本編-0081 模擬戦~牙の守護戦士vs血の狂戦士
~~『傭兵隊長"日誌狂のロットゥ"最期の手記』より
「吸血鬼」の烙印を押された者達の王国は、名を【アスラヒム王国】という。
支配層たる【貴属種】達に奉仕する【従属種】達の――そのまた奴隷として、家畜のように生産され、家畜のように使い潰されるのが【隷属種】の吸血鬼達である。
この吸血貴族達は自らの手を汚さないよう務めるが、連中の従者達もまた、自らの手を直接汚すことを避けようとする性質がある。実に胸糞の悪い話だ。
この「従者」達だが、幸い、完全なる「吸血鬼化」は免れているようで、"肉の悦び"を味わう能を残しており――連中同士の間か、あるいは連中が飼育している"畜人"との間に産まれるのが隷属種達なのである。
彼らは吸血鬼特有の"血の絆"と、親たる吸血従者達との"血縁"という二重の「血の束縛」によって「親」に縛られており、その命令に逆らうことができない。
そのくせ、こうした"戦畜"とも言うべき奴隷達の頑丈にしてしぶとく殺しづらいことにかけては、滅多にお目にかかれない"竜人"にも匹敵している。そんな隷属種達であるが、一人の従属種を取り逃がすだけで、そこから何十、盛んな奴に至っては数百単位の「奴隷」の集団が生み出されることになるのだから、ますますもって性質が悪い。
近年では、生まれた時から、人間以上に強靭なその身を「戦士」として専門の"里"で教育・選別していく仕組みが構築されつつあるという。
吸血鬼どもには我々人間の倫理観が通用しないとはよく言ったものだが……獣にも劣るおぞましく邪悪な生態ではあろう。
密偵の報告によれば、そうした"里"の中には「戦士」ではなく「暗殺者」を育成する形態のものが存在することが明らかになったというが――おや? こんな夜半に誰かが戸を叩いているな。まだ酒宴の時かn(手記の下半分は黒ずんだ血に塗れており、これ以上は判読が困難である)
待ちの構えを取るソルファイドに対し、まずはアシェイリが積極的に仕掛けた。
両手でバトルアックスを大きく振りかぶり、遠心力に任せるまま、斧というより鈍器のように袈裟懸けに叩き下ろす。
豪、と振り下ろされた巨大斧は、掠めただけでも大怪我は免れ得ない破壊力を秘めた鉄塊である。さしもの竜人の頑丈さを以ってしても、ソルファイドの軽装ではその壊撃は防ぎきれない。
しかし、ソルファイドには"眼帯"越しにまるで全てが視えているかのように、最小の動作で一歩引く。音からいっても風圧からいっても、単純明快過ぎる攻撃の軌道を予測できぬ彼ではない。
半身になって胸当てすれすれで豪刃をかわすとともに、一歩踏み込みながら掌底の一撃を加えようとする。
「む!」
しかし、アシェイリも然る者。
振り降ろされるまま大地に叩きつけられた斧――を逆に支点とし、地を蹴って跳び上がり、掌底に対して蹴りでのクロスカウンターを狙う。巨大斧を振り回す重量級スタイルからは想像もつかない身軽さである。
「身軽だな」
だが、頭部を狙った蹴りは、即座に身を引いた竜人のもう片方の小手に防がれ、多少の衝撃は与えたものの怯ませるには至らない。
ただし、急接近を防ぐことはできたため、アシェイリはそのまま小手を蹴り抜いた勢いで距離を取る、と同時に地面にめり込んだバトルアックスを力任せに引き抜き様、地から天へ逆薙ぎに振り上げて牽制、ステップを踏んでさらに距離を離す。
「"教練者"達の誰よりも強い……必ずその得物を抜かせてみせます」
アシェイリの言葉に、観戦していた者達がさらに目を細める。
――「戦士の里」で鍛え上げられたアシェイリにとって、素性が割れることを避けるために情報を秘するという発想や技術は、そもそも無かった。
駆け引きや情報の管理といった類の心得は、奴隷戦士の家畜には不要であるとされていたからである。仮に彼女が『長女国』で捕らえられたとして、"親"たる吸血鬼は気にも留めないだろう。それは家畜が一人減っただけのことであり、また生産すれば良い、そう思われる程度の価値しかないのだから。
ソルファイドが腰巻きの乱れを軽く一払いする所作。
それを見たアシェイリが『来る』と警戒した半瞬、竜人が武技【円舞】の移動力強化を全て踏み込みに注ぎ込んだ神速の一歩で懐まで肉薄。手甲と鱗により、それだけで武器とも言える"貫手"の一撃を繰り出す。
「くっ!」
脇腹を抉るような軌道だったが、かろうじて急所をかわす。舌打ちしつつ斧を振り回しての逆撃を狙うアシェイリ。
「出し惜しみは無しです!」
宣言するや、斧の振り速が増大。武技【豪鉄塊】の効果により、まるで跳ね橋のように急加速した巨大斧が、唸りながらソルファイドの体幹を粉砕せんとする。
避けるには距離が詰まりすぎており、受け止めるには装備が軽装過ぎる。
わずかの間にソルファイドは迎撃態勢を取り、逆手で腰の双剣を抜き放ち――クロスさせつつ武技【圧撃】を込め、バトルアックスの剣を叩き折らんばかりの質量攻撃を受け止めた。
ガキィィィンッッ! と激しい剣戟音が打ち鳴らされる。
斬撃ではなく壊撃を志向した同種の武技が衝突し、火花が散る。
「重いな。ダルファウスの"尾"よりも重い一撃だ」
「まだまだ、これからッ!」
腹の底からの気迫がこもった威声とともに、アシェイリが続けて武技【前進不動】を使う。受け止められ、相殺されたはずのバトルアックスの"圧"が、まるで押し寄せる波の如く蘇り、ソルファイドがジリジリと後退させられる。
これは、膂力の差ではなく、武器の重量差によるものである。
――だが、ソルファイドが短く「ふッ」と息を吹きかけたことで、形勢はたちまちに逆転することとなる。
「熱っ……!?」
火竜骨の剣が、燃え盛る木炭か溶けた鉄のようにみるみる赤熱し始め、その凄まじい温度上昇がアシェイリにも伝わったのである。
厳しい"教練"の中で痛みに耐性を身につけていたアシェイリといえども、経験したことの少ない箇所への攻撃には、さすが意識が向いてしまう。
「手のひら」へ巨大斧の握り手を通して鋭く刺すような"痛み"が一気に伝わり――とても押し合いをできるような状態ではなくなる。
「このまま炙ってやろうか?」
「舐め……ないでください!!」
アシェイリの決断は速かった。
この瞬間、ただの"重し"と化したバトルアックスを放り捨て、移動の自由を確保。
ほぼ同時に、胴を狙った武技【一文字】の横薙ぎを――火竜骨剣『レレイフの吐息』を素手で掴んで受け止める。
「思い切ったことをするなぁ!」
「指が千切れ飛びますな」
「いや……"血の戦士"の本領はそこからですよ」
オーマとル・ベリは、アシェイリの手の五指が斬り飛ばされる光景を想像する。
しかし、指が弾け飛ぶよりも早く、切り裂かれた手のひらからパッと舞った鮮血が――次の瞬間、イバラの如く宙で凝固し、投網となってソルファイドの剣を絡め取ったのであった。
「それが吸血鬼の"技"ということだな!」
ソルファイドが剣をさらに赤熱させて、絡め取った血のイバラごと蒸発させようとするが、アシェイリにとってはそこまで織り込み済の行動であったようだ。
血のイバラを自分自身から切り離し、囮とすることでソルファイドの側面へ回り込みつつ、空いた胴を狙って拳を突き出し――。
「良い動きだが、相手が悪かったな」
武技【息吹切り】により、剣に絡みついた血のイバラがアシェイリの予想よりも遥かに早く粉微塵に吹き飛ばされる。
と同時に、火山の火口が突如目の前に現れたかのような強烈な灼気が頬を薙いだ。
「ぐっ……!?」
双剣に残っていた息吹の"残り香"を利用して、半ば強引に武技【息吹斬り】を放った――息吹を斬るのではなく、息吹で斬る方の【息吹斬り】である。
万全の状態には遥かに劣る威力ではあるが、たかだか不意討ち兼足止め用の「血のイバラ」如きを消し飛ばし、アシェイリの気勢を殺ぐには十分な衝撃波。
杭のように突き出されたアシェイリの拳はわずかにソルファイドに届かず、竜人が蹴り上げたブーツのつま先によって顎から脳天まで打ち抜かれた。
天地がぐるんとひっくり返り、背中から大地に叩きつけられて昏倒――無論、その程度で戦闘不能になるほど隷属種の「戦士」はやわではない。
が、跳ね起きようとする彼女の喉元に、ちりちりと焦げ付くような灼熱をたたえた剣の切っ先を付き当てられては、敗北を認めるしか無かった。
***
勝負有りだな。
静止するルクとル・ベリを手招きしてソルファイドとアシェイリの元へ歩みつつ、俺は手をパタパタと拍手させながら、声をかける。
「良い物を見せてもらった……見せてもらったとも。さすがは吸血戦士でも上位たる【血の狂戦士】だ……俺の【近衛隊長】に剣を抜かせるとはなぁ!」
「さぁ、吸血娘。どういうつもりか吐いて――」
「ちょっと待って、お苦虫さん」
アシェイリがはっきりとした大きな声で、ル・ベリを制す。なんだ? と怪訝な顔をしていると……アシェイリが俺の方を向いて、変なことを問い返した。
「お大尽さん……今、なんて言いました? お師匠さんに剣を抜かせる、の前」
――おや?
ほほう……。
「吸血戦士でも上位の【血の狂戦士】、と主殿は言った。それがどうした? ……いや、待て。まさか『師匠』とは俺のことを言っているのか?」
「……そんな、私が、上位戦士だなんて……ッ!?」
ソルファイドの冷静にして無感動な困惑は今は放っておいて。
アシェイリは、俺が告げた【情報】に、明らかに衝撃を受けている様子だった。
――あぁ、なるほどな。
俺の気づきにルクが補足を入れてくる。
「通例、戦士の"里"から輩出されるほとんどは【血の戦士】……その吸血鬼女の脅威度を積み直さないといけませんね」
つまり、アシェイリには自身の職業の自覚が無かったか、偽りを教えられていたかだ。いや、"里"の「教練者」達ですら分かっていない……てことはさすがに無いかな? ううむ。
だが、そうだというならば――良し、こうするか。
尚も何か言いたそうなルクを制し、ル・ベリに目配せをしてから、俺は口の端を歪め傲岸な表情でアシェイリを見下ろしてみせる。
「分かるのは、それだけじゃあない――例えばそうだな……さっきのソルファイドの脇腹を狙った一撃は良い不意討ちだったが、たかだか『血の網』を生み出すだけが【血の狂戦士】の力だとは思っちゃいないよな?」
「……何を」
「拳一つ分足りてれば、アシェイリ、お前はソルファイドに一撃入れられていたかもしれない! 例えば、血を杭のように拳から打ち出していたならば、な」
何のことはない。
アシェイリが「お師匠さん」とソルファイドを読んだところでピンと来たのだ。
ソルファイドは俺の配下。ならば配下の弟子も俺の眷属の範疇なのではないか――閃きは当たり【情報閲覧】によって表示されるステータス情報が増えていた。
そして、スキルテーブルも。
……見てみてくれ。
『血のイバラ』だけじゃあない。
アシェイリの【血の狂戦士】としての真骨頂は、さらに『血の杭』や『血の鞭』、『血の盾』はおろか『血の羽』等といった形で、己が命の体液ですら闘争の材料とする闘争法であることが読み取れる――正しい職業を知っていれば、今の「手合わせ」はもう少し違った展開になったのかもしれないなぁ?
そう思ったからこそ、俺はアシェイリに迷宮領主という存在の実力の一端を効果的に印象付けようとした……わけだったんだが、なぁ。
――どうも物事は俺の想像の斜め上を行っていたようだ。
「そんなの、初めて聞きました。里の"教官"達だって、そんなの知らない……言ってるのなんて聞いたことがない。お大尽さん、どうしてあなたには、それが分かるんですか?」
どうもアシェイリは、そもそも己の職業技能のスキルテーブルに乗った代表的な技の存在すら、知識としても知らなかったようだ。
それならば、たとえ職業を自覚していても、さっき俺が言ったような形でソルファイドに土はつけられなかっただろう――いや、待てよ?
試してみるか。
「よし、やってみろ。『血の杭』をその怪我した手のひらから突き出してみろ」
「え?」
「いいからやれ……ソルファイド、"師匠"として弟子に命じろ」
「――やれ、アシェイリ」
反射的にアシェイリが空に向かって、掌底の要領で腕を突き出す。
その瞬間、ズリュウウウゥ、ビキビキビキッ! という効果音でもしそうな凄まじい勢いで、まるでアシェイリの手のひらの傷から飛び出しナイフのように、長槍の切っ先を思わせる太い『凝固血』の杭が突き出したのであった。
「なっ!?」
「ほほう……」
「ふむ」
――思った通りだ。
目を丸くするル・ベリとルクや、自分のやらかした事柄に驚愕の表情を浮かべ目を見開いているアシェイリをよそに、俺は心の中で膝を打った。
……この俺が何に気づいたのかを示そう。
どうやら俺は、一つ大きな『思い違い』をしていたようだ――この世界における「技能」に関する、世間一般的な"認識"と"常識"について、な。
何せ、俺自身が「スキルテーブル」なんて形で、その者が持つ様々な"技"を明示的に理解できるのだ。
さすがに"他者"の情報まで知れる迷宮領主達は例外であるにしても――"一般人"とて『自分の技能ぐらいは感覚的には全て把握している』もんだと思い込んでいた。
だが、これは完全に間違っていた。
【魔界】でも【人界】でも、己に秘められた全ての"技能"を完璧に自覚できている者は、ほぼ皆無なのだ。
そうでなければ、アシェイリの反応は説明できない。
……種族技能や「よくある」職業の技能についてであれば、経験的に断片的な知識が伝承されていることもあるだろう。だが、珍しい種族や職業なら? 継承技能や固有技能まで考えたら?
そして、"配下"限定とはいえ――俺が【情報閲覧:弱】によって、それらを全て視れることが、どんな意味を持ち得るか。
「次は"盾"だ、アシェイリ。手から血を吹き出して、そいつを"盾"の形で一気に凝固させるのをイメージしろ、やれ。ソルファイド、復唱」
「やれ、アシェイリ。『血の盾』を見せてみろ」
疑問と困惑を差し挟む余裕すら無く、アシェイリの身体がまたも勝手に動く。
この現象もこの現象で「アシェイリがソルファイドに突然手合わせを願った」一件と合わせ、興味深い"考察対象"なんだが、ちと後回し。
ソルファイドの指令に、まるでそれに従うのが無条件で正しいことである、と言わんばかりの従順さでアシェイリがもう片方の手を空に突き出し――血の噴射音と共に、小型の円盾ほどの大きさの『血の盾』が形成されていた。
ふむ……"杭"にせよ"盾"にせよ、ゼロスキルで強引に発動させた影響か、微妙に凝固しきっていなくてポタポタ血が滴っており、必ずしも強度は戦闘に耐えうるかは微妙といったところか。
「どうだ? ソルファイド。もし、この吸血娘が最初から"これ"らを使ってきたら、どうなっていただろうな」
「――奥の手として使われていたならば、あの脇腹への一撃、入れられていただろうな。だが、主殿……今のは」
ソルファイドの興味はアシェイリの秘められた力よりも、それを見抜いた俺そのものに向きつつあるようだ。そして、それはルクも同じである。
「何を驚いている、トカゲに、ルクまでも……お前達だって既に御方様から、それの恩恵を受けているだろうに」
「惜しい、惜しいんだル・ベリ君。それとこれは、似て非なるものなんだよなぁ」
「なんと、これは差し出がましいことを! 浅才の身にて、御方様の深遠なる御知恵を測りきれなかっ」
「はいはいはい。今は、そういうの良いから」
ル・ベリが連想したのは『点振り』のことだろう。
【異形】や【魔眼】と同じく、俺がアシェイリの「眠れる才能を引き出した」とでも思ったのかもしれない。
――だが。
繰り返すが、これは似て非なるものだ。
俺は別にアシェイリに『点振り』なんてしていない。
単に、彼女が元々スキルテーブル上に持っていた"才能"の存在を耳打ちし、そのゼロスキルを発動するよう促しただけに過ぎないのだ。
そしてその思惑は見事にハマり、アシェイリは――本人曰く、"里"の「教練者」達ですら知らなかった可能性の高い『技』の存在を、今この瞬間、知ってしまった。あまつさえ、己がモノとしてしまった。
「オーマ様。こ、これが、どれだけとんでもないことか……いくらなんでも、自覚してらっしゃいますよね?」
そうだね、やはり君はここまで辿り着いちゃうだろうね。
そして斜めな方向に『考え過ぎない』のは、珍しいことだね。
「無論、吸血娘アシェイリだけじゃあない――ルク、お前だって『活性魔法』と『付与魔法』には意外な才能を発揮できるはずだ。ル・ベリは努力次第で"魔法"を今後習得するのは容易だし、ソルファイドは俺が何もしてやらずとも自力でもう少しぐらいは"火竜"に近づけるはずだ……火の気をまとうとかな?」
あぁ。
――なんてこった。
――どうも「この世界」は、俺の当初の想像以上に"脆い"かもしれない。
それほどまでに、迷宮領主が持つ【情報閲覧】という能力が、ヤバいということに気づいてしまった。ルクの顔色が悪いのも頷ける。
そして、このヤバさは、少なくともリッケルの如きでは理解してもいなければ、気付いてすらいないだろう。そのリッケル相手に手こずっていたテルミトの如き"伯爵"クラスだって、下手をすれば同程度の"理解度"でしかない。それが、今回のこの"気付き"によってますます強く裏付けられている。
そりゃそうだろう?
別に『点振り』の方法を知らなかったとしても、「正確な技能テーブル」を見れるならば――"耳元で囁く"だけで簡単に「一般人」を強化できてしまう"技術"を自覚していたならば、送り込まれたソルファイドやリッケルは、もう数段ほど難敵・強敵度合いが増していただろう。
だが、そうではなかった。
伯爵であっても"その程度"でしかない。
ならば『侯爵』より上の迷宮領主達は、どうだ?
……さすがに、何らかの形でこの"真実"を「知っている」かもしれない。ただし、それをあえて領民に言い振らしているとは考えにくい。
人の口に戸は立てられないんだ、そんなことすれば、瞬く間に田舎の男爵級迷宮で働く下っ端の魔人ですら「知って」しまうだろう。それをテルミト伯が「知らない」のならば、この"真実"は上位貴族達に隠蔽されている――つまり【魔界】の社会システムは、俺の想像通りである可能性が高まった。
"一般大衆"は『技能テーブル』や『ゼロスキル』について「知らない」。
さらに【人界】では、ルクの様子を見るに、"支配者層"はこの真実について「知らない」可能性がある。まぁ、知っていたとしても【魔界】の上位貴族達と似たような「社会システム」を作っているだけだろうが……。
そして、俺は"全てを視る"ことができる(ようになる予定。【情報閲覧:弱】から「:弱」が取れたら、何が起こるかという考察だよ、今やってるのは)。
そして、俺はそれを、相手の"耳元で囁く"ことができる。
そんな俺が、他の迷宮領主達を差し置いて、『特例』的に【人界】に這い出すことを認められている。
さぁ。
俺とルクが認識したヤバさが、なんとなくわかってきただろうか?
今後、俺の迷宮領主としての力が高まり、例えば『眷属以外の一般通行生物の技能テーブルも普通に見れる』ようになった時。
鬱屈した一般大衆達に対して、その秘めたる才能を"耳元で囁い"たり、"点を振る"行為というのは、想像以上に彼らを啓蒙する結果をもたらしかねないのだ。
それは、【人界】だろうが【魔界】だろうが、既存の支配体制を木っ端微塵に吹き飛ばすような『革命の嵐』の導火線に火をつける事になる――かもしれない。
まぁ、仮にそうしようとするとしても……"煽動者"レベルを鍛えるなり、よほど上手くやらないといけないのは確かだろう。
だが、不可能ではない。可能性は否定されない。
なんなら【情報閲覧:弱】のままであったとしても、上手く立ち回れば、今アシェイリを「心服」せしめたようなことは容易に再現可能だ。
――それが、俺が『関所街ナーレフ』でやろうとしていることなのだから、な。




