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囚人教室  作者: 真先
第四章 不信
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不信(四)

【出席番号11番: 西崎庄司の証言】


「自殺ですよ」


 林田の質問に、西崎庄司は即答する。


「加納瑞樹は自殺したんですよ。間違いない」

「そこまではっきりと断言するからには、何か心当たりがあるのかね?」

「心当たりなんて一つしかないでしょう。よさこいですよ。よさこいの練習が嫌だったから、自殺したんですよ」


 自信たっぷりにそう断言する。

 受験勉強に傾注してきた西崎は、勉強の妨げになるよさこい踊りには批判的であった。

 今までため込んでいた鬱憤を晴らすように、思いをぶちまける。


「だって、加納が死んだのはよさこい踊りの練習が決定した直後だったんですよ? そりゃ死にたくもなりますよ。あの、地獄のような練習が再び始まるのかと思うと……」


 そこまで言うと、西崎は急に沈黙する。

 地獄のような練習を思い出しているのだろう、

 青い顔で俯いたまま、身じろぎ一つしない。


「……そんなにきついのかね?」

「それはもう、死んだほうがマシってレベルのキツさですよ。ましてや加納はセンターを務めていたんだ。責任ある立場として、他のみんなよりも精神的な重圧もあったと思います。そりゃあ、自殺したくもなりますよ――なんだよ、委員長? なんか文句あんのかよ?」


 意味ありげな視線を送る智也を、西崎は逆に睨み返す。

 クラスの内情を外部にもらすことは、青木教諭によって固く口止めされている。

 これ以上話せば、西崎は推薦取り消しを含めた処分の対象になりかねない。

 しかし、今日の西崎は強気であった。


「先生にチクりたかったら、好きにしろよ。もう俺は脅しになんか屈しないぞ。大体、こんなことになったのは委員長、お前のせいなんだからな!」

「何で僕が……」

「お前が青木先生に騙されたせいで、クリスマス・パーティーに参加することになったんだろうが! お前だって、受験生ならわかるわかっているだろうが!? 追い込みの大事な時期に、余計なことに時間を取られることがどれだけ負担になるか!」

「止したまえ! 今はそんなことを話しているわけではない」


 智也を責める西崎を、宥めるように林田が言った。


「彼一人を責めるのは筋違いではないのかね? クリスマス・パーティーへの参加は生徒達が自主的に決めたものだと、先生方から聞いているが?」

「自主的という名の強制なんですよ。辞退するなんて言ったら、内申書に何を書かれるかわかったもんじゃない。備考欄に『学校活動に非協力的』なんてことを書かれでもしたら、心象が悪くなるじゃないですか」


 そこまで言うと、西崎は大きく息をついた。


「そんなことにでもなれば志望校に合格するために費やした、三年間の努力が水の泡になってしまうじゃないですか。内申書は俺たち受験生にとって、人質も同然なんです」

「つまり君たちは、内申書を盾に教師によさこい踊りを強要されていたと言う事かね?」

「先生だけじゃありませんよ。推薦をちらつかせて、よさこい踊りの参加を強要するようにしむけたのは、体育係の内海も同じです。そうやって、内海は教師に取り入ることで、推薦入学を勝ち取ったんです」


【出席番号3番: 内海文昭の証言】


「俺が内申書を使って、みんなを脅していたって!?」


 激昂した内海は、智也に詰め寄った。


「誰がそんな事を言ったんだ! 西崎か? 西崎が言ったんだろう? そうなんだろう、委員長!? こんなこと他に言う奴、いないもんな!?」

「誰が何を言ったかなんてことは、この際どうでもいい。君は訊かれた事だけに答えなさい」


 内海を宥めると、林田はあらためて同じ質問を繰り返した。


「もう一度、質問するぞ。君は内申書を口実に、体調の悪い加納瑞樹さんによさこい踊りの訓練に参加するよう強制したのかね?」

「そんな事はしていません!」


 憤然と、内海は否定する。


「あの日、加納はずっと保健室で寝ていたんでしょう? 俺は彼女に会ってもいない。脅迫なんてできるわけないじゃないですか」

「まあ、確かにそうだな」

「そもそも、センターは彼女が自分から立候補したんだ! 俺が無理矢理やらせたわけじゃない」

「しかし、彼女自身はあまりやる気があるようでは無かったと聞いているが?」

「確かに、練習はサボりがちだったな。二日目だってしょっちゅうサボってたし。そもそもあいつは、ダンスがそれ程、得意では無かったみたいだし」

「それなのに、なぜセンターに立候補したのかね?」

「そりゃあ、内申書目当てでしょうよ。よさこい踊りのセンターをつとめたという実績は、内申書に加算されますから。あいつは教和大付属の推薦入学を狙っていましたから。推薦入学には、成績はもとより内申書も評価の対象になるんです。内申書にいいことをかけるような実績作りをしておきたかったんでしょうよ」

「よさこい踊りに、そんな効力があるのかね?」

「それはもう、絶大ですよ。よさこい踊りは、市を挙げて盛り立てている一大イベントですから。詳しい事は、トミーに聞いてみてください」

「トミー?」

「富永新一です。俺達がよさこい祭りに参加することになったそもそもの原因は、あいつの親父なんですから」


【出席番号9番: 富永新一の証言】


 富永新一、通称トミー。


 富永新一は、個性の塊のような集団である三年A組の中にあって、珍しく協調性と和を重んじるタイプであった。

 クラスで係を決めるときも、誰もが嫌がる生活委員を率先して引き受けてくれた。

 委員長である智也にとっては、心強い味方であった。

 彼自身は周囲の気遣いにあふれた、とても気のいい男でトミーの愛称でクラスの皆に慕われているのだが――問題は彼の父親であった


「君のお父さんは、日野原市教育委員会の職員だそうだね?」

「それが何か?」


 林田の質問に、

 硬ばった表情で、富永は答える。


「これは聞き取り調査何でしょう? あのクソ野郎と、俺は関係ないですよ」


 実の父親を“クソ野郎”と呼ぶ。

 それだけで、どんな親子関係か推測できた。


「指導主事なのだろう。立派な仕事ではないか」

「らしいですね、どんな仕事か知らないけど。よく誤解されるんですけど、親が教育委員会だって、子供が得することなんてないんですよ。不祥事をもみ消したりとか、進路選びに便宜を図ってもらえるとか、全然そんなことはないんです。むしろ、足かせになるくらいです」

「お父さんのせいで、何か迷惑を被ったのかね?」

「すべての元凶は、よさこい日野原踊りですよ」


 溜息を一つついてから、富永は語った。


「日野原踊りは元々、市の観光課が町おこしのために作られたものだったんです。ネギしか特産品の無いこの町に、観光資源を作り出そうとしたのがそもそものきっかけでした。それを、学校の授業に取り入れたのが日野原市教育委員会です。伝統舞踊を授業に取り入れることにより、健全なる青少年の育成につながると日野原市教育委員会は考えていたんですよ。よさこい踊りを授業に取り入れることによって、生徒達から夜遊びや携帯ゲーム、不純異性交遊などといった不健全な行為に傾ける余力を奪い去ることが教育委員会の目的なんです。そのよさこい踊りを授業に取り入れるように指導したのが、ウチの親父だったってわけです」


 そこまで話すと、富永は大きく息をついた。


「実際、どれほどの効果があったのかは疑わしいんですけど、受験生に必要な勉強時間まで奪ってくれたのは間違いないですよ。お蔭でクラスの皆から恨まれましたよ。これじゃあ、本末転倒じゃないかって」

「成程」


 父親の業績を忌々しそうに語る富永に、林田はうなずいた。


「でも、それでお父さんを恨むのは筋違いではないかね? お父さんにしてみれば、教育委員会の仕事をしただけなんだし、立場上、やむを得ないだろう。」

「そんなことが言えるのは、あいつの事を知らないからですよ。あいつはね、自分の事しか考えていないんです。教育とかまあ、実際に会ってみればわかりますよ。あいつがどんだけクソ野郎かってことがね」

「……肝に銘じておくよ」


 教育委員会とは、近いうちに嫌でも顔を合わせることになるはずだ。

 会う前からすでに憂鬱であった。


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