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囚人教室  作者: 真先
第三章 動揺
18/52

動揺(四)

 日曜日。

 県内各所の試験会場で、武蔵野模試が開催された。

 武蔵野模試とは、県内の中学生のほぼ全員が受験する業者テストである。

 この武蔵野模試によって割り出される偏差値は、県内の受験生たちにとって絶対的ともいわれる指標であった。

 推薦入試の場合、ここでの成績結果を基準に合否が決定するため、ある意味、本番の試験よりも重要な試験であった。


 毎月、月頭に行われる武蔵野模試も今日で最後。

 気合を入れて試験に挑むため、智也はいつもより早く試験会場へと向かった。


 試験が行われる日野原高校は、智也の住む新興住宅地に隣接している。

 古びた公立高校の校舎には、多くの中学生たちが集まっていた。

 受付で受験票を受け取り、教室へ向かう途中、

 早速、見知った顔に出くわした。


 壁に背中を預け、参考書を眺めている生徒は同じクラスの西崎庄司である。


「よう、西崎」

「おう、委員長」


 挨拶をすると、参考書を眺めていた西崎は顔をあげた。


「早いな、西崎」

「そうか、いつもと同じさ」


 参考書を鞄にしまいながら、西崎は答える。


 西崎は、特別進学クラスである三年A組の中でも、特に受験に熱心な生徒であった。

 そんな彼にとって武蔵野模試は、実力を示す格好の場所である。

 受験会場には一番乗りでやってききて、試験開始ギリギリまで復習を行うのが彼の習慣だった。


「勉強して来たか? 委員長」

「いいや」


 苦笑しつつ、智也は答える。


「昨日の大騒ぎのせいで、勉強なんかしている暇なんて無かったよ」

「俺もだよ。あんなもん見せられちゃ、とてもじゃないが勉強なんて手が付かないよ」


 教室で起きた騒動はその後、駆けつけた教師たちによってあっさりと鎮圧された。

 救急車で運ばれる門脇と、パトカーで連行される平松たちの姿は、学校周辺に待機していたマスコミたちによって全国に報道された。

 騒動の一部始終を目の当たりにした三年A組の生徒達は、精神的にかなりのダメージを負った。

 狂ったように拳を振るう平松と、真っ赤に腫れた門脇の顔は――今なお彼らの脳裏に焼き付いて離れない。

 多分、一生忘れることはないだろう。


気分を切り替えようと、智也は話題を変えた。


「ところで、西崎。お前、何で制服着てないんだ?」


 西崎の服装を見て、智也は渋い顔をする。

 今日の富永は、日野原中学指定の学生服では無かった。


「武蔵野模試では本番の試験と同じように、制服着用が決まりになっていたはずだろう? 試験官に見つかったらどうするんだよ」

「大丈夫だよ。この格好なら、何処か別の学校の制服に見えるだろう?」


 そう言うと、西崎は両手を広げて自分の着ている服を見せた。

 白のワイシャツに、臙脂のネクタイ。

 その上から、白のカーディガンをはおり、下はグレーのスラックス。

 成程、何処かの学校の制服に見えないことも無い。


「つか、何で制服着てんだよ。委員長は?」


 智也が納得すると、

 今度は逆に西崎が智也の学生服に文句をつけた。


「今、日野中ひのちゅうつったら、話題の的なんだぜ。制服なんて着て来たら、目立ってしょうがねぇよ」


 言われて、智也は辺りを見回す。

 廊下を通り過ぎる受験生たちは、智也に向かって意味ありげな視線を投げかけていた。

 彼らが注目しているのは、智也の着ている学生服だ。


「……本当だ」


 慌てて制服の上着を脱ぐと、

 新たに見知った顔がこちらに向かってやってきた。


「おう、西崎と委員長じゃん」


 そう挨拶をしたのは、クラスメイトの稲田義男である。

 稲田もまた西崎同様、受験に熱心な生徒であった。

 部活や委員会などといった学校活動にはかかわらず、一年生の頃から塾通いをして、高校受験に備えていた。

 同じく通塾組の西崎とは、友人であると同時によきライバルでもあった。


「なんだ、さえない顔しているな、西崎」


 暗い顔の友人の姿を見つけると、稲田は余裕めいた笑みを浮かべた。


「その様子じゃあ、全く勉強をしてこなかったようだな」

「お前は勉強して来たのかよ?」

「おう、ばっちりだぜ!」


 憮然とした表情で訊ねる西崎に、稲田は自信たっぷりに答える。


「過去問題を徹底的にやりこんで、出題傾向はがっつり掴んである。まあ、見てろって。前回のテストじゃお前に後れを取ったが、今回は負けないぜ!」

「なんだ、またサイバーなんちゃらってやつか?」

「セイバーメトリックスだ! 統計学にもとづく理論的分析だ!!」


 稲田の得意科目は数学。

 得意の数学を応用し、稲田は独自の受験理論を確立していた。


「いいか、ここ十年の過去問題を分析した結果、選択問題の占める比率が全体のおよそ四割に及ぶことがわかったんだ」

「だから、何だよ?」


自らが編み出した受験理論を披露する稲田を、西崎は冷めた眼差しで見つめる。


「つまり、選択問題だけで四十点は獲得できることになるわけだ」

「それがどうした?」

「さらに、選択問題の解答を分析してみた結果、32%の確率で二番が正解であることが判明したのさ」

「だからなんだよ!」

「つまり、選択問題でとりあえず二番を選んでおけば、四十点の三割――つまり、12点は確実に獲得できるってわけさ!」

「たった12点取ったからって何になるってんだよ!?」


 このように、稲田の統計学を応用した受験理論は、全く役に立たないことでクラスでも有名であった。

 持ち前の計算力でもって数学の成績“だけ”は良いのだが、他の成績は壊滅的であった。


「たった12点だからってバカにすんなよ! 1点を笑う奴は1点に泣くんだからな!」

「そういうのは、他の項目で点数取った奴が言うセリフだろうが! 選択問題だけ点数取れても意味ねぇだろうが!?」

「そんなことはない! 数字は決して裏切らない!! このデータを割り出すのに一週間かかったんだ! 間違いなどあろうはずがない!!」

「一週間て……。そんな無駄な計算している暇があるなら、真面目に勉強しろよ、お前」


至極もっともな指摘をきれいさっぱり無視して、稲田は話題を変える。


「そんな事より、委員長。あれからどうなった?」

「どうって?」

「門脇と平松の事だよ。決まってんだろ?」

「そうそう。そうだよ、委員長。どうなっちまうんだ、あの二人」


 稲田に続いて、西崎も訊ねる。

 三年A組の生徒達にとって最大の関心事は、目前に控えた試験よりも昨日起きた暴行事件だった。


「平松はどうなるんだ? やっぱり傷害で逮捕されるのか?」

「うわ、平松、前科者かよ。どうすんだよ、高校どころか少年院送りじゃん」

「確かに殴った平松が悪いんだろうけどさ、原因作ったのは門脇じゃねぇか。あれじゃ、いくらなんでも平松が可哀そうだぜ」

「門脇だってこのままじゃ済まないだろうさ。口止めされていたのに、マスコミに情報を流したんだからな。お咎めなしってわけにはいかないだろうよ――その辺の所、どうなんだ? 委員長」


 二人の質問に、智也は答えることはできなかった。


「詳しいことは、僕も知らないんだ。今日、平松と門脇の親を呼んで、保護者面談を行うそうだから、そこで何か決まるんじゃないのか?」


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