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囚人教室  作者: 真先
第三章 動揺
20/52

動揺(六)

 月曜日。

 学校内で記者会見が開かれたのは、その日の午後であった。

 授業が終わり生徒達のいない校舎には、大勢のマスコミが詰めかけていた。

 記者会見の設定は全て、林田弁護士の手配によって行われた。

 会場である日野原中学校内の空き教室には、マスコミ慣れした林田弁護士の演出がそこかしこに見え隠れしていた。


 あえて狭苦しい空き教室を選んだのは、体育館のように開けた場所では声が飛び散りやすく、マイクを使っても聞き取りにくい声になってしまうからだ。

 また、出入り口が近い方が、いざという時、すぐに退出できる。


 江副校長と林田弁護士が並んで座るテーブル席は教室の前方、黒板を背景に配置した。

 こうして黒板を背にすることで、写真写りが良くなる。

 そして、テーブルのすぐ目の前に記者席を用意した。

 この配置ならば、カメラマンは記者席阻まれテーブルに近寄ることはできない。

 これでカメラマンたちは、頭を下げる校長たちの見苦しい姿を、アップで撮ることができなくなった。


 準備期間が一日しかなかったにもかかわらず、林田たちは万全の体制でこの記者会見に臨んでいた。

 最大の問題は、校長である。

 記者会見の成否は、校長が自分の仕事をこなせるかどうかにかかっていた。


『……このように、いじめなどの事実はなかったと、学校側は判断した次第であります』


 林田の懸念をよそに、校長の経過報告はつつがなく進んだ。

 途中、何度かつかえつつも、居並ぶマスコミ陣を前に、林田の用意した原稿を校長は最後まで読み上げた。


『以上、事件発生から今日に至るまでの大まかな経緯です。当方の不手際によりあらぬ誤解を招き、各方面にご迷惑をおかけした事をあらためて深くお詫びします』


 あたりさわりのない謝辞で結ぶと、校長は記者団に向かって一礼した。

 ここから先は林田弁護士の担当であった。

 校長と入れ替わりに、林田がマイクを受け取った。


『これより、質疑応答に移ります。質問のある方は、挙手してください』


 言うと同時、記者たちは一斉に手を挙げた。


「先日の告発報道のように、いじめの事実を学校側が隠蔽したと言う事実はあったのでしょうか?」

『聞き取り調査は、三年A組の生徒達主導によって行われました。隠蔽工作などをする余地はありません』

「では、聞き取り調査を行った学級委員長が、意図的に調査内容を改竄したと言う事ですか?」

『そのような事実もありません。連絡の不手際によるものです。関係者の皆さんに誤解を招くような結果になってしまったことについては、あらためて陳謝いたします』

「告発した女生徒が、停学処分になったと言う話ですが、これは見せしめではないのですか? 生徒達に発言を奪う、無言の圧力なのでは」

『そのような意図は一切ありません』


 矢継ぎ早に浴びせかけられる質問に、林田弁護士は次々と答えてゆく。


「この件は、被害者の父親である加納大悟氏も御存知なのでしょうか?」

『まだ伝えておりません。ご遺族には後日、あらためて報告にうかがう予定です』

「今回の事件に於いて、警察の捜査は杜撰で拙速であったと言わざるを得ません。これは、加納大悟氏の介入によるものなのでしょうか?」

『警察捜査については、私共の与り知らぬ範囲ですので、お答えいたしかねます』

「瑞樹さんの死は、噂されているスタジアム建設にまつわる贈賄疑惑と、何らかの関係性があるのでしょうか?」

『……あの、関係ない質問は、やめていただけますか?』


質問内容は、本来の記者会見の趣旨から徐々に外れて行った。


 

『質問は、加納瑞樹さん転落死事件についてのみお答えします。それ以外の質問は受け付けません』

「…………」


 林田が注意すると、記者たちは沈黙した。

記者たちの興味は転落死事件などでは無く、加納建設の贈賄事件にある。

記者会見にかこつけて、贈賄事件の情報を引き出すのが彼らの目的だった。


『他に質問はございませんか? 無ければこれで記者会見は打ち切りとさせていただきます』


これ以上、記者会見を続けることに意味は無いと見た林田は、早々と会見を打ち切ることにした。

記者たちも目当ての情報は得られないと知って、反対する気配を見せなかった。


『質問は無いようですので、会見はこれまでとさせていただきます。お忙しい中、お集まりいただきありがとうござ……』


 一礼して、会見を終了しようとしたその時、

 がらりと音を立てて、教室の扉が開いた。

林田弁護士、江副校長、そしてマスコミ――教室の中に居る全員が、入り口に佇む一人の男に注視する。

 長身で恰幅の良い体型のその男は、

 

「加納社長?」


 まさしく加納組社長、加納大悟であった。


 突如現れた話題の人物に、記者たちは一斉にカメラを向ける。

色めき立つマスコミに構わず、加納大悟は悠々とした足取りで林田たちのいるテーブルに向かって歩いてくる。


「はい、御免なさい。ちょっと通してください」


 その後に続くのは、大悟の息子で社長秘書の彰だ。

 巨大なトランクを両手に抱え、よたよたとした足取りで加納大悟の後をついてゆく。


「加納さん、これは……」

「この場を借りて、皆さんにお伝えしたいことがあります。よろしいか?」


 突然の訪問に驚く校長に向かって、有無を言わせぬ調子で大悟は言った。


「林田先生?」


 困り果てた様子で、校長は林田の方を振り向いた。

 こんな事すらも決められない優柔不断な校長に、苛立ちを覚えつつも林田は席から立ちあがった。

 こんなふうにマスコミの面前で押しかけられては、是非もない。

 加納大悟に言われるがまま、林田はテーブルの上にあるマイクを取り上げると手渡した。


「……どうぞ」


 居並ぶマスコミたちの前でマイクを構えると、加納大悟はおもむろに語り始めた。


『私は、かけがえのない家族を失いました。一度目は、三年A組の生徒の手によって、二度目はこの学校の教師達の手によって、殺されたのです』


 物騒な前置きに、記者会見場にどよめきが巻き起こる。


『私は瑞樹の父親だ。あの娘の事ならば、何でも知っている。だからこそ確信を持って言える。瑞樹が死んだのは、事故ではない。ましてや自殺などでも無い――これは殺人だ! そしてその犯人は、三年A組の中にいる!!』


 殺人、という言葉に、カメラマンたちが反応する。

 けたたましいシャッター音と共に、加納大悟の顔目がけ一斉にフラッシュが焚かれる。


『そして、この殺人は学校側の卑劣な工作によって隠蔽されようとしている。このままでは真相は永遠に闇の中に葬り去られてしまうだろう。私は父親として、法の下に生きる市民の一人として、この卑劣な犯罪を見過ごすことはできない。しかし、残念ながら証拠がない。殺人であることを証明する物的証拠が存在しない。いまここで、私がどれだけ言葉を尽くして話したところで、誰も信じてはくれないだろう。娘を失い、正気を失った父親の戯言として、聞き流されてしまうだろう』


 それが犯人に対する怒りであったのか、

 それとも娘を失った悲しみであったのかは解らない。

 何かをこらえるように俯くと、やがて意を決したように顔を上げた。


『事件の真相を明らかにできるのは、――そこで、私はここに宣言する! この事件の犯人を見つけた者に、三億二千万円の賞金を進呈する!!』


 加納大悟が宣言すると同時、

 傍らにいた彰が、持っていたトランクの蓋を開けた。


 そして、カメラに見せつけるように、高々とトランクを掲げる。

 トランクの中には一万円札の束が詰め込まれていた。

 隙間なくびっしりと詰め込まれた一万円札の束は――加納大悟の言葉を信じるならば、三億二千万円はあるようだ。


 大金を目の当たりにして、マスコミの興奮は最高潮に達した。

 カメラマンたちは大金に向けカメラを構え、記者たちは大悟の元へと押し寄せる。


『賞金を支払うにあたり、いくつか条件を付けさせてもらう!』


 騒然となった教室内に、加納大悟は声を張り上げる。


『学校側に、事件の再捜査を要求する。三年A組全員を対象とした、聞き取り調査をもう一度やってもらう。公正を期すため、今度は一人一人、個別に面談し聞き取りを行う。聞き取り調査は、林田仁志弁護士、そして学級委員長の相沢智也の二人が主導となって行うものとする』

「……え?」


 絶句する林田弁護士をよそに、さらに加納大悟は続ける。


『その聞き取り調査によって得られた情報を元に、犯人を確定するに足る情報を得た者を対象に賞金を支払う。ゆえに、賞金を受け取ることが出来るのは、三年A組に所属する者のみとする。それ以外の人間に、賞金を受け取る資格はない。賞金三億二千万円の管理は学校が行い、学内で保管する事。支払いの判断は、林田弁護士に一任する。この事件が殺人であると立証された場合、林田弁護士は速やかに賞金の支払いを行う事とする』

「いや、だから! そんな勝手に……」


 抗議しようとする林田を無視して、納大悟は次々と条件を出してゆく。


『私が求める物、それは真実です。瑞樹が何故、死んだのか、誰にどのようにして殺されたのか――これらの真実を明白にすることこそが、瑞樹に対しての何よりの弔いになると信じております。事件解決につつがなく向かいますよう、関係者の皆さんのご協力をお願いいたします』


 最後にそう締めくくると、加納大悟は記者たちに向けて深々と頭を下げた。

 娘を失った父親の痛ましい姿に、カメラマンたちは再びシャッターを切った。


 顔を上げると、

 何事も無かったかのように、加納大悟は会議室を出て行った。


「待ってよう、親父!」


 その後を、来た時と同じように彰が追いかける。

 

 加納親子が教室から立ち去ると同時、

 彼らの後を追いかけるべく、教室の中にいた記者たちが動きだした。

 狭苦しい教室、しかも大勢が一斉に教室の出口に殺到したために、動くこともままならない。

 大勢の記者たちは身動きできず、出口で立ち往生した。

 混沌の坩堝と化した教室の中で、江副校長と林田弁護士の二人だけが、なす術も無く立ちすくんでいた。


「……林田先生?」


 例によって校長がすがるような視線を送るが、林田には答える余裕はなかった。

 目の前に積まれた大金の詰まったトランクを茫然と見つめ、一言呟く。


「……どうすんだよ、コレ?」


 的確な予測で常に先手を打って行動してきた林田弁護士であったが、

 このような事態はさすがに予測できなかった。


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