動揺(五)
智也たちが試験を受けていた丁度その頃、学校では保護者面談が行われていた。
保護者面談は平松明良と門脇紗枝、両家の親が顔を合わせないように、時間をずらして行われた。
先に加害者である平松家の面談を終えると、今度は被害者側である門脇家の番になった。
被害者側である門脇家を後回しにしたのは、対応に細心の注意を払う必要があるからだ。
娘に怪我を負わされた母親は、当然のことだが面談開始早々から不機嫌であった。
「全治、二週間だそうです」
保護者との面談は校長との一対一で行われた。
この場に弁護士である林田はいない。
学校側の誠意を見せるためにも、弁護士が立ち会わない方がいいという林田の判断であった。
「そうですか、それは良かった」
思いの外、軽傷だったことに校長は胸をなでおろした。
二週間と言う事は打撲と裂傷程度。
痕も残らず完治するはずだ。
「よくありませんよ!」
しかし、親としては到底、安心できるような事では無かった。
「顔を殴られたんですよ! 女の子の顔に怪我が残ったら、どうするんですか!? それに、心の傷はどうするのです! この事件のせいで紗枝が一生消えないトラウマを抱えるようなことにでもなったら、校長! どう責任を取るつもりなのですか!?」
「申し訳ありません」
学校内で起きた事件である以上、非は学校側にある。
子供を預かる立場として校長は平身低頭、ひたすら頭を下げ続けるしかない。
「この事は傷害事件として、警察に訴えます。暴行を加えた生徒――平松君でしたか? 彼も刑事告訴します」
「どうぞ、ご随意に」
「学校側からも然るべき処分をお願いします」
「それは勿論。平松君には、既に停学二週間を言い渡しております」
「軽すぎます!」
この娘にして、この親ありというべきか、
一度敵と見定めたら徹底的に叩かねば気が済まない性格のようだ。
「もっと厳罰にしていただきませんと、私共の気が済みません!」
「そうは思いません。二週間後、停学が開けると同時に冬休みに入ります。一月に入れば授業などほとんどない。事実上の退学処分と変わりません。お嬢さんと卒業式まで顔を合わせることは無いでしょう」
「……そういうことならば」
不承不承、うなずく母親に向かって、校長は続ける。
「それと、お嬢さんにも同様に、二週間の停学を言い渡します」
「そんな! 何故うちの娘が処分されなければならないのですか! 娘は被害者なんですよ!?」
「喧嘩両成敗です」
抗議する母親に、校長は冷たく言い放つ。
「今回の事件、お嬢さんにも非が無かったとは言い難い。生徒達の話によると、先に挑発したのは門脇さんの方だったそうじゃないですか。まあ、丁度よろしいのではありませんか? 全治二週間というのならば、治療に専念できるではありませんか。怪我が治ってから、あらためて登校してくれればよろしい――それと、もう一つ。お嬢さんの推薦を取り消します」
「な、何故!?」
校長の決定に、門脇の母は絶句する。
競争の激しい上位校に合格するには、学校の推薦が不可欠である。
推薦取り消しは、受験生にとって死刑宣告と同等であった。
「私共の指導を無視して、学内の情報を外部に漏らしました。門脇さんには相応の懲罰を受けてもらわねばなりません」
「そ、そんな! 横暴です! 娘はテレビの質問に答えただけじゃありませんか! 校長、あなたは子供たちの言論の自由を奪うつもりなのですか!?」
「言論の自由は尊重しますが、それに伴う責任についても果たさなければならないことを、お嬢さんに教えておくべきでしたな。彼女は仲間であるクラスメイトを陥れ、私共の指導を無視してマスコミに校内の情報を売り渡したのです。そんな人間を我が校の生徒として推薦することはできません」
「そんな。そんなことって……」
「入試は自分の実力で受けるようにと、お嬢さんにお伝えてください。私から申し上げることは、以上です」
毅然とした態度で言い放つと、校長は面談を打ち切った。
○
「……これで、よろしかったですかな?」
「上出来ですとも」
母親と入れ替わる形で、校長室に入って来た林田弁護士は満足げにうなずいた。
「保護者と接するときは、毅然とした態度で臨まなければなりません。頼りない所を見せると、相手はつけあがります。こちらの非を認めたうえで、公平な立場で処分を下した、お見事な御裁定でしたよ。校長」
「それはどうも……」
保護者とやり合うのはやはり、精神的に堪えるものがあるらしい。
先程までの毅然とした態度を崩して、校長は深々とソファーに背中を預けた。
「しかし、やり過ぎではありませんか? 怒らせると騒ぎが大きくなるのではありませんか?」
「なりません」
不安げな様子で訊ねる校長に、林田弁護士は自信たっぷりに答える。
「騒ぎが大きくなればなるほど、受験で不利になります。ただですら、推薦を打ち切られて追い詰められているのです。少なくとも、受験が終る三月まではおとなしくしているはずです」
「そうですか。それならば、この件はこれでよしとしましょう」
受験生の母親の心理を見切った林田の分析に、一先ず校長は安堵した。
「次に、どうすればいいのですか?」
「とりあえず、マスコミを宥めない事にはどうにもなりません」
そう言うと、林田弁護士は窓の外を見た。
昨日の騒動の影響なのだろう。
校門前に集まったマスコミの数は、昨日よりも増えていた。
「明日にでも記者会見を開きましょう。これまでの経緯を、マスコミの前で説明するのです」
「それは、その……。わたしがですか?」
やはり、マスコミの前に出るのはためらわれるのだろう。
気後れした様子の校長に向かって、林田が笑う。
「なに、そう難しい事ではありませんよ。私が原稿を用意しておきますので、校長は読み上げるだけで結構です。その後、記者を相手に質疑応答を行いますが、これは私が応対いたします」
「遺族の方はどうしますか?」
「加納大悟氏が何か言ってきたのですか?」
「いいえ。何も」
「……でしたら、後回しにしましょう」
すこし考えてから、林田は答えた。
門脇紗枝の告発報道は、当然のことだが大悟氏も見ているはずだ
事故であることを報告した、その翌日にこの騒ぎである。
遺族の心象を悪くしたであろうことは、容易に想像がつく。
「今はマスコミの対応を優先しましょう。遺族への説明はその後という事で」
「そうですな」
結局、問題を後回しにすることで落ち着いた。
二人ともいつの間にか無意識のうちに、問題を先送りにすることが癖になっていた。
それが後に、さらなる問題を引き起こすことになるのも知らずに、




