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囚人教室  作者: 真先
第二章 疑惑
13/52

疑惑(四)


「何もありませんでした」


 結局、智也は最も無難な答えを選んだ。


「何もなかったのかね?」

「ええ、何もありませんでした」


 念を押す弁護士に向かって、はっきりと答える。

 下手なことを言えば、また騒ぎの火種になる。

 何も無かったことにしてしまえば、何も問題は起きない。

 学級委員長として、これ以上の面倒ごとは御免であった。


「……そうか。ご苦労だったね、相沢君」


 意外な程にあっさりと、林田弁護士は納得した。

 素人の聞き取り調査など、端から期待していなかったのだろう。

 智也からの報告を聞くと、気の無い様子でうなずいた。


「つまり、これで自殺の線は無くなったと言う事ですね?」


 一方、校長は大いに満足したようだ。

 学校側にとって懸念すべきは警察発表と食い違う新事実が発覚することである。

 智也のもたらした生徒達による調査結果は、事なかれ主義の校長にとって都合の良いものであった。


「そういうことですね」

「よかった。とりあえずこれで、最悪の事態は回避されたと言う事ですね」


 安堵のため息をつく校長に、林田はあらためて釘をさす。


「安心してもらっては困りますよ、校長。自殺では無いと言うとは、事故ということになります。学校の敷地内で生徒が死んだのです。学校側の監督責任だけは避けられません」

「では、どうすればよろしいのですか?」


 相変わらず自分で考えようとしない校長に向かって、林田弁護士は告げる。


「今度は事故原因について究明しなければなりません。学校施設に問題はなかったか、安全管理に問題はなかったか。事故の原因を探り、二度とこのような事故が起きないように対策を施さなければなりません。事故が起きたのは、実習棟の屋上でしたね?」

「ええ、そうです」

「あまり聞き慣れないのですが、実習棟とはどういった施設なのですか?」

「技術工作や家庭科などの実習授業を行う教室です。その屋上は結構な広さがあるので、運動場として使われることがあるのです」

「たとえば、よさこい踊りの練習とか?」

「ええ。そうです」

「しかし、事件当日、よさこい踊りの練習は体育館で行われていたのでしょう? 加納さんは何故、屋上に行ったのですか?」

「ああ、それはちょっとした手違いがあったんです」


 二人の会話に、智也が割って入る。


「手違いとは何かね?」

「当初、稽古の場所は実習棟の屋上でやる予定だったんです。ところが、直前になって体育館に変更になってしまって……」

「それを知らない彼女が間違えて実習棟の屋上に行った、というわけかね?」

「ええ」


 智也がうなずくと、林田弁護士は考えるようなそぶりを見せた。

 しばしの沈黙の後、たずねる。


「屋上に来るように彼女に伝えたのは誰かね?」

「僕です。保健委員の近藤さんに、呼びに行くように頼みました」

「つまり事故の原因は、君にあると言う事だね?」

「え?」


 突如、林田の口調が豹変する。

 鋭い視線で智也をねめつけると、詰問口調で詰め寄った。


「加納瑞樹さんが転落死したのは、連絡の不徹底が原因だった――そういうことだね?」

「え? ええっ!?」


 再び弁護士の態度が変わる。

 狼狽する智也を落ち着かせるかのように、やさしく肩に手を置いた。


「いや、君が気に病むことは無いさ。これは事故だ。誰の責任でもない、不幸な事故だったんだよ。うん」


 責任は無いと言いつつも、その口ぶりはあたかも、智也を責め苛んでいるかのように聞こえた。

 得体のしれない罪悪感に囚われた智也を置いて、林田は校長と今後の方針についての話し合いを始めた。


「とりあえず、これで原因ははっきりしました――早速、行きましょう」

「何処へ、ですか?」

「もちろん、ご遺族の所です。事件の詳細を報告しに行くんです」

「今から、ですか?」

「ええ。こういう事は早い方が良いですから。誠意ある態度を見せるためにもこちらから出向いて謝罪しましょう」

「しかし、色々と準備が……。服装とか、どうしましょうか?」

「そのままで結構でしょう。葬儀では無いのですから。礼服で行きますと、先方にいらぬ気づかいをさせてしまいます――相沢君も、制服姿のままでいいだろう」

「……って、僕も行くんですか!?」


 急に話を振られた智也は、思わず声を挙げる。


「当たり前だろう。君の不手際のせいで加納さんは命を落としたのだから」

「そんな……」

「大丈夫。ちゃんと謝罪をすれば、先方もきっと許して下さる」


 完全に責任を擦り付けられた智也は、いよいよ顔を青くする。


 加納瑞樹の父親は、日野原市の有力者として知られている。


 その娘を、

 うっかり間違って死なせてしまい、

 ごめんなさいの一言で、


「……許してくれるわけないでしょう!?」

「大丈夫だ、私がついている!」


 半泣きで悲鳴を上げる智也に、校長が力強く語り掛ける。


「君だけに責任を取らせるような真似はしない。私も一緒に謝ってあげるから心配するな」


 校長の言葉は、しかし何の慰めにもなりはしなかった。



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