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囚人教室  作者: 真先
第四章 不信
21/52

不信(一)

 さしあたっての問題は、賞金の保管場所である。

 あらためて目の当たりにしてみると、三億円二千万円という大金は実に厄介な代物であった。

 その辺に放置しておくわけにもいかず、さりとて三億円二千万円もの大金を保管しておる金庫などあるはずがない。

 とりあえず、校長室にある書類用金庫を代用する事で急場をしのぐことにした。

 卒業者名簿が保管されている書類用金庫ならば鍵をかけることはできるし、校長室ならば常に監視することが出来る。


 早速、江副校長と林田弁護士の二人は作業にとりかかった。

 大金を他の誰かに任せるわけにも行かないし、保管場所を特定されないようにするためにも、作業は二人だけで行うことにした。

 保管してあった卒業生名簿を取り出し、代わりに現金を詰め込む。

 単調な作業を繰り返していると、色々と余計な事を考えてしまう。

 ふと思いついた疑問を、校長は口にした。


「……こういうのって、どうなんでしょうか?」 

「……賞金を懸けて犯人を捜すことですか?」


 作業の手を休めることなく、林田弁護士は答える。


「ええ。法律的に問題は無いのですか?」

「別に違法ではありませんよ。犯罪被害者遺族が犯人逮捕につながる有力情報に対して報奨金をかけることは、ごく普通に行われている事です。もっとも、三億円二千万円なんて法外な金額は前代未聞ですが」

「まあ、それはそうでしょうな」

「それよりも私は、三億円二千万円という金額が気になります」

「金額、というと?」

「何で三億円二千万円なんでしょうか? もっと、キリの良い数字にするはずじゃないですか、普通」

「それは、重要な事なのですか?」

「かもしれません。わざわざこんな半端な数字にするには、なにか意味があるのではないでしょうか」

「そんな深い意味など無いのかもしれませんよ。賞金を懸けて犯人捜しさせるなんて、まともな神経じゃありませんから」

「加納大悟氏は、娘を失った悲しみのあまり、正気を失っていると?」

「だってそうじゃありませんか。どう考えたって、この事件が殺人事件であるはずがない。犯人なんているはずがないのに、賞金を懸けて探そうだなんて、まともじゃありませんよ」

「……確かに、そうかもしれません」


 話しているうちに、いつのまにか作業は終わった。

 重々しい扉を閉めると、校長が金庫の鍵をかける

 耐火金庫はシリンダー式の併用型である。

 テンキーでパスワードを打ち込み金庫に鍵をかけると、校長は林田に差し出す。


「パスワードは私が管理いたします。鍵は林田先生に……」

「お預かりします」


 手の中にある鍵を、林田弁護士はしげしげと見つめる。


「どうかなさいましたか?」

「……いえ、さすがに緊張してしまって」


 弁護士として人並み以上の収入を得ている林田にとっても、三億二千万円は大金である。

 その小さな鍵には、三億二千万円の重みが感じられた。


「確かに、お預かりしました。お金の管理は、くれぐれも気を付けてください」

「承知しました。それで、聞き取り調査は行うのですか?」

「やらないわけにはいかないでしょう」


 鍵をしまいながら林田は嘆息する。


「賞金も受け取っているし、マスコミの目の前で堂々と宣言してしまった手前、いまさら撤回などできません。こうなった以上、なるべく早いうちに終わらせた方が良いでしょう」

「では早速、明日の放課後にでも」


 ○


 記者会見の翌日。

 校長の宣言通り、聞き取り調査が行われることになった。


 全ての授業が終わった放課後、三年A組の生徒達は教室に待機していた。

 聞き取り調査を始めるにあたり、事前に説明がある。

 しかし、その説明をする担任の青木教諭がなかなか教室にやってこない。

 教師のいない教室で、三年A組の生徒達は、例によって雑談に興じていた。


「三億二千万円かぁ……」


 うっとりとした表情でそう呟いたのは、稲田義男である。

 統計学の信奉者である彼は、数字には特別こだわりを持っていた。

 勿論、三億二千万円という金額は、彼にとっても魅力的であった。


「三億二千万円だな……」


 その横で、同じく夢見る顔で頷いたのは、西崎庄司であった。

 受験以外に興味を示さない西崎であっても、三億二千万円は魅力的であった。


「大金だよな、三億二千万円は……」

「一般サラリーマンの生涯年収だもんな……」

「大卒サラリーマンが飲まず食わずで働いて、ようやく稼げる金額だもんな……」

「まさしく、人生の値段だな……」


 二人そろって、しきりにうなずく。


「……バカねぇ、あんた達」


 そんな二人を見て、呆れたようにため息をついたのは福島麗である。

 夢を追いかける男たちと違い、三年A組の会計係を務める彼女は幾分、現実的であった。


「これだから世間知らずは。賞金が三億二千万円だからって、三億二千万円、丸々貰えるわけじゃないんだよ」

「どういう意味だ?」

「世の中にはね、税金ってもんがあるんです」


 得意げに胸を反らせ、福島は講釈を始める。


「お金を使えば消費税。お金を稼げば所得税で国に持っていかれるのよ」

「ああ、そうか。所得税か」と、西崎がうなずき。

「どのくらい取られるんだ?」と、稲田がたずねる。

「懸賞金の場合、一時所得扱いになるんですって。全体の収入から、必要経費と特別控除の五十万を引いた半分が課税対象になるの。四千万超えているから税率は45%で計算すると、……大体、三千万円ぐらい引かれるってこと」


 事前に調べておいたのだろう、淀みない口調ですらすらと福島は答える。

 わざわざ税金まで調べて計算しておいたところを見ると、彼女もまた賞金に興味はあるのであった。


「三億二千万円引く三千万円ってことは、残りは二億九千万か……」

「それでもすげぇな」


 三億円が二億九千万であったとしても、その魅力はいささかも衰えはしなかった。


「二億九千万あったらどうする?」

「とりあえず、進路をもう一度見直すね」


 稲田の質問に、西崎が即答する。

 こんな時でも、受験生の頭の中にあるのは受験の事だけであった。


「塾とか、もっといいとこに通えるな。冬季講習とか、今からでも間に合うかな?」

「大学だって、東京にある私立に行けるしな。そうなると、高校選びも一からやり直さなくちゃならない。今から志望校、変える事ってできるかな?」

「バカねぇ、あんた達」


 受験に固執する少年たちに、再び福島が嘆息する。


「三億二千万円って言ったら生涯年収だよ? 一生遊んで暮らせるお金が手に入るんだよ? 進学も就職もする必要ないでしょう」

「……! その発想は無かった!!」

「中卒で夢のニート生活。……最高だな!」


 若者たちが大きく人生を踏み外そうとしているその時、

 ようやく、教室に青木教諭が戻ってきた。


「全員、席について!」


 青木が叫ぶと、

追い立てられるように、クラス全員が着席する。


「これから聞き取り調査を行います」


 教壇から教室を見回すと、

 青木教諭は聞き取り調査の手順を説明し始めた。


「聞き取調査は、空き教室で行います。名前を呼ばれた生徒から順に、空き教室に向かいなさい。林田先生に聞かれた質問には、嘘やごまかしなど無いように正直に答えること。ただし――」


 事務的な口調で、青木は続ける。


「ただし、生徒及び教員の個人情報や、学校内の機密に関わるような事は、一切口外しないように。その他、我が校の権益を著しく損ねる発言はしないように」

「……あの、先生?」

 

 手を上げて恐る恐る質問をしたのは、安達玲子だった。

新聞部部長として、青木のあいまいな説明が気になってしょうがないようだった。


「“我が校の権益を著しく損ねる発言”とはいったいどういう事を言うんですか? 何を話していいんですか? いけないんですか?」

「それは、あなた達の判断に任せます」


 あくまでも、事務的な口調で青木は答える。


「知っての通り、この事件は日本中が注目しているわ。もし、あなた達の証言により、学校の名誉を著しく傷つけるようなことがあれば、あなた達の推薦入試にも影響が出ることになりかねません。その点を十分、考えたうえで自主的に判断するように」

「……わかりました」


 推薦入試を人質にした事実上の恫喝に、安達は口をつぐんだ。

 結局、何も話すな、と言いたいらしい。

 生徒達に自主的な判断などという物は存在しない。

 教師の言葉は全て強制であり、命令である。


「呼び出されるまでは、教室でおとなしく待機しているように――それと、委員長! 相沢!」

「はい」

「話があるわ。ちょっと、来なさい」


 手招きする青木教諭の後を追って、

 智也は教室の外に出た。


 ○


 教室の外に出た二人は、聞き取り調査が行われる空き教室へと向かった。

 空き教室は、同じ階の外れにある。

 放課後であるため、校舎の中には誰もいない。

 静まり返った廊下を、二人は黙って歩く。


 教室から離れてほどなく、一歩先を歩く青木が口を開く。


「あんたは生徒代表として、クラス全員の聞き取りに立ち会ってもらうわ」

「ええ。聞いています」


 昨日の記者会見の出来事は、テレビの報道を通じて智也も知っていた。

 まさか、全国放送で自分の名前を聞くことになるとは思わなかった。

 何で自分が選ばれたのかは知らないが、知ったところでどうにもならない。


「何をすればいいか、わかっているわね?」

「いえ、全然」

「よし」

「……いいのかよ」

「あんたは余計なことはしないでいいの。ただ、黙って弁護士先生の横に座っていればいいのよ。そして生徒達が、余計な事を証言しないように見張っていてほしいの」

「見張り、ですか? 僕の役目は」

「見張りって言うか、案山子ね。とにかく、学校側としてはこれ以上面倒な事態になってほしくないのよ。この聞き取り調査で、新事実が発覚するようなことがあれば面倒なことになるからね。あんたは生徒達が証言しないよう、弁護士の隣に座ってけん制してほしいのよ」

「……はあ」


 伝書鳩から、とうとう案山子扱いである。

 自分のアイデンティティイについていろいろと考えているうちに、空き教室の前についた。

 足を止めると、青木は智也を振り向く。


「聞き取り調査の内容は、あとで報告するように。誰が何を言ったか、細大漏らさず覚えておくのよ――さあ、わかったら行きなさい」


 青木に背中を押されて、智也は空き教室の扉を開けた。


「失礼します」

「……やあ、来たか」


 林田弁護士は既に教室の中に待機していた。


 閑散とした空き教室の真ん中に、机が一つと、椅子が三つ。

 二つ並んだ椅子の片割れに、林田は座っていた。


「これから始める聞き取り調査の手順について、説明しよう。そこに座りたまえ」


 促されるまま、林田の隣の椅子に座る。


「知っていると思うが、君は私と一緒に、生徒全員の聞き取り調査に立ち会ってもらう」

「……はい」

「君にはこの聞き取り調査が公正に行われていることを示すための、証人になってもらう。と言っても、特にやることはない。そこに黙って座っているだけでいい。君は唯の立会人だ」

「……はあ」


 奇しくも林田は、青木と全く同じことを言った。

 大人の考えることなど、皆同じであった。


「場合によっては、委員長の立場から君に助言を頼むかもしれないが、その時はよろしく頼む。それと、聞き取り調査の内容については守秘義務が課せられる。外部には一切口外しないように。勿論、先生達に聞かれても何も話してはならない」


 教師側の目論見に、林田は既に気が付いていたようだ。

 情報漏えいを防ぐため、智也に釘をさす。


「もし、情報の漏えいが発覚した場合は、法的措置を取るからそのつもりで」

「……はい」

 

 智也を脅しつけてから、林田は三年A組生徒達の聞き取り調査を始めた。


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