは、全員に三億二千万円を稼ぐ可能性を持っている。勉強を怠けた分だけ、その金額が減っていくのです』って、青木先生は言いました」
「……なんとも、生々しい話だな」
「この授業の目的は、人生の価値を金額という数字で割り出すことによって、学歴の重要性を明確化させることにあるんだって、青木先生は言っていました。実際、効果はあったんですよ? この授業のお蔭で生徒達みんな、真剣に進路について考えるようになりましたし、受験勉強にも真剣に取り組むようになりました。だけど、保護者の間では評判が悪かったらしくて……」
「そりゃあそうだろうね……」
「紗枝のお母さん――PTA会長の門脇さんを通して、学校に苦情が寄せられたそうです。いくらなんでも、生徒に生涯年収の説明をするなんてえげつないって……」
「つまり、大悟社長もこの授業の事を知っていたのかね?」
「ええ。知っていたと思いますよ」
「……成程、それで三億二千万円か」
納得したように林田はうなずく。
これで、林田の抱いていた一つの疑問が氷解した。
同時に、新たな疑問が浮かんできた。
生涯年収と、この事件がどのような関係があるのか――それがわからない。
「あたしの証言は参考になりました?」
物思いに沈む林田に、福島がたずねる。
その顔には何かを期待するような輝きがあった。
「ああ、大いに参考になったよ」
「じゃあ、賞金は……」
「この程度で支払えるわけないだろう」
「ケチ」
【出席番号31番: 室井悠里の証言】
「それでは、聞き取り調査を始めます。聞かれたことに素直に答えるように」
「は、はいっ!」
上ずった声で答える室井悠里は答える。
質問をはじめる前から、既に緊張しているらしい。
強張った表情で椅子に座った室井は、小刻みに震えていた。
「……気を付けてください、林田さん」
横から智也が耳打ちする。
「彼女、すっごい泣き虫なんです。特に男が苦手で、ちょっとしたことですぐに泣きだしますから」
「そうなのか? わかった、気を付けるよ」
警告に従い、
無理やり作り笑いを浮かべると、ふたたび室井に訊ねる。
「加納さんについて、何か知っている事は無いかな?」
「……無いです」
ぎこちない作り笑いではあったが、それなりに効果はあったらしく。
蚊の鳴くような小さな声で、室井は答えた。
「彼女とはほとんど付き合いが無かったし、……クラスの女子とも。あたし、友達がいないから……」
「なんでもいいんだよ。最近、変わった様子とかなかったかな」
「そう言えば……」
思い出すようにして、室井はつぶやく。
「二学期に入って、図書室に本を借りに来たことがあるんです。加納さんが本を借りるなんて、初めての事だったんでよく覚えています」
「何の本を借りたのかね?」
「家庭の医学、です」
「家庭の医学?」
「ええ。何か深刻な病気にかかっていたのかも。ここ最近、加納さんは体調が悪かったようだったから。今まで本を借りに来た事なんて一度もないのに、わざわざ図書室に来てまで調べるなんて、余程のことなんじゃ……」
「ふむ」
心配そうに語る室井に、
林田はしばし考え込む。
「いや、しかし、他の人の証言によると口をそろえて仮病だったと言っているのだが?」
「……え?」
「体調不良は授業をサボる口実だったという話だ」
なにげない林田のつぶやきに、
室井は過剰に反応した。
「そんな! あたし、嘘なんてついていません!」
「いや、君が嘘をついていたとは言っていないよ。ただ、ちょっと疑問に思っただけで……」
「ひどい、あたし嘘なんてついていないのに。そんな、そんな言い方って……」
「落ち着いて、室井さん。別に君の事を疑っているわけじゃないんだ」
「訊かれたから、答えただけなのに……。疑うなんて、ひどい……。うっ、うっ、うえええぇ~んっ!」
「いやだから、泣かないで!」
必死でなだめるが、室井は泣き止まない。
困り果てた様子の林田の横で、智也がつぶやく。
「あーあ。だから言ったのに……」




