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呪命-0004 おぞましき魔物どもとの闘争②

【因子】強筋を重ね掛けした「第3世代」のエイリアン螺旋獣(ジャイロビースト)の四肢は、螺旋状の筋肉がまるで外骨格のように両腕両脚を覆っている。さらに内部の骨は、関節が「折りたたみ式」になっており――ほとんどバネのように四肢を伸び縮みさせることができる。

侯子ルクによって「冒涜的な造形美の『肉のゴーレム』」とも評されたように、このエイリアンには、進化元となる戦線獣(ブレイブビースト)のような身体構造上のアンバランスさは皆無であった。


四肢をバネとし、飛びかかる大蜘蛛の如く螺旋獣のデルタが俊敏に地を蹴る。

同時に炎舞ホタル(ブレイズグロウ)のベータが、羽ばたきと小爆発の頻度を一気に上げ、狂った軌道で旋回しながら兄妹へ迫った。

そして兄妹もまたそれぞれを迎撃すべく、左右に距離を取る。


炎舞ホタルは、進化元である噴酸ウジと比べて体内で生成する酸の量は減ったが、代わりに可燃性の酸を翼膜から分泌できる。そして自身は翼を放出点として、ごく原初的な魔法として「火の粉」を生み出すことができる。

こうしてばら撒かれる「酸」と「火の粉」とそれらが反応して生まれる「小爆発」の嵐は、炎舞ホタルが突っ込んでくるだけで並の人間を混乱させ、恐怖させるに十分な異常現象であろう。


だが、ミシェールが【風】魔法【撃なる風】を倍の魔力を消費して大規模に発生させることで、ベータが撒き散らすものを寄せ付けない。ベータ自身も強風にあおられて吹き飛ばされるが、元々が滅茶苦茶な軌道で飛んでいるため、さしたるダメージを受けるものではないようである。

垂らした舌をぶらぶら揺らしながら、ベータはミシェールから大きく距離を取り、頭上から周囲を旋回し始めるのだった。そして火の粉の発生量を減らし――酸の"小雨"を降らせ始める。


一方、螺旋獣のデルタは悪魔的クラウチングスタートの構えの後、真正面からルクへ突っ込んだ。

戦線獣(ブレイブビースト)のような力任せの突破ではない。喩えるならば重装騎士のランスチャージのような、踏みにじるが如き破砕と貫突を兼ね備えた一撃。

これに対し、ルクは「とっておき」を披露する。

第一手目に、【水】と【火】の複合属性魔法【純氷の盾】をいくつも螺旋獣の直線上に生み出しつつ、横に大きく飛び退ける。そこへ、槍のように突き出されたデルタの豪腕が容易く「盾」をまとめて打ち砕き、先ほどまでルクのいた場所に氷の破片が無数に飛び散った。


だが、それこそが狙い通り。


「こいつはどうかな!」


砕かれた氷の盾の破片が魔力に還るよりも先に、ルクが詠唱を重ねる。

みるみるうちに氷の破片が全て【魔法の槍:氷】へ変化――まるで砕け散った瞬間を巻き戻すかのように、360度四方八方から氷槍がデルタへ殺到する。

とはいえ、オーマ最高戦力たる"名付き"の一体であるデルタも然る者、四肢を跳ねさせるように乱舞し、氷の槍を次々に叩き落としていく。が、そもそも自慢の筋力で【純氷の盾】を粉々にしすぎており、生み出された氷の槍の数は捌ききれる限界数を遥かに超えていたのだ。

何本もの氷槍が、一気にデルタの全身に突き刺さった。


「……マジかよ、冗談だろ」


消費した魔力は相当に大きなものだったが、甲斐あってか、氷の槍達は確かに螺旋獣の全身をハリネズミにさせる。

しかし、デルタはわずかに怯んで脚を止めた、ただそれだけだったのだ。

血の一滴、流していない。けして浅くはない「貫通」であるというのに。


そして驚愕するルクは、みしみし、ぱきぱきという何かが軋む音が無数に鳴り始めることに気づく。

――螺旋獣が全身の筋肉を強く強く引き絞り、単に血の噴出を強引に押さえ込んでいるだけでなく、全身に突き立った氷の槍を、ただ筋肉を引き締めるという行動だけで、砕き割ろうとしていたのである。


即座にアドリブで次の一手を詠唱し始めながら、確認する余力は今しか無い、と考えて横目にミシェールの方を見やる。

強風と土礫によって宙を舞う炎舞ホタルのベータを迎撃し、その恐ろしい"酸"のリンプンを寄せ付けないミシェールだったが、対するベータは徹底して彼女の頭上を旋回し「小雨」を降らせ続ける。

一見すると膠着状態のように見えるが――ルクは違和感を覚える。

徐々に徐々に、ミシェールが誘導されていることに気づいたのだ。

そして、その先には……。


「まずい、ミシェール!」


詠唱を中断し、【昂りの共鳴】で警告を発そうとした。

そしてそのせいで、ルクの注意は螺旋獣デルタから外れてしまっていた。


風が唸る異音と共に、恐ろしい踏み込み速度で螺旋獣が眼前まで迫っていた。

舌を打ち、苦し紛れに【火球】と【閃光】を立て続けに浴びせたが、デルタは止まらない。

剛槍の如く打ち出された螺旋の腕と爪がルクの胴体を薙ぎ、激痛にルクは意識が吹っ飛びそうになった。苦し紛れに身体をひねっていたため、腰の辺りを少し深めに斬り裂かれ、衝撃の余波で数メートルふっ飛ばされただけで済む。

それでも、運が良かった、としか言いようがない。

目の前の化物の膂力ならば貫通されたあげく、部屋の反対側の壁まで叩きつけられいてもおかしくなかっただろう。形勢が「不利」から「絶望」に傾き、ルクは苦しげな声で呻く。


「ち……くしょう!」


やたら時間のかかる治癒系の魔法など唱えているヒマが無い。

血が滲み身体から力が抜けそうになるが、ルクは最も効率の良い(・・・・・)選択として、手のひらに生み出した火炎を腰の傷口に押し当てた。

傷口を焼き潰す激痛を【明晰なる心(クリアマインド)】によって誤魔化しながらも、歯を食いしばって体勢を立て直し、なんとかミシェールに警告を伝えようとする。


だが、この時ミシェールはベータが降らせる酸の「小雨」への対処に忙殺されており、ルクからの警告を受け取るのが遅れていた。

ベータが時折、いやらしいタイミングで酸の雨の中に「火の粉」をも織り交ぜてくるため、酸と火の粉が反応して「小爆発」が起きるのを防ぐために、常に風魔法を発動し続けなければならなかったのである。

炎を防ぐために【火耐性】を上昇させる魔法をかけようとしても、既に酸へ対抗するための【腐食耐性】の補助魔法をかけてしまっている。

【耐性】系の魔法は、同時に重ねた種類が増えるほど、効果を維持するために消耗する魔力が激増してしまうという弱点があるため、その選択はためらわれた。

常ならば「止まり木」で一時的に兄ルクと話し合うこともできたが、兄妹共に魔力は限界を迎えていたのであり、長期戦を狙うようにでたらめに飛び回るベータを前に、ミシェールは短期決戦を焦っていたのである。


このように、頭上と酸の「小雨」ばかり気にしていたため、ミシェールは自身が少しずつ誘導されていたことに気づくのが遅れることとなった。

――いつの間にか彼女は、先に岩の槍で貫き殺したはずの「噴酸ウジの死骸」付近まで、歩かされていたのだ。


岩槍は既に魔力に還って消え失せているが、そのおかげか、死骸の胴に空いた大穴から、血に混じった強酸が垂れ流され、微かな白煙を上げている。

そしてルクの警告に気づいた時には、既にミシェールはその酸溜まりまで近づきすぎていた。


宙を舞う炎舞ホタルのベータが、機は熟したと言わんばかりに急旋回。

それまでの「小雨」など嘘のような、大量の酸を「豪雨」の如く噴酸ウジの死骸に向けて降り注がせる。

これにより、ウジの死骸から血に混じって垂れ流されていた「酸」溜まりが、ブレイズグロウの「酸」によって波紋のように急速に侵されていく。


その結果、何が起こったか。

――それまでの小爆発が児戯としか思えないような、燃え立つ「業火」が生み出され、ミシェールに襲いかかったのである。


だが、そこは臨機応変即応果断に長けたリュグルソゥム家の子女。

とっさに地に伏せ、水魔法【火鎮めの霧】を唱えて火属性耐性を得る。

これで「酸」と「火」に対する二重耐性。背に腹は代えられなかったが、決断が遅れたことも事実であり、火と酸が入り混じった熱風が衝撃波となって、伏せたミシェールの全身を二つの意味で焼いた。

歯を食いしばって衝撃に耐え、精神魔法【明晰なる心】によって痛みを誤魔化す。

苦渋の決断ではあったが、【火耐性】を選んだことは正解ではあり、かろうじてミシェールは炎上せずに済む。

とはいえ、兄妹共にそれぞれ万事休す、であった。


――そこで二人に声をかける者があった。


   ***


「……なんとも、凄まじい"戦士"なのだな、貴様達は」


声が聞こえるや、螺旋と炎翼の凶獣が追撃を止めて二人からそれぞれ距離を取る。

元来た方角の通路にまで戻った彼らの間に――奥から、隠そうともしない【異形】をその身にまとう【魔人】が姿を現していた。


「また……【魔人】か」


【魔人】については、100年前の迷宮探索者の日記にわずかな記載があるのみである。原本は現在は失われているが、それはリュグルソゥム家の「書庫」には知識として保管されている。

古書物に曰く、彼らの見た目は、【四兄弟国】の支配人種であるオゼニク人と大差は無い。本当に、"人間"と身体的な差異がほとんど無いのである。


しかし、明白に見分けることのできるポイントが3つある。


第一に、人というよりは魔物を彷彿させるような【異形】をその身に抱えることが多いこと。

第二に、その瞳に強大な【魔眼】を有すこと。通常ではあり得ない鮮やかな色合いを持ち、一説には神話の時代にまで遡るとされる古代文字のような紋様。


兄妹の目の前に現れた魔人は、その二つの要素を兼ね備えており、典型的な【魔人】であった。


「畏くも御方様から、貴様達に問いがある。答えろ、人間。なぜ貴様らは、御方様の『種族』を言い当てた?」


一つ一つが意志を持つ大蛇のように、絶えずのたうつ8本(・・)の触手という【異形】を備え、端正な顔をまるでゴブリンのように不快げに歪めている。だが、声色には緊張だけでなく、感嘆しているような調子が入り混じっているようだった。


「――素性が簡単にバレることを恐れているならば、その心配は無用であると、貴方の主たる【迷宮領主(ダンジョンマスター)】様にお伝えください」


張り詰めた空気の中、ミシェールの回答が静かに響く。

言葉一つ誤れば、多少の被害など厭わずに喰い殺される……そんな純粋な殺気が、いつの間にか四方八方からルクとミシェールを取り囲んでいた。

仮にこの場を切り抜けられたとて、生還は不可能であることは明白だった。


妹がちらりと横目で見てくる。その瞳は「もう意地を張らないでくれ」と語っているようだった。

観念し、ルクはわずかばかり残っていた不服の心を完全に捨て去る。

追い立てられ、選択肢が無かったとはいえ、それでも生きるために、ミシェールと共に生き延びるために自分の判断で"この道"を選んだのは、事実だから。

痛みに耐えながら、王国式の礼の作法を取るミシェールの横に並び、同じように片膝を地につける。


「私達は【御霊】のリュグルソゥム家の末裔。不肖ながらも、【精神】の魔法において右に出る者の無い一族です。端的に申せば――貴方がたには"人間"の【精神】魔法は通用しない。それが、私達にのみ、貴方の主の素性が分かった理由です」


なるほど、と言わんばかりに、異形と魔眼の魔人から殺気がわずかに薄れる。

ルクの語ったことは事実であった。

古書物にある【魔人】の、第三の見分け方こそが、まさにそれだったのだから。

この古書物を残した者こそは、一度はリュグルソゥム家の闇に葬られ、存在を無かったことにされかけた――一族の歴史の中でたった一人の"追放者"である。


「だが、待て。それは他の――」


「そしてリュグルソゥム家は、今や私ルクと我が妹ミシェールしか生き残ってはおりません――我らが父祖と『止まれる大樹』にかけて、迷宮領主(ダンジョンマスター)様の"秘"を見破る者が、『人』の国々にはもはや我ら以外には存在せぬことを、保証いたします」


ここは譲れない。

信じる信じないは目の前の魔人の勝手だが――愚かにもリュグルソゥム家を滅ぼしたことで、【輝水晶王国】は自ら、この、人に化けて人里に紛れ込もうとした恐ろしき【魔人】達を見破る"眼"を捨てた。

これは、そんな彼らになんとしても思い知らせてやる、という矜持だ。

ルクは力強く目の前の魔人に、彼を通して背後からこの会話を聞くなり見るなりしているであろう迷宮領主に、宣言をするのだった。


「恐れ多くも、我ら兄妹を匿って(・・・)いただいたことに感謝を。その報恩として、我ら兄妹の忠誠を、貴方の主様に捧げたく思います」


ルクの力強い宣言でまた妙な緊張感が生まれた場に、ミシェールの静かな提案が鈴の音のように響いた。異形の魔人はいつの間にか触手を全て地面に降ろしており、しばし考え込むように黙り込む。

そして小さな声で「御心のままに」と呟いたかと思うや……くるりと振り向き、「ついてこい」と肩越しに告げるのだった。

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