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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ホラー系

煤済美容整形外科~♪

作者: 芍薬甘草

 都内で美容整形外科を営む医師、煤済正善すすずみ まさよしは霊感体質だった。

 その力は霊を祓えるほどは強くはなく、取り憑かれるような危ういたぐいでもない。精々幽霊が見えて、触ろうと思えば触れるというくらいの中途半端なものである。

 幼い頃は霊能力者に憧れたこともあったが、その苛酷さを知ると怖気おじけ付き、今は幽霊や霊能力者を忌避して関わらないように暮らしている。

 たまに街で幽霊に取り憑かれた人間を見かけたが、我関せずを貫いていた。


 そんな彼が閉院後の病院で、自分の身に降りかかる問題について悩んでいると、何者かがクリニックの裏門を叩く音が聞こえた。

 煤済は例の患者関係かと思い慌てて開けるが、そこにいたのは人間ではない。


『きひひ、初めまして煤済先生、あんた私が見えてるね? 手術の依頼に来たんだが、ちょいとそこのお札を剥がしてくれないかい?』


 その幽霊の女は下卑た笑いをみせながら、ぎょろりとした目を煤済に向けた。煤済の事を上目づかいに睨みつけているが、猫背が酷く、実際の身長は煤済と同じ位あるかもしれない。

 世の中には守護霊のような善良な霊もいて、見た目では悪霊との見分けはつかないのだが、煤済はそれが悪霊であると直感した。


「どうして俺が見えるたちだとわかった?」

『そりゃ、そんな本物のお札を家や病院に貼ってるからさ。こっちはちょいと通過しようとしただけだったのに、この結界に顔をぶつけてね。責任とって、私の顔を治しておくれよ』

「悪いが幽霊の手術はした事がないんだ、帰ってくれ」

『そう邪険にするもんじゃないよ、ここはギブアンドテイクといこうじゃないか。……あの佐藤何某(なにがし)って女、邪魔なんだろう?』


 悪霊の出した名前に、煤済はギクリとした。

 冷静を装いつも、思わず目を見開いてしまう。


 煤済の病院には佐藤性の患者は大勢いるが、その中で煤済の悩みの種になっているような佐藤は一人しかいない。

 佐藤A子、三ヶ月前に聖銀糸の埋め込み手術を施し、今は煤済に対して民事訴訟を起こそうとしている女である。


 聖銀糸埋め込み手術とは、美容整形の中でも相当な物好きが行う手術の一種だ。その名の通り皮膚に聖銀を細くした糸を埋め込むのだが、聖銀が肌を浄化して若返らせると言われている。古代の美女ヘレネが美を保つ為に行っていたとされているが、現代医学の観点からはその効果の程は実証されていない。

 もっとも、効果が実証されていない事と効果が無い事は別だ。実際に肌が若返ったと喜ぶ患者も多い為、煤済の病院でも採用している。

 手術ミスが無いし副作用も出にくい、そして聖銀を使っているので費用が高くても患者が納得するという、ある問題(・・・・)を除けば美容形成手術の中でもなかなかおいしい施術である。


 しかし、佐藤A子はそのある問題(・・・・)を持ち出してきて煤済を訴えようとしていた。

 それは聖銀を埋め込んだ人間は最新の強磁場型画像法、通称SMIと呼ばれる画像診断法を受けられなくなるという問題だ。『埋め込んだ聖銀が強磁場にさらされる事によって体液に溶け出しやすくなり、アナフィラキシーショックを起こしてしまう可能性がある』とする論文を受け、SMIメーカーが聖銀糸を埋め込んだ人間の撮影を一律禁止にしたのである。

 佐藤A子は某大学病院でSMI検査をしようとしたが断られ、それを煤済のせいだとして訴えようとしていた。そして彼女以上に悪質なのが雇われた弁護士で、弁護士は煤済の病院で聖銀糸手術を受けた患者を調べて片っ端から声をかけ、集団訴訟に持ち込もうとしている。


 本当は聖銀糸がSMIで溶け出す可能性は非常に低く、一律禁止にする必要などない。メーカーは万が一の時に自分達が訴えられるのを避けるため、一律禁止してしまっただけである。

 今回佐藤A子が煤済を訴える事によって、メーカーや病院は今まで以上に臆病になり、意地でも佐藤の様な患者にはSMI検査を受けさせまいとするだろう。

 なんとも皮肉が効いているが、当事者である煤済にはとても笑えない。


『きひひ、幸いまだ告訴はされてないんだろう? 今がチャンスだと思わないかい?』

「そんな……俺は別に……」

『安心しなって。今日中にちょちょいっと私の顔を変えてくれればいいんだ。実は私もこの前ミスして霊能力者に顔がバレちまってさ、今はかなりピンチなんだよ。困ってる者同士、お互いに得意分野・・・・で助け合おうじゃないか』


 得意分野で。

 そう言ってにたりと笑う悪霊に、煤済は思わず喉を鳴らす。

 目の前にいるのは人を殺し慣れた悪霊だ、手術後に煤済を殺さないとも限らない。お札を剥がして招き入れるには危険すぎる。


 しかし、そんな煤済の心に悪魔が囁く。

 ――ここで悪霊に殺されるのと、金の亡者に社会的に殺されるのに、いったいどれほどの違いがある? この悪霊は助けてくれるかもしれないが、亡者達は確実に殺しにくるぞ?

 と。


「……俺はミスはしていない」

『ああ、それもそうだ、ミスしたのは私だけさ』

「だが、きちんと対価を払うのならば、たとえ幽霊でも大事な患者だ」


 そう言って煤済は、震える手で魔よけのお札を剥がした。



 佐藤A子と弁護士の乗った車が交通事故を起こしたのは、そのすぐ次の日の事だった。



 *   *   *   *   *



『きひひ、久しぶりだねぇ煤済、元気してたかい?』

「……もう来ない約束じゃなかったのか?」

『なに、二年前の事であんたをいじめに来たわけじゃないさ。実はまたちょいと顔を変えたくなってね』


 そう言って煤済の病院前に現れたのは、美少女の幽霊だった。せっかく整った顔立ちをしているのに、下卑た笑いと酷い猫背が台無しにしている。

 二年前に佐藤A子と弁護士が死んで訴訟の話が流れた為、煤済は今も変わらず病院を続ける事ができていた。


「言っとくが、それ以上美人にはできんぞ。あとはいじればいじるほど顔が崩れる」

『おいおい、あんたが勝手にこの顔にしたんだろう? こっちは美人過ぎて目立っちまって、やりにくいったらありゃしなかったよ。文句を言わない約束だったから、今日まで来なかったんだからね』

「……そうか。約束を守る奴は幽霊でも大事な患者だ、入れ」


 煤済はためらう事なく魔よけのお札を剥がし、美少女の悪霊を病院の中へと招き入れる。


『なんだい、二年前に比べてえらく友好的だねぇ』

「……今回は俺の近況を調べてきたんじゃないのか?」

『こう見えて今回は、前回より切羽詰まってるんだよ。……それで、簡単に私を受け入れたって事は、あんたまた誰かに困ってるのかい?』


 切羽詰まっていると言うわりにはニヤニヤしている悪霊に、煤済は無言で一人の患者のカルテを差し出した。顔の整形手術を行った為、手術前後の写真も添付されている。

 そこにはウェーブのかかった黒髪の女性が写っていた。


「緑川緑子だ。そいつは交通事故で鼻を複雑骨折してな。綺麗に整えてやったのに、痛みが引かない、お前のせいだ、何とかしろと煩わしくてかなわない」

『きひひ、なんだい、今度こそあんたのミスじゃないか』

「黙れ、俺は絶対にミスなどしていない! ……嫌なら出て行け」

『わかってるって、私とあんたの関係は、今も昔もギブアンドテイクだよ。ただ、私ん時にはミスしないでおくれよ?』


 煤済は茶化す悪霊に舌打ちしながらも、てきぱきと手術の準備を進めていく。


 ――そして数時間後、パッとしない顔の幽霊が一人、煤済の病院から出て行った。




 煤済は次の日の夜も病院の裏門を叩く音が聞こえた。

 そこに悪霊が居ると知りながら、もう躊躇うこともなく門を開ける。


「こんばんは、すっすずーみ先生」

「なっ!?」


 しかしそこにいたのは悪霊ではなく、ウェーブのかかった黒髪の女性、緑川緑子だった。

 彼女は腕を後ろに回し、少し腰を前に曲げて、煤済を上目遣いに見上げている。その顔は優しく微笑んでいるが、残念なのは煤済が整えたその鼻に、白い湿布が貼られている事だろう。

 それでも普通の男なら思わずときめいてしまうだろうが、煤済に対しては悪霊と初めて出会った時の事を彷彿とさせ、そしてその時以上に恐怖を与えた。


「ねぇ先生、私ずっと鼻が痛くって」

「こ、こんな時間に来られても困ります。お引き取りを」

「それとさっき、こいつに腕を引っ掻かれちゃってさぁ。治療はしなくていいから絆創膏とか持ってない?」


 そう言って緑子は後ろ手に持っていたパッとしない顔の幽霊のを、煤済の眼前に差し出した。

 煤済は小さく悲鳴を上げて、思わず尻餅をつく。


「ああ、やっぱり先生は見えてるんだね、これ」

「な、何故だ!? どうして……」

「うーん、実はさぁ、交通事故で鼻を潰したっていうの、あれ嘘なんだよ。本当は悪霊と戦った時に鼻を潰されてね」


 煤済は緑子の話を聞きながらも目を動かし、この場から逃れる方法を探す。

 しかし煤済の目に飛び込んできたのは、いつの間にか現れて病院の出入り口を封鎖し、煤済を包囲している黒服の集団だった。 


「な、何だお前達は? いつの間に入って来たんだ」

「ねえ先生、こいつって顔が変わっちゃってるけど、例の高額賞金首だった悪霊よね? 先生が証明してくれないと賞金が貰えなくってさ、ちょっと来てくれる?」


 緑子のその言葉を皮切りに、黒服の集団がゆっくりと煤済に近づいていく。 


「やめろ、近寄るな、放せ、放せぇ!」



 それから院内にはしばらく煤済の喚き声が響いていたが、やがてその声は聞こえなくなった。



 黒服の集団も居なくなり、今は緑子一人が病院内に佇んでいる。

 緑子が手に持っていた悪霊の首も、黒服の一人が回収していった為に既に無かった。


 そこまでずっと笑顔を作っていた緑子だったが、一人になった途端に自分の鼻を抑えて唸る。


「うう、いてて…… まったく、幽霊よりも藪医者のほうがよっぽど怖いっての」


 賞金が入ったら、多少治療費が高くても有名な先生に診てもらおう。

 緑子はそう決意しながら病院を後にするのだった。

 

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