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囚人教室  作者: 真先
第二章 疑惑
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疑惑(一)

 事件の翌日、日野原中学で全校集会が行われた。

 登校してきた生徒達は、教師たちの先導に従ってそのまま体育館に集合した。

 全校生徒の前で江副校長は、昨夜起きた事件の顛末を語った。


「皆さん既に報道などでご存じでしょうが、我が校で痛ましい事件が起きました。昨日、午後七時、我が校の生徒である生徒加納瑞樹さんが、校舎裏で死亡しているのを発見されました。遺体発見時の状況から、実習棟の屋上から転落したものと思われます」


 淡々とした調子で語られる事件の顛末は、しかしその場にいる生徒全員が既に知っている事であった。

 加納瑞樹の死は、テレビをはじめ新聞その他のメディアに大々的に取り上げられていた。

 地方都市で起きた女子中学生の転落死というありふれた内容にも拘わらず、事件は不自然な程に大きく取り上げられていた。

 自分達の通う学校で起きた突然の事件に、生徒達の誰もが驚きと興奮に包まれていた。


「加納瑞樹さんは、三年A組に所属しておりました。品行方正で明るく社交的な性格の彼女は、クラスの人気者でありました」


 静かに耳を傾ける生徒達の前に、校長の演説は続く。


 今年の夏行われたよさこい祭りではセンターを務めていた事、

先ごろ行われた文化祭では実行委員会に所属し、文化祭を成功へと導いた事、

 父親の加納大悟は、県下有数の建設会社、加納建設の社長である事、

 裕福な家庭に育った社長令嬢にもかかわらず、地元の公立中学に通う庶民派であった事、

 学業成績も優秀で学年トップの成績を保持し、既に市内にある名門校、教和大付属日野原校に推薦入学が決まっている事――等々。


 抑制のきいた口調で、校長は加納瑞樹の人柄を滔々と語った。


 校長の背後、演壇に掲げられた大型スクリーンには、加納瑞樹の在りし日の姿が映し出されていた。

 プロジェクターでスライド上映された写真は、よさこい祭りで撮影されたものだ。

 ピースサインで微笑む彼女の姿は、見る者達にもの悲しさを感じさせた。


「事件の詳細については未だ明らかになってはおりません。生徒の皆さんは、我が校の生徒としての自覚をもって冷静に行動してください」


 ありきたりな文句で締めくくると、校長は臨時休校を宣言した。

 校内には現場検証中の警察関係者の姿があり、外にはマスコミが取り囲んでいる。

 到底、授業が出来る状態では無く、校長は生徒達にこのまま帰宅するように通達した。

 予定外の休日に、生徒達は喜び勇んで下校していった。

 但し、三年A組の生徒達だけは今後の対応の説明があるため、そのまま教室に戻って待機するように命じられた。


 ○


 教室に戻った三年A組の生徒達は、亡くなった加納瑞樹に向けて追悼の手紙を書いていた。

 クラスメイトを喪い、悲しみに暮れる三年A組の生徒達には心のケアが必要である。

 亡くなった友人への思いを手紙にして書き綴ることによって、少しでも悲しみが和らぐようにという学校側の配慮である。


 しかし、教師たちの懸念をよそに、三年A組の生徒達はいたって平静であった。

 クラスメイトの死を前にして、むしろ冷淡と言ってもいい。


「なーにが、みんなに慕われるクラスの人気者だよ!」

「まったくだよ、あいつの事、好きな奴なんていたか?」

「よくもまぁ、あんな出鱈目、恥ずかしげも無く言えたもんだな、校長も」

「笑いこらえるので必死だったぜ。あの写真だってそうだよ。見たか、あれ?」

「見た見た。誰だよあの美少女」

「修正しまくって原型止めてねぇし」


 教室の生徒達は、先程の校長の話を、笑いながら語り合っていた。


 彼らを監督すべき、担任の青木教諭はここには居ない。

 職員室では今後の対応を巡って職員会議が開かれている。

 監督すべき教師のいない教室は、例によって無法地帯になっていた。


 クラスメイト達がおしゃべりに興じる中、智也だけが真剣に追悼文に取り組んでいた。

 しかし、一向に筆が進む気配は無い。

 原稿用紙を前に苦闘していると、隣の席の平松明良が声をかけて来た。


「……なあ、委員長」


 平松は、クラス一のデブ――もとい、巨漢であった。

 百キロ近い体重の彼は、近づくだけで体感温度が一℃上昇した気分になる。


「なんだよ、平松?」

「追悼の手紙って、何を書けばいいんだ?」

「とりあえず、加納さんとの思い出を書けばいいんじゃないか?」

「……碌な思い出が無いんだけど」

「……僕もだよ」


 智也達が知る加納瑞樹は、校長が言うような品行方正な優等生では無い。

 むしろ、クラスで一番の問題児であった。

 彼女の引き起こした度重なる問題行動に、クラスメイト達は何かと迷惑を被っていた。

 特に委員長の智也は最大の被害者と言える。

 彼女が問題を起こす度、事態の収拾に奔走するのは智也の仕事であった。


「ありのままの事実を書いたら、大問題になるだろうな……」

「かと言って嘘を書くわけにも行かないしな……」


 どうしたものかと頭を悩ませていると、


「よおよお、聞いたか?」

 

 二人の元に本多宏斗がやってきた。

 いい加減な性格の軽音部員は、手紙を書くつもりなど端からないらしい。

 先程から本多は、クラスメイト達と噂話に興じていた。


「校長、弁護士を雇ったらしいぜ」

「弁護士?」

「ホラ、テレビによく出ている有名な人。林田っていう」

「林田って、山梨バットの?」と、智也が訊ねると、

「いや。佐賀のいじめ事件だろ?」と、平松が訂正し、

「違ぇよ、大分の体罰事件だろうが」さらに、本多が訂正する。


「このあいだ記者会見をやっていたろ? バレー部の部員と一緒にテレビに映っていたじゃん」 

「あれ、そうだったっけ? 勘違いだったか?」

「弁護士なんてよく雇えたな。ウチの学校、金ないのに」


 手紙の事などすっかり忘れて、弁護士の話題で盛り上がっていると、

 ようやく教室に青木教諭が戻ってきた。


「相沢! 委員長!」

「はい。なんですか?」

「校長がお呼びよ。至急、校長室にきてちょうだい」


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