表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
囚人教室  作者: 真先
第四章 不信
23/52

不信(三)


【出席番号8番: 谷本晴人の証言】


「この映像を投稿したのは君だな」

「はい」


 林田の質問に、谷本晴人が素直にうなずく。

 机の上には、ノートパソコンが置かれている。

 モニターには法被姿で踊る、三年A組の姿が映し出されていた。


「よさこい祭りの記録映像です。僕が編集して、アップしました」


 パソコン部部長を務める彼の趣味は動画作成である。

 その特技を生かして、彼はよさこい祭りの記録係を担当していた。

 動画サイトに投稿されたこの動画は、動画職人、谷本の作品である。

 練習風景から、本番まで――よさこい祭りに向けての準備の一部始終をドキュメンタリータッチで撮影した記録映像は、素人にしては中々の出来栄えであった。


「事件を境に、アクセス数が一気に跳ね上がっているね。今日だけで一万回突破している。問題は、この動画にクラス全員の顔が映っているということだ」


 林田はモニターを指さした。

 そこには、生前の加納瑞樹の姿があった。


『加納瑞樹です。一生懸命頑張りますので、応援よろしくお願いします!!』


 動画の合間には、生徒一人一人の名前と自己紹介が挿入されていた。

 クラスの思い出を綴った記録映像も、今となっては個人情報の塊である。


「このままでは、日本中にクラス全員の顔と名前が知れ渡ることになるぞ。この動画、消去することはできるかね?」

「それは、できますけど。でも、この動画を消したところで無駄ですよ。もうすでに、拡散しちまっていますから――ちょっと、いいですか」


 そう言うと、谷本はノートパソコンのキーボードを叩いた。

 別の動画サイトを検索すると、同様の動画がいくつもヒットする。

 中には、ご丁寧に英語字幕付きの動画まである。

 それはつまり、三年A組の生徒達全員の顔が日本どころか、世界中に知れ渡ってしまったことを意味していた。


「……なんてこった」

「ネットではすでに祭り状態ですよ――これを見てください」


 さらにパソコンを操ると、谷本は大手掲示板のサイトを開く。


“日野原市女子中学生転落死事件”のスレッドには、今回の事件についての様々な意見が寄せられていた。


『まず、第一の容疑者は、合唱部の海老原友恵だよな。第一発見者を疑えっていうのは捜査の常識だぜ』

『それを言うなら、保健委員の近藤愛華のほうが怪しいんじゃないか? 加納瑞樹が生きているのを見た最後の目撃者だろう?』

『江口恭平ってのも怪しいぜ。噂じゃ加納瑞樹をストーカーしていたって話だ』

『軽音部の本多宏斗は文化祭で加納瑞樹と揉めていたらしいぜ。文化祭があったのは先週。時機的にも符合するな』

『体育祭でも何かあったらしいぜ。実行委員の松田州一が、何か騒動を起こして学校から厳重注意を受けたらしい』

『加納瑞樹はよさこい踊りの練習中に死亡したんだろう? 練習では内海と、衣装を巡って岡田紀美子と揉めていたらしい』

『湯川望美はよさこい踊りのセンターを争っていたそうだ。ぶっちゃけ、この娘の方が可愛くね?』

『加納瑞樹の恋人と噂されている白井僚だけど、マジ格好良くない?』

『斉木杏は日野原神社の娘なんだって。地権をめぐって加納大悟と争っていたらしい。地元じゃ有名だぜ』

『竹内遙と加納瑞樹は、遊び仲間だったらしいぜ。二人だけでよく、東京まで遊びに出かけていたって言ってた』

『和久井唯って娘は加納家の近所に住んでいる幼馴染なんだってよ。なんか知ってるんじゃね』

『県内在住の受験生なんですけど、服部真美って有名人ですよ。武蔵野模試の上位成績者の名前に、何度も見かけたことがあります』

『おまえらもっとシンプルに考えろよ。疑わしいのはアリバイの無い奴だろう? だとしたら、当日欠席していた菊池健太と永島和八の二人を疑うべきだ』

『それを言うならば、二学期に入って突然転校した森加代子も含まれるじゃないか?』

『元々の騒ぎの原因は委員長だろう? こいつがいじめの事実を隠蔽しようとしたから、話がややこしくなったんじゃないか』

『もう、面倒臭いから委員長が犯人でいいんじゃね?』


 大半は伝聞による憶測でしかないが、中には関係者しか知りえない情報もある。

 これは、日野原中学内部に情報を漏えいしている人物がいるという事を意味していた。


「探偵気取りの連中が、事件についてあれこれ推理しているようだ。まったく、はた迷惑な……」

「そりゃあ、三億二千万円の賞金がかかっていますからね。みんな必死ですよ」

「大半の連中は、賞金なんて興味はない。大悟氏は『賞金を受け取れるのは、聞き取り調査に参加した者のみ』と明言している。面白半分で探偵ゴッコをしているのがほとんどだ」

「探偵ゴッコとはいえ、迷惑なのは変わりないですよ。どうするんですか? このままじゃ、炎上し続けますよ」

「どうするといわれてもなあ……」


 心底困り果てたように、林田は頭を抱える。


「正直、どうしようもないな、コレ。マスコミならともかく、ネットの情報は操作することはできないからな」

「そんな悠長なこと言ってないで、何とかしてくださいよ!!」


匙を投げる林田に向かって、智也が叫ぶ。


「なんだか、僕が一方的に容疑者扱いされているじゃないですか! 顔バレまでしたら、外を歩くことも出来やしない! すぐにこの記事の削除要請をしてください!!」

「それはやめておいたほうがいい。かえって話がややこしくなる」

「そうですね。下手に工作とかしたら、燃料を投下することになりかねない」


 慌てふためく智也に、他人事のような調子で二人は答える。


「とりあえず、今は自然に鎮火するまで待つのが賢明だな」

「そうそう。ほら、ことわざにも言うじゃないか『人のうわさも七十五日』って」

「二か月半も放置したら、卒業しちゃうじゃないか!!」


 【出席番号15番: 本多宏斗の証言】


「加納さんとトラブルがあったそうだね?」

「トラブルって、なんすか?」


 とぼけた口調で問い返したのは、

 軽音部部長の本多宏斗であった。 

 お調子者で、目立ちたがり屋の彼は、クラスのムードメーカーであると同時にトラブルメーカーでもあった。


「俺、しょっちゅうトラブル起こしているんで、どれの事を言っているんだかわからないっす」

「文化祭での野外ライブの事だ」


悪びれた様子もなく答える本多に、林田は重ねて質問する。


「文化祭での出し物を巡って、文化祭実行委員の加納さんと揉めたそうじゃないか。その辺の事情を訊きたいんだ。できるだけ詳しく」

「それって、つまりあれっすか? よーぎしゃって奴っすか、俺? うわ、なんかすげぇ! 刑事ドラマみてぇ。弁護士呼んでいいっすか、弁護士?」

「……雇える金があるなら、どうぞ」

「嫌だなぁ。冗談っすよ、冗談。正直に答えるっすから、そんな怖い顔しないでくださいよぉ!」


 林田に睨まれると、ようやく本多は態度を改め証言を始めた。


「俺達、軽音部のバンドは、文化祭でライブをやる予定だったんっす。体育館のステージを使えるように、事前に実行委員に申請しておいたんっすけど、直前になって使えなくなっちゃったんっすよ。原因は担当の加納の奴が、申請していたこと忘れていやがったせいなんっすけどね。あいつ、実行委員とは名ばかりで、ほとんど仕事なんてしてなかったんすよ。マジでひどい話じゃないっすか?」

「それで、どうしたのかね?」

「文化祭当日になってステージは使えないって言われて、頭に来たんで俺達で勝手にゲリラライブを強行することにしたんす。校舎裏にある実習棟の屋上をステージに、すぐそばの駐車場を観客席にしてライブをやったんす。かえって、こっちの方がよかったっすね。ライブは大盛況。駐車場は観客で超満員っすよ」

「なんで、実習棟の屋上を野外ライブの会場に選んだのかね?」

「他にライブが出来る適当な場所がなかったっていうのもあるんすけど、学校に対する抗議の意味もあったんす」

「抗議?」

「校長は愛車のベンツに傷をつけられないように、生徒を立ち入り禁止にして校舎裏の駐車場を一人で独占していたんっすよ。そんなのおかしいじゃないっすか? ショッケンランヨーって奴?」

「それで、抗議の意味を込めて、野外ライブを強行したのかね?」

「そうそう。やっぱ、体制に反発するのがロッケンロールってもんじゃないっすか」


 得意げに答える本多に、林田は訊ねる。


「ところで、鍵はどうしたのかね?」

「鍵?」

「実習棟の屋上の鍵だよ。屋上に入るのには鍵が必要だ。どうやって手に入れたのかね?」

「盗みました」


 弁護士の前であっさりと、本多は窃盗を認めた。


「学校内の全ての鍵は、職員室の入り口にある鍵箱に閉まってあるんす。先生の許可が無ければ。でもまあ、先生が二十四時間、ずっと見張っているわけじゃないっすから、誰でも簡単に持ち出せるんっすよ」

「逆に言えば、本人が持ち出そうとしない限り、鍵は手に入れることはできないという事か……」


 考えつつ、林田はひとりごちる。


「そうなると、加納瑞樹さんが屋上に行ったのは、自分の意志だったということになる。……そうなると、自殺の線が濃厚になるな」


【出席番号5番: 小暮和雄の証言】


「この写真は?」

「加納瑞樹の死体写真です」


 数葉の写真を差し出し、そう答えたのは小暮和雄である。


 彼の言う通り、写真には血だまりの中で横たわる加納瑞樹の死体が写っていた。

 写真は他にも、校舎裏の全景に、実習棟、本校舎といった現場周辺の状況を映したものから、現場に駆け付けた三年A組の生徒達の慌てふためく姿、それを取り押さえようとする前田や佐久間の姿に至るまで――事件直後の現場を忠実に映し出していた。


「……いつの間に、こんな写真を撮っていたんだ」

「俺は写真部の部長だぜ。こんな時に備えて、カメラはいつも持ち歩くことにしているのさ」


 生々しい死体写真を見つめ、呆れたようにつぶやく智也に誇らしげに答えると、小暮は机の上に散らばった写真を指さし説明を始める。


「見てのとおり、死体は校舎裏――本校舎と実習棟の間で発見されました。幅はおよそ五メートル。長さ約二十メートル。体育館と駐車場を結ぶ細い通路です。ご覧の通り、死体の周りにはきれいな血だまりが出来ています。死体を動かした形跡はありません。また、誰かが近寄った形跡もありません。誰かが遺体を動かしたとしたら、血痕なり足跡なり残るはずですからね」

 

 次に、小暮は実習棟の写真を指した。


「実習棟は鉄筋コンクリート製の二階建て。高さは約十メートル。警察の捜査によると屋上には鍵がかかっていたそうです。そしてその鍵は、遺体の内ポケットから発見されています。ポケットからは他にも、よさこい踊りの練習があるから屋上に来るように、と言うメモが見つかっています」

「それは、保健委員の近藤さんが書いたメモだね?」

「そうです。つまり加納瑞樹が実習棟の屋上にいたのは、よさこい踊りの見学に行くためだと思われます。つまり、自殺の可能性はないっという事です。また、事件当時、現場に他の人間がいた形跡も無く、他殺の可能性はあり得ない。以上の二つの点から推測すると、加納瑞樹は事故死である可能性が非常に高いと思われます」

「なるほど……」


 写真を用いた具体的な状況説明に、

 林田は、大きくうなずいた。


「実にわかりやすい説明だった。ありがとう、小暮君」

「どうです? この写真は、事件解決の役に立ちますかね?」

「ああ。大いに役立つだろうね。この写真は証拠写真として十分、使用に耐えられるレベルだよ」

「それじゃ、賞金は俺に?」

「考慮しよう。とりあえず、この写真は私が預かろう。この写真の画像データは保存してあるかね?」

「ええ。自宅のパソコンに」

「早急に削除してくれ。この写真が外部に流出するようなことにでもなれば大変なことになる」

「いくらくれます?」

「……何だって?」

「この写真を、いくらで買い取ってくれますか?」


 唖然とする林田弁護士に、

 嫌らしい笑みを浮かべて、小暮は言った。


「だって、これは俺の作品なんですよ? それを証拠写真として利用するのでしたら、相応の報酬を頂きませんと……」

「小暮、お前なに言って……」

「委員長は黙っていろよ。これは俺と、弁護士さんの話なんだから」


 割って入ろうとする智也を遮り、小暮は交渉を続ける。


「この手の写真には、高い値が付くんです。何しろ、加納建設社長令嬢、加納瑞樹の死体写真だ。報道機関に売り込めば、きっと高い値段が付くでしょうね」

「……わかった」


 そう言うと林田は、懐から札入れを取り出した。

 中にある札を数えながら、小暮にたずねる。

 

「とりあえず、十万円でどうかね?」

「……え?」

「この写真を十万円で買い取ると言っているのだよ。今はこれしか持ち合わせがないのだが、足りないかね?」

「……い、いいですよ」


 予想していた以上の金額だったらしく、上ずった声で小暮は答える。


「では、そういう事で」


 無造作に札束を差し出す林田に、小暮は恭しく両手で受け取った。


「これで、この写真の権利は私のものだ。この写真が外部に流出したら、然るべき法的手段を取るから気を付けるように」

「わかってます。わかってますよ。金さえもらえれば、こっちは文句ありませんよ。なんだって言うことを聞きますよ。……それじゃ、俺はこれで」


 札束を数え、きっちり十枚あるのを確認すると、小暮は席を立った

 小躍りするような足取りで教室を出て行く小暮を見送ると、智也が口を開く。


「……いいんですか? こんなことして」


 非難するような眼差しと共に、智也は訊ねる。

 脅迫まがいの手段で死体写真を売りつけた小暮もだが、あっさりと買収に応じた林田もまた問題があるような気がした。


「構わんさ」


 しかし、林田はいたって平然としていた。


「金で解決するなら、それに越したことはない。十万円で済むなら安いもんだ」

「でも……」

「いいんだよ。どうせ金を支払うのは、この学校だからな」

「え?」

「後で校長に、必要経費として請求する。加納さんの死体写真を売りつけられたと知ったら、校長は怒るだろうな。さて、彼はどんな処分を受けると思う?」

「停学一か月、それと推薦の取り消し……」

「バカな男だ。十万円と引き換えに、人生を棒に振るなんて」


 そう言うと、林田は愉快そうに笑った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ