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囚人教室  作者: 真先
第二章 疑惑
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疑惑(三)

「……で、そのクラスの代表が僕ってわけですか?」


 校長室に呼び出され、一通りの説明を聞き終えると、

 智也は校長に向かって訊ねた。

 

「そういうことだ」

「……何で僕がそんなことしなくちゃならないんですか?」

「それは君が委員長だからだ」


 智也の質問に、至極当然のように校長は答える。


「無理ですよ、そんな事! 絶対無理です。こんな重大な役目、僕に出来るわけがない!」 

「そう難しく考えることは無いよ」


 笑いながら答えたのは、林田弁護士であった。

 さすがは弁護士だけあって、その話しぶりは根拠のない説得力に満ち溢れていた。


「加納瑞樹さんの事について、みんなに話し合いをさせて、それをそのまま私たちに伝える――ただ、それだけでいいんだ」

「……本当にそれだけですか?」


 つい先日、同じ手で騙されたばかり智也は、懐疑的な眼差しを向ける。


「どんな些細な事でも構わない。ありのままを、包み隠さず私に報告してくれ。何もなければ、何もないと報告してくれればいいんだから」


 要するに、いつものように伝書鳩をやれということだ。

 呼び出される場所が変わったところで、やることは変わらない。

 そして、智也に選択の余地が無いのも同じだった。



「……と、いう訳なんだけど」


 教室に戻った智也は、弁護士の指示通り校長室で聞いた話をそのまま伝えた。


「みんな、なんかない?」

「……なんか、ってなんだよ? なんか、って!」


 ざっくりとした質問に、クラス全員とまどいを隠せない。

 智也自体が質問の趣旨を、今一理解していないのだから無理もない事であった。


「だからさ、加納さんがいじめられていたとかさ、誰かに嫌がらせを受けている所とか見たとか――そういったことを、彼女から相談を受けたとかいう人はいないかな?」

「ないない! 絶対にない!」


 ぶんぶんと手を振り、否定したのは本田宏斗であった。

 いつも通り軽薄な口調で言うと、本田は笑う。


「誰があの女に手を出せるっていうんだよ。ぜってぇ無理だわ」


 これには智也のみならず、クラスの全員が同意見だった。

 

 加納瑞樹はこのクラスの女王だ。

 加納建設社長である父の権力を背景に絶大な影響力を持つ彼女は、クラスメイトのみならず教師ですら容易に手を出すことの出来ない存在であった。


「ああ、でも。……この間、平松と喧嘩してなかった?」


 思い出したように呟いたのは、竹内遙だった。

 竹内はクラスの中で、加納瑞樹と最も近しい間柄であった。

 休日になると、頻繁に遊びに出かけていたらしく、駅前に二人でいる所を度々、目撃されている。


「文化祭の時、派手にやり合っていたじゃない」

「ええっ! 俺?」


 名指しされた平松明良は狼狽する。


「ああ、そうそう。確か平松が瑞樹に向かって、デブって言ったんだよね」


 追い打ちをかけたのは和久井唯だ。

 瑞樹とは同じ小学校出身の彼女は、加納家の近所に住む幼馴染であった。


「そうそう。そんで瑞樹のやつキレちゃってさ」

「あの後、瑞樹、ちょっと泣いてたよね」

「ちょっと待てよ、お前ら!」

「そうなのか? 平松」


 智也がたずねると、平松は立ち上がって釈明した。


「あれはだって、文化祭のバザーで出す予定だったマフィンをあいつ一人で食っちまったからだろうが!? 委員長も知っているだろう?」

「……ああ、覚えているよ」


 それは、先月行われた文化祭での出来事であった。

例によって青木教諭の余計な思い付きで、三年A組は模擬店を出店することになった。


『売上金を寄付すれば、内申書の評価が上がるわよ♪』


 と言われて、模擬店を出すことが決まったものの、肝心の売り物が決まらない。

 そこで名乗りをあげたのが、平松明良であった。

 実家が中華料理屋を営む彼は、男の身でありながら料理部部長をつとめる程の料理好きであった。

 平松は、売店でお手製のマフィンを売るように提案した。

 手軽に食べられるマフィンならば、材料費が安く済むし、利益率も高い。

 平松の提案に、クラス全員が賛成した。

 

 平松は実家のコネを使い材料を安く調達し、当日も朝早くから登校し、マフィン作りに取り掛かった。

 平松の骨身を惜しまぬ奮闘のお蔭で、準備は順調に進んだ。


 問題が起きたのは、文化祭開催直前の事である。

 文化祭実行委員を務めていた加納瑞樹は、三年A組に視察にやってきた。

 そして、出来上がったばかりのマフィンを味見と称して全て平らげてしまったのだ。


 普段は温厚な平松も、これにはさすがに激怒した。


「……だから『そんなに食ったらお前、太るぞ?』って、言ったんだ。だから、デブだなんて言ってねぇよ」


 額に汗をかきながら、必死に釈明するが、二人の女子は取り合わない。


「同じでしょ。デブにデブって言われるのってすごいショックなんだよ?」

「女の子相手にデブは禁句でしょう。デリカシーってもんが無いの?」

「…………」


 自分が言うのは構わないが他人に言われるのは許さない。

 女子特有の身勝手な理屈に一方的に責め立てられ、平松は口をつぐんだ。


「他になんかないか? 悩み事を抱えていたとか」

「悩みなんてあるはずないだろう?」


 即座に答えたのは塾通いの西崎である。


「教和大付属の推薦決まってんだろう? 悩みなんてあるもんか」


 彼の言う通り、加納瑞樹は市内にある私立の名門校、教和大付属日野原校の推薦入学が内定している。

 これから本格的な受験シーズンを迎える、受験生たちにとっては羨ましい限りであった。


「悩みといっても、受験の事に限った事じゃないでしょう?」


 西崎に向けてそう言ったのは、新聞部部長の安達玲子であった。

 ジャーナリスト志望の彼女は、常に中立的な立場に立って意見を言う。

 安易な先入観は、事実をゆがめる危険性があることを、彼女は知っている。


「瑞樹だって女の子なんだし、いろいろ悩むことだってあったんじゃないかしら?」

「例えば?」


 と、西崎が言うと、少し考える素振りを見せてから安達は答えた。


「……恋の悩みとか?」

「あいつが!? 恋だって!?」


 西崎が噴き出すと同時、教室が爆笑に包まれた。

 

「ありえねぇ! 加納が恋とかマジありえねぇ!」

「やべぇ、想像しただけで笑えて来る」

「相手は人間か? そもそも、生き物なのか?」

 

 教室中が囃し立てる中、

 噂好きの少女、皆川冴子が思い出すようにつぶやいた。


「……そういや、瑞樹は白井君と付き合っていたんじゃない?」

「えっ! 僕が!?」


 唐突に名前を呼ばれ、白井僚が席から立ち上がる。

 長身で端正な顔立ちの少年はひどく狼狽えていた。


「本当かよ、白井?」

「うわ、意外!」

「いつの間に付き合ってたんだ、お前ら?」


 皆川冴子の爆弾発言にクラス全員が――特に女生徒たちが 嬌声を上げた。

 クラス一の美男子と、死亡したクラスメイトのスキャンダルに、教室中が色めき立つ。


「違うっ! 彼女と僕は何ともないよ」


 必死の形相で否定する白井に、皆川は意地悪く追及する。


「だってこの前、図書室に居る所見たもん。二人並んで座ってさ、顔つき合わせて、なんか楽しそうに話してたじゃん?」

「違うよ! あれは偶然だ。勉強している所に彼女がやってきてさ。英語の問題でわからない所があるから、教えたってだけだよ」


 帰国子女の彼の得意科目は英語。

 クラスの皆から英語の質問を受けることがしばしばあった。


「なんだよ、そう言うオチかよ」

「あーびっくりした、そうだよね。

「また皆川の与太話かよ。驚いて損した」


 皆川冴子の噂話に信憑性が無いのは有名である。

 白井が釈明すると、騒動はすぐに沈静化した。

 

 恋愛がらみの線も無くなった所で、智也はしきりなおす。


「他になんかないか?」

「そういえば。ここの所、彼女ずっと体の調子が悪かったみたいだよ」


 そう答えたのは、小道具係の斉木杏である。


「二学期に入った辺りから、体育の授業を休むのが増えたんじゃないかしら。あの日も、体調不良が理由で練習を休んでいたでしょう?」

「そんなのいつものことじゃないか」


 斉木に向かって言ったのは、体育係の内海であった。


「あいつはいつも体育の授業はサボっていただろうが。……その、二日目だとか言って」

「でも、本当に調子悪そうだったわよ。トイレで吐いている所を、見たこともあるし。何か病気だったのかも……」

「本当に悪いんだったら、保険室の佐久間先生が何か知っている筈だろう? 何も言わないってことは、仮病だってことさ」


 結局、病気の線も空振りのようだった。


 これで、大方の情報は出尽くしたようだ。

 いろいろ発言はあったが、決め手になるような情報は何もなかった。


(さて、どうしたものか……)


 智也は、林田弁護士にどう報告すべきか考えた。


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