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囚人教室  作者: 真先
第三章 動揺
16/52

動揺(ニ)

「失礼します」


 一礼して、校長室に入った智也を待ち構えていたのは、林田弁護士と江副校長であった。

 ソファーに腰掛けた二人は、難しい表情を浮かべていた。


「……ああ、相沢君。いきなり呼び出して済まなかったね」

「いえ。丁度、面談が終ったところですので」

「まあ、掛けたまえ」


 校長にうながされ、ソファーに智也が腰を掛けた所で、

 林田弁護士が早速、用件を切り出した。

 

「相沢君。今朝のニュースは見たかね?」

「いいえ?」

「そうか。それでは、これを見てもらおうか」


 そう言うと、林田はテーブルの上に置かれたノートパソコンをこちらに向けた。

 キーボードを操作すると、モニターに動画が再生された。

 モニターに表示されたのは、ニュースの録画映像のようだ。

 

『先日おきた、女子中学生転落死事件に新展開です。我が取材班は、被害者女性と同じクラスの生徒から証言を得ることに成功しました』


 ニュースキャスターが言うと同時、画面が切り替わった。

 見慣れた日野原中学の校舎を背景に、レポーターとの会話が字幕付きで流れる。


『事件後のクラスの様子について聞かせてもらえますか?』

『はい。事件の翌日。クラスのみんなを集めて、聞き取り調査を行ったんです』


 レポーターの質問に、甲高い合成音が答える。

 音声は替えられていたが、女性であることは間違いない。

 一語一語、はっきりと発音するその話し方は特徴的で、レポーターの質問にも気後れすることなくしっかりと受け答えしていた。

 

『その聞き取り調査、というのはどういうものだったんですか?』

『学級委員の○○君が中心となって、クラスのみんなに質問をしたんです。加納さんになにか悩み事は無かったかとか、誰かにいじめられてはいなかったのかとか、そういった趣旨の質問でした』

『それで、何か分かったことがありましたか?』

『はい。事件前、男子生徒の●●君が、加納さんに対していじめを行っていたという証言がありました。身体的特徴を揶揄する、性差別的な発言によって、加納さんはとても傷付いていたそうです』

『しかし学校側の公式発表では、そのような事は何も言っていませんでしたが?』

『ええ。マスコミに発表された調査結果は、私たちの知っている事実と明らかに食い違う内容でした』

『つまり、学校側はいじめの事実を認識していながら、それを隠蔽していたということですか?』

『そうだと思います。あるいは、聞き取り調査を行った学級委員長の○○君が、意図的に内容を改竄して学校側に報告したのかもしれません』

『学級委員長が?』

『はい。いじめの事実が露見すれば、未然に防ぐことが出来なかった学級委員長の責任になります。責任を逃れるため○○君が、証言をもみ消したと言う事も十分考えられます。私は以前から○○君は、学級委員長としての資質に欠けると思っていました。出席番号順に選ばれただけの人間に、学級委員長と言う大役がこなせるとは到底思えません』


 映像は再び、ニュースキャスターに切り替わった。


『新たに発覚したこの事実に対し、我々は日野原中学に対し取材を申し込みましたが、学校側からの回答は未だ得られていな……』


 ニュースの内容が学校批判に差し掛かったところで、林田弁護士は動画を止めた。

 深い嘆息と共に、林田は呟いた。

 

「……最悪の事態です」


 まさしくこれは、林田弁護士が懸念していた最悪の事態であった。


「……なんてこった」


 この世の終わりのように校長が頭を抱えるその隣で、林田弁護士が智也にたずねる。


「何で報告しなかったのかね、相沢君」

「……それは」

「こんな報告は、私は聴いていないぞ。どんな小さなことでも構わないから、包み隠さず報告するようにと言ったはずだろう?」

「いや、だって、本当に報告するほどの事では無かったんですよ!」


 弁護士の詰問に、慌てて智也は釈明する。


「よくあるただの言い争いです。テレビで言っているような、……その、せーさべつ的な? 発言ではありませんでしたし、いじめと呼べるようなものではありませんでした。わざわざ報告するまでもないと思って、言わなかったんです」

「それを判断するのは君じゃない。君は黙って、ありのままを報告してくれれば良かったのだよ。まったく、余計な事を……」

「…………」


 厭味ったらしくため息を吐く弁護士に、智也は憮然とする。

 ありのままを報告したら、それはそれで問題になったはずだ。

 そしてその責任を押し付けられるのは――勿論、委員長の智也なのだ。


「……まあ、起きてしまったのは仕方がありません。重要なのは今後の対応です」


 やがて気を取り直した林田弁護士は、今後の対策について考え始めた。


「この報道によって、マスコミが動き始めるでしょう。これ以上、騒ぎを大きくしないためにも、情報管理を徹底しなければなりません。さしあたって問題なのは、インタビューを受けたこの生徒です」


 林田はパソコンのモニターを指さした。


「経緯はどうあれ、学校内の情報を外部に漏らしたのです。この生徒には厳重に処罰を与えねばなりません。身元を割り出し早急に……」


 そこまで林田が言った所で、


「門脇さんです」智也が、

「門脇君です」そして校長が、


 二人同時に答えると、大きくため息をついた。

 沈痛な面持ちで項垂れる二人に、林田弁護士は恐る恐るたずねる。


「……誰?」



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